Index 卒業生からのメッセージ
 立教大学の英米文学専修(旧英米文学科)は、英学の場として建学された立教学校とともに歩み、140年の歴史を誇るとも言ってよい本学最古の伝統のもと、有為の人材を数多く社会に送り出してきました。映画監督の青山真治さん(1989年卒)や熊坂出さん(1998年卒、2008年ベルリン国際映画祭最優秀新人作品賞受賞)、日本テレビ・アナウンサー豊田順子さん(1990年卒)、同じく日本テレビの報道局記者兼キャスターの町亞聖さん(1995年卒)など、みなさん、卒業生です。芸能・マスコミ関連のみならず、金融・保険、流通・運輸、IT、観光、官公庁、教育などを中心に、幅広い分野で卒業生が活躍しています。加えて、大学院へ進学したのち、研究者として大学で教鞭をとっている卒業生が多いのも特徴です。

 近年の主要就職先:みずほフィナンシャルグループ、りそなホールディングス、三菱UFJ信託銀行、東京海上日動火災保険会社、住友商事、大和証券、集英社 株式会社NTTデータ、株式会社リーガルコーポレーション、チャイコフスキー記念東京バレエ団、そして関東近県の中学・高等学校など。

 以下、卒業生からのメッセージをご紹介します。
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2017年卒業生
趙美栄
文学部 英米文学専修 17年卒
趙 美栄  (武蔵野学院大学事務職員)


 英米文学専修の皆さん、はじめまして!

 私にとって英米文学専修で学ぶことは、人生において最も大きいチャレンジでした。なぜなら私は英語が得意ではなかったからです。しかし英米文学が好きという想いが、私をこのチャレンジへと後押ししてくれました。本が好き、映画が好き、文章を書くことが好き、舞台を見ることが好き…といういくつもの単純な理由から文学部を選択しましたが、私にとって大学での授業は好奇心を刺激される新しい世界との出会いの場でした。
 文学部に在籍し、文学作品を幅広く、そして深く学んでいくという機会は、人生の中で多くはないと思います(ぜひ沢山の授業を履修してください!)。ここでは、在学生である皆さんと同様に「学ぶ立場」として新たな発見をした経験をお話ししたいと思います。
 私は4年生の時にアメリカ文学のゼミに入り、黒人文学で卒業論文を執筆しました。黒人と聞くと、奴隷制や現代にも根強く残る差別などに着目することが多いのではないかと思います。あるいは、アメリカ文化を好む方は、彼らの高い身体能力や芸術に魅了されていらっしゃるかもしれません。彼らの文化的あゆみを自分の言葉で論じてみたいと思い、私は卒業論文を執筆しました。進路も決まらないまま論文とアルバイトを並行していく中では様々な不安や焦りもありましたが、大学時代の集大成をまとめようと決心したのです。
 卒業論文では、差別される側であった黒人のコミュニティ表象を分析しました。作中の黒人たちの意識を検証すると、人為的に作られ、多くの矛盾を孕む差別構造が、ブラックコミュニティ自体の所産としても描かれていることがわかりました。さらにそれらを探究すると、肌の色の差、性別の差、文化の違いなどによって人間の優劣をつけることの矛盾や限界を、確信することができました。
 私たちがあるグループ内部で得られる連帯感は、生きていくうえで不可欠でありますが、過剰なまでのそれへの固執は、異なる人々の排除へとつながってしまうのではないかと思います。 互いの「違う部分」を受け入れ、理解するのは容易ではありませんが、違いを知ろうとする好奇心や理解しようとする寛容な精神は、本当に大切だと思います。この認識は、我々が社会に出ても必要とされるものではないかと思います。
 私はみずから文献を探し、議論を組み立てることを、卒業論文執筆を通して経験できたことにとても感謝しています。やはり書くのと書かないのではまったく違います。新たな知識獲得のきっかけともなり、やり遂げたことが自信に変わります。自分の考えを客観化することは簡単ではありませんが、指導教授がサポートしてくださるので大丈夫です。安心してください。
 文学部は就職に不利だというお話もありますが、大学での体験は、就職活動に収斂しない多角的な重要性をもっています。この時間を人生におけるひとつの通過点にすぎないという捉え方をする人もいるでしょうが、学ぶことが生活の中核であった日々は、私にとっては本当に貴重でした。
 社会生活を送るうえで、知ること・知ろうとすることはとても重要ですが、知識を受け入れる容量自体を増やしていくためにも、大学での時間を大切にしてください。学ぶことを楽しんでください。広い知見をもった立教生が社会で活躍していくためにも、共に全力で学んでいきましょう。私も新社会人として学び精進していきたいと思っています。悔いなく大学生活を思いっきり楽しんでくださいね。応援しています。
中村俊貴
文学部 英米文学専修 17年卒
中村 俊貴  (東京都公立学校教職員)


 「教育と文学をどのように結びつけるべきか」−このようなことを最近思います。

 しかし、普通の教育系の大学を出ていたらこれと同じことを疑問に思っていたでしょうか、そのようなことも同時に思うわけです。というのも、私が現在英語科の教員としてなんとか頑張ることができている礎として、やはり英米文学の学びは欠かせないものだと思うからなのです。
 文学というのは、誰でも手にし、楽しむことができるものです。しかしいざ研究する、ということになると、実際に学部に入らないとなかなか気持ちが向かないものです。ましてや、私など学部に入る以前は特にこれといって読んでいたわけでもなく、とりあえず英語科の教員免許目当てで入学した人間でありました。ところが、少人数で行われる演習形式の授業を機に、本を研究して読むことの楽しさに目覚めたわけです。例えば、Hemingwayの "Cat in the Rain" は大変有名な作品ですが、その作品内でのaやtheなど、冠詞の有無にさえ意味があるといった読解の深さに19の青年は感動を覚えたのでした。
 すると、当然の流れとして、英語を勉強しなくてはいけない、という気になります。翻訳だけで満足してなどいられません。わからない単語があれば調べ、難しい文法があればどのように解釈するか、皆で話しあいました。そうして一つの作品を読解していきました。中学、高校の英語の授業に一見似ています。しかし、大学の学びではこういった主体性が渦を巻き、教室内を駆け巡っていました。 それならば、と卒業した今、私ができることを考えました。それは、中学生、高校生にその主体性を芽生えさせることにあると思いました。英語科教員として、彼らに英語の楽しさを知ってもらいたいのです。そしてその考えの根元にはいつも、英米文学の学びがあります。
入学するみなさん、卒業後に、今の自分を作っているこの部分は、間違いなく英米文学専修での4年間にある!と自信を持って言えるようになっているはずです。そして、それをずっと心に持ち、世に役立てていきたいと、卒業後はきっと考えるようになるのではないか、と、そう私自身も期待を持って思っております。
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2016年卒業生
山手菫
文学部 英米文学専修 16年卒
山手 菫 (日本航空株式会社


 立教大学文学部英米文学専修で過ごした4年間は、私の人生において最も濃密で有意義な時間でした。有り余るほどに時間があると言われる大学生であったからこそ、サークル活動やアルバイト、就職活動など、あらゆるものに挑戦しましたが、その中でも常に自分の学生生活の主軸であり続けたのが、「英米での学び」であった気がします。留学をしたり、辞書とにらみ合いながらひたすら英文を訳したり、英語でディスカッションをしたり、どんなレジュメが読みやすいのか試行錯誤したり、卒業論文を書いたり…。英米での一つ一つの取り組みが、今の自分の強み、そして自信に繋がっているのだと思います。ここでは、その取り組みについて少しお話ししたいと思います。
 まず、大学2年次に参加した海外フィールドスタディーEAPについてです。一カ月間サンフランシスコの語学学校で英語を学ぶというプログラムだったのですが、アメリカにいる間だけでなく、出発前後の二か月間、毎日英文日記の宿題を課されたり、アメリカ文化についてのレポートを書いたりと、英語学習を継続して行う事の重要性を重視する点は、英米文学専修主催のプログラムならではの魅力でした。初めての留学は、本場アメリカでの質の高い授業と素敵なホストファミリー、ルームメイトに恵まれ、とにかく楽しく、毎日が刺激的だったのを覚えています。ここでの学びは、英語を将来的に勉強していく大きなモチベーションに繋がりました。
 続いて、大学3, 4年次に受けた演習と英語表現演習の授業は、1, 2年次に扱っていた短編や詩とは異なり、一冊の長編文学作品を、一学期間という長い時間をかけて丁寧に解釈していく点において、本当の意味での英米文学との出会いの場を与えてくれた貴重な時間でした。私の所属していた演習の授業は、グループ発表ではなく一人一人が各自指定された箇所を読み込み、あらすじから自分の作品に関する解釈まで、すべてをレジュメにまとめて指定時間内に発表していくという授業スタイルでした。広くて静かな教室の中で、自分の意見を限られた時間内に述べ、相手を納得させることは、もちろん大きな緊張を伴うものです。しかしこの取り組みを通して、英語の読解力はもちろん、しっかりと原書からの引用文を用いて、自らの解釈を確立していく論理的な思考力が身についたと思います。これらは就職活動においても大いに役立ちました。そして自分の感情や感覚を大切にして楽しむ読書とは異なり、根拠をもとに自らの解釈を実証していくことで、筆者の意図を考えるという文学の面白さに気づくことができました。

 最後に、私の英米における学びを語るうえで欠かせないのが、4年次に取り組んだ卒業論文の執筆です。私はKate ChopinがThe Awakeningの中に描いた、19世紀の社会において抑圧された女性の反発をテーマに論文を執筆しました。夫の所有物でなく、一人の自立した女性として生きたい。子供たちのことは愛しているけれど、家庭に身を捧げることはしたくない。自立を夢見るも、男性に愛される望みを捨てることはできない…。現代の女性の価値観にも通ずる主人公の葛藤に触れることは、社会人となることを目前に控えた私に大きな影響を与えてくれました。図書館に閉じこもり、パソコンの前で頭を抱えながら英語の文献とむかい合う作業は確かに大変でしたが、一つの文学作品と誠実に向き合い続けることができた約四カ月間は、私の今後の人生における大きな糧となるに違いありません。最後、2万字の論文となって完成した冊子を手にしたときは、この上ない達成感と、指導して下さった教授への感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 好奇心と、積極的に学ぼうとする姿勢、そして、やるとなったら妥協せずにとことんやる気概を持っていれば、英米文学専修には、集中して学ぶことのできる環境が整い、私たちを導いて下さる教授がたくさんいらっしゃいます。文学には多様な解釈が存在するからこそ、どこまでも考える力を養い、その人の感情を豊かにし、人間性を面白く育ててくれるのだと思います。与えられた時間と場所を大いに活用し、実りある大学生活を送ってください。応援しています!
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2015年卒業生
富樫有貴
文学部 英米文学専修 15年卒
富樫 有貴 (株式会社日立ハイテクノロジーズ)


 英米文学専修で学ぶ立教生の皆さん、こんにちは。

 私が大好きだった学部の教授や緑に溢れたキャンパス、そして足繁く通った図書館を在校生の皆さんが今同じように共有していると思うと、とても嬉しく、会わずとも親近感が湧くばかりです。入学したばかりの一年生や、就職活動を控えた三年生など、状況は様々かと思いますが、学生生活が皆さんにとってかけがえのない時間になることを願うとともに、同じ学部で学んだ卒業生として、いくつかアドバイスをさせていただきたいと思います。
 まず一つは、「学生だけの特権を全力で楽しむこと」です。この特権とは、私の場合、「時間」と表現します。大学生活は人生最後の夏休みとも言われますが、これほど時間に恵まれる機会はこの先なかなかありません。4年間、自分がやりたいと思うことを全力で楽しんでみてください。正課の勉強やアルバイトでもいいですし、クラブ活動や海外旅行、読書などでも構いません。大切なのは、全力で取り組んだ先に見えてくるものです。そこで出会った出来事や仲間はすべて、あなたの貴重な宝物になるはずです。私の場合は、海外とマラソンに興味があったので、留学や一人旅にチャレンジする一方、海外でのフルマラソンも含め全部で約20回大会に参加しました。全力で楽しんだ結果に得たものは、自分自身の「思考」や「自信」、「体力」や「英語力」という宝物になり、現在の私を形づくっています。そして、これらは、時間という学生ゆえの恩恵があったからこそ実現できたことであり、社会人になった今、改めてその尊さを実感しています。
 二つ目のアドバイスは、「学生という枠を飛び出してみること」です。学生であるからといって行動範囲や人間関係を大学だけに限る必要はありません。むしろ、より広い範囲に視野を向け、活動することを意識していただきたいです。なぜなら、それは皆さんが将来を見据えるきっかけにつながるかもしれないからです。日本では、一度社会に出ると、「社会人」という名と責任を背負い、柔軟にキャリアを選択していくことが難しくなってきます。そんな社会に、皆さんは数年後カラダ一つで飛び込んでいくことを想像できるでしょうか。将来やりたいことが見つからないのは皆同じかもしれませんが、何かを見て、触れたときに、それに対して自分はどう考えるのかという意見を持つことはとても大切なことです。私はまさに、学生という枠を飛び出したことでそのような力を身につけることができました。大学を一年間休学し、外資系メーカーで半年間のインターンシップに挑戦したときのことです。一度社会に出て働いたことは、等身大の自分が社会や自分の将来と向き合う大きなきっかけとなりました。この経験は、間違いなくその後の就職活動にも役立ちましたし、将来の自分への決意を与えてくれたと思います。
 このように、以上の二つが、卒業生として私が皆さんにお伝えしたいことです。大学生活の過ごし方に正解はありません。そして、このような恵まれた機会は人生で一度きりしかありません。いつか振り返ったときに、充実した4年間だったと思えるような学生生活になることを心より願っております。

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2014年卒業生
石井将太
文学部 英米文学専修 14年卒
石井 将太(日本電気株式会社)


 
都会の喧噪から少し離れた静かな場所にひっそりとキャンパスを構えている立教大学。人よりも一年多く通ったこともあり、特別な愛着を感じずにはいられません。
 私は大学生活の五年間で体育会での活動、一年間のアメリカ留学、ITベンチャーでの長期有給インターン、Dorseyゼミでのミュージカルの研究などありとあらゆるものに挑戦してきました。立教大学の建学の精神である「単に既知の知識を修得するのではなく、無限の未知なる世界に足を踏み入れていくこと」を自ら体現できた大学生活だったと改めて感じています。
 さて、私は海外での経験を通じて、大学においての勉強の必要性と大学外においての主体的な活動の重要性を学びました。よく「大学は勉強をする場だ。学生は勉強しろ」だとか「大学生活では勉強しないで大いに遊べ」などの意見を聞きます。ずるいようですが私は両方するべきだと思います。何をするにおいても自由な「学生」という権利を最大限に活用して、「自分だけの大学生活」というものを作り上げて欲しいと思います。
 せっかくの機会なので私の立教大学での学びの部分についてお伝えしたいと思います。私は最後の二年間、Dorseyゼミでミュージカルを専攻しました。それまでの人生においてミュージカルなど一度も見たことが無かった私がこのゼミを選んだ理由は、英語力をキープするため、ただそれだけでした。しかしながら、私はこのゼミで当初の想定以上のものを得ることが出来ました。第一に作品研究における心理学という切り口があること。第二に芸術などの分野に通暁していることで文学の面白みが増すこと。そして、第三にこれまで関心の無かったものにあえて飛び込んでみることの重要性などがありました。これから立教大学の英米文学専修で学ぶ人、今既に学んでいる人は、様々なものを自分に興味が無いからと選択肢から捨ててしまうのではなく、是非、一度触れてから判断する癖をつけてほしいと思います。自分の知らない世界がそこには広がっているかもしれません。
 最後に私からメッセージを送りたいと思います。「大学生活を通じて新たな出会いを多く作ってください。」この新たな出会いというのは、人だけではなく、本や場所でも構いません。大学生活はドラマなどで見るほど輝かしいものではなく、時には退屈なものかもしれません。しかし、それを変えてくれるのは多くの出会いであり、最後には自分の行動です。いつか読んだ本に、「自分の孫に『おじいちゃんの大学生活どうだった?』と質問されて、ストーリーとして語り聞かせられるような大学生活を送れることが理想だ」というフレーズがありました。みなさんも誰かに聞かれたとき、笑顔で「楽しかった」と答えられるように大学生活を全力で楽しんでください。
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2012年卒業生
遠藤吉成
文学部 英米文学専修 12年卒
遠藤 吉成(東京都職員)


 高校時代に英語が好きだった私は、中学時代の恩師の影響もあり、当初英語教師を目指すつもりで立教大学の文学部に入学することを決めました。しかし大学へいざ入学するという時になって、英語の教職に就くことにも疑問が浮かび自分が何をしていくべきか考えるようになっていきました。
 それでも、英米文学専修の授業は自分の知らない世界を教えてくれ、様々な刺激として残りました。大学3年からのゼミはアメリカ文学を専攻し、アメリカ植民地時代からの詩や小説を読み解いていきました。アメリカで生まれ育った人たちの習慣や風俗、自分と神との関係性を見出していく宗教観など、より広く深く知識を掘り下げることができたと思っています。2年時までとは比べられないほど事前学習や発表が増えましたが、その時に培った分析力や思考能力が現在の私の糧となっています。またゼミの事業の一環として、留学生を受け入れての授業やオーストラリアの大学からいらした教授との授業もありました。私は英語を話すことがそこまで得意ではありませんでしたが、事前に準備することで、拙い英語でも議論に交わることが可能だということが分かりました。またそれだけ準備をし、精一杯議論をした授業の達成感は素晴らしいものがありました。同じゼミでたくさんの苦労を共にしてきた友人たちもきっと同じように感じていたと思います。
 大学生活では授業のほかにサークル活動を行い、活動を通して同学年だけでなく上下に幅広く親交を深めることができました。またアルバイトでは飲食店で働いていたため、人と接することの難しさや、料理のおもしろさ、大切さなど社会人として必要な要素を様々な場面から学ぶことができたと思います。
 今職場で働いていると様々な考えを持った人と接することがあります。しかし、大学はそれにも負けないくらいに人との交流の現場をもっていると思います。さらに言うならば、文学を学びゼミや講義の中で文章の解釈をめぐって議論を進めていくことは、その議論の相手だけでなく、作者、批評家、これまでのその作品に触れてきた人々との交流となり、自分の世界観を広げる場になると思っています。
 立教大学で文学を学び、様々な体験を通じて自分という人間の幅を広げ、様々な場面で活躍できるようこれからも頑張ってください。
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2011年卒業生
嶋田京
文学部 英米文学専修 11年卒
嶋田 京(中川装身具工業株式会社)


 「英語が得意になりたい」と思って英米文学専修に入学する人は多いでしょう。一方、私の場合はそれに勝るとも劣らず、純粋により深く文学を学んでみたいと思い、英米文学専修に入学しました。
 いま改めて、その選択は正しかったと思います。
 私は在学中、現代アメリカ文学を専攻し、主に人種差別やジェンダーに関して学んできました。どんな人間の中にも存在はするが、文学の中にしかはっきりと現れてこない憎しみ、妬み、苛立ち、苦しみなどのマイナスの感情が、どうやって生まれてくるのか。「異常」と呼ばれ差別される人たちは、「普通の人」となにか大きな違いがあるのか。そしてそれは本当に「異常な個人」だけの問題なのか。抑圧され、表面にはなかなか出てこない感情や価値観が形成されていく様子を、文学作品を通して見つめ、その集大成として、Toni MorrisonのParadiseを題材に卒業論文を執筆しました。
 差別による心の痛みや虐げられてきた怒りといったものを、目を背けずに見据えることの難しさや大切さを、勉強を通して実感しました。そして英米文学専修でそのような問題を考えるきっかけをもらえたことは、非常に貴重なことであったと思います。
 私は「文学なんて勉強して、将来役に立つの?」と、言われたことが何度もあります。文学の知識が実社会生活でどう役に立つか、その問題は確かに複雑です。しかし明確なのは、文学を深く読み込む過程で、自分のことをも深く考えるようになるということです。そのように自分を知ろうとすることこそが、重要なのではないかと思うのです。
 私の周りには、入学当初から将来を見据えて計画を立て、大学の4年間は就職のための準備期間として活動する友人が多くいました。入学前から、卒業後の自分の姿を思い描いている友人達を見ていると、本当にしっかりしているなと感心させられたものでした。入学前の私は、大学でやりたいことを思い描くだけで精一杯で、その先何になりたいか明確に定めることなどできていませんでした。そのために、卒業後のために頑張る友人達を見て、焦りを覚えることがありました。
 しかし、私のような傾向をもつ人たちにこそ、文学部で学んでほしいと思います。
 アメリカ文学を学ぶことで、私は4年間じっくりと自分自身と向き合うことができました。自分は何が好きで、本当に興味があるのはどのようなことで、何をするのが嫌いで、どんなことが得意なのか――わかっているようで意外とわかっていない自分のことをきちんと理解できた気がします。入学前におぼろげに見えていた自分の内面がよりはっきりしましたし、その頃は自覚できていなかった自分も発見できたように思います。
 私がいま勤めているのはアクセサリーのパーツを製造しているメーカーです。4年間自己を見つめた結果、一番自分の肌に合っていると思った業界に就職したつもりです。あまり大きな会社とはいえませんが、その分、新人の私もある程度責任ある仕事を任せられ、大変ですがやりがいがあり、充実した毎日を送っています。
 社会人になってから、大学生のとき以上に「意見」を求められることが多くなりました。まだ社会に出て数ヶ月ですが「自分の言葉」で先輩方と話すことがどれだけ大変かということをひしひしと感じています。英米文学専修で英語圏世界について知り、英語という言語でものを考え、多面的な物の見方を学び、自分の考え方の軸をはっきりさせていった経験は、いま非常に役に立っています。立教大学に入学して、たくさんの先生方、友人と学んだ時間は、本当にかけがえのないものであったと思っています。
 私は大学時代、アルバイトに勤しんだり、旅行に行ったり、図書室にこもってひたすら英文を訳したり、多くの仲間と共にサークル活動に励んだりと、自分の好きなことばかりを追究してきました。いま改めて考えると、これほど自由にのびのびと、自分の好きなことだけに没頭できた時間はもう来ないかも知れないと思います。
 4年間をどのように過ごすかは人それぞれです。入学時と卒業時を比べたとき、一番大きな変化を感じられるのが大学の4年間かも知れません。大学生活とは、人生においてそれほどに貴重な時間だと、卒業して間もなく感じるにいたりました。皆さんもぜひ、それぞれの4年間を大切に過ごして、今後の人生の糧にしていってほしいと思います。

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2010年卒業生
久崎政道
文学部 英米文学専修 10年卒
久崎 政道(厚木市公立学校教職員)


 高校に入学した頃には将来教職に就くと心に決めていた私にとって、教員になるための資格さえ得られれば大学などどこでも構わないという認識でした。しかし、実際に入学していくつかの講義を受講していくうちに、この大学に入学できたことに強く感謝するようになりました。全カリにも学科の必修科目にも、知的関心を刺激される大変魅力的な講義があったことを覚えています。
 なかでも、現代英語の特質やその成立の歴史について学んだ英語学概説では、新しい発見の連続に目から鱗が落ちる思いでした。それまで、単純に英語が好きで、英語というものを便利なコミュニケーションツールとしてしか認識していなかった私に、英語が世界共通語としてどれほど大きな影響力を持っているか、英語がいかに魅力的な言語であるかを気づかせてくれました。ただ漠然と教師になりたいと思っていた私に、英語教育を通して生徒に何を伝えたいのかという明確なビジョンを与えてくれました。そして、それを生徒に効果的に伝える方法を研究し、卒論という形に残すことができたのです。
 このように、真剣にとことん研究したい題材を発見できたこと、そしてそれを実行するための環境を整えていただいたことに対し、先生方には大変感謝しています。念願かなって教師となった今、立教大学で学んだことは私が授業を自信を持って実践するうえで大きな糧となっています。
 また、ゼミを通してマスコミ英語を学んだことは、現代英語の表現の豊かさを知り、英語をますます魅力的な言語であると感じるきっかけとなりました。他の学生たちの研究にかける情熱も非常に強く、静かな学習空間のなかにいても、ゼミの後には知的な刺激による心地よい疲れを感じることがよくありました。切磋琢磨により互いに学びあい、高めあえるような関係を大学生活に求める人には、英米文学専修に所属することを強く勧めます。それに加え、英米文学専修は先生方の教育にかける情熱にも非常に熱いものがあり、先生方との人間的な関わりを持ちながら、多くのことを吸収することができました。このような意識の高い同輩や、情熱的な先生方に囲まれて学生時代を過ごすことができたことは、私の人生において大きな幸福であったと思います。
 その他の思い出としては、四年間の大学生活の中でたくさんの印象的な出会いがありました。なかでも、ひょんなことから授業を覗きに行った他学部の先生との出会いは特に影響力の大きなものでした。その先生は、近年大学生の学問にかけるモチベーションが二極化していると感じていました。2008年のリーマンショック以降、いかに効率よく単位を取得し就活にエネルギーを注ぐかということにしか関心のない学生が増えたのだそうです。その一方で、大学を卒業する前に自分と社会との関わり方を、学問を通してその根本から真剣に考えたいという学生も確実に増えていると言います。
 私自身、この先生との出会いもそうですが、授業などを通して興味を感じたことにはすぐに飛びついて、図書館の本を読みふけったり関係者に直接話を聞きに行ったりしました。その過程で得ることのできた知識や人脈は、私の人生にとってかけがえのない財産となっています。
 大学での四年間は自由に使うことのできる時間が多く確保できる時期です。それを就職のための準備期間とするのも、その後の人生の方向性を見極める時間として過ごすのも、私たちひとりひとりの選択次第です。今は先の見通しの立たない不安の多い時代ですが、だからこそ私たちは所属や肩書によらない軸となるものを自分の中にしっかりと据える必要があるのではないでしょうか。私に言えることは、大学での学びは意識の持ちようによっては、私たちの人生を大きく左右する力を持ち得るということです。同じ四年間を過ごすのなら、実りの多い過ごし方をしてほしいと思います。立教大学には、そのきっかけがいたるところに転がっています。
 皆さんが、立教大学に通ったことを心から誇りとして卒業していくことを、多くの卒業生の一人として願っています。

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2009年卒業生
飯田祐子
文学部 英米文学科 09年卒
飯田 祐子(立教大学大学院進学)

 1年生の頃に、「大学時代は人生で1番楽しいときだ、羨ましい」と、周囲の方々に度々言われました。当時の私はそれを聞いて、大学生には大学生なりに大変なこともあると、少し腹立たしく思ったことを覚えています。
 ただ、卒業後ひと月が経った今、そういった方々の気持ちが以前よりもずっとよくわかります。4年もの月日を、好きなことを学びながら、仲間と一緒に過ごせるというのは、大学生ならではの特権。きっとあれほどのびのびとできる時間は、この先ないでしょう。
 そう思うと、辛かったことも、幸せな時間の中に組み込まれてしまいます。新しい人間関係に悩んだこと。アルバイト先での大失敗。教育実習で思うような授業が出来なかったこと。卒業後の進路がなかなか決まらず、ただ焦るばかりだったこと。それらも含めて、幸せな時間でした。
 大学では、素晴らしい出会いが多くありました。大切な友人との出会いは、欠かせない大事な出来事です。スキーサークルで出会った仲間、学科の友人は、ありきたりな言葉ですが、宝物です。学生時代、皆でひと冬雪山にこもり、スキー漬けの生活を送ったり、旅行したりしましたが、卒業後は、全員が集まることすら簡単には出来なくなるのだと思うと、やはり心寂しく感じます。けれど、それぞれの場所でお互いにパワーアップして、また再会できればと思っています。
 学科の授業で、これまでとは違う視点で英語に触れる機会を得たこともその1つです。英語の歴史や特質に触れた英語学概説や、文学作品や広告の言語学的分析に挑戦したゼミは、非常に面白く、英語運用力を伸ばすことばかりでなく英語そのものを考えることの意義も学びました。これは、卒業後大学院へ進学し、将来は英語教師を目指すと決意するきっかけとなりました。
 大学時代が、私の人生で1番楽しいときになるかは、まだわかりませんが、この先も、私にとって非常に大切なときであり続けることは確かです。そのような時間を与えられたことに、本当に感謝しています。
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2008年卒業生
梅澤夏樹
文学部 英米文学科 08年卒
梅澤 夏来(栃木県足利市立協和中学校教諭)


 都会とは思えないほど豊かな自然に囲まれた美しいキャンパス。立教大学に入る前は、まさか自分がこのキャンパスで4年間を過ごすことになるとは思いもしませんでした。大学での4年間は、振り返ってみるとあっという間でした。しかし、言葉では言い表すことのできないほど密度の濃い充実した時間を過ごせた貴重な4年間だったように思います。今こうして幼い頃からの夢を叶えることができたのも、この大学で素晴らしい友人や先生方に出会い、多くの経験をしたからだと思っています。
 大学に入るまでは、自分の夢を叶えるためには教育大に行くべきだと考えていました。しかし、教育という枠にとらわれず、英語力を磨きつつ同時に幅広い知識も身につけたいと思い、総合大学である立教大学の英米文学科に進学することを決めました。実際「英語の立教」と言われるだけあって、英米文学科の授業は興味深いものばかりでした。英語の歴史を学んだり、日本との文化の違いを探ったり、黒人文化について考えたりと、文学を中心にして教養を深めることができました。演習ではイギリス詩について学び、独特の言い回しやリズムなどの英語の面白さを肌で実感することができました。また、教職課程を受講し、英語科教育法の授業を通して実践的な英語指導の手立ても学ぶことができました。
 それぞれの学生の目指す職業は違っていましたが、それがかえって教師になりたいという私の思いを強くしたような気がします。友人たちは銀行や航空会社、商社や販売業など、まったく違う道に進んでいきましたが、実際に学校現場に入ってみると教育関係者以外の人たちとの交流が希薄になってしまい、私にとって、大学で出会った人たちは今でもかけがえのない存在となっています。一生の宝物である多くの素敵な出会いをくれた立教に感謝の気持ちでいっぱいです。 毎日忙しい日々が続いていますが、立教で学んだことを生かして子どもたちと接し、ここで培った学びの精神を忘れずに過ごしていきたいと思います。皆さんも限りある時間を大切に4年間を過ごしてください。
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2007年卒業生(アルファベット順)
廣井綾乃(自画像)
文学部 英米文学科 07年卒
廣井 綾乃(漫画家修行中)


 英米文学科の思い出といっても、友人やクラスメイトとほらを吹いて歩き回った記憶しかありませんで、そのことを書くほかないようです。
 4年間通じてつくづく身に染みたのは、ものの見方は、言い方如何によっていかようにもかわるということです。日常生活においても、たとえば愛と憎しみとか、創造性と奇矯さなどといった対概念は、はっきりいって言葉の違いでしかないことがあります。あるいはある態度を、自信と呼ぶかナルシズムと呼ぶか、また反省と呼ぶか自己嫌悪と呼ぶか、往々にして曖昧です。しかし私たちは言い方次第で、見えていた世界がかわって、苦しんだり喜んだりするわけです。
 言葉はいくらでも解釈し直すことのできる流動的で横断的でタマムシ色のものです。そして文学とは、その言葉の流動性に身をゆだねて、色々な見方を身につける学問ということができます。たとえばノースロップ・フライという人の言葉に、「文学とはピクニックのようなもの。作者は言葉を、読者は意味を持ちよる」というのがありますが、文学作品を読むことをピクニックと解釈するなら、大学の授業や、友人との議論の場はまさにその通りということができます。作者の言葉に対して、読者たる私たちはそれぞれに意味を持ち合わせてやってきます。このピクニックは王道とする読み方をする人もくれば、あまのじゃくに解釈する人もいます。するとどうなるかといいますと、この場は時として大嵐に逢ったり、槍が降ってきたり、牛に襲われたりするわけです。少々比喩的な言い方をしましたが、しかし、個人的な記憶を述べますと、このピクニックで学ぶべきものは多かった気がします。当時の拙い言葉たちは、生硬で幼稚でしたが、そのぶん急進的で根源的ではたまた前衛的だったなどと肯定できるのかもしれません。ほら、ものは言いようですね。
 文学部の方々には、色んな人とのこのピクニックを楽しみながら学んでもらいたいと思っています。(カットは本人による自画像)
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村田陽介大学生活を振り返って
文学部 英米文学科 07年卒
村田 陽介(伊藤忠商事)


 今振り返ってみると、私の大学生活はあっという間に過ぎ去ってしまったように思います。部活動にアルバイトと毎日がとても充実していて非常に有意義な時間でした。
 大学入学と共に上京し、新しい世界に足を踏み入れた瞬間を今でも忘れません。初めての一人暮らし、新しい友との出会い、部活動で得たかけがえのない仲間たち、自分でお金を稼ぐことの厳しさ、数え切れないほど多くのことを体験し、多くのものを得ることができた時間でした。大学で共に歩んできた仲間たちは一生の宝になると言っても過言ではないでしょう。もうこんなに長い時間部活動で自分の好きなスポーツをして過ごす時間はないかもしれません。一緒に部活動をやってきた仲間たちと過ごした時間は特に鮮明に脳裏に焼きついています。
 また、英米文学科で学んだことはとても大切な糧になりました。英語の歴史、文化、時代背景など、単なる語学運用力だけでなくその先に一歩踏み込んだ点に触れられたことは、英語という言語がもつ特質を知ることや、今後英語が国際化する中でどのように成長するのか、そして私たちがどのようにそれを捉え、駆使していかなければいけないのかといった国際的な観点を学ぶことができ自分の中にあった英語観を広げることができました。現に、今仕事では英語を使用することが多く、大学時代にそういったことを学べたことが本当に良かったと思っています。
 それら以外にも、大学に入って気づいた大きなことがあります。それは、両親の大切さです。大学に入る前、実家で生活していた頃は部活をやって、疲れて帰ってきて、食事をとり、洗濯物はおいて置けば洗濯されて戻ってくる、普段このようなことを当たり前のように思っていましたが、一人暮らしをすることによって今まで親が自分にしてくれていたことのありがたみを痛感しました。一人で生活することの自由さと共に、何事も全て自分でやらなければ誰もやってくれないという責任を改めて学ぶことができました。今まで恥ずかしくてなかなか親に感謝の気持ちなど言えませんでしたが、この経験を通して本当に心から「ありがとう。」と言えるようになったと思います。
 色々な偶然が重なって、何かの縁でみんなと知り合えて、そのみんなが私にとって本当にかけがえのない宝物になりました。私はこの立教大学で学生生活を締めくくれたことを誇りに思います。立教大学だったからこそ、今の自分がいて、今の仲間たちがいるのだと自信を持って言えます。立教で過ごした自由な日々を、もしできることならもう一度同じ仲間たちで過ごしてみたいと思います。
 今社会人になって、学生とは180度違う生活で毎日毎日が戦いの日々ですが、立教大学で培った立教魂を胸に、大きく成長を遂げ、立教健児たるものを見せつけていきたいと思っています。
 立教大学、本当にありがとう。
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鈴木久美子
文学部 英米文学科 07年卒
鈴木久美子(全日本空輸)


 青々と生い茂るツタ、紅葉で赤や黄色に染まる校舎、暖かい光で私たちをつつんでくれるクリスマスツリー、雪が積もり静かな気持ちになれる冬。都会の中にいることを忘れさせられるような、四季によって様々な表情を見せてくれるアットホームなキャンパスに癒されながら、私の4年間の大学生活は、すばらしい友達や先生、サークル活動、そして英語との思い出が詰まっています。
 私が立教大学の英米文学科を選んだ理由は、浴びるように英語に触れながら、国際社会でどのように人と関わっていくべきかを自分なりに見出し、将来の職業に活かしたいと思ったからです。立教大学の全カリや英米文学科の専門科目、大学主催の講演会は、知識と感性に磨きをかける、すばらしい授業や、各方面で活躍される方の生きた声を聞くことができ、私の目標を後押ししてくれる力となりました。
 その中でも印象に残っているものを挙げると、「英語同時通訳」の授業では、英語学習のスキルや、国際事情について英語でディッスカッションをし、「多文化主義」の授業では、専門的に研究しているネイティブの先生と共に、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダで起こっている、多文化社会の問題点について議論しました。英米文学科専門の科目では、アメリカ文学を通して、歴史・文化を学びながら作者の多彩な感性に触れ、どのようなメッセージを読み取ることができるか、全員で意見を交換し、大学の講演会では、イギリスの聖歌隊の透き通った歌声を立教のチャペルで鑑賞することもできました。これら全ての機会は、異文化理解につながると共に、自分自身の考え方や日本の文化を学ぶきっかけにもなりました。
 現在の私の目標は、大学で培った学びのノウハウを、社会人になった今でも継続していくことです。知識や感性は磨き続けなければさびてしまいます。休日に英語の小説を読んだり、英会話を楽しんでいます。そして仕事を通して、国籍を超えた、様々な人と人の出会いの架け橋となっていきたいと思います。
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