上田恵介vs佐倉統対談
「動物行動学の過去、現在、未来」



はじめに(I)  上田恵介
 この本は雑誌『遺伝』で1999年1月号から2001年いっぱいまで、「動物たちの気になる行動」と題して、三年間30回にわたり連載したものが元になっています。日本の動物行動学の若手・中堅研究者の手になるこの連載は、それぞれの研究者が対象としている動物の行動がどういう意味を持っているのかに加え、その行動を研究するにはどんな工夫や苦労があるのかが語られている点で、ちょっとこれまでの動物行動学の読み物とは違った本に仕上がっていると思います。
 動物行動学に興味を持ちはじめた人にとって、動物の行動は面白いし、だれでも研究してみたいと思うはずです。しかし、単に「面白いな」、「研究したいな」だけでは何も前へ進みません。趣味で動物を眺めるのと研究とは違います。誰でも見ている動物の行動の中から、時には行動学のブレーク・スルーになるような新しい発見を出来るかどうか、それが研究というものです。そして研究は研究センスの問題です。こんなことを言ってしまうと、「僕には、センスがないから無理・・」と、諦めてしまう人も出てくるかも知れません。けれど心配は要りません。研究センスは誰にだってもともと備わっているものではありません。まず基本は、野外で鳥や、ケモノや、カエルや、虫やカニの行動をじっくり見ることです。この時、ただ漫然と見るのではなく、そこから何かをつかみだそうという、どん欲な研究姿勢で見ること。そして、同時に机の上の勉強もしっかりすることです。伊藤嘉昭さんは「院生は年に二〇〇本くらいの論文を読んで当たり前」と、学会で会うたびに言ってくれました。二〇〇本は無理でしたが、金はないけど、時間だけはたっぷりあった院生時代。研究室に届く雑誌が待ち遠しくて、片っ端から読み漁ったことを思い出します。そして大事なのは、えらい人の言うことを頭から信用しないこと。ウイルソンやハミルトンやドーキンスやメイナード=スミスが言っていることに、ただ「すごいな」と押し流されるのではなく、「なんだ、こんなことは僕も考えていたんだ」ということを見つけていくことです。こうしたことが研究センスを磨きます。
 行動生態学と言う分野が登場して、はや四半世紀。日本では行動学会が創立されて二〇年。毎年の大会では数多くの動物行動に関する面白い発表があります。隔年で開催される国際行動学会議(IEC)や国際行動生態学会議(ISBE)にも日本人研究者が数多く参加して活発に発表しています。私のいる立教大学の大学院でも、あちこちの大学から動物行動学を志す若い人たちが受験しています。私は二一世紀は環境の世紀であると同時に、動物行動学の世紀でもあると思っています。
 この本は研究者の視点で、動物たちのより深い見方を提供する本になっていると思います。コラムは全部書き下ろしです。こうした研究こぼれ話が、動物行動学を志す若い人たちには、案外、役に立つかも知れません。この本を読んだ人たちの中から、次代を担う動物行動学者が出てくることを願ってやみません。  

◆はじめに(II)  佐倉統

 ぼくは子どものころ、とくに動物が大好きというわけではありませんでした。魚釣りにはついぞ興味をおぼえませんでしたし、チョウやセミをたくさんつかまえて標本を誇らしげにつくることもありませんでした。どちらかというと、星や野球や音楽のほうに興味をもっていました。そんなぼくが、こうしてエラそうに『動物たちの気になる行動』なる題の本を編集して、まえがきを書いたりしているのですから、人生というのはわからないものです。
 ぼくがどうしてサルやチンパンジーの行動の研究を専門に勉強しようと思ったのか、そのいきさつは本書の巻頭対談を読んでみてください。ぼくが言いたいのは、動物に興味がなくていいんだ、ということではありません。動物の行動に対する興味のもち方には、いろいろなアプローチがありうるということを言いたいのです。最近では、遺伝子や脳のはたらきもずいぶんとわかってきたので、そういった方面と行動との関係も大事になっています。遺伝子のしくみに興味があって、そこから行動のほうに関心が移ってきたという人もいます。
 そして、この本を読んでいるあなた自身も、ヒト(ホモ・サピエンス)という動物です。ヒトは、頭がいいとか言葉を使うとか文化をもっているとか、ほかの動物にはみられない、いろいろな特徴をもっています。言い換えると、人間について、そしてあなた自身についてよく知ろうと思ったら、動物の行動を研究しないとわからないということです。
 この本のもとになった記事は、雑誌『生物の科学 遺伝』に、一九九九年一月号から二〇〇一年いっぱいまで「動物たちの気になる行動」と題して、三年間三〇回にわたって連載されたものです。まとめるにあたって、フィールドワークでのエピソードや発想を伝えるコラムを新たに書き下ろしてもらいました。動物の行動を研究するということがどういうことなのか、どういう人たちが研究しているのか、そして、なんでこの動物はこんな行動をするのか──そういった疑問にいろいろと答えることができるのではないかと思います。でも、この本のいちばんの目的は、疑問に答えることではありません。編集者としていちばんうれしいのは、あなた自身にそういう疑問をもってもらえることです。そして、あなた自身が自分の疑問を解こうと努力してくれることです。どの章も、短くて読みやすいはずです。好きなところから、気のおもむくままに読んでいってください。あなたにしかもちえない、疑問といっしょに。
 二〇〇二年三月  

われらの修業時代

佐倉 動物行動学は、現在のような形で始められたのがローレンツとかティンバーゲンとか、せいぜい六?七十年前で、若い学問ですよね。日本では日本動物行動学会が今年(二〇〇一年)で設立二〇周年だから、もっと歴史が短い。そういう意味では、上田さんがこの道に入られたころは、今よりもっと学問体系も大学の研究室も整備されていなかったと思うんですが、どんなふうにこの世界へ入られたんですか?

上田 大学に入るとき、北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』を読んでいて、寮生活にあこがれてたんです。それで、家を離れて寮に入りたかったんです。近くにあって寮がある、学費も安くて偏差値も適当、ということで、生物系の研究室もある大阪府立大学農学部に入りました。けれど大学で入ったサークルは生物研究会ではなく、農業問題研究会という社会科学系のクラブだったんです。このクラブの三年上にこの本の著者の一人でもある城田安幸さんがいて、「お前生物好きなら、手伝え」ということで、城田さんが卒論の研究にニカメイチュウを飼ってた水田で田植えしたり、草取りしたり、ニカメイチュウの数を数えたりさせられました。城田さんは人のネットワークをつくるのが上手な方でしたから、七?八人でブチヒゲヤナギドクガというガの共同研究を組織したとき、それに入れてもらいました。ぼくの卒論はブチヒゲヤナギドクガの生命表を作ることで、それが本格的な研究の出発点でした。分類の研究室だったもので、生態学を教えてくれる先生がいなかったから、自主ゼミも盛んにやって、伊藤嘉昭さんの本を読んだり、マイアの「種分化」の本を読んだりしていました。それで、卒論を学会で発表することになって、応用動物昆虫学会に初めて行ったとき、城田さんが、日高敏隆さんや伊藤さんに紹介してくれて。同学年の仲間というかライバルたちにもそこで出会って、人のつながりが広がっていきました。

佐倉 ぼくもやっぱり卒論で鍛えられました。ぼくは歴史とか人類の言葉とか、あと文化人類学への興味から東大の文化三類に入学したんですが、二年から三年になるときに進学ふりわけがあって、文化人類学は人気があって教養の成績が良くないと入れないんです。ぼくはあまり勉強してなかったからだめで、言語学にも興味があったんだけど語学もそんなに好きじゃないし… それで、ずっとさかのぼってサルの言語をやったら何かわかるんじゃないかと思ってたときに、ちょうど心理学科にオーバードクターで長谷川寿一さんがいて、そんなことで心理学科に進みました。長谷川さんはアフリカに二、三年行っていて帰ってきたばかりで、アフリカの話を聞いたりビデオをみせてもらったりして、面白くて、それで長谷川さんにつく形でサルの研究を始めたんです。ちょうど奥様の眞理子さんも理学部の人類学教室にいて。卒論は千葉県の山のニホンザルの行動日周リズムを調べました。鳴き声をいつあげるかとか。長谷川寿一さんから、行動の研究をやるならジーン・アルトマンが一九八〇年に書いたデータ収集法の論文を読めといわれて、どうやってサンプリングをやるかとか勉強したり、それから研究方法や観察方法を含めてサルや動物行動学の文献をいっぱい読むようになって。そうやって卒論のときに鍛えられたから、大学院はそのときの貯金でやってたような気がします。当時霊長類学会はまだなくて、『プリマーテス研究会』というのがサル研究の学会だったんです。そこでいろいろなサルの研究者に会いました。それで、サルの研究をやるなら東大の心理学科より京大の霊長類研究所のほうが良いということで、大学院は霊長研に進学したんです。

上田 ぼくは修士までは大阪府立大ですけど、ドクターは大阪市大にいったんです。それは、研究室の教授とうまくいかなかったこともあったんだけど、もともと鳥が好きだったから、鳥の研究をしたいなと思ったわけです。でも、当時、鳥の生態をやれる大学院は日本にほとんどなかったんですよ。鳥の研究というのは、山階さんとか黒田さんとか、食うに困らない方々がやる学問という感じだったんです。そのときに山岸哲さんが大阪市大に来られて、鳥の生態学をやれる大学院ができた。それで大阪市大に行ったんです。

佐倉 そうすると、山岸さんが大阪市大にきたというのは日本の鳥生態学研究史上画期的なことだったんですね。

上田 そうです。当時、大阪市大には動物社会研究室があって、山岸さん信州大学から講師として移ってこられたんです。考えたら、それより前、大阪市大には梅棹忠夫さんとか、川村俊蔵さん、それから山田さんらがいらして。そういう動物社会学の伝統があったんですね。

佐倉 山田宗視さんは、ニホンザルの社会で近縁グループ(kin)を調べて、血縁関係がサルの社会で大切だということを、世界でも早いうちに明らかにした方です。

上田 その後しばらく、川道武男さん一人だったんですが、山岸さんがきて、動物社会研究室の陣容がととのったんです。ぼくはそこの初めての博士課程の院生だった。山岸さんの弟子第一号というわけです。あまりいい弟子ではなかったですが(笑)。

佐倉 そうだったんですか。サル研究の方ではぼくが霊長研に行ったときはもうばちっとした組織ができてました。いまもお名前が出た川村俊蔵さんとか、河合雅雄さんがいらして。ぼくは河合さんの弟子なんです。修士のときの指導教官が河合さんで、修士を出るとき河合さんが退官されて、その後は杉山幸丸さんについて。霊長研ができたのが一九六八年かな。そのルーツは今西錦司さんとか伊谷純一郎さん、それから河合さんあたりですね。いま上田さんから梅棹さんや吉良さんのお名前が出ましたけど、皆さんあの辺の世代ですよね。

上田 それから、当時、大阪府立大には中尾佐助さんがおられましたね。照葉樹林文化論の。

佐倉 そうでしたね。そうすると、みんなルーツはあのあたりにいくのかな。あと、内田俊郎さんのルーツがありますよね。あれは今西系統とは別ですか。

上田 内田さんは個体群生態学会の創立者すね。アズキゾウムシの実験個体群を使った近代的な手法で個体群生態学を日本に定着させた方です。

佐倉 そっちの流れは上田さんの方にはあまり来てない?

上田 そんなこともないんです。実はぼくは府大から市大に移るときに一年間,研修員という名目で京都大学の昆虫学研究室にいたんです.井上民二さんと机を並べて.ちょうど,巌俊一先生が名古屋大学から戻って来られていて,久野英二さんとか,この本の著者の一人でもある藤崎憲治さんらがいて,日本の個体群生態学の中心でした.あの雰囲気はよかったですね。そんなわけで、そのころは鳥の研究者よりも、昆虫学者の方々とつきあっていましたね。学会に行くと伊藤嘉昭さんや桐谷圭治さん、日高敏隆さんらがおられて、若いぼくらにも気さくに声をかけてくれました。ぼくは伊藤嘉昭さんをすごく尊敬してるんです。伊藤さんは日本では数少ない社会派の学者でしょ。当時ベトナム戦争反対の告発本を書いたりして。城田さんは伊藤さんと仲良しで、応用動物昆虫学会でもよくいっしょにいたんです。それでぼくもいっしょに酒飲みながら、“しっかり論文書いてるか?”とか言ってもらったり、だいぶ伊藤さんの薫陶を受けました。ぼく自身小さいころから自然保護派だったし、専門バカな学者にだけはなりたくないと思ってた。だから今でも必要なことは社会的に発言するのが科学者の責任だと思う。その意味では伊藤さんの影響をすごく受けてる。日高さんは逆に、そういう社会的な活動は好きじゃないみたいですね。組織嫌いというか、そういうのは信用できないみたいなところがある。でも、応用動物昆虫学会で初めて発表したとき、質問してくれたのは日高さんなんです。あとで「初めての発表であがってしまって」と言ったら「ぼくだって初めてのときはすごく緊張したんだ」なんておっしゃってくれて、すごく嬉しかった。あと大阪市立自然史博物館に日浦勇さんがいらして、『チョウの来た道』という本を書いた方ですけど。自然史博に自主ゼミの仲間たちとお話を聞きにいったりしてました。大阪市大で山岸さんに出会う前に、すでにそういうすぐれた昆虫生態学者に会って、影響を受けてましたね。

佐倉 そういうふうに、直接の師匠だけじゃなくていろいろな方から受ける影響ってすごく大事ですよね。ぼくも東大にいたころ、理学部人類学教室で長谷川眞理子さんが助手になったかならないかくらいだったんですが、助教授が西田利貞さんで、西田さんのゼミに毎週出てたりしてました。霊長研に行ってからは、科学史や科学哲学にも興味があったので、南山大学の横山輝雄さんのゼミに出たりとか。あと霊長研に行ってよかったのは、いろいろな分野の方がいるんですよね、心理の室伏靖子さん、松沢哲郎さんとか、神経生理の久保田競さんとか。そういう、直接自分の師匠でない方からも影響を受けました。あと、横のつながりもありますよね。動物行動学会とか生態学会とかで、世代の近い人たちと接するなかで鍛えられたというか。上の人では、先ほど上田さんもお名前をあげられた伊藤嘉昭さんにはずいぶんと影響を受けました。だから、同じ所にいないでなるべく違うところへ行くメリットってあると思う。

上田 なるべくいろいろなところに移ったほうがいいですね。つきあいが深くなると、その人のいいところと悪いところと両方わかってくるでしょ。人間同士の付き合いって結構難しいし、なるべく逃げ道をあちこちに作っておいたほうがいい(笑)

新たなるパラダイムを求めて

上田 ぼくは川那部浩哉さんの影響もある意味で受けてます。京大の動物生態学の院生室によく遊びに行ってたんですけど、そこで初めてあったとき、院生にしては老けてる人がいるなと思って話してたら、それが川那部さんだった(笑)。あの研究室はそういう肩肘張らない雰囲気だったんですね。それから動物生態のゼミに参加するようになって。川那部さんはあまり論文は書かない方でしょ。エッセイばっかり書いていて。伊藤さんは論文をきちんと書かなきゃいけないって方だから、正反対ですよね。ぼくは伊藤さんの影響を受けてるから、「論文をきちんと書かなあかん!」と思いながらも、でも川那部さんを否定する気にはなれなかった。川那部さんの影響を受けて論文を書かない人はいまもいるんですが… でも、あの京大の、いかにも動物生態学をしているという雰囲気は好きでした。論文を書かない人が無能かというと決してそんなことはないんですよね。もっとも、書かなくても研究者でいられた時代でもあったということでしょうが。今だったらそれじゃ就職がないから、なかなかそうはいかない。
佐倉 その話でいうと、さっきもお名前の出た川村俊蔵さんも、まったく論文を書かない人でした。初期のころはニホンザルの文化、カルチャーでいい仕事をしてたんだけど、そのうちぜんぜん論文を書かなくなって。だから弟子もあまりいなくて、ぼくも河合雅雄さんについたんですけど、それでも、なんていうか趣味人的な味のある人でしたね。いっぽうで、あそこまで何もしなくてもいいのかな、というのはあったんだけど。杉山幸丸さんはそういうところは大変厳しい業績至上主義だったし、ぼくも伊藤嘉昭さんの影響はずいぶん受けましたから、やはり論文をきっちり書かないと学者としては失格だと思っていましたし、やはり大学院生はまず原著論文をしっかり書く訓練を受けるべきだと思いますけどね。でも、河合さんと川村さんは同期で、定年退官記念講演をいっしょにやったんですが、河合さんはかちっとした話をして、川村さんの話は、なんかやぶれかぶれみたいな話だったんです。でも後で、“これからサルの生態学で新しいことが出てくるのはああいうところからじゃないか”みたいなことを言う人が何人かいたんですよ。ぼくも大学院生のころはだいぶ否定的にみてたんですが、今にして思うと、あのくらいゆとりがあってもいいのかな、なんて。

上田 ただ問題は、それを保証してしまうと本当に無能な人でも生きられてしまうということ(笑)。それをどうしたらいいのか。でも、川那部さんとか川村さんはそれはそれで、ぼくはじゅうぶん存在意義は認めます。いまの大学にはそういう空気はほとんどなくなってしまってますよね。人事の場はみんな業績主義で。でも、一つの確立された分野で確立された手法でやっていれば業績はあがるかもしれないけど、そうじゃなくて、何がなんだかわからないようなものも科学の世界にはいっぱいあるわけで、行動生態学でも、現代のパラダイムでカバーできる範囲がすべてではないと思うし。

佐倉 野生チンパンジーの生態の研究で有名なジェーン・グドールさん、あの人はケンブリッジ大学で博士号をとってるんだからしっかりした教育を受けている人ですけど、チンパンジーの行動を記述した論文で「he、she」という人称代名詞を使って、『アニマルビヘイビア』に論文を却下されたという話がありますよね。彼女の話というのは本当にぜんぜん科学的ではなくて、講演なんかでもチンパンジーがああした、こうしたって“語り部”なんですよね。それでヨーロッパやアメリカ、それに日本でも、あれは科学じゃないみたいな言い方をされていて、大学院生のころはぼくも批判的に見ていたけれど、でも今にして思うと、チンパンジーの行動には、通常の論文の書き方ではすくい上げることができない、ああいう擬人的なやり方でしか記述できない部分があって、彼女はそこを切り捨てることは忍びないというか、そういう行動にも大事な部分があるんだということを知ってたからああいう方法をとってたんじゃないかと、少し肯定的に見るようになってきました。ただ、物語のままだと『シートン動物記』と同じになってしまうし。『シートン動物記』は、あれはあれで好きですけど(笑)。だから、そういう部分を科学の範囲でいかに表現するか、そういう方法の開発というか、視点、新しいパラダイムを見つけることも、これからの動物行動学にとって大事なことなんじゃないかと思うんです。じゃあどうすれば良いかといわれても、まだ具体案はないんですけど。でも、もちろんきちんとした世界的な水準の原著論文を出すことは科学者としてとても重要なことだけど、そういう研究の成果を小学生・中学生に伝えることも大事だと思うし。

上田 そういうことがないと、自分でやってても面白くないしね。なんでもかんでも業績、業績ではね。昔は行動生態学ってすごく新しい分野で、ぼくらも『アニマルビヘイビア』を待ちかねるようにして読んで“すごいすごい、こんな見方があるんだ、こんな研究を自分もしたい”と思ってましたけど、でもいま読んでると、まあ確かにこういう手法でこうやれば結果が出るんだろうけど、でも本当はそうじゃない、論文には現れない結果もあるはずだという冷めた読み方ができるんですよ。論文には、あるパラダイムに合ったポジティブな結果しか出ないじゃないですか。たとえばクジャクの目玉模様の話でも、目玉の数の多い雄が雌に選ばれるという結果をイギリスのマリオン・ペトリーが出したけど、だれも追試できてないですよね。本人も含めて。長谷川眞理子さんたちのチームがインドクジャクでもう八年もやってますが、結局なにを基準に選んでるかまだはっきりわからないらしい。おそらく、メスの選り好みなんていうのは何か一つパラメータをとってきれいな結果が出るようなものではないと思うんですよ。人間でも、結婚するとき何を基準に相手を選んでるかなんて自分でもわからないでしょ。人間がそうだから動物もそうだというつもりはぜんぜんないんだけれど、でもやっぱり動物でも、選ぼうとする限りはそんな単純なパラメータでは選んでいないはずだと思う。いまの動物行動学のパラダイムももう二〇年以上流れてるから、そろそろ行き詰まってもいいというか(笑)、違うパラダイムが出てきてほしいと思うんです。

佐倉 一つには、ゲノム解析の成果ということがありますよね。遺伝子がわかってきて… 行動遺伝学とか。それとのからみというのがこれからあるんじゃないでしょうかね。

上田 確かに、ある行動の遺伝的裏づけというか、緻密な行動解析が可能になるでしょうね。でも、ショウジョウバエやセンチュウならゲノムで良いかもしれないけど、サルとか鳥とかの大脳の発達した動物は、遺伝子によらない、それこそミーム(リチャード・ドーキンスが遺伝子;ジーンをもじってつくった造語。文化の伝達子として抽象的に想定されたもの)による行動支配を受けているわけでしょ。その部分の研究手法がもっと確立されれば、そのあたりから新しいパラダイムが出てくるような気がします。

佐倉 ミームはリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で、人間の文化の情報伝達子として想定した概念ですね。ミームにはぼくもずいぶん入れ込んでいるんですが、ミームに限らず、脳というか、脳にしてもニューロン一つ一つをみるのではなくもっと統合的な見方というか… このあいだも、この本のもとになった連載を掲載していた雑誌『生物の科学 遺伝』の編集委員会があったんですが、その席で、遺伝学のほうでは、ゲノム解析が進んでわかった知見をもう一回統合して個体に戻るというか、生物体を対象とする昔ながらの遺伝学というか、そういう見方が大事になってきているという話が出ていました。

上田 近代科学というのはとにかく還元主義ですよね。階層的に、ミクロのほうというか、下へ下へと進んで、それがわかれば上の階層もわかるという。でも、少なくとも高等動物の行動を扱うには、還元主義ではなかなか追っつかないんじゃないかという気がしてる。何か別の方法論がないかと思ってますけど。

佐倉 でも動物行動学って、もともと動物の行動をそのまま見るのが出発点ですよね。ローレンツしかり、ティンバーゲンしかり。だから、そういった還元主義的な流れとは違うものが内包されていたと思いませんか? ぼくなんかも、霊長類の行動研究をやっててときどき分子生物学系の人たちと話をすると、彼らからは“動物行動学は科学じゃない”と言いたそうな雰囲気が伝わって来るんですよ、ひしひしと(笑) でもこっちの立場から言うと、なんでもかんでも物さえおさえればいいのか? そうじゃなくて、動物行動学とか、個体群生態学もそうだと思うんですけど、そういうものの手法を、科学的にきちんと把握するというのはこれからの課題だと思うんですけど、それが還元論だけでおさえられない部分というか、還元論とそうじゃないものの橋渡し的なことを考えるには、動物行動学というのはいいとっかかりではないかなあと思うんです。

上田 実験生物学をやっている人たちは、実験室内で再現できる物だけが科学だという、誤った、狭い科学の方法論をもってるんじゃないかな? そんなこと言ったら、理論物理学とか素粒子論の世界、宇宙創生のビッグバンなんかも、再現できっこないんだからこれも科学ではないということになってしまう。ある意味でそういう思弁的な科学もあっていいんだとぼくは思います。もちろん荒唐無稽な思弁はサイエンスではないけれど、科学の方法論としてきちんとした思弁というのは必要ではないでしょうか。だから、宇宙創生問題と同じレベルの対象として、動物や人間の行動研究というのがあってもいいと思いますよ。もちろん思弁的なものだけでいいというわけではありませんけど。実験できるものはきちんと実験を積み重ねることも非常に重要です。

佐倉 思弁だけではなくてきちんとした理論とか実験とかに裏打ちされて、そこに碇をおろしつつも、自由に思弁する、それが大事だということですよね。あまり従来の枠にしばられすぎると見えるものも見なくなる。そういう意味で、動物行動学は大事だ、ぜひ若い人たちに入ってきていただきたい、と(笑)

上田 いま多様性がはやってますね。全生物の種が三〇〇〇万種とか一億種とかいわれてるわけでしょ。そのうえ、動物行動の多様性を本当に理解しようと思ったらたいへんなことですよね。動物の行動における多様性とその本質をいかに理解するか。生物の本質というと、分子のほうの人は遺伝子の発現からタンパク質合成へとか、そういうメカニズムを解明することが生物の本質を理解することにつながると思ってるような気がするけど、それだけが生物の本質じゃないわけで。たとえば、なぜその生物がその場でそういう行動をしなければならないのか、それをちゃんとすくい上げることが、生き物全体を理解することにつながるんだと思うんですよ。つまり、生き物を理解するといってもいろいろなレベルでの理解の仕方がある。生物集団には、DNAレベルとは別の法則がはたらくわけで。それもきちんと理解しないと、生き物を理解したことにはならないと思う。だからこそ、多様な動物の行動を見ていくことが大事だと思います。

佐倉 上田さんのお話をうかがって、ぼくはシステムとして生き物をとらえることが大事なんじゃないかと思いました。そのシステムにもいろいろなレベルがあって、環境とのインタラクション、相互作用がどうなっているのかとか、あとそのシステムがどういう歴史を経ていまこうなっているかということをおさえないと、いまのそのシステムも理解できないと思います。たとえば、アメリカで起こった同時多発テロで、犯人はなぜあんなことをしたのかというのは、それなりの過去の経緯があるわけですよね。もちろんアメリカにはアメリカの言い分があるだろうし。そういうふうに、複雑なシステムというのは歴史の産物としてあるわけで、歴史の経路は単純な一つの道筋だけではおさえられないんじゃないか。そうすると、上田さんがさっき多様性とおっしゃったけど、複雑なレベルになってくるとどうしてもきれいには切れない。それを無理矢理切らずに、なんだかぐじゃぐじゃしたものをそのまま理解するというか、そういう科学のあり方も大事なんじゃないかと思うんですよ。

上田 マルクス主義者はよく歴史の必然性という言い方をしますけど、個々の事象はものすごく偶然性に左右されていますよね。その偶然性をつらぬく法則、結果としてあとからみれば必然性がみいだせるという事象の連鎖ですね。たとえば、生物の進化というのは、必然ですよね。生命が発生したからには進化しなければならなかった。おそらく、歴史にもそういったある意味での必然性というのはあるんじゃないか。だけど、その時代時代で起こる事象はものすごく偶然性に影響されているわけですよね。偶然性をあとから恣意的につなぎあわせて必然だというのは無意味なことですけど、でも、生物は生まれたからには進化しなければならない。このことをきちんとおさえておいたほうがいい。

佐倉 ようはバランスの取り方だと思うんです。なんでもかんでも必然性じゃこじつけになってしまうし、かといって全部偶然じゃどうにもならないし。

上田 なんか話が哲学の方へ行ってしまいましたが、話を行動学に戻すと、要するに進化の産物である行動の多様性の、偶然的な多様さに目を奪われるのではなく、多様さを貫く進化のルール、これも当然一つではないわけですが、それをひとつひとつ明らかにしていくことが行動学の使命だと思うわけです。

佐倉 行動って、やっぱり素朴におもしろいし不思議なんですよね。だけど奥がものすごく深い。だから、フィールドにはまり込むのもいいし理論にこるのもいいし、いろいろな水準で付き合えるわけで、そういう意味でもやりがいがあって研究者の個性がいきる学問だと思いますね。
(二〇〇一年一〇月二日 裳華房会議室にて)


登場人物一覧
上田
城田安幸:昆虫学者、進化生物学者。目玉風船の考案者でもある。弘前大学。
伊藤嘉昭:昆虫学者、個体群生態学者。日本の個体群生態学の中興の祖。
エルンスト・マイア:鳥類学者、進化生物学者。「生物学的種概念」を提唱
日高敏隆:動物行動学者。日本動物行動学会を創立。著訳書多数。総合地球環境研究所所長
山岸 哲:鳥類学者。中学校の理科の先生から信州大、大阪市大、京大を経て、
     現在は山階鳥類研究所所長。
吉良龍夫:植物生態学者。元大阪市大理学部。
中尾佐助:遺伝育種学者。元大阪府大農学部。照葉樹林の研究。
内田俊郎:個体群生態学者。アズキゾウムシの研究で世界的に有名。
井上民二:生態学者。ボルネオで調査中に航空機事故で死去。
巌 俊一:昆虫学者。個体群の集中度解析のm?m*法を考案。
久野英二:昆虫学者。個体群生態学者。元京都大学農学部。
藤崎憲治:昆虫学者。京都大学農学部。カメムシの集合性の研究。
桐谷圭治:昆虫学者。元農業技術研究所。
日浦 勇:昆虫学者。元大阪市立自然史博物館。昆虫学の一般への啓蒙普及に   
     尽力。すぐれたナチュラリスト。
川那部浩哉:生態学者。元京都大学理学部。アユの研究で有名。
マリオン・ペトリー:行動生態学者。ケンブリッジ大学。クジャクの目玉模様
  の研究で有名。
本多勝一:元朝日新聞編集委員。ルポライター。「週間金曜日」を主宰。

佐倉
コンラート・ローレンツ……1903?89。ウィーン生まれの動物行動学者。
ドイツのマックス‐プランク行動生理学研究所を設立、初代所長
に。1973年、ノーベル賞受賞。
ニコ・ティンバーゲン……1907?88。オランダ生まれの動物行動学者。
のちイギリスに渡ってオックスフォード大学に動物行動学の研究
拠点を創設。1973年、ノーベル賞受賞。
長谷川寿一……1952生まれ。行動生態学者、進化心理学者。東京大学。進
化心理学の研究グループを組織。
長谷川眞理子……1952生まれ。行動生態学者、進化心理学者。早稲田大学。
進化心理学の研究グループを組織。
ジーン・アルトマン……動物行動学者。シカゴ大学。
梅棹忠夫……生態学者、民族学者。国立民俗学博物館を創立、初代所長。
川村俊蔵……霊長類学者。元京都大学霊長類研究所教授。
山田宗視……霊長類学者。元大阪市立大学。
河合雅雄……1926生まれ。霊長類学者。元京都大学霊長類研究所所長。
杉山幸丸……1935生まれ。動物生態学者。元京都大学霊長類研究所長。サ
ルの子殺し行動を発見。
今西錦司……1902?92。生態学者、人類学者。元京都大学人文科学研究
所、岐阜大学長。霊長類研究グループを組織し、霊長類研究所を
設立。日本の生態学のドンでもあった。
伊谷純一郎……1929?2000?。霊長類学者、人類学者。元京都大学ア
フリカ地域研究センター所長。霊長類の社会学的研究を推進し、
1985年にハクスリー賞を受賞。
西田利貞……1941生まれ。霊長類学者。京都大学教授。
横山輝雄……1952?生まれ。科学哲学者。南山大学。
室伏靖子……心理学者。元京都大学霊長類研究所。
松沢哲郎……1950?生まれ。心理学者。チンパンジーに人工言語を教える
研究で名高い。京都大学霊長類研究所。
久保田 競……神経生理学者。元京都大学霊長類研究所。
ジェーン・グドール……霊長類学者。野生チンパンジーの生態社会研究を世界
ではじめて本格的におこなった。
マリアン・ドーキンス……動物行動学者。オックスフォード大学。