AA(アメリカン航空)の飛行機は夜の10時40分、ボリビアのサンタクルス空港へ降り立った。私にとっては初めての南米の地である。
空港の荷物受け取り場でやっぱり荷物が出てこない。やっぱりというのは、私には絶対荷物はついていないだろうという確信があった。それはマイアミでの乗り換えにほとんど時間がなかったからである。
NYのIthacaからPhiladelphia経由で来たのだが、Philadelphia空港から出発する機が、前の飛行機がつかえていて、なかなか出発できず、結局、出発したのは出発時刻の1時間20分もあとだった。これでマイアミで乗り換えることが可能だろうかと、不安が胸をよぎる。私を乗せたAA947便がマイアミ空港に到着したのが、ボリビア行きの便の登乗時刻の4分前。大きな荷物を持ったヒスパニック系の家族連れでいっぱいのマイアミ便である。うしろの座席にいた私はなかなか出ることができない。機内から出るまで10分以上。D-48がボリビア便乗り換えのゲートだと機内で言っていたので、近くにいた係員に「D-48はどっちだ」と聞くと、怪訝な顔をされた。パニクっているので、48を日本語で「よんじゅうはち」と言っていたのだ。あわてて言い直す。あとは運を天にまかせて走るだけ。
D31からD-48までが長い。やっと近づいた頃、アナウンスで「Passenger Mr. Keisuke Ueda」のアナウンスが入る。よかった。間に合った。出発時間をすでに5分すぎていて、搭乗口への通路のドアもすでにロックされていたのを係員が開けてくれた。この時、人は間に合ったが、荷物は無理だろうなと思ったのである。
そんなわけでなんとかSantaCruzに着くには着いたが、荷物受け取りの係員が英語を話せない。つぎつぎにたらい回しにされて、結局、荷物のことは誰もわからない。仕方がないからとりあえず出て、迎えに来ていた実松先生と合流。スペイン語のできない私にかわって、実松先生がAAのカウンターへ行ってしっかり交渉してくれる。ありがたい。明日は荷物が着いているといいのだが。
サンタクルスのホテルでの朝。風が強い。部屋の窓からは、通りとその向こうに広がる町並みが見える。ビルは少ない。どの家もだいたい平屋で赤いかわら屋根である。鳥の姿がない。
朝食はバイキングで、パンとハムとバター、質素な感じだが。ジュースがパイナップルもパッションもおいしかった。コーヒーはいま一つ。
9時半。タクシーで空港へ向かう。空港で荷物のことを聞くが、朝のラパス周りの便では着いていない。ということは夜のマイアミからの直行便か?
仕方がないので、そのままもうひとつのTropillo空港へ向かい、そこから20人乗りの小型機でTrinidadへ向かう。ここでも荷物トラブルである。同行の2人の機内手荷物が重たいと超過料金を請求される。しかもTrinidadに着いたら、預けた荷物の1つが出てこない。飛行機に積み込まれていないのだった。
ま、とにかく出だしは悪いが、何とかなるだろう。
Santa CruzからTrinidadまでの空からみた風景はカカドウと同じである。水が粘土分を含んで白っぽいからなのか、眼下の川は、干上がって、水が流れていないように見える。自然のままの蛇行した川である。
Trinidadに近づくと、「あれがLoma(ロマ)ですよ」と、実松先生が教えてくれる。なるほど、氾濫原のサバンナ風の平原の中にポツンと、木の茂った小山が見える。その成因まで考えないと、ただの丘と思ってしまうだろう。
Santa Cruzでは鳥はほとんどいなかったのに、ここ Trinidadでは、町中にも鳥はたくさんいる。黒いムクドリくらいの鳥が群れで飛んでいるが、これはムクドリモドキ科の鳥だろう。カウバードの仲間かもしれない。あと、あちこちで目についたのが、腹が黄色くて、ヒヨドリ大のタイランチョウらしい鳥。つがいでいるのもいる。きれいな大きな声で鳴いている。ツバメらしいのも電線に止まっている。荷物が着くまでは双眼鏡がないので、種類はわからない。
宿舎は、農園主の未亡人が、農園を売ったお金で建てたという、ここでは豪邸に類する立派な家である。上に3部屋、下にリビングとキッチンと1部屋、あとガレージがある。寝室は20帖くらいあるだろうか、天井がとても高くて広々としている。シャワーとトイレも2階に2つ、下に2つある。
すでにボリビア文化庁の考古学研究所からTiwanaco文明の発掘責任者のAlvaro君が来ている。彼は一年中、ほとんど休みなしで、チチカカ湖の近くで発掘の指揮を執っていて、我々の調査に参加するのに1ヶ月の休暇をもらって来ている。「これがVacationだよ」と笑っている。
夜、宿舎に戻ったとき、「ピッ、ピッ、ピッ」という甲高い金属質の音が、玄関周辺でなり響いた。てっきりセキュリティシステムが作動したのかと思ったが、これは実はカエルの声だと言う。家の前に細いドブがあるが、そこに住んでいるらしい。2匹いて、これが同調して鳴くと、さらにセキュリティの警報音に聞こえる。
Trinidadの町は人口は8万6千人くらいだというが、町の中心部には大きな市場があって、人々の活気であふれている。今日は土曜で、なにかの祭りの日らしい。昼間、民族衣装に着飾った女の子たちが歩いていた。今も遅くまで音楽がひびいている。日本でもそういえば今日は五山の送り火の日である。
朝、5時を過ぎると空が少し青味を帯びてくる。あちこちから鳥の声がしはじめる。どれも見当がつかない。最初に聞こえて来たのが「ツイーッ、チチチ・・・」というセキレイとカラの声を合わせたような小さな声である(これはあとで天井裏に巣食うコウモリの声だとわかった)。節回しがダーウィンのハイイロモズガラスに似ている声が聞こえる。これが例のタイランチョウの声である。
今日は一日、何もすることがないのでのんびりする。ベランダから隣の空き地や電線をみているだけでいろんな鳥がやってくる。向かいが小中学校でその金網に、ハチドリが飛んでくる。金属性の小さな声を出している。下のドブで、ツグミのような赤茶色の鳥が餌をあさっている。どうもBBCのアッテンボローの映画に出てくるカマドドリ(Tiluchi)らしい。と思って隣の空き地をみると。杭の上に大きな泥の固まりが乗っていた。これがカマドドリの巣である。大きさは一升釜ほどもあろうか。
上半身が白っぽくて、風切羽が青いホオジロのような鳥が飛んでくる。フウキンチョウの仲間だろうか。キビタキのような白黒模様の小さな鳥がつがいでやってくる。地味なオリーブ色のがメスらしい。色彩はキセキレイのようなのだが、体形がツグミ類のような感じの鳥が地面を歩いている。カマドドリと行動が似ているが、何の仲間か見当もつかない。これもカマドドリと本当によく似た色彩と大きさで、ただ頭から上半身が灰色〜黒味を帯びているのが違いといった鳥が10羽ほどでぞろぞろやってきて、ドブの周りでエサを探している。個体同士のコンタクトも密で、仲の良いグループである。カマドドリで協同繁殖する種だろうか?
午後、こちらでお世話になっているRicardさんの所に挨拶に行く。町の名士で、モホス文明の提唱者Keaneth Leeを手伝って、働いていたことのある人だと言う。イタリアマフィアのボスみたいな顔をした人だなと思ったら、やっぱりイタリア移民の子孫だそうだ。家業は井戸掘り業と、自宅の70mの深さから汲み上げる良質の天然水の販売。家のリビング兼キッチンは土間で、そこに犬が3匹と子犬たち、猫も鶏も歩いていて、赤ちゃんまで寝かされている。昔の日本の農家そのものである。
調査の初日。早朝にLa PazからPedroがやってくる。彼も考古学研究所の所員だったのだが人員削減のあおりで失職中だと言う。冗談をよく言う楽しい奴である。調査チームの小村さんにも「Akiko, Akiko」と、しょっちゅうご機嫌を伺っている。いかにもラテン系の男といった感じである。6時にマイクロバスが迎えに来る。運転手はRene君という機転のきく、まじめそうな青年。途中、測量士やLomaの管理をしているというおじさんを乗せて、東の方へ小一時間で、人口143人の小さなParoto村に到着する。
村はずれの丘がLoma Chocolatalitoである。名前の通り、カカオの木がたくさん植えられている。それ以外にもタマリンド、グレープフルーツ、マンゴー、バナナ、ユカ芋など、村人がLomaを利用したいわゆる典型的な混栽型の森の熱帯農業(アグロフォレストリー)が行われているようである。頂上付近だけ木を伐採して、発掘地点をもうけてある。もう3つのunidadが作られて、#3からは、土器の破片に混じって、すでにいくつも人骨が見つかっているという。
周囲の森の中を歩くと、モルフォ蝶に出会った。こんな人里近いところに生息しているとは思っていなかったので驚きである。ショウガ科の赤い花を咲かせる植物が、地面から直接に芭蕉の葉のような1mくらいの葉を、まっすぐにのばしている。その群落が好きなようで、ほかにもう1頭、出現する。感激したのは、きらきらと光る青い色彩が、追っていくと突然、視野から消えることだ。理由は、モルフォ蝶が羽を閉じて、木の幹に下向きにピタッと止まってしまうと、ただのタテハチョウの色彩になってしまうことだった。素早くはばたく青い羽が突然視界から消える。捕食者は戸惑うだろうなあと思う。モルフォ蝶の青く輝く構造色は、まさにこのためにあったのだ。熱帯には来てみるもんだと、これだけでも博物学者冥利につきた。
村はずれの道を鳥を見ながら歩いていると、向こうから来る二人連れの老夫婦にであった。おばあさんはロバ、おじいさんは馬に乗っている。ここから2時間ほどの所から来て、これから村へ行くという。なんともいい雰囲気の老夫婦で、カポカポと遠ざかっていく後ろ姿を見ていると、「月の砂漠をはるばると・・・・」という歌が浮かんで来た。
Lomaの丘の向こうに一軒家があって、老夫婦が住んでいた。息子3人は我々の調査地で働いているという。もう80歳だというじいさんは1960年からここにすんでいると言っていた。ばあちゃんが庭のグレープフルーツの木から、果実をもいで来てくれる。こっちの人のグレープフルーツの食べ方は、うすく皮を剥いて、へたの一方を切り落として、そのまま手でもみながら、1個丸ごとジュースを飲むというやり方である。
この家の手前のちょっとした森の中の沼にトラフサギが1羽いた。サギ類の中でも原始的と言われる種類で、ちょっとサンカノゴイに似ている。前からみたかった鳥だが、こんなところで見れるとは思わなかった。これも収穫の一つ。Luisはあれは「コアホ」だよと教えてくれたが、そのあとアメリカササゴイもツルモドキもみんな「コアホ」と言っていたので、個別に識別しているわけではないらしい。色の茶色いサギ風の鳥といったところだろう。
今日はパロといって、全市がバリケード封鎖になるという。行政府が現大統領のモラレスに反対して行う行動だとか。ボリビアでは全9州のうち5州がモラレス政権に反対しているという。彼の出身母体の部族が最大部族なのだが、部族優遇をしないので、反発勢力もあり、他の部族もそんなに支持してくれないという、危うい立場にあるという。地方自治体がバリケード封鎖をするなど、日本では考えられない行動である。そんなわけで、朝6時から夕方の6時まで車での移動ができなくなる。仕方がないので、封鎖が始まるまでに町を出ることにする。朝、5時出発。調査に向かう一行とは別れて、西の方へ向かう。
おじさんが先に釣りに行ってるのでいっしょに行くかとLuisに誘われたので、一緒に行くことにする。家に寄って釣り道具を持ってくるというので、彼の家まで行く。長屋風の一部屋だけの部屋にベッドが2つおいてあって、かやのかかっている方に奥さんと双子の赤ちゃんが寝ている。下は土間。テレビとオーディセットとパソコンとDVD装置が不釣り合いに近代的である。この部屋の裏は中庭に通じていて、中庭に面して、あと2棟4部屋がある。ここは姉さん夫婦と母親が住んでいるのだという。昔の大家族である。
釣り道具を持って、おじさんを追いかける。ちょうど渡し場で船を待っているところでおじさんのバイクに追いつく。おじさんも日本に出稼ぎに行っていたことがあるとかで日本語で話しかけてくる。ここはまだマモレ川の支流らしい。そこを渡って、また舗装していない河川敷の砂煙もうもうたる中をひた走ると、茶色い水が滔々と流れるマモレ川の渡し場に出る。ここでバイクをおいて河岸のシルトのbankを上流へ2キロほど歩く。途中でまた渡れないところがあって、どうするのかとおもっていると、向こう岸から子供が丸木舟をこいでくる。5−6歳の男の子で、名を聞くとChristianだという。安定の悪い丸木舟に乗って、男の子の舵取りで向こう岸へ渡してもらう。こんな子供でもいっぱしに仕事してるんだと、なにか感動する。
釣りはテグスの先に針をつけただけのもの。その針に牛肉の切り身を刺して、水に放り込むだけ。つんつんと、あたりが来るがなかなかかからない。小型ピラニアが肉だけ取っているらしい。何回目かでやっと15センチくらいのピラニアが釣れる。あまり凶暴でない小型種で、日本でもよく売っているやつである。となりのおじさんはもっと大きな針をつけて、ナマズを狙っている。結局、ピラニアは1匹だけ、おじさんは30センチほどの白ナマズを2匹釣り上げた。
「ここまで来たらサギナシオ(San Ignasio)まで行く?」とLuisが言うので、ちょっと遠そうだが、まあいいかと思ったのが大きな間違いだった。サギナシオはあとで地図を見るとTrinidadからはほぼ100キロもあるではないか。舗装されていないガタガタ道を、オフロードバイクの固い座席に乗せられて、もうもうたる砂埃の中を、結局、片道4時間、往復8時間の苦行であった。途中、アナコンダの3mくらいのや、60センチほどの大トカゲが道を横切ったりしたのを見ながら、町へ戻った時はすでに6時をすぎていた。そういえば、ルイスは気づかなかったようだが、オオカワウソもいた。
しかしサギナシオの町は美しかった。教会と中央の大広場と。町も人口が少ないせいか、Trinidadほど汚くはない。家々の壁の色がとりどりの原色で美しい。7月30日の祭りの日には、近郊から大勢の人がやってくるのだそうだ。アメリカや日本からも来るという。
さて、荷物はどうなったかというと、Pedroが何回も電話してくれて、やっと荷物がSanta Cruzの空港に届いているとの確認がとれた。とっくについていたはずと思うのだが、それがいままでわからないのがボリビアである(またたらい回ししてたんやろと、皆で憤慨する)。Pedroはパロが終わったら、バスで8時間の道を、とりにいってくれるという。ありがたい。
昨日の遠出でお尻が痛いので、今日は近くに行くことにする。Ibare川沿いのLa Suarezの村。軍隊(なぜか海軍)の駐屯地がある小さな村で、村はずれでたむろしている村の若者たちとソーダを飲んで話を聞いていると、アナコンダがいるというので見に行く。民家の庭に井戸のような囲いがつくってあり、アナコンダがその中に飼われている。アナコンダはどうでもいいのだが、その庭に例の茶色のキツツキのようなアリドリ(アリキツツキ)が来ている。どうみてもスズメ目の小鳥なのに、動作はキツツキである。しっかり木もつついていた。アナコンダは4mほどのが寝ていた。見学料2ボリと書いてあるが、だれもいないので、払わずに去る。
その奥へ森の中の小道をずっとすすんでいくと、Chuchiniの丘がある。ここに個人でエコリゾートみたいなのを経営しているドイツ系の夫婦がいた。前に実松さんも3回ほど来たそうで、プレイボーイに載った記事のコピーがおいてある。ここ自体がLomaで、そこから出た出土物などを展示して、ついでにエコツアーなどもしているらしい。2泊3日で240ボリだそうだ。
今日は町の北のSan Javier(21キロ)とSan Pedro(52キロ)の村に行く。San Pedro村でLuisは30年ぶりに学校の同窓生に会って、再会を喜んでいた。まわりの村から、Trinidadの町の学校に来ている子たちも多いのだろう。
道の両側は相変わらずの見渡す限りの平原で、ところどころに木立がある。水たまりには必ずと言っていいほどナンベイレンカクがいて、追いかけ合いをしている。サギ類、トキ類、コウノトリ類、ベニへラサギも降りている。トキは日本のトキと体形は似ているが、全体に濃い灰色の、薄汚い種類がどこにでもいる。もう1種、バフ色と赤褐色の模様の美しい種類がいたが、見たのは1回きりである。コウノトリは2種類いて、1つはBatoと呼ばれる大型のクラカケコウのようなのどに赤い袋がある種類。もう一つは、日本のコウノトリと似たタイプの白い種類である。黒いサギのような鳥がいた。最初、サギの仲間かと思ったが、雰囲気が違う。これがLimpkin(ツルモドキ)である。これもたくさん、至る所にいる。水鳥ではないが、カンムリサケビドリも水辺に近いところが好きなようで通常2羽(ときに3羽)でいることが多い。つがいなのだろう。子供のころにHudsonの『ラ・プラタの博物学者』(ヴィーグル号航海記などとともに子供版があった)を読んで、そこに出てくるサケビドリに憧れたものだった。帰り道、道のすぐそばにハナグマが2頭出て来た。
今日はLuisには休んでもらって、Loma調査の方に参加する。Lomaのまわりの森は20mを超える大きなイチジクの木があちこちにあって、その下にいると気分が休まる。双眼鏡はAlvaroの小さいのを借りているので何とかなっている。森の暗い茂みを動き回っている鳥がいる。アリドリ科の鳥だろうか、メジロのような声で、カヤクグリのような色彩をして地面近くを生活場所にしている。「アリカヤクグリ」と名付ける。
モルフォ蝶もいるが、ヘリコニウス属の蝶とおそらくその擬態種の蝶もたくさん飛んでいる。この蝶はベーツ型擬態で有名なベーツがはじめて擬態であることを発見した蝶として有名で、伊藤嘉昭もその著『動物生態学』のなかで唯一、カラー図版で紹介しているくらいである。同属の毒蝶同士よりも、まったく別の系統の無毒の種の方がよく似ていることも多く、地域的な変異とモデルー擬態種関係も一筋縄ではいかない、とてもややこしい擬態関係を持っている。
荷物がやっともどってきた。Pedroが早朝5時に着くバスでSanta Cruzから戻って来たのだ。しかし中身を確認してみると、双眼鏡とGPSがなくなっている。「やっぱりな・・」と、落胆する。ルイスはボリビア人はそんなことはしないと言っていたので、マイアミで抜かれたのだろうか?ま、あきらめるしかない。
今日は7時にルイスが出むかえ。いつもの堤防沿いの市場に行って朝食にする。Luisのお勧めは「Aji de Panza」(アヒデパンサ)。牛の腸の細切れをタマネギと煮込んだスープをご飯にかけてある。これで8.5ボリだから130円くらいか。朝のメニューはこのほかにもいくつかある。Patascaというのは、これも牛肉のスープで(トマト味もある)、ご飯かトウモロコシ(大きなやわらかい粒)が入っている。Masacoはバナナかユカ芋を茹でて、つぶしたものに、牛肉と目玉焼きが添えてある。バナナのつぶしたものは、甘くはなく、食感的にはマッシュポテトそのものである。青いバナナを茹でるとこうなる。個人的にはユカ芋の方がおいしいと思う。
市場の一角はこうした食べ物屋さんでにぎわっている。朝の7時から、大きな鍋で、煮込んだ食材を運び込む。どこも一家でやっており、子供たちも働いている。市場の写真をいろいろ撮って、ついでにスパゲッティ用に唐辛子も5本ほど仕入れる(50セント)。
町から南方向、今日の目的地Loreto方面へ向かう。舗装道路は1キロほど行くと途切れて、いつもながらのガタガタ道である。途中の道沿いでカンムリサケビドリのいる水辺に、カピバラの50頭くらいの群れが休んでいた。ここにもトラフサギが1羽いた。そう珍しい種類ではないらしい。木立の陰で休憩しているときにルイスがMotmot(コビトドリ)を見つけてくれた。バードウオッチャーでもないのに、目がいい。オープンな場所にこそ出てこないが、小型のハチクイといった感じで、習性的にも似ている印象を受けた。
ロレトまでの間の中間地のSacho Jere(サチョヘレ)村に着いて、ちょっと休憩。ここから左に折れてSomo Pae 村へ向かう。この道は車も少なく(ホコリをもろにかぶらないのがよい)、静かである。道の両側は樹高15mくらいの林で、鳥も多い。この道筋でToucanが2種類(ひとつはシロムネオオハシ)見れたこと、Trogon(キヌバネドリ)も1種類いたのが収穫だった。
Mira Flores という小さな村で、農家の庭先でサトウキビ絞りをしている光景に出会った。子供たちが馬に引かせた絞り機をまわしていて、じいさんが大きな鍋で絞り汁を煮ている。ルイスもこういう古い木製の絞り機は子供の頃に見たのが最後だという。絞ったばかりのジュースを飲ませてもらったが、新鮮でとてもおいしかった。じいさんに聞くと、この仕事はいつも子供たちだけでやっているとのこと。おやじが出て来て「これを飲むとチンチン大きくなるぞ」と言って笑っていた。
Somo Pae 村を右に曲がって、発掘しているLomaのあるParoto村へと向かう。着いたら、皆はちょうど食事が終わったところ。
午後はLuisとLaguna Suarezという大きな湖へ行く。「かわいい女の子がたくさんいるよ」とはLuisの弁だが、着いたときは家族連れが何組かいるだけでひっそりしていた。この湖も古代の人造湖なのだろうか。水深が1m少々しかなく歩いて対岸まで何度も行ったことがあるとルイスは言っていた。
湖岸のレストランに入って、さっそくビールを注文して飲みはじめる。デイゴによく似て、色がオレンジの花が咲いている木を見ていると、ハチドリや、宿舎のまわりや村にもいたが、サユブという背中が青く頭の方が白っぽい、ちょっと色彩感覚的におかしな感じのする鳥が来ている。ホオジロのような体形だが、フウキンチョウ類なのだろう。バルチモアムクドリモドキも来ている。湖岸の杭にカワセミが止まる。ヒメヤマセミサイズで、頭と冠羽が黒い。背中は緑っぽい色彩できれいなカワセミである。ミドリツバメもときどき止まりにくる。これは北米からもう渡って来たのだろう。
2人でビールを6本あけて、宿舎に戻る。
今日はフライト。7時に宿舎を出て、レネの運転するマイクロバスで空港へ向かう。今日のバスはいつものと違って、ハイエースサイズ。スライドドアがないというかなりの年代物のバンだが、それでも普通に走っている。途中、Ricardを拾って空港へ。6人乗りのセスナに乗る。Trinidadから東へ、Barau?方面へ向かう。60過ぎのパイロットは離陸するときも安定感があって、いい腕だなと思う。
空から見るアマゾン氾濫原の雄大な光景は圧巻である。雨季のカカドウの光景に似ている。河畔林とLomaの林だけでなく、かなりの面積で森が存在している。このさらに東はブラジル山地で、先カンブリア紀の地層が露出しているという。大きなロマからテラプレンと呼ばれる直線があちこちにのびている。上から見た森の風景にも明らかにそこだけ木の種類が異なる大規模な直線が散在する。水路だとか道だとか言われているが、まだはっきりしないらしい。とにかく大昔に人工的なものがここに存在して、そのあとが異なる樹種によってくっきり境されているということなのだ。
眼下に広がる熱帯林大規模に伐採されている場所がある。宗教集団メノー派の開拓地だと言う。数キロにわたって1本の直線道路がつくられて、その両側200mほどの幅で伐採され、農地化されつつある。この宗教集団はアーミッシュのような原理的な教団で、各地で土地を買い占めて、許可なく違法伐採をしては信者の入植地をつくっており、ボリビアでも社会問題化しているとのことである。
午後は、マモレ川の川岸にあるPuerto Almanceという村に行く。Puertoは港のことだから、雨季にはここまで水が来て、港になるのだろう。今日はここでフェスタがある。ホコリだらけの川岸の広場に闘牛用の囲いが組まれ、まわりで屋台やらなんやらがごちゃごちゃ営業している。そこを何百人もの人が動き回るので砂埃が尋常ではない。
闘鶏場も作ってあって、今まさに闘鶏が始まろうとしている。飼い主がニワトリを水浴びさせて、タオルで丁寧に拭っている。そのあと、足に金属性の蹴ヅメをつけて準備完了である。ニワトリはシャモと似たタイプ。向かい合うとお互いいきなり相手の首筋にくらいつく。ここは皮膚が露出していて、痛そうである。あっという間に血が飛び散る。そのあと、互いに食いついたまま、押し合いをして、相手の力をはかる。蹴り合いはときどき入るが、主なのは食いついて押し付けるというやり方である。ちょっと動きにかけるが、日本のシャモもこういう闘い方をするのだろうか?お金をかけるので、まわりで男たちがわいのわいのと声援を送る。審判の男性が「セニョリータや子供もいるので下品な言葉は使わないで!」と注意をする。ルイスが「ウエダさんも賭けたら?」というが、鳥の専門家が賭けると、善良なボリビア人からお金を巻き上げてしまいそうなので、気が引けて、やめておく。
Loretoまで52キロ。かなりの道のりであるが、今日の収穫はジャノメドリを見たことだった。道路脇の沼地で見つけたこの鳥は羽を畳んでいるときは地味な鳥なので、一瞬、羽をひろげてくれなかったら、シギかなにかとおもって、見過ごしていただろう。シギはこの地でもクサシギとタカブシギが来ている。もう秋の渡りが始まっているのだ。
Sacho Jere村から、さらに2つの村を経て、Loretoに着く。割と新しい斬新な建築の小さな教会がたっている。その横で古い教会も復元中である。南米に多いマリア信仰で、「Virgen de Loreto(ロレトの処女)」の像の目から涙が流れるのをみた子供がいて、それから霊験あらかたな聖地になったのだという。サギナシオと同じでここも10月4−5日は近隣の村からの人であふれるという。こんな氾濫原の真ん中の、舗装道路もないところを、Trinidadからでも、皆、朝の3時から歩いてくるという。
さらにその先20キロくらいのKamiacoの村まで行く。道はここまでしかなく、行く手をマモレ川がふさいでいる。ルィスがここにおばさんがすんでいるはずだというので、家を探してみたが、探し当ててみるとすでに空き家で、となりのおばあちゃんに聞くと、2ヶ月前にTrinidadへ引っ越したという。ルイスはここで昼飯を食べる予定だったらしい。仕方がないので、川沿いの一軒家で昼飯を頼む。「魚しかないがいいか?」というので、それでいいというと、ナマズとバナナの唐揚げにご飯を添えたものを出してくれた。つぶした唐辛子をかけて食べるがこれが口にあって、おいしかった。
村の女の子たちが、にぎやかにシャンプーの容器を抱えて川の方へ降りていく。マモレ川での水浴びである。服のまま水を浴びて、シャンプーをしている。シルトをたっぷり含んだ茶色い川の水でシャンプーというのも違和感のある光景だが、乙女心のいじらしさを感じる。
今日は市内観光でもしようとお迎えは9時にする。最初行ったのは墓地。日本人移民の墓もたくさんある。ここでは火葬はせず棺桶のまま遺体を立派なお墓に入れて封印するというのが一般的。沖縄の亀甲墓のようなものである。金持ちの墓は立派で、まだ生きている家族の分まで、スペースを作ってある。ルイスの家の墓もあって、みな入るところが決まっているという。
そのあと、ちょっとした公園の併設動物園でアナコンダとバクを見る。アナコンダはさすがに6m近いのは、ヒトの太ももよりも太く、こんなのに野外では遭遇したくないと思った。水の浅いところで、鼻だけ出して、じっとしている。こうして獲物を待ち伏せるのだろう。
インターネットはノートパソコンをつながせてもらうのに設定変更で一苦労。画面の日本語が読めない店員に、ルイスを介してスペイン語で説明するが、ルイスはパソコン用語を正確には訳せないので、大変である。なんとかつなげたものの、通信速度が遅い。送信だけEudoraでして、受信は店のパソコンでサーバに接続することにする。
夕方、Luisが空手道場に連れて行ってやるという。ここTrinidadにはなんと空手道場が5軒もあるのだそうだ。そのひとつのNagao-san-Dojyo。Nagaoさんは日系2世で47歳、兄弟4人は日本で働いているそうだ。ボリビアの全国空手大会で優勝したこともあるという。生徒は60人ほどいて、夕方のこの時間は年少の子供たちが20人ほど、元気なかけ声をかけて練習していた。
さすがにすることがなくなってきた。みるべきところはたいてい見たし・・・。お迎えがだんだん遅くなって、今日は10時。まず、朝はLuisの家にいって時間をつぶす。双子の女の子(9ヶ月、アケミとサユリ)をあやしていると、「サユリが泣かないのはウエダさんがはじめてだ」と感心されたので、「ワシは子育てのプロや」と自慢しておいた。姉さんの旦那さんがタマリンドの実を処理しているので、ちょっと手伝って、ついでにタマリンドジュースを飲ませてもらう。おかわりして2杯飲んだら、「おなかは大丈夫なのか?」と心配された。普通の日本人はこんなものでもすぐお腹に来るらしい。
そのあとLuisのいとこがやってるBar(スペインと同じで、ビールも飲める簡単なレストラン)へ行く。いっぱい人がいる。お昼のメニューの仕込み中である。なんでこんなに子供がいるのかと思ったが、話を聞いて、だんだんわかって来た。みな家族なのである。いとこだというおばさんは46歳。このいとこが8人の子持ちで、一番下の子はまだ3歳。上には大きな子が何人もいて孫がもう7人だかいるという。さらに娘の一人は妊娠中で、皆でその大きなおなかをぽんぽん叩いてはやしていた。日本人が来たのがめずらしいのか。子供たちがまわりに寄って来て、いろいろ質問される。ここの猫は細い。
コーラを飲んで、ビールを飲んで、グレープフルーツジュースを飲んで、トウモロコシのジュースだという中にポップコーンをふやかしたようなトウモロコシの粒がいっぱい入ってる甘い液体を飲んで、亀の卵を食べるかと聞くので食べるというと山ほどゆでて来てくれた。これはあのマモレ川の川岸で村人が掘っていたアカミミガメの卵に違いない。白身は固まらないが黄身がかなり固い。ちょっと躊躇はしたが、結局、5個も食べてしまった。なぜか私は、こういうものに強い。こっちにきてからあちこちで現地のものを片端から食いまくっているが、何ともない。「上田先生はタフですね」と、実松さん。「ドクトルはボリビア系日本人だ」とか、「野蛮人」とか、Pedroが言って笑う。
夜は皆で中間発表のミーティング。そのあとルイスが昼間に誘っていた街頭のテレフォンカード売りの女の子たちが待ってるから、ビールを飲みにいこうというので2人で出かける。夜にバイクで走ると結構カラオケの店がある。女の子たち4人がまっていたのはそのうちのひとつの店。「Alirang」というのが店の名らしいが、ちっっとも韓国風ではない。店内を見渡すとカップルが多い。4人のうち3人は22歳でうちの娘より若い。一人だけ31歳で3人の子どもがいるが、夫はいないという。ボリビアではシングルマザーで、子育てしながら働いている女性は普通だと言う。まあ、大家族で、いろいろ親族の支援があるからできるのだろう。ボリビアではやっている歌は、歌詞もフシも、なんとなく日本の演歌調である。ただ、カラオケ画面が、なぜか珊瑚礁で熱帯魚の泳いでいる場面が多かったのはなぜだろう?
そんなこんなで、TrinidadのBonitaたちとのカラオケの夜は更けていった。
今日はまたLomaへ。3回目である。実松先生に案内されてまわりの“水芭蕉(例のショウガ科の植物)“の茂っている低地を歩く。この植物は水芭蕉と似ているが、性質も似ていて、湿地が好きらしく、まだ水が残っている湿地にも生えている。背中に黄色いシマのある小さなカエルがいた。ちょっと地味だが、ヤドクガエルかもしれない。かなり大型の鳥が20羽くらい、木の上で騒いでいるので、双眼鏡で見ると、それが全部ツメバケイだった。NHKの映像など見ると、もっとアマゾン川沿いの深い森のあるところにしかいないと思っていたので、これも意外だった。
もうひとつの収穫は、シジミチョウの仲間で、頭に似た尾状突起を持っていて、それを動かすことで捕食者の攻撃をそらすという、昔、『American Naturalist』に掲載された論文の図に出ていた種に出会ったことだった。本当に記載の通り、日本のウラナミシジミのように、尾状突起を動かしていた。
調査チームの昼ご飯は、いつもロマの下の農家のおばさんに作ってもらっている。毎日、お米と食材を朝行ったときに渡しておくと、それを工夫していろいろつくってくれる。簡単ないろりと石釜(たいていの家の庭にレンガと泥でつくってある)で火を使うのだが、いつもおいしくつくってくれる。かわいい女の子たちが給仕をしてくれる。テーブルの足下では、ニワトリとバリケンとそのヒナたちが、犬や猫と一緒に走り回っている。
食事の後、また周りを散策していると、実松さんの呼ぶ声が聞こえる。何だろうと行ってみると、村人がナマケモノを捕まえたという。そう大きくないミツユビナマケモノである。地面に転がされていると、なんとも情けない格好で這いつくばったままだったが、木の幹につけてやると、するするとあっという間に上って行ってしまった。こんな孤立したパッチ状の森林にも、こういう動物が棲んでいるのは意外だった。と思って、また森に入って、大きなイチジクの木を見ていると、上の方でなにか動いている。これもミツユビナマケモノだった。こいつも案外敏捷な動きで、するすると幹を伝って下の方へ降りて来て、どこかへ行ってしまった。そのあとすぐ、今度は森の中のトレイルをのそのそと横切って行くケモノがいる。小さなアリクイである。見ていると、近くの木に登り始めた。なるほど、こいつがキノボリアリクイ(そんなのあったっけ?)かと納得する。さらにアグーチみたいな茶色の小さなケモノが逃げて行ったが、ほかにはアルマジロや山猫の仲間もいるという。Lomaの生態系は意外と豊かだったのだ(これが唯一の調査結果かな?)。
顔や腕など上半身は、アブと蚊とsand flyの襲撃に気をつけていればよかったが(こういう連中はダーウィンでなれている)、問題はダニだった。ちょっとうっかりして足下をブロックしていなかったので、森の中でじっとして観察しているときにズボンの裾から入り込まれてしまったらしい。シャワーを浴びるときになんとなくかゆいし、変な色になってるなと思って触ってみたら、ダニであった。平べったいし、しっかり食いついているので取りにくいが、爪でがしっと挟んで、力を入れてゆっくり引っ張ると外れる。離れたやつは意外な早さで逃げて行くのでつぶしておかねばだめである。太ももあたりを中心に5匹、10カ所以上もやられてしまった。不覚。