現代の青少年と社会教育


子どもの遊びとその環境

田中治彦

「子どもの遊びの復権−「体験」乏しい子どもたち−」

(岡山県教育委員会『わたしたちのPTA』1998年3月、掲載)


もくじ

自然体験を失った子どもたち

時間・空間・仲間の喪失

身体全体を使うこと

人間関係を大切に

自由に遊べる環境づくり

青少年団体の課題

子育てネットワークを


自然体験を失った子どもたち

 現代の子どもたちはますます実際の体験を失いつつある。1995年の青少年教育活動研究会の調査によると、今の子どもは「日の出や日の入を見た事がない」43%、「外で火を燃やしたことがない」24%、「チョウやトンボをつかまえたことがない」15%、「1時間以上歩き続けたことがない」9%であった。しかもいずれも10年前に比べて倍増しているのである。

 もちろん地域によって差はあろうが、今のこどもたちは自然との接触が極度に少ないことがわかる。それだけではなく子どもらは社会での体験も限られてきている。「はじめてのおつかい」というテレビ番組がある。3才くらいの幼児が始めて一人でお使いするときの様子をカメラが追いかける。それは見ているものをはらはらさせ、無事買い物を済ませた時には涙や拍手喝采となる程の「ドラマ」である。ところがだんだん商店街が不振となり、郊外型の大型スーパーが主流になると、子どもが一人で買い物をすることも少なくなってきた。子どもとスーパーの店員とはお互い顔を覚えることもなく、レジでの支払い以外に会話をかわすこともない。

 子どもたちの自然体験や社会体験が減る反面、増えてきたのがテレビやファミコンなどのメディアとの接触である。昨年、岡山大学社会教育研究室で「子どものメディア体験と遊び」に関する調査を実施した。これは岡山市内の11小学校の4〜6年生(合計2262人)へのアンケートにより子どもたちが放課後や休日にどのような生活を送っているかということ、テレビやゲームとどの程度接触しているかなどについて調査したのでご紹介したい。

  

表 きのう放課後にした遊び(小学4〜6年生) 〔複数回答〕

順位

女子

男子

 1

テレビを見た

53

ゲームをした

60

 2

マンガや本

44

テレビを見た

47

 3

おしゃべり

41

マンガと本

41

 4

ゲームをした

23

おしゃべり

28

 5

お絵描きをした

23

サッカー

20

 6

その他の内遊び

12

自転車乗り

11

 7

その他の外遊び

11

ミニ四駆をした

11

 8

自転車乗り

11

将棋をした

10

 9

公園で遊んだ

 9

お絵描きをした

 9

 10

カンケリをした

 7

買い食いをした

 9

 

 

時間・空間・仲間の喪失

 アンケート調査をした日の前日の生活について聞いてみた。「友だちと遊ばなかった」と答えた子どもは女子で全体の54%、男子で45%である。半数の子どもたちが放課後友だちと遊んでいないということは驚きである。しかも、遊んだ人数をたずねると、「自分一人」が52%、「2〜4人」が36%、「5人以上」はわずか12%である。

 「子どもを放っておけば遊んでいるもの」というのはもはや「神話」である。実際子どもたちの生活は忙しい。小学生でも半数以上の子どもは学習塾に通っており、それに加えてピアノ、そろばん、プールなどのおけいこごとやスポーツに毎週決まった時間を取られている。結局、ほとんどの子どもは平均して週3回程度の塾かおけいこごとに通っている。いつのまにか子どもたちには自由な「時間」が少なくなってしまった。

 皆が同じ学習塾やおけいこごとをしているわけではない。だから子どもたち同志が一緒に遊べる友だちを見つけることが難しくなっている。近年の少子化がこれに拍車をかける。この調査でも「昨日遊んだ人数よりも大勢で遊びたい」と願っているものは半数以上に登る。子どもたちは本当は大勢で遊びたがっているのに、なかなか仲間が集まらないという厳しい現実があるのだ。

 表は「きのうした遊び」の上位10傑である。女子の1位から6位までずらりと室内遊びが並んでいる。外遊びは7位以下「公園」「自転車」「カンケリ」などである。男子でも「ゲーム」「テレビ」「マンガや本」「おしゃべり」と続き、ようやく5位6位に「サッカー」と「自転車」が顔を出す。女子でも男子でも室内遊びが主流になっていることがわかる。

 ある年代以上の人は、子ども時代の遊びといえば外遊びしか思い出せないだろう。カルタや双六など室内遊びは正月などの特別な時くらいであった。それが今や内遊びが主流となった背景には、子どもにとって「屋外」が遊びにくい空間となったことと、逆に「室内」が快適な空間になったことが上げられる。まずかつての遊び場のメインであった「道」が自動車の普及とともに遊べない空間となってしまった。交通事故だけでなくひっきりなしに車が通ることにより遊びが中断されて面白くなくなってしまう。さらに、山や川などの自然が汚染や開発によって徐々に失われた。空き地や原っぱも宅地やスーパーとなってしまった。これに加えて、誘拐やちかんが出没することもマイナス要因である。

 一方、室内はずっと快適空間になった。かつては兄弟姉妹も多かったので、子どもにとって家は狭い場所であり、また家にいれば何か手伝いを言いつけられた。子どもの数が少なくなるに連れ、子どもは手伝いから解放されたばかりでなく、冷暖房完備・おやつ付きの子ども部屋が与えられた。テレビ、ファミコン、ステレオ、ボードゲームなど室内でも十分楽しめる機械や遊び道具が開発された。

 このように日本の子どもたちはこの30数年の間に、自由に遊べる屋外の「空間」と「時間」、そして一緒に遊ぶ「仲間」を失っていったのである(いずれも「間」がつくので「三間」と呼んでいる)。

 

身体全体を使うこと

 いまやテレビゲームを始めとする室内ゲームの類はすっかり子どもたちの生活に定着した。テレビゲームのなかには大変質の高いものもある。また子どもたちがよろこんでそれに興じているという事実もあり、一概にこれを否定するわけにもいかないし、否定したところでテレビゲームがなくなるわけでもない。私たちとしては子どもたちがテレビゲームといかに共存していけばよいかを考える必要がある。そして子どもの成長に必要でありながら室内ゲームでは獲得できないものがあるとすれば、それをどう補っていくかを真剣に考えねばならない。

 室内ゲームでは目や指先といった限られた身体機能しか使わない。また、視覚と聴覚に訴えることがあっても五感で感じる、身体全体で感じるという経験にも乏しい。かつそれは機械と子どもとの対話であって、人間同志のコミュニケーションではない。

 実際、子どもが外で遊ばなくなったことによって体力や運動能力の減退という結果をもたらしている。文部省は毎年10月の体育の日に合わせて「体力・運動能力調査」の結果を発表しているが、ここ数年小学生から10代の子どもたちの基礎的な運動能力が過去最低であることを示している。栄養がよいので体格は立派になっているのだが、筋力、持久力、柔軟性などの基礎体力と運動能力が減退しているのである。この傾向は1985年頃からずっと続いている。ちょうどファミコンがはやり出した頃からであり、やはり子どもらが外で遊ばなくなったことが大きな原因と考えられる。

 

人間関係を大切に

 より深刻なのは子どもの人間関係が狭まっていることである。これは筆者の体験であるが、一昨年岡山大学教育学部の「特別活動」の授業で野外活動を実際に体験させることになった。半田山に上り、10人のグループを組むように指示した。ところが学生たちは10人のグループが組めない。6〜7人までにはなるのだが、そのまま一向に進まない。誰かが他のグループに行って残りの人数をかき集めてくればよいのだが、ほとんどの学生はボーッと立っているだけである。彼らは10人などという大集団で遊んだことがほとんどないのである。自ら事態を打開しようとする積極性にも乏しい。将来教員をめざす学生にしてこのありさまである。

 子どもたちは遊び集団のなかで他人とのつきあい方を学ぶ。家庭でも一人っ子か二人っ子で兄弟げんかもあまりせず、外に出てもせいぜい4人以下の集団で遊ぶ。そのために子ども同志の葛藤が少なく、概して今の子どもたち(若者も含めて)は人間づきあいがうまくない。大きな集団で揉まれていないので、人間関係で傷つきやすく、そのせいかお互いに深入りしないようにしている。子どもの関係においても結構お互い気をつかいあっている様子が見える。

 さらにリーダーシップもなかなか育っていかない。学校においては学級会、児童会・生徒会において指導性を育んでいる。しかしながら学校における指導性は子ども社会のそれとは異なっている。学校はどうしても目に見える成績に左右されがちである。やはり成績の良い子が上に立つ傾向がある。これに対して地域の子ども集団は文字どおり「実力」の世界であった。かつてのガキ大将は成績こそ芳しくなくとも力があり勇気があり統率力をもっていた。ガキ大将でなくとも、木に登れる者、塀を渡れる者、ものまねがうまい者、皆それぞれに仲間内で評価を受けていた。

 今は、地域での子ども集団が乏しいので、学校で成績がよいかスポーツがうまい者はそれなりに自信を持てるが、それ以外に能力をもっていても評価される場がないのでその者は結局自分に自信が持てないままになってしまう。昨今、いじめや不登校が大きな問題になっているが、これは以上述べてきた集団遊びの減退、そして人間関係能力の低さと無関係ではない。

 

自由に遊べる環境づくり

 子どもが外でに自由に遊べる環境を提供するためにはどうしたらよいか。私たちは保護者の皆さんに遊びの実態と大切さを知ってもらいその改善策を考えもらうために「子ども遊び環境調査」を提唱している。これは各学区の皆さんがPTA、子ども会、あるいは自主グループで子どもの遊びの状況を調査するもので、調査自体は一年間の活動の中でできるようにくふうしてある。

@ 子どもにアンケートにより「遊び時間」と「遊び空間」の調査を行う。「遊び時間」は、調査の前日の放課後の行動についてたずねる。外遊び、テレビ、ファミコン、塾、自宅学習、食事、風呂などの生活時間を記入する。「遊び空間」については、学区の周囲の地図を見せながら、よく遊んでいる場所を記入していく。遊び場所は公園や校庭といった施設だけでなく道、空き地、川原、駐車場、ビルの屋上など子どもが遊んでいるあらゆる場所を記入していく。

 調査人数は、小学生4〜6年生、各学年男女20人、合計80人程度をめざす。調査は校門で下校してくる子どもをキャッチすると効率がよい。所要時間はひとり10分程度なので調査自体は1〜2時間で終了する。もちろん学校の協力が得られるならば教室でアンケートを書いてもらう方法もある。

A 「遊び空間」については、子どもたちが上げた遊び場を実際に見て回る。それぞれの遊び場について、大きさ、構造、遊具、禁止事項、課題、実際に遊んでいた子どもの数と遊び内容、改善すべき点などを記入する。写真、スケッチなどを行う。

B もし余裕があれば、「子ども会議」を開いてそれぞれの遊び場についての子どもの意見を聞く。最終的に、地域の既存の公園の改善点、今後作ってほしい公園、遊び場として今後残すべき空間について話し合う。

 こうして作成されたのが「子ども生き生き遊び場マップ」(子どものための街づくり研究会発行)である。楽しくできて有益な活動なので是非皆さんの地域でも始めて欲しい。

注) 「住民参加による子どもの遊び環境調査」(論文)

リンク−岡山市内六学区での子ども遊び環境調査(マップ)

筒井愛知ホームページ内に岡山市内6学区で作成した遊び場マップを掲載。

  

青少年団体の課題

 岡山県内には子どもらの健全育成に関わるさまざまな団体がある。PTAはもちろんその一つであるが、他にも地域子ども会、スポーツ少年団、ボーイスカウト、ガールスカウト、FOS少年団、緑の少年隊などさまざまな団体がある。学校五日制の完全実施や子ども集団の小規模化と人間関係の狭さという現実を迎えて、これらの青少年団体の役割はますます大きくなっている。ところが会員数の推移をみると、いずれの団体もこの10数年会員を減らしている。少子化がもっとも大きな要因ではあるが、それ以上に子どもたちが団体活動に魅力をあまり感じなくなっているという事情がある。県内の2大団体である子ども会とスポーツ少年団についてその課題を述べておこう。

 子ども会が抱える最大の課題はその指導性にある。多くの場合その指導者は1年交替であり、子どもたちの保護者がこれに当たっている。従って、活動の内容も行事が中心であり毎年変化に乏しい。指導の方法も大人がお膳立てして、子どもはそのプログラムの乗るだけの「お客様」であり、子どもの主体性の向上を期待することは難しい。発展している子ども会の内実を調べてみると、中心的な指導者が一定していて長期間にわたって指導に当たっているケースである。意欲をもった指導者が長期にわたって活動できるような体制に作り変えない限り、子どもらを引きつけるような活動を展開することは難しいであろう。

 スポーツ少年団の本来の目的は運動嫌いの子どもにもスポーツを楽しんでもらい、スポーツ人口の裾野を広げることであった。しかし、一時期、試合の勝ち負けにこだわるあまり、勝利をめざした厳しい訓練を行い、スポーツ嫌いをなくすどころか好きであったものもスポーツから離れていくといった現象が見られた。

 スポーツ少年団の最大の問題点は、子どもたちの自主性という点にある。練習や試合そしてスポーツの種目の選択においてどこまで子どもたちは主体的に関っているのか、という疑問である。少年野球において大人である監督がサインを出し、子どもがバントをするという現象に子どもの主体性は見られない。スポーツは本来が大人の発想であり、子どもにとって必要なのは「遊び」である。かつての子どもたちが行なっていた草野球はスポーツではなく遊びであった。なぜなら草野球ではルールは自由であり、勝ち負けにこだわらなかった。ベースを3角にしたり、小さい子どもには三振をとらないこともできた、チームの力の差が歴然としている場合には選手を組み分けていた。遊びが必要な児童期(小学生の時期)には遊びとしてのスポーツがふさわしいという原点に立ち返ることがスポーツ少年団の発展の道といえよう。

 

子育てネットワークを

 これらの青少年団体以外にも地域には子育てや健全育成に関る団体やグループがある。子ども劇場、子ども文庫など児童文化に関る活動や、母子クラブ、PTA、児童クラブ(学童保育)など子どもの健全育成に関るグループもある。

 これらの団体やグループに関る人々がネットワークを作って、地域の子育てを考えていけるような仕組み作りを考えたい。そのためには地域の拠点施設があることが望ましい。公民館や児童館が音頭をとり、学校とも連絡をとりながらそのようなネットワークを形成していくことが地域の子どもの成長を保障することにつながる。従来の健全育成活動が青少年の非行対策に片寄りがちであったが、このネットワークではより積極的に子どもらの余暇活動を保障し子どもの成長発達を促すことを目的としている。

 1979年に国連で採択された「子どもの権利条約」の第31条に次のような条文がある。「締約国は、児童が休息し、余暇をもつ権利、年齢に適した遊び及び娯楽活動を行う権利並びに文化的生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。」続いて第2項で締約国は児童のこれらの権利を尊重し促進し、適切かつ平等な機会を提供すべきことが唄われている。子どもの基本的な権利のひとつとして遊ぶ権利を認めた点で画期的なものである。しかし子どもの権利は大人がそれを代弁しない限り、無視されたり後回しにされてしまう。子どもの小さな声に耳を傾けこれを保障するのが大人たちの責任である。

 「子どもは遊びの天才である」といわれている。このことをもって何も大人が子どもの遊びを保障する必要はない、という主張がまかりとおってきた。しかしエジソンでも毎日残業に追われ自分の部屋もないほど狭い家に住んでいたならば、電球や電話を発明することはできなかったろう。今の子どもたちはその天才ぶりを発揮するための時間も空間も失いつつある。遊びを発明するのは子ども自身であっても、そのための空間と時間を護るのは大人の責任である。幼児期、児童期、青年期をとおして青少年が地域においてゆとりをもって生活できる空間を私たちはどう創造していけるか真剣に考えねばならない。

 


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