立教大学

講演会の報告

「ことばは社会とどうかかわるか」ヤコブ・メイ(J.Mey)教授
"Social Implications of Pragmatics" (Jacob Mey, Southern Denmark University)


2002
92816:00より「語用論の社会的意義」について南デンマーク大学のヤコブ・メイ名誉教授による公開講演会が開催された。講演後の質疑応答では活発に質問が出たので、その模様について、ここで振り返ってみたい。

まず、「エリートのことば」について。日本においても英語を解することによって自国文化や周囲の仲間から遊離することを懸念する向きもある、との問いに、教授はひとつ以上の言語を解すると打ち解けた言葉を話せるようにならない場合もある。そうしたことによって周りに溶け込めない場合もあるだろう。最近はcommunicative approachに重きを置く動きも見られるが、まだ満足の行く「解」は見出されていない、とした。

次に文化と社会が相互に影響しあう関係はインターネットの台頭によって変わったかとの問いについては手紙を書かなくなった。そのため、用件を手短かに伝えるようになったなどのスタイル上の変化が見られる、と説明した。

三番目に研究者と思われる方からhesitation markerはない方が意思の疎通を図る上では有効だとされるが、語用論の学者なら、そうしたマーカー自体が話者の感情を表している、と見るのではないか、との問いがあった。これに対しては、discourse markerは最近注目されている分野が、談話分析も社会的状況を踏まえてこそのものであると考える、とした。

ことばの力関係に関する問いについては、英語の台頭は著しい。解決方法を提示することはできないが、自分はブラジルで講演するときはポルトガルで話し、自分は知識を提供し、聴衆には言葉を教えてもらう、という形でバランスをとっていることを披露した。

語用論をもっと広く知ってもらうためにはどうしたらよいのか、という問いに対しては直接的な回答はなかったが、スウェーデンの移民に提供されているハンドブックに言及し、労働の手順等についてはよく説明されているが、労働者の権利については言及がない、とし、これはsilent oppressionによるindoctrinationの一種であると説明した。

医療の現場における医師と患者のやり取りについて詳細を求められると精神科の事例をあげれば医師は自分の学習した考え方(フロイド流、ユング流など)に基づき、患者の話を聞きがちである。専門用語が結果を左右しがちだ。医師と患者の関係を変えてゆくことが求められている、とした。

メイ教授は公演の中で社会を見据えた語用論の研究を主張された。講演会は同時通訳も付き、社会にも広く公開されている。大学・大学院が広く学びの場として認識され、社会と双方向のコミュニケーションがとられることが求められている。こうした公開講演会がそうした循環を促す場として機能することに期待したい。


立教大学大学院
独立研究科
RIKKYO UNIVERSITY

異文化コミュニケーション研究科  山本 樹理