ンでCommunityBased Learningを始め、翌年には理系人のキャリアパスを学ぶ「理学とキャリア」を始めた。そして、2010年から、「理学とキャリア」、「サイエンスコミュニケーション」、「科学史」、「科学の倫理」や「知的財産権」などの科目で、理学部共通教育というカテゴリーが出来たのである。「科学史」や「科学の倫理」はオーソドックスなのだが、学生が学びたいかどうかは別問題である。実際、「数学史」から「数学ことはじめ」に変えたら、履修者が増えたということもある。理学部共通教育も改編の時期であると私は考えている。そこに、環境学部が降ってきた。そうしたら、「共通教育で、理系らしい内容で地球環境を教えたい」と言って来てくれた先生がいた。環境学部がプラスの刺激になっていることは確かである。色々な可能性があろうが、「面白い」と思える内容で、しかも理学部の先生が出てくれば、学生も惹かれるのではないだろうか。理学部共通教育のもうひとつの課題は「スキル」である。大学教育で「○○のスキルが身につく」と言い始めたのも理学部50周年のころだと思う。現在の問題の「スキル」はAIとデータサイエンスである。どちらも大学として対応を進めているところではあるが、理学部の学生は、数学Ⅲまでやっているのだし、理系の考え方を磨いているのだから、理学部用の科目もあればよいと思う。環境学部に理系で入った学生と共通にすれば、学生の交流とかのメリットもあるかもしれない。また、AI翻訳を前提とした英語教育はどうだろうか?学部長2年目の今年は、認証評価が回って来た。大学は7年に一度の頻度で認証評価を受けなければならない。立教大学は4回目(うち1回は1年前倒しで受けた)なので、1回目は理学部50周年の後だったはずである。なんと、私は4回とも関わっている。立教大学は大学基準協会による認証評価を受けており、PDCA(PlanDoCheckAction)が重視される。学位授与方針、教育課程編成方針と入学者受け入れ方針のもとにPDCAサイクルが回っていることをチェックされる。理学部は基本的に素直であり、「そうしろというなら、そうしましょう」と対応してきた。人間には(数の世界を含む)宇宙の法則は変えられないので、実務的に対応し、尤もだと思うことは真面目にやる習慣がついているのかもしれない。真面目にやってきた成果のひとつは、学生の面倒を以前よりもよく見るようになったことである。理学部50周年のころは「○○は実験に来なくなったな」となるまで放っておいたものだが、今は何か気になることがあれば、アカデミックアドバイザー(担任の先生)が呼び出して相談する。教育懇談会(保護者会)で、「大学なのに、こんなに丁寧に面倒みてもらえるなんて」と感動、感謝されると、うれしいものである。25年前には理学部伝統の少人数教育も終わりだと思う人もいたようだが、そんなことはなかった。確かに学生と教員の数の比は2-3倍になったが、少人数教育の実質は向上しているのである。来年、学部長は交代、引継ぎである。この25年間、様々な改革を進めた先輩や同僚の先生方の努力と苦労に敬意を表したい。世界と地球は急速に変わり、直近では2033年から18歳人口がいよいよ減少するのだから、まだまだ改革を強いられる。よい伝統を受け継ぎつつ、新たな価値を創造して欲しい。そうすれば、見事に、100周年を迎えられるであろう。研究や教育は教員の一人相撲ではない。理学部が75周年を迎えることができたのは、学生、保護者、卒業生、立教学院の教職員、地域の方々、その他大勢の方々の、参加、協力や支援のお蔭である。ここに、心からの感謝を表し、変わらぬ支援をお願いする次第である。02
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