index

新井 葉子
■ Ernest Hemingway. By-Line: Ernest Hemingway (ed. William White, Scribner 2003 [1967])
「いい英文を書くためにはいい英文を読みなさい。」私の恩師が薦める「いい英文」とは、たとえばヘミングウェイの文章でした。論文には簡潔で力強い文章が好ましい、との理由でした。この偉大な作家の小説については私が取り上げるまでもないと思いますので、ここでは“記者”ヘミングウェイの文章を編んだ一冊を紹介します。本書はヘミングウェイが1920年から1956年の間に書いた新聞や雑誌の署名記事77編を集めたものです。スペイン内乱の現地報告を含めヨーロッパや北米に取材した記事が多い中、関東大震災の被災者に取材したレポートや、1941年の日米開戦を前に日本の立場を分析した記事も収録されています。

■ Emette Gowin, Changing the Earth (Yale University Press, 2002)
上記1で紹介した本にはヘミングウェイにとって生まれて二度目となった飛行機旅行のレポートも含まれています。パリからストラスブール(フランス北東部の都市)へのフライトで、1922年のことでした。飛行機に乗るということがまだ珍しかった時代です。機体が離陸し高度を上げるにつれ眼下の風景が茶色や緑色の四角形に平面化していく様子を見ていた著者は、キュビスムの絵画とはこういうものか、などと考えをめぐらせました。はるか上空から地表を見下ろすことは、今日では特にめずらしいものではなくなりました。多くの人が航空機で移動する一方で、家にいながらにして世界中の空中写真を手軽に閲覧できる時代です。はるか上空から見ることで、広域にわたる環境汚染などは一目瞭然となりました。しかし空中写真の高度から地上の人々の表情をうかがうことはできません。それゆえ、上空から地上を見下ろすときには深い関心と想像力が求められます。そのような関心と想像力を呼び起こす一冊としてお薦めしたいのが、エメット・ゴーウィンの空中写真集です。

■ Susan Sontag. Regarding the Pain of Others (Penguin Books, 2004 [2003])
子どものころから写真や映画で「戦争」をたくさん見てきました。写真に写りこんだ死者、負傷者、避難民、そして廃墟となった町を見つめていると、酷さや悲しさとともに、安全な場所から戦争の悲惨を見ている自分に対し心苦しさを感じるようになり、さらにはその漠然とした疚しさの正体を言葉でつかまえたいと思いました。そのような思いを整理しようとしていたとき、本書で次の文に出合いました:「映像は、距離を置いた地点から苦しみを眺める方法であるという理由で非難を受けてきた。まるでそれ以外に眺める方法があるかのように。しかし近距離で、映像の介入なしに苦しみを眺めても、眺めるという点では同じである。」問題の本質は、映像の介入でも現場との距離でもないことに思い至りました。 (邦訳『他者の苦痛へのまなざし』北條文緒訳 みすず書房 2003)
top
コリンズ クライブ
The Great Tradition – F.R. Leavis (1948): Long out of favour and much misunderstood, I doubt this book is read now by many people, yet, for me, it defines what the study of prose fiction in English is, or should be, all about.

David Copperfield – Charles Dickens (1850): Dickens is one of those authors not included in The Great Tradition, though this does not mean Leavis undervalued him. David Copperfield was the novel that ignited my own love of Dickens. It may not have the depth of Little Dorrit or Great Expectations, but it is a wonderful novel possessing those qualities Leavis said marked a great writer and, by implication, the work of a great writer. That is “a vital capacity for experience, a kind of reverent openness before life, and a marked moral intensity”.

Nostromo – Joseph Conrad (1904): The Marxist literary critic Arnold Kettle once said that with Conrad “we are in the twentieth century”. Published in the first half of the first decade of that century, this magnificent novel presents a template for the role of economics in shaping the destinies of men and nations in a post-imperial, post-colonial world. It predicts the end of Britain as a world power and the emergence of the United States as Britain’s replacement. I read this novel, set in a fictitious South American republic, with students in West Africa in the nineteen-seventies. They repeatedly told me it was not simply a novel but a vision of history, their history. I think they were – they are – right.
top
藤巻 明
■ サミュエル・テイラー・コールリッジ詩集
それほど多くない作品のうち特に『老水夫の歌』The Rime of the Ancient Marinerをぜひ。大西洋を南下し、アメリカ大陸の南を周回、太平洋を経てヨーロッパに戻るという航路を行く目的不明の船に乗り込んだ水夫が、船員たちを慕って訪れた阿呆鳥を何の理由もなく射殺してしまう。すると船には次々と災厄が襲い掛かって、理不尽にも罪のない同僚たちが次々斃れ犯人の水夫ただ一人が生き残って故郷へ帰り、自分の恐怖の体験を語り継ぐ。不条理にして孤独な人間存在を抉り出す根源的な物語を英詩のあらゆる技法を駆使して音楽のように歌い上げた傑作。齋藤勇訳(岩波)、高山宏訳(国書刊行会)、上島建吉訳(岩波)など多くの翻訳があるが、素晴らしいリチャード・バートンの朗読を聞きながらやはり英語でじっくり読みたい。ドレほかの画家がつけた挿絵も参照。

■ シャーロック・ホームズ物探偵小説
アーサー・コナン・ドイルが生み出した御存知探偵と医者のワトソン君のでこぼこ名コンビ。全く何の想像も働かない一般人代表の引き立て役を出しに使って、あざといまでに華麗な推理を展開する麻薬中毒の不良探偵ホームズ。時にワトソンの鈍感さは漫才に匹敵するほどのおかしみを醸し出す。文学史上稀なほど鮮やかな二人の対話と奇抜な事件の顛末を味わうには英語原文のリズムで。個人的には、そのワトソンが重要な女性登場人物と恋に落ちて悩み苦しみつつそれを成就させるという微笑ましい脇筋の付いたインド物『四つの署名』The Sign of Fourや名高い『バスカヴィル家の犬』The Hound of the Baskervillesなど油が乗っていた時期の中長編がお勧めだが、短篇を集めた事件簿は気軽に読める。映画化、テレビ化もされているので、見比べれば二度楽しい。

■ 小林信彦『面白い小説を見つけるために』(光文社 知恵の森文庫)
読書案内ページで読書案内の本を推薦するのも孫引きのような感じで気が引けるが、これほど力の籠もった案内も珍しい。読書体験に基づいて書物を語りながら個別論に終始せず、小説論の古典を引用して常に普遍的な立場との相対化を図ろうとする批評的態度が見事で、小説論の古典の域に達しうる素晴らしい文学入門書。早稲田英文科出身だが、洋の東西、高尚通俗を問わず興味の範囲は縦横無尽で、特に力の入れ方がただならぬバルザック、谷崎潤一郎の二人の紹介は読み始めるとやめられない。著者は、若くして、雑誌編集者、テレビ構成作家として出発し、いまだに小説、文学・映画評論、喜劇役者論、雑誌コラムの第一線に立つ稀有の現代作家。小説家としての一面に触れたければ、『袋小路の休日』(講談社文芸文庫)をぜひとも。最近作に『うらなり』、『日本橋バビロン』。
top
岩田 美喜
■ 松谷みよ子『現代の民話』(河出文庫)
東日本大震災の後、被災者たちから、いわゆる幽霊体験談が続出しました。あんまり沢山の命が、あんまりあっという間に私たちから奪われると、世界に裂け目が出来て、普段は潜められている〈不条理〉が剥き出しになってしまいます。これはとても恐ろしいことなので、〈不条理な死〉に何とか意味を見出そうとする営み無しには、残された私たちはとてもやって行けないでしょう。これが幽霊話の、民話の、さらに言えば文学の始まりではないかと思います。童話作家として知られる松谷みよ子は、長らく現代民話の採訪にも携わっており、その採集の成果である本書の冒頭でも、「耳を澄ませば、聴きたいと願う心があれば、現代の民話はどこにでもある。もしあなたが沖縄を訪れることがあれば、ひめゆりの塔で月の美しい夜、髪をとかしながら歌っている娘たちの話に出合うかもしれない」と述べています。私たちも、死者の声を聴きたいと願う心を忘れないようにしたいものです。

■ 折口信夫『死者の書』(中公文庫・岩波文庫)
日常生活の雑音の中から、死者の声を拾うのはなかなか難儀という向きは、民俗学者にして歌人が綴る死者の声に目を通しては如何でしょうか。謀反の疑いをかけられて自害した大津皇子が墓の中で目覚め、自分はどうなってしまったのかと自問自答する、「彼の人の眠りは、徐かに覚めて行つた」という冒頭部分から、緊張感あふれる端正な日本語で一気に読ませます。

■ Richard Brinsley Sheridan, The Critic (1779)
死者の文学が続いたので、最後に毛色の違う喜劇をひとつ。『悪口学校』で有名なシェリダンが放つ、圧倒的にくだらない笑劇(褒め言葉です)。パフ(=誇大広告の意)という、名前からして無責任な男の作・演出による悲劇のリハーサルを劇中で見せるという、メタドラマ的な構造の面白みもさることながら、口八丁手八丁のパフから飛び出す奔流のような台詞と、トラブル続きのリハーサルを無理やり最後まで持って行く辣腕ぶりは圧倒的で、「芝居が人を巻き込む力って、すごいもんだなあ」と、しみじみ人を嬉しくさせてくれる作品です。芝居が好きな人、芝居を好きになりたい人に。
  top
  石川 千暁
 

【日本語で味わう】
樋口一葉「にごりえ」(1895年)
 米国に留学する際、三冊だけ日本人によって書かれた本を持って行ったのですが、そのうちの一冊がこの作品の入っている文庫本でした。樋口一葉は職業作家となった日本で初めての女性です。「たけくらべ」も良いですが、「にごりえ」で彼女の紡ぎ出す日本語の、まとわりつくような官能性に引き込まれてみてください。「おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに屹度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしない」……。

山田詠美『放課後の音符』(1989年)
 文学は難解でなくても、思弁的でなくても良いのだ、と高校生であった私に思わせてくれたのがこの短編集です。それぞれの物語において、主人公の女の子たちは、平凡に見える思春期の一瞬を慈しみ、少しだけ成長します。多くの場合、成長には性が絡んでいるのですが、それは身体的というより、精神的な何かとして描かれます。テーマもさることながら、一文また一文と丁寧に書き込んでいく、作家の職人的な力量に感嘆させられます。

トニ・モリスン『青い眼がほしい』(1970年)
 1993年にアフリカン・アメリカン作家として初めてノーベル文学賞を取ることになるモリスンのデビュー作です。誰からも愛してもらえないのは自分が醜いからだと思い込み、綺麗な青い眼が欲しいと切に願う黒人少女ピコーラ。白人の美の基準を黒人が受け入れることの悲劇を描いているのみならず、美しさというものをまず視覚的なものとして定義すること自体にも疑問を投げかけています。モリスンにとって、美は、「ある」ものではなく「起きる」ものなのです。


【原書にチャレンジ】
Wallace Thurman, The Blacker the Berry (1929年)
 とても暗い肌の色のせいで誰からも蔑まれてしまうエマ・ルー。それでも逞しい彼女はハーレムへ移り、都会ならではの刺激的な生活を送ります。そうして出会う男性に時に利用されながらも、エマ・ルーは悲劇のヒロインとは一線を画し、自律への道を模索します。一世紀近く前に書かれたとは信じられないほど、とても現代的な内容です。英語も比較的容易です。

James Baldwin, If Beale Street Could Talk (1974年)

 ボールドウィンは優れた文章をたくさん残していますが、やや難解な英語で書かれているものが多いので、若い女性の視点で語られていて読みやすいこちらをおすすめします。19歳のティッシュと22歳のファニーの恋愛物語ですが、彼らが貧しい黒人であるために、今まさに始めようとしている結婚生活を妨げられてしまいます。家父長制が確立できていないといって黒人家族を蔑んだ1968年のアメリカ政府の報告に対する、ボールドウィンの文学的な反論です。

bell hooks, Teaching to Transgress: Education as the Practice of Freedom (1994年)

 アフリカ系アメリカ人のフェミニスト理論家・活動家ベル・フックスの教育論。教育が「自由の実践」であるためには、教室において教師は知識を提供するだけではなく、「精神、身体、魂のすべて」をさらす存在でなければならないとフックスは言います。教える内容のみならず教え方もまた、学びの質に大きく関わっているからです。『とびこえよ、その囲いを』というタイトルで日本語訳も出ています。教員を目指している人には特におすすめです。

  top
菊池 清明
■ 石原孝哉・市川仁・内田武彦『イギリス大聖堂・歴史の旅』(丸善ブックス)2005年
大聖堂に寄せたイギリス人の信仰を通して、遥か遠い中世から現代までのイギリス人の歴史と文化の変遷を辿ることができます。

■ 池上嘉彦『英語の感覚・日本語の感覚―言葉の意味のしくみ』(NHKブックス)2006年
従来の文法書や辞書ではわからない、英語という言語がもつ豊穣な意味の世界を、英語らしさ、日本語らしさといった視点から鮮やかに示してくれます。

■ リービ英雄『英語でよむ万葉集』(岩波新書)2004年
英語を母語とする著者が、鋭く瑞々しい感性で、英語という鏡に万葉集の叙情精神と古代言語を新しい姿で映し出してくれます。「世界文学としての万葉集」を英語で玩味することにより、日本語の美しさを新たに発見しきっと驚くはずです。是非、英語訳を暗誦し、英語の韻律も鑑賞してみてください。

*原文で、かの国の文化・歴史を深く考え味わいたいという方には、英米の主要大学で長くテキストとして使用されているのみならず、一般の読者にも愛読され続けている、Albert C. Baugh & Thomas Cable, A History of the English Language, 5th ed. (1935; revised and rpt. Prentice Hall, 2002)をお奨めします。
top
小山 太一
研究者としては情けない限りですが、昔から抽象的思考とか論理の組み立てとかいうやつが不得手で、今でも学術書のたぐいは読んでもなかなか身になってくれません。いっとき理屈は分かった気がしても、しばらくたつともうダメ。でも、こうして中年になってみると、学生の頃よりは腑に落ちる部分がほんの少し多くなったかなという気もします。「理解する」ではなく、「腑に落ちる」。自分の (乏しい) 人生経験から類推して、そうだよな、きっとそうなんだろうなという感じがすると言えばいいでしょうか。というわけで今回は、ふだん授業で扱っている英文学以外から、世界が多少とも腑に落ちる感覚を私に与えてくれた書物を紹介させてください。

■ 斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』(岩波書店)
  『NEW斎藤和英大辞典』(日外アソシエーツ)
1929年に亡くなった英語学者の作った辞書というと、いかにも現代では物の役に立たなそうですが、これが実に有益。現代的で優秀な辞書はいくつもあるけれど、日本語が持っている心のヒダを英語の心のヒダと重ね合わせるセンスと味わいにかけては、斎藤の両辞書にいまだ勝るものなし。読ませる力、読者を引き込む力は無双。私のように翻訳にたずさわる人間にとっては、ついつい硬直しがちな訳文をほぐすヒントを常に与えてくれる偉大なトレーナーです。例えば、do wrongを「不正なことをする」でなく、『熟語本位英和中辞典』のように「曲がったことをする」と訳されると、なにか思考が身体化されたような――平たく言えば「腑に落ちる」――感じがしませんか? いや、翻訳だけじゃないぞ、あらゆる文章は読み手の「腑に落ち」なければならないのだと、ページから斎藤先生の肉声が聞こえてきそう。

■ 加藤陽子『戦争まで――歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)
高校までの歴史の授業とそれ以降の読書では、どうして日中戦争が太平洋戦争につながってゆくのか私にはさっぱり理解できませんでした。なんで日本は中国と戦争している上にアメリカとまでおっ始めたんだ、という疑問に、腑に落ちる形の回答を与えてくれたのはこの本が初めてです。そうか、ここで日本は欲をかいてしまったんだな、ここで虚勢を張ったから引っ込みがつかなくなってしまったんだな、という卑近なレベルで本書は歴史の流れを私の腑に落としてくれたのですが、そんな読者からもっと突っ込んだレベルで考察を深めたい層に至るまで、幅広いニーズに応えてくれる一冊でもあります。姉妹編に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 (朝日出版社)。

■ 大西巨人『神聖喜劇』(光文社文庫)
圧倒的。小説というものに打ちのめされ、言語表現が持っている可能性に驚愕したいなら、これは外せません。旧日本陸軍の内務班 (下士官から兵までによって組織される居住単位) を主な舞台として、軍隊の日常に生起する小さな事件の中から、日本人の弱さとしぶとさ、根深い病理と意外な健全さ、大勢順応的な小ずるさとあざなえる縄のごとく絡みあった正義の心がえぐり出されてゆきます。ほとんど常軌を逸したレベルで正確と几帳面を追求しつづける特異な文体を駆使して、とことん「腑に落ちる」具体性を伴いつつ日本というシステムの特性がじりじりとあぶり出されてくのですが、その執拗なプロセスから立ちのぼってくる摩訶不思議なユーモアと喜劇性は他に類を見ません。主役・脇役たちのキャラの立ち方も絶妙。数ヶ月の出来事の描写に分厚い文庫本5冊のスペースを費やす執念の書なので最初はなかなかシンドイでしょうが、ひと山こえるとハマります。暇と体力があるうちにぜひチャレンジを。
top
新田 啓子
■ ツヴェタン・トドロフ著、及川馥訳『他者の記号学』(法政大学出版局)
他者への倫理に言語論から斬り込む壮絶な一冊。アメリカ大陸の征服史を辿ることで、西洋が他者を喪失した過程を検証する。

■ 笙野頼子『硝子生命論』(河出書房)
愛の挫折を乗り越えようとする女が作った死体人形の物語。だがその奥には「国家」と「個人」の間に横たわる深い溝が問いただされる。

■ アドリエンヌ・リッチ著、大島かおり訳『血、パン、詩』(晶文社)
現代アメリカを代表する詩人・フェミニストの論集。女であることが一人の人間に迫った苛烈な社会意識の記録と、連帯への飽くことなき希望は読む者の胸を激しく打つ。

■ Stein, Gertrude. Three Lives (New York: Echo Libraryなど)
自らはアメリカに安住することのできなかったユダヤ人/レズビアン作家の小説。彼女が「典型的なアメリカ人の物語」の創作を志した時、最初に描かずにはいられなかったのが、この三人の女の悲劇だったという。
top
  大西 寿明
 

イーヴリン・ウォー著、吉田健一訳『ブライヅヘッドふたたび』(復刊ドットコム)
自分の気持ちや人生の意味にいつも遅れて気づくという人にお薦めします。あるいは、周りにいる人間と波長が合わず、「友達」という存在に悩んでいる人にもお薦めします。大学生のうちに読んでほしい一冊です。

ヴァージニア・ウルフ著、片山亜紀訳『自分一人の部屋』(平凡社ライブラリー)
授業で読むとウルフの主張を古いと感じ、現在は過去よりも女性にとってより良い時代だと考える学生さんが結構いました。果たしてどうだろう。そうだと思う人もそうじゃないと思う人も社会に出る前に一度読んでおきましょう。家父長制社会に対するウルフの怒りは現代においても決して古びることはないと思います。

モードリス・エクスタインズ著、金利光訳『春の祭典-第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生』(みすず書房)
師匠の受け売りですが、この本をお薦めします。20世紀の英語圏文学を読む上で第一次世界大戦の存在は無視することができません。日本人にとって第二次世界大戦がそうであるように、第一次世界大戦とは、特にイギリス人にとって現代においても悼むべき対象であり続けています。この辺の事情を理解しておくと20世紀の文学の読み方が変わってきます。

  top
澤入 要仁
 この世は言葉でできている。
 それが「テクスト」と呼ばれようと「記号」と呼ばれようと。あるいは「母語」であろうと「第二言語」であろうと。はたまた「ロゴス」と言いかえられようと「言説」(ああ懐かしい言葉!)と言いかえられようと、何ら変わるところはない。この世は言葉でできている。
 いや、あの世もしかり。あの世を見た人は(たぶん)いない。見ていない以上、あの世のことは言葉を通して語られ想像されてきたのである。あの世を描いた絵画でさえ、じつは言葉を通して理解咀嚼されてきたのである。
 読書の醍醐味は、この言葉を生のまま満喫できることだろう。すみずみまでしゃぶりつくせることだろう。せっかくのごちそうが、いまそこにある。上げ膳、据え膳の状態だ。めいっぱい頰ばって堪能しようではないか、ちゅぱちゅぱと、むしゃむしゃと。

 まずは呉承恩『西遊記』君島久子訳、全三巻(福音館文庫)
はどうだろう。ごぞんじ孫悟空の物語だ。「小学校上級以上」とされているが、なめてはいけない。如意棒や觔斗雲をあやつる悟空が、三蔵を護らんと身を挺して妖怪変化と戦う、その物語が息もつかせぬ冒険譚になっているだけでなく、その冒険を語る言葉がほれぼれするくらい格好いいからだ。颯爽としている。筋肉が引き締まっていて美しい。言葉のままにしておくにはもったいないくらいだ。おかげで「東勝神州傲来国花果山水簾洞(とうしょうしんしゅうごうらいこく、かかざんすいれんどう)」という悟空の出自の決まり文句さえ魅惑的にひびくからおもしろい。
 このような格好いい言葉が操れるようになれば百人力である。大学の授業のレポートに使える。(教員はよろこんで高い評点をつけるだろう。)社会人になれば企画書にも使える。(先輩たちの提案を差しおいて、自分の提案がすんなり通るだろう。)ラブレターにももってこいだ。(たとえが古いのは赦されよ。)


 読書好きが昂じて言葉の味にうるさくなれば、おのずと文字にもうるさくなるはずだ。「明朝体はやはりクラシカルな秀英体がいい」とか「秀英体は古すぎる。石井明朝がいちばんバランスがいい」とか言いだすようになる。あるいは、「のっぺりとした写植は読む気がしない。紙面をくぼませ、文字の輪郭にインクがたまる活版でなければ眼が疲れる」とのたまうようになれば、もはや病膏肓にいる按排だ。手の施しようがない。
 さほど中毒を患っていなくとも、小谷充『市川崑のタイポグラフィ』(水曜社)は興味ぶかいのではないか。市川崑監督による映画『犬神家の一族』(1976)等のタイトルやクレジット表記に使われた、あのL型配置の特太巨大な明朝体表現に関する研究である。(「タイポグラフィ」とは文字づかいの意。)じつは、この明朝体の用法は、庵野秀明監督のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)にも踏襲され、さらに近年では、鎌池和馬の小説『とある魔術の禁書目録』(2004~2010)がテレビアニメ化されたとき(2008~2011)のタイトルロゴにも応用された。目に浮かぶはずだ。文字そのものがもつ呪術的魔力を最大限に活用した手法である。本書は、文字という単なる平面上の描線がもつ、この不思議な喚起力を映像作家の市川崑が認めていたことを詳細に解き明かしている。奇書のひとつといえるだろう。

 ここまで言葉の力、文字の力を紹介した。最後に詩の力にふれたい。ダンテ『神曲』平川祐弘訳、全三巻(河出文庫)はどうだろう。ちょっと長すぎる。そう思うのなら、最初の「地獄篇」だけでもかまわない。続けて「煉獄篇」「天国篇」も読みたくなること請けあいだから。ちょっと古すぎる。そう怖がりなさるな。各歌の前に要約が付記されているし、各歌の後には、細かな訳注も加えられているから。しかも訳文は現代語訳であるから。(ダンテ自身、文語のラテン語ではなく、口語のトスカーナ語を使っていた。)
 かつてアメリカの詩人ロバート・フロストは、翻訳すると失われるものを詩と定義した。他方、ギリシャに生まれ、アイルランド、アメリカをへて来日し小泉八雲と名乗ったラフカディオ・ハーンは、偉大な詩は他国語(の散文)に翻訳しても偉大である、と断じた。どちらが普遍的に正しいのかわからない。しかし少なくとも『神曲』に限っていえば、ハーンに軍配があがることは明らかだ。『神曲』は日本語訳でも英語訳でも圧倒的だからである。
 阿鼻叫喚の地獄絵図、という決まり文句がある。でも『神曲』を読んでごらん。単なる言葉なのに、「絵図」以上に絵図が心に浮かぶから。「絵図」以上に叫喚の響きが耳に聞こえてくるから。そうか、単なる言葉なのに言葉を超えたもの、それが詩というものなのか、と体感させてくれるのがこの『神曲』である。
top
舌津 智之
■ Cather, Willa. My Ántonia. 1918. New York: Signet Classics, 2005.
甘い抒情と郷愁の裏側に、冷たい懐疑と諦念が滲む奥の深い小説です。米国では人口に膾炙した作品であり、マリリン・モンローの蔵書にもこの本が含まれていました。

■ 平石貴樹編『しみじみ読むアメリカ文学――現代文学短編作品集』(松柏社)
難しい本は読みたくない、けれども流行りの通俗小説では物足りない、という人にぜひお薦めします。ここには、文学の原点があります。お気に入りの短編を見つけて下さい。

■ 鹿野政直・香内信子編『与謝野晶子評論集』(岩波文庫)
歌人・詩人として名高い与謝野晶子のエッセイ集です。この一冊を読めば、ジェンダーとは何か、フェミニズムとは何か、人生とは何かが分かります。永遠に新しい古典です。
top
index