2011年度立教大学英米文学会
「詩/と/は/が私」
中崎一夫氏
中崎一夫氏(田村英之助・立教大学名誉教授)略歴>>
  日時:2011年12月17日(土)
  場所:立教大学池袋キャンパス12号館第1、第2会議室
  時間:17:00~18:00
  当日その他プログラム:
        
研究発表 13:05~13:45 小笠原 清香
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「副詞の意味変化―“Unidirectionality”再考―」
13:45~14:25 小椋 道晃
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「家庭の不安―メルヴィルの“I and My Chimney”再考」
14:35~15:15 大西 寿明
(本学大学院博士課程後期課程在学)
England Made MeにおけるGraham Greeneと資本主義」
15:15~15:55 岡本 広毅
(本学大学院博士課程後期課程在学)
「サクソン人到来の歴史と中英語 “wassail”」
16:05~16:45 Mark Byron
(招聘研究員 シドニー大学)
In a Station of the Cantos: Pound’s “Seven Lakes” Canto and the Sho-Sho HakkeiTekagami
 
                言葉と詩人と研究者

  2011年という年は3月11日の東日本大震災によって何をするにも特別な年になったのではないでしょうか。立教英文学会もまた震災について考えさせられる会となりました。田村英之助先生(=詩人 中崎一夫)は「詩 と / は / が 私」と講演会を題されました。「詩と私」「詩は私」「詩が私」というこの表題について、田村先生は「詩」は「言葉」と置き換えてもよいとおっしゃいました。そしてそのうえで「震災のあと、多くの詩人が言葉を使えなくなった」と語られたのです。
  講演は田村先生、太田雅孝先生、伊達恵理先生による朗読から始まりました。ここで太田先生が指摘されたのは、「英文学者 田村英之助」と「詩人 中崎一夫」という二つの存在です。太田先生は「田村」が「中崎」を追いかけているようだ、とお話しされました。当の田村先生は静かに耳を傾けていらっしゃるだけでしたが、詩人として書き、批評家として読む、田村先生のその姿勢には考えさせられるものがありました。私たち学生は普段、後者の訓練しか受けていません。ですが書き手としての自分を持つことで、研究者としてできることがあるのではないかと感じたのです。
  震災について田村先生は、その場にいた人々と同じ痛みを感じることはできない、だが別の場所で自分が感じた痛みを語ることはできるのではないだろうか、とおっしゃいました。田村先生は一貫して詩人として語っていらしゃったようでしたが、その言葉の端々に、批評家の検閲をくぐりぬけてきたあとを見たように思います。田村先生は、震災を受けて詩人としてなにができるかを語られました。それは同時に、批評家がどういう役割を果たすかということを示していたのではないでしょうか。言葉を失った詩人に、言葉を取り戻させる手助けをするのが批評家なのかもしれないと、講演を通して研究者の役割のヒントをいただいたように思います。
2012/02/09
英米文学専攻前期課程2年 朝倉さやか

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