2010年度立教大学英米文学会
伝記的事実は作品世界への鍵?
Willa Cather My Antoniaを一例に
佐藤宏子先生
佐藤 宏子先生(東京女子大学名誉教授)略歴>>
  日時:2010年12月18日(土)
  場所:立教大学池袋キャンパス12号館第1、第2会議室
  時間:16:00~17:30
  当日その他プログラム:
研究発表 13:20~14:00 小椋 道晃
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「ハーマン・メルヴィルの『ピエール』における語られざる過去」
14:10~14:50 岡本 広毅
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「“trusteth wel, I am a southren man”
チョーサーと「荘園管理人の話」におけるイングランド北部」
15:00~15:40 大西 寿明
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「『チャタレイ夫人の恋人』におけるメラーズのアンビヴァレントな身体」
 
 文学作品を読み解く「鍵」

 「わかったことと、ますますわからなくなったことがある」—―実際に作品を読んでお話を聴いた私にとって、この言葉は、講演の衝撃的な幕開けとして響きました。長年研究を重ねてこられ、2010年11月に訳書『マイ・アントニーア』を刊行された佐藤宏子先生に、それでもなお「わからない」ことがあるというのです。
 佐藤先生は、ウィラ・キャザーが「作家道」という規範に縛られた作家であったとお話しになる一方、ご自身では、伝記的事実に基づいた「規範」的な分析ではなく、作品から読み取れるキャザーの内面世界を描きだすことに興味があると論じておられました。特に、弁護士となり、富豪の娘と結婚する、いわば成功を追った人物としての語り手ジム・バーデンと、大平原のなかでたくましく生きるアントニーアを対照的に描いたキャザーに対する視点は興味深いものでした。成功のむなしさを感じたジムが、心の安らぎを求めてアントニーアのもとに帰るという「円を描くような人生」を通じ、キャザーはアメリカの二つの生き方を提示したという解釈からは、文学作品を読む楽しさばかりでなく、真摯な作品分析というものを、あらためて教えていただきました。
 佐藤先生は、大学三年のときに受けた西川正身先生の文学講義で、『マイ・アントニーア』のたった一つのパラグラフに触れたときから今日に至るまで、この作家の研究に携わってこられたということでした。そしてさらに、立教大学のアメリカ文学専門の先生方が、そろって佐藤先生の授業から多くのことを学び、いまに至っているということも知りました。先生のお人柄もさることながら、その研究成果が脈々と引き継がれていること自体に、研究者を目指す者として、おおいに啓発されました。
 このように、今回の佐藤先生のご講演には、文学作品を読み解く「鍵」だけでなく、研究への姿勢や、立派な研究者になるための「鍵」を同時に教えていただきました。
2011/02/02
英米文学専攻前期課程2年 姜承福

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