2015年度立教大学英米文学会

20世紀イギリスの伝記文学について―ゴスとストレイチー

富士川義之先生
富士川 義之先生 略歴>>
  日時:2015年12月19日(土)
  場所:立教大学池袋キャンパス 太刀川記念館3階 多目的ホール
  時間:16:30~18:00
  当日その他プログラム:
        
【研究発表】







【講演】

14:10~14:50 加藤 惠梨香
(本学大学院博士課程後期課程在学)
ホーソーンとインディアン強制移住法
――‟The Birth-Mark”における人種の政治学
14:55~15:35 熊谷 めぐみ
(本学大学院博士課程後期課程在学)
失われた故郷――Great Expectationsにみるロンドンの表象
15:40~16:20 関根 全宏
(戸板女子短期大学専任講師
メルヴィルの詩学――『白鯨』におけるサウンドスケープ

 2015年度立教英米文学会では、英文学者・文芸批評家でいらっしゃる富士川義之先生に「20世紀イギリスの伝記文学について―ゴスとストレイチー」と題した素晴らしい御講演をいただきました。ご自身の父親の伝記『ある文人学者の肖像評伝・富士川英郎』という評伝を著され、第66回読売文学賞を受賞された評伝作家でもある先生の講演は、ある時は博物学的で縦横無尽、ある時は深遠で鋭い示唆に富み、聴衆は瞬く間に20世紀初頭のイギリスへと時間を遡る知的な旅に誘われました。

 先生が、エドマンド・ゴスとリットン・ストレイチーという20世紀前半のイギリスを代表する二人の伝記作家を題材に取られ論じられた主題とは、「優れた伝記、評伝とは一体どういうものなのか」という根源的な問題でした。先生は、優れた伝記には必ず伝記の事実重視の中に筆者の知見が控えめに織り込まれており、そこに個性(書かれる対象)と個性(筆者)の出会いがあると定義されました。そして、その定義に照らし合わせながらゴスとストレイチーについて論じられました。学士会会員であり高名な自然科学者であった自らの父を題材にゴスが描いた伝記Father and Sonは、ダーウィンの『種の起源』を高く評価しながらも聖書の創世記を絶対的真実として種は不動であると信じ込んだ父の信仰の偏狭さ、おろかしさへの批判と、その批判的視点に織り交ぜられた父への哀惜が胸を打つ優れた伝記文学であり、その主題は父と子という二つの気質の研究を通して滅びゆくピューリタリズムを描くことにあるという先生の指摘には、深い感銘を受けました。ストレイチーに関する先生の視点も、伝記執筆の姿勢の中に伝記を文学に高めようとする作家の努力を見出すという首尾一貫したものでした。ヴィクトリア朝的なものを悉く嫌悪したストレイチーは、ナインチンゲールやカーライルといったヴィクトリア朝の著名人の俗物性を暴くことによって、自らの反ヴィクトリア朝的態度を明確にします。

 様々な指摘の中で、特に印象に残り深く考えさせられたのは、information(情報)の過剰にどのように向き合うかという、物を書く人間が避けては通れない問題への取り組み方について、先生が小林秀雄のストレイチー論、ヴァージニア・ウルフやフロイトなどを引用しながらお話し下さったことでした。この問題に対して先生は、伝記作家は“無知”でなければならないというご自身の考えを述べられた上で、「故人の一生をわが心のうちに生きてみるといふ難題」を解くことによってのみ伝記作家は歴史情報への屈従から自由になることができるという小林秀雄の論を紹介されました。膨大な事実の前に自らを見失わないようにするには、結局、自らが本当に描きたいのは何なのかという根本的な問題への対決を抜きにしてはありえないという、文学研究を志す者として常に立ち返るべき原点のようなものを先生は示されたように思います。このようにして、いつまでも聞いていたいような含蓄に富んだ講演は、名残惜しさの中、あっという間に閉幕となりました。

2016/03/22
英米文学専攻後期課程6年 高井美紀子

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