2008年度立教大学英米文学会
マキャヴェリアン・ヴィレン再考
川崎 淳之助先生(元立教大学文学部教授)略歴>>
  日時:2008年12月6日(土)
  場所:太刀川記念館3階ホール
  時間:16:40~17:30
  当日その他プログラム:
【研究発表】 14:30~15:20 高井 美紀子
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「自由と啓示の狭間で:ワーズワス「序曲」における『歩き』のモチーフ」
15:30~16:20 山本 洋平
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「詩と散文の再構築――Emersonの“Self-Reliance”から“Experience”まで」
 
 マキャヴェリアン・ヴィレン再考
 マキャヴェリズムというと、一般的には目的のために手段を選ばないことを指す言葉になっています。しかし本当にそれでいいのか、それが正しい解釈なのか、ということが本講演の出発点でした。真のマキャヴェリズムを理解する鍵は ‘Virtù’ という言葉にあり、「あらゆる困難を乗り越え、ひたすら目的を追求する精神の力、行動に向かうエネルギー、勇敢かつ自覚的な決断」を意味するこの言葉こそ、マキャヴェリが求めていたものの真髄を表していることを教えていただきました。
 次に先生が取り上げられたのは、Christopher Marlowe(エリザベス朝演劇を支えていた劇作家の一人で、Shakespeareにも影響を与えた人物)のThe Jew of Malta(『マルタ島のユダヤ人』)です。劇の内容を詳しく吟味しながら解説して下さったので、未読の人たちも理解しやすかったと思います。途中に挟まれる博学なお話もまた興味深い内容で、先生の造詣の深さを垣間見ることが出来たように感じました。
 The Jew of Maltaの主人公Barabasは、マキャヴェリが考えていたVirtùを持つ本当の意味でのマキャヴェリズムではなく、一般的に考えられている(括弧つきの)「マキャヴェリズム」を体現する人物として描かれています。最後に彼は、 ‘Helpe, helpe me, Christians, helpe.’ という言葉でキリスト教徒に助けを求めますが、この台詞によって、キリスト教を批判してきた彼の存在は逆転してしまったことになります。言ってみればこの一行のために劇全体があるようなもので、目的のためには手段を選ばず勝手な生き方をした主人公BarabasをMarloweは烈しく批判している、と先生は結論づけられました。
 一般的に知られている意味への疑問から論を展開する、という方法は面白くて、今後研究を続ける上で重要な方法論に触れることができた時間になりました。
2009/1/8
英米文学専攻前期課程2年 佐藤洋子

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