北澤毅
私は、講義形式の授業ではほとんど雑談をしません。講義内容に関連することだけをひたすらしゃべり続け黒板に書き続けています。今では、こうしたレトロな講義スタイルは流行らないのかも知れませんが、一応信念らしきものを持ってそうしています。思い返せば、大学や大学院時代の講義や演習のほとんどはあまり面白いものではありませんでした。しかしわずかですが、私のそれまでの考え方を見事に覆してくれるような、素晴らしく刺激的な講義をしてくれる先生がいました。もっと本が読みたい、もっと知りたいという気にさせてくれる講義です。私など、遠く及びませんが、少なくともそういう講義をめざしたいという気持ちだけは持っているつもりです。そのために心がけていることは、自分で面白いと思う内容を学生に伝えたいということです。もちろん、すべての学生に面白いと思って欲しいということではありませんし、そんなことはそもそも無理な話でしょう。しかし、自分で面白いと思っていることを、面白いと思って聞いてくれる学生も少しはいるはずだと信じて講義をしています。ですから、もし誰にも相手にされなくなれば、その時は教壇を去るときだと思っています。
ところで君たちは、この立教大学で何を学んでいるでしょうか。大学で学ぶということには、大別して二つの意味があると思っています。一つは、知識を学ぶということです。これまでの知識に上積みをしていくこと、新たな知識を学ぶことというイメージです。勉強という言葉の持つイメージは、まさにこのようなものでしょう。しかし、学ぶということには、もう一つ重要な意味があります。それは、モノの見方を学ぶということです。ですから、君たちが大学で4年間を過ごすなかで、一度も自分のモノの見方を揺さぶられるような経験を持てなかったとするなら、大学教育は失敗だったと言わざるを得ません。私たち教員の無力さの故なのか、それとも君たちの側に問題があるのか、それは一概には言えませんが、いずれにせよ、自分のモノの見方が一度も揺さぶられるような経験を持てなかったとするなら、それは不幸なことだと断定したい気分です。さて、皆さんはどうでしょうか。
そして、すでに話の流れからおわかりのように、教育社会学という学問は、ことさらに私たちのモノの見方(=常識)に戦いを挑む学問なのです。この世の中の「常識」「正義」「規範」などなどに疑問を感じたことが、誰でも何度となくあるはずです。ところで、そうしたことに疑問を感じたときに、君たちは何をしてきましたか。教育社会学とは、そうした疑問に解答を与えるための独特のモノの見方と方法論とを提供してくれる学問なのです。私たちの身の回りを眺めてみると、実に不思議なことだらけです。誰もが、ごくごく狭い世界で、ほとんど行き当たりばったりの状況のなかで行為しながら育つに過ぎないのに、どうして皆が同じように振るまい同じ言葉を話すようになるのでしょうか。いじめや学級崩壊といった教育問題について、この目で一度も見たことがないにもかかわらず、どうして私たちは熱く語れてしまうのでしょうか。戦争や犯罪や差別など、誰もがなくなればよいと思っているような社会現象が、いつまでたってもこの世から消滅しないのはなぜなのでしょうか。こうした疑問を馬鹿馬鹿しいと思うでしょうか。そう思う人は教育社会学や社会学には近づかない方が良いと思います。反対に少しでも気になるという人は、一度でよいから教育社会学という学問の扉を叩いてみてください。いつでも歓迎します。
【著作紹介】
2001年5月現在で、私の名前で図書検索をしてヒットする本は共編著2冊です。今後どうなるかは神のみぞ知るですが、2001年秋に刊行予定の共著がありますので宣伝しておきます。北澤毅・片桐隆嗣共著『少年犯罪の社会的構築』東洋館出版社、です。ということで、著作リストが2冊のみでも淋しいので、これまでに書いてきた論文のなかから、もし私の授業に興味を持ったら読んで欲しいと思うものを、数編書いておきます。
<共編著>
1.『<社会>を読み解く技法−質的調査法への招待』(古賀正義と)福村出版、1997。
2.『社会構築主義のスペクトラム』(中河伸俊、土井隆義と)ナカニシヤ出版、2001。
<論 文>
1.「「問題」行動の社会的構成 −相互行為論の視点から−」教育社会学研究第40集、日本教育社会学会、1985、138-149頁。
2.「規則適用過程における行為者の意志 −「規則に従う」とはどういうことか−」ソシオロジ99号(第32巻1号)、社会学研究会、1987、55-71頁。
3.「逸脱論の視角 −原因論から過程論へ−」教育社会学研究第47集、日本教育社会学会、1990、37-53頁。
4.「他者の不透明性について−「いじめ自殺」をめぐる言説分析を通して」立教大学教育学科研究年報第40号、1997、149-159頁。
5.「危機に立つ学校−「ポスト義務教育社会」をめざして−」岩内亮一・陣内靖彦編『新・教育と社会』学文社、1997、45-63頁。
6.「「子ども問題」の語られ方−神戸「酒鬼薔薇」事件と<少年カテゴリー>」教育社会学研究第63集、日本教育社会学会、1998、59-74頁。
7.「フィクションとしての「いじめ問題」−言説の呪縛からの解放を求めて−」古賀正義編『<子ども問題>からみた学校世界』教育出版、1999、89-106頁。