2002年度 立教大学研究奨励助成金(一般研究)
 
■研究課題名
エレクトロニクス産業における非統合化と現代生産体制に関する歴史的・理論的研究
 

 

■研究代表者 秋野晶二 立教大学経済学部助教授
     
■研究の目的
@ 研究奨励助成金の経費で、今年度内に、何をどこまで明らかにしようとするのか
   本研究は、1990年代以降、世界的にみられる製造企業における製造機能のセル化やアウトソーシングといった展開を「非統合化」とらえ、その歴史的展開と可能性について、実態をふまえて、理論的に明らかにするものである。これによって、20世紀における生産体制の現代的な変容の意義と限界を解明し、さらに21世紀型生産体制の原理を明らかにすることを目的とする。その際、このような変化が最も進んでいるエレクトロニクス産業を中心にとりあげて分析する。そして、この分野の調査資料・文献は、専門誌や専門調査機関のものに限定され、なお稀少であるので、そうした貴重な文献をオンライン・データベースも活用して収集・検討し、併行して研究成果をホームページ上の公開しながら、特に研究期間内では以下の3点について明らかにする。
(1)エレクトロニクス産業を中心に、製造機能のセル化、アウトソーシング化といった非統合型化のこれまでの発展プロセスおよびその現状の解明。
(2)セル生産方式とEMS(Electronics Manufacturing Service)との相違性と関連性の解明、両者を統一する現代生産体制固有のメカニズムの解明。
(3)20世紀において普及・変容してきた生産体制と非統合化との連続性と非連続性の解明、非統合化による生産体制の意義と限界の解明、今後の可能性についての展望。
A 当該分野における、この研究(計画)の学術的な特色、独創的な点、及び予想される結果と意義
 
A 学術的な特色・独創的な点
  本研究の特色は、(1)これまで比較的研究の少ないエレクトロニクス産業の生産システムに焦点を当てている点、(2)その最新の生産システムの変化を稀少な情報をデータベース等も活用して収集・分析する先駆的かつ萌芽的な研究である点、(3)そうした新しい現象を歴史・実態・理論といった立体的視角から解明している点、(4)セル生産やEMSといった具体的な変化を個別にではなく、統合的にとらえる点、の4点にある。
 また独創的な点としては、(1)一見相反するとみられるセル化とEMS化などの新たな生産システムの流れを同一の生産メカニズム、現代固有の原理によって統合的に解明している点、(2)20世紀生産体制との非連続性のみならず、連続性の中でとらえる点、(3)単にエレクトロニクス産業という特殊な生産システムの問題としてではなく、21世紀型生産システムとしてその展望と一般化を試みる点、の3点があげられる。
B 予想される結果と意義
   本研究による「非統合化」の固有のメカニズムの解明を通じて、現代の生産システムが、20世紀における大量生産体制において中心的であった「統合化」とは対照的で非連続的な面を有していることが明らかにされる。と同時に、こうした生産システムは、なお大量生産体制の枠内にあって、それを補完するシステムとして特徴づけられ、一般的には指摘されてこなかった20世紀生産システムとの連続性を明らかにできるであろう。これによって非統合化の意義と限界、その固有のメカニズムが明らかにされ、また生産体制の発展史における新たな展開の可能性と21世紀における生産体制の発展方向を展望することができるという意義がある。またエレクトロニクス産業のこの分野での研究が少ないことから、本研究がこれを補完・発展させる意義がある。
■研究成果報告  
 
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 20世紀初頭において、フォード・システムをひとつの頂点とする大量生産システムが構築され、様々な産業に普及していった。しかしながら、この大量生産システムは、市場の変動(生産量の変動および新製品による変動)に対して硬直性を持ち、対応能力に欠けるという脆弱性を有していた。そのために、市場の変動が常態となっている資本主義社会にあって、社会的分業関係の変動、企業の新規参入と退出といった社会的なダイナミックな対応に加えて、企業内においては、今日にいたるまで、大量生産システムの中にそれへの対応能力をビルトインしてきたといえる。すなわち、20世紀の生産システムの発展は、企業が大量生産システムを進化させながら、市場の変動に柔軟に対応できる統御能力を獲得していくプロセスとみることができる。
 たとえば、フォードに抗したGMのフルライン体制は、差別化された複数の製品別事業部を単位として複数の大量生産システムを並存させながら、多様な需要への対応を図った方式であるといえる。日本におけるトヨタ生産システムのJITやリーン生産システムと呼ばれる生産システムにあっては、複数の品種を単一の生産ラインで混流生産するシステムが、生産の平準化を基礎に、下請け企業との分業、多能工や少人化などの仕組みを組み合わせて構築されていた。さらにME化やCIM化への展開は、自動化が専用化・単能化という方向をとった機械技術の展開とは異なり、コンピュータを制御技術とした多品種の自動生産、コンピュータネットワークを活用した多品種生産の管理の発展を実現し、より効率的な多品種生産を実現していった。こうした生産システムの発展は、フォードのシステムを摂取しつつも、多品種化を志向して市場の変動に対応する「柔軟な大量生産」システムを構築していくプロセスとして描くことができるのである。

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このような中で、90年代に至り、そのような大量生産システムの進化に新たな展開が、日米において見られるようになって来た。それは、ライフサイクルの短縮化と製品の多様化による差別化競争と価格競争の激化、それに伴う生産の質的・量的変動の拡大を背景とするものであった。
 日本では、生産の長期の低迷に直面し、セル生産方式が導入されていった。セル生産方式は、より効率的に多品種生産と少量生産を実現できる方式として、とりわけエレクトロニクス産業など、差別化競争によるライフサイクルの短縮化、それによる生産量の変動の拡大、それにともなう既存製品・旧製品の急速な陳腐化・低価格化に加え、国内需要量総体の成長鈍化や国内生産総量の頭打ち・減少といった状況が構造的に定着化しつつある分野において、組立工程を中心に、導入されるようになってきたのである。セル生産方式の特徴は、JITにおけるU字型レイアウトによる多能工化や少人化を活用しているところにある。またコンベアが撤去されており、作業員が作業対象とともに移動しながら工程を進めていくので、小型の家電製品のような比較的小物の生産に適している。このセル生産方式にあっては、ラインバランスの点、また設備の解体・構築が容易である点で、生産量の急激な増産や切り替えに対応できるとともに、多品種化が可能であり、さらに組立工程そのものが、小規模で投資額が小さいため、生産量拡大への圧力が弱く、その意味でこのシステムは、少量生産向きのシステムであるといえる。
 これに対して、アメリカでは、80年代における長期低迷を脱し、成長を持続していたが、その駆動力としてIT業界の成長があげられている。90年代初頭、このような産業、とりわけPCなどのハードウェア産業における製品は多数の重層的なモジュール化された部品やコンポーネントで構成されており、それらの機能はそれぞれが急速かつ継続的に向上し、かつ価格の低下が進んでいったため、それによって構成される諸製品も、短期間でモデルチェンジを繰り返して、差別化をはかりつつ、同時に価格競争が展開していった。その結果、このような製品を生産するメーカーは、生産に対する量的質的両面での不安定性および製造機能運営に対するリスクに直面することになった。このような状況にあって、それらを生産するメーカーは、それぞれの製品に対して専用の生産ラインを構築することはいうまでもなく、いくつかの生産設備を共有して複数の製品を混流するラインを構築することによってもなお、過重な固定費負担に悩まされることとなったのである。他方、製品特性から、製品を構成する主要なサブシステム間で業界標準のインターフェイスが用いられ、サブシステムがモジュラー化することによって、特定の一部に絞って事業を展開しても、より効率的に特定の顧客のニーズにあった特性や機能を設計したり組み立てたりできるようになる。こうして主要なメーカーは、自らは研究開発とマーケティング機能に注力しつつ、製造機能を非統合化して、EMSにアウトソーシングするようになってきた。その際、情報技術の急激な発展とインターネットなどのオープンネットワーク化の展開によって、他の企業との連携が容易になっていったことが、一層、主要メーカーによる製造機能の非統合化を促進することとなった。

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 このような90年代の日米エレクトロニクス企業における生産システムあるいは事業形態の変化は、差別化競争と価格競争の激化という中で、規模や範囲の経済性を追求する大量生産体制の一定の限界を指し示しているといえる。セル生産方式は、固定費を徹底的に切りつめた少量生産志向のシステムであり、生産拡大が困難な状況のなかで生み出されてきたシステムであるといえる。またEMSは、それ自体、規模や範囲の経済性を活用したシステムではあるが、これまでのようにエレクトロニクス企業1社での、あるいはグループ企業との連携による垂直的あるいは準垂直的な統合によって、規模や範囲の経済性を追求することが困難となり、これまで統合されてきた企業の製造機能が分離され、この機能のみを担うEMSに集中されることによって成立する事業形態である。そしてこのような非統合型事業形態は、多数の顧客から製品製造を受託することによって初めて、高い固定費を維持しつつ、変動の激しい市場において多品種生産を実現していっているといえるのである。
 また、多品種化と低価格化という市場からの要請に対するこのような対応は、非統合型企業への傾向を強めていく側面を持っている。すなわち、セル生産方式にあっては、同一ラインでの多品種生産にとどまらず、コンベアの撤去によって短縮化され軽微となった設備により、ライン編成が柔軟性を持ち、機種変更に伴う迅速なライン変更が実現されており、その結果、いわば固定費の変動費化が進められている。他方、EMSにあっては工場内・工場間において、複数の製品の生産に当たって、徹底した部品や設備を共通化することで、極力同一の部品で多様な製品が製造できるような製品設計を行い、また同一の設備で様々な部品を取り扱うことができ、様々な品種の製品が製造できるようになっているのである。また、部品と設備の共用化を可能な限り進めることを通じて、多品種生産を吸収し、こうして、量産効果を発揮させながら、同時に最終製品における多品種化を可能とすることができるのである。さらに生産量の変動に対しても、できるだけ複数の製品分野で複数のエレクトロニクス・メーカーから受注することによって、グローバルなレベルで、顧客間、工場間の生産量を平準化させている。
 このようなセル生産方式やEMSの特徴を見ると、いずれにおいても、固定費の可分割化や資産特殊性の緩和がみられ、いわば生産技術の汎用化=資産の汎用化が志向されているのである。この点から見れば、これらの生産の一企業への統合圧力は弱まり、実際に非統合化が進行してきている中で、規模や範囲の経済性を基礎とする大量生産システムが動揺している事態として今日の状況が現れているとみなすこともできる。

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 しかしながらこのような変化は事態の一面をあらわすものに過ぎないのであって、そのことが即座に大量生産体制の終焉や規模や範囲の経済性の失効を示すものではない。セル生産方式にあっては、今日なお、単一あるいは少数のセルが離散しているのではなく、多数のセルが同一の工場内に集中されている。このような集中を合理的なものとしているのは、部品の調達や製品の出荷、種々の管理、人材の育成と流動的な配置などの面において、規模・範囲の経済性が活用されているからに他ならない。他方、EMS企業それ自体は、生産の平準化と部品・コンポーネント・製品のモジュール化を基礎にして、徹底した規模や範囲の経済性が追求されている。むしろEMS企業は、その展開・成長に伴って、高価な汎用設備への投資、生産の平準化のための多数の顧客の獲得、主要メーカーのグローバル化に伴う生産拠点のグローバル化、サプライチェーン全体の効率化を目指した企業内・企業間の情報システムの構築、迅速な新製品導入のためのNPIセンターの設置などといった新たな固定的な投資が必要であり、固定費負担の増加を必然化させる傾向さえあるといえる。また近年では、EMSにおいても多品種少量生産化の要請が強く、一部のEMSではセル生産方式の導入がなされているともいわれ、セル生産方式がいわばEMSという大量生産システムの一機能として包摂されるようになってきているといえる。なお、日本の主要エレクトロニクス企業において、最近、一部見られるようになってきた「EMS」化として報じられている生産体制の改革も、このような流れの中で見ると、各事業部の範囲の中でのみ生産を担っていた製造部門・製造子会社が、その事業部内のみでは規模・範囲の経済性を活用することが限界となり、これら子会社を事業部と切り離した上で、整理・統合し、事業部を横断して、企業全体から受注することで生産量を確保し、改めて規模・範囲の経済性を活用しようとする動きとしてみることができるであろう。
 こうして、エレクトロニクス産業における生産システムに現れている90年代以降の変化は、これまでの統合型ビジネスの変更を余儀なくさせている。しかしながらこのことは、規模や範囲の経済性の失効や大量生産体制の終焉を即座に表すものではなく、統合型ビジネスの分化・非統合化と再統合による再編成を通じた、大量生産体制の進化の一局面であり、大量生産体制における柔軟化を通じた進化の一局面として捉えることができるのである。同時にこうした生産システムの新たな展開は、市場の変動により一層柔軟に対応できる高度な生産の統御能力を獲得していくひとつのプロセスとして位置づけられる。