2001年度

顧問:緒方 守 副顧問:成塚章二
OBコーチ:田中郁男(千葉工大3年)

部員一覧

 3年 月岡達哉
     目指せインハイ入賞!
 2年 木村圭助
     得意技は4速。立大紫波合宿にて強化中!
 2年 佐藤 充
     スプリントと山登りがなんだか強い。


2001熊本インターハイ熊本インターハイ
2001年8月4〜8日(熊本競輪場:500m)

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月岡と佐藤














▲8月2日
の夜のフェリーで晴海を出発。4日の早朝五時に新門司港着、高速道路で開会式ロード競技のある本渡市に向かう。景観の美しい天草五橋を経て昼前には到着、ロードコースの下見を行う。一周42キロのコースは殆どが海沿いなのに対し、最後の10キロほどが高低差500mという厳しい峠道であった。月岡も佐藤も山が好きなので、しきりに走りたがっていた。このコースを2周するとのこと。開会式が終わり熊本の競輪宿舎に到着したのは夜の7時過ぎであった。
周回練習▲8月5日はロード競技の日であったが、我々はトラックのエリミ一種目だけなので、仲良しの杉戸農業の選手達と競輪場でのんびり練習をする。でも暑くて昼前には退散。有名な「北熊」でラーメンを食べて午後は熊本城見学。この日ロードTTで埼玉の高島(小松原)が4位入賞した。杉戸農業と仲良し
▲8月6日はトラック初日。エリミは午前11時で月岡は予選1組。前日ジョギング中に競輪場の脇に聖公会の教会があり「立教大学と同系列の教会」と看板がかかっていたため嬉しくなって、挨拶に行った。牧師の原先生は喜んで、生徒のためにとお祈りをしてくださり、また忙しいところをレースも見に来て下さった。行く先々に応援して下さる方がいることは嬉しいモノ。肝心のレースは....残念ながら予選落ち。
試合直前に▲エリミネーション(月岡)朝5時半からの周回練は快調で、佐藤と2人で25周回、なかなかよく回転していた。直前のアップもきちんとして望んだものの、多少甘く見ていたようである。ローリングスタート直後、ポケットに入らないように外側を回ったが、一周目から予想外に速度が上がったために、3コーナーで思わず内側に降りそうになる。3Sでもう一度外に出て踏み込んだが、4から直線で全体の速度が更に上がり、月岡は一周回エリミネート。あっけなかった。落車よりはマシだが.....。

  3年 月岡達哉
       エリミネーション 予選おち

スタート直前▲本人の言 関東では7位。同じ組には関東で12位だった奴なども混ざっていた。だからまさか一番初めに自分が落とされるとは思ってもみなかった。あんなにスピードが上がるとは…。はっきり言って、なめてかかっていた。だから、国体二次予選の落車というのもあって、ローリングでスタートしてポケットに入ってしまった時も強引に割って入らないで外側から差そうという安易な行動にでてしまった。その時点では捲りきる自信があった。3コーナーから集団のスピードが一気におろされてしまった...!上がり、あっという間に4コーナーを回りきっていた。ほんと一瞬のできごとだったような気がした。直線に入って捲りにかかったけど、もう遅くあとわずかのところで差しきることができなかった。今回の敗因はインターハイのレベルをしっかり把握していなかったところにあったと思う。しっかりと情報を集めて試合に出ていたら、少なからずもう少しマシなレース展開ができたと思う。そして、けっして落車に対する恐怖を感じてはいけない。落車を怖がっていたら絶対に勝ち残れないというのが決勝を見ていてものすごく感じられた。今回の大会はいろんな意味でとても勉強になりました。(月岡達哉)
阿蘇にドライブ▲8月7日 月岡も佐藤もそれなりにショックだったのだろう。競輪場には近づかず、コーチ郁男の車で阿蘇までドライブ。成塚はやけ酒がたたって午後までダウン。
帰る前に記念撮影8日は決勝種目をひととおり見てから出発。「北熊」本店にてラーメンを食べて熊本を後にする。太宰府で桶先輩(浪人中)のためにみんなでお守りを買って、門司港のレトロな街並みをぶらついて夜には船に乗る。
船の上で...9日は一日海を眺めつつ佐藤や月岡は、やれトビウオだとか、海が青いとか、ごみが浮いてるとかいって遊んでいた。また持ってきた宿題の感想文やら源氏物語の論文やらをパソコンに打ち込んだり昼寝したりもしていた。10日の早朝晴海に到着。長かった今年のインターハイはやっと終わった。(なりつか)

国体予選
2001年7月29日(西武園)

 3年 月岡達哉
      エリミネーション 第4位入賞

▲エリミネーション(月岡) 落車。県内では有名な(?)A利君に当てられた月岡がハトの今井君に当たり、単独で落ちた。怪我が擦過傷と打撲程度で済んだのが恩の字という事なのでしょう。(機材も無事) 一方、国体選手はインハイの結果で決まる様子です。果たして立教サイクル部、初の国体選手になるか??

関東大会
2001年6月1〜4日(境川、日本CSC)

 3年 月岡達哉
      エリミネーション 第7位入賞 インハイ!
      個人TTロードレース 第8位入賞
 2年 佐藤 充
      スプリント 第25位 12"837
 学校対抗
      第25位 3点

▲エリミネーション(月岡)予選では一度に4人が落ちる大落車があり、見ている方としてはヒヤリとした。転んだ選手をそのまま乗り越えて、決勝に残ったK松原高校のA井君には大笑いで拍手。決勝では埼玉同士で接触・落車。川越工業の有力選手が落とされてしまった。月岡は難なくインハイ出場権を確保して終了。▲スプリント(佐藤)関東合宿でもかなり疲れが溜まっていた様子で、なかなかタイムが上がらなかった。直前の調整もままならず、そのままハロンのタイムが出ずに予選落ち。精神面の強化が課題か。▲個人TTロード(月岡)さすがに入賞できるとは思っていなかっただけに感激である。よく頑張った。東京から自走で応援に来てくれた立大の先輩方にも感謝である。

インハイ予選 大宮双輪場500m
2001年5月26日〜27日

 3年 月岡達哉
      24kmポイントレース 第3位 18点
      エリミネーション 第8位
 2年 佐藤 充
      3km個人追い抜き 第6位 4'12"40 
 2年 木村圭助
      4km速度競争 第9位
 団体追い抜き 第4位 5'09"96

▲あんまりパッとしない結果でした。佐藤のスプリントはハロンが悪く不発。月岡のエリミもポケットにはまって出られず早々にアウト。木村の4速は決勝には残ったものの、先頭を取れずに着順で9位。

関東予選 大宮双輪場500m・群馬CSC
2001年5月6日〜7日

 3年 月岡達哉
      エリミネーション 第7位 関東出場!
      個人TTロード 第7位19'59"61関東出場!
 2年 佐藤 充
      スプリント 第6位 関東出場!
      個人ロード 第17位 1:48'18" 
 2年 木村圭助
      4km速度競争 第9位

 団体追い抜き 第6位 5'07"48
 オリンピックスプリント 第7位 1'51"37

▲県予選突破に向けて行った松本合宿にて、キャプテン月岡が落車・骨折し、直前まで団抜きの合わせができない状況での、厳しいレースとなりました。▲団抜きでは昨年度の予選突破タイムよりも縮めたにも関わらず、上位3チームに入ることができず、関東大会出場を逃す結果となりました。個人では期待していなかった佐藤のスプリントが意外にも上位に食い込み、逆に期待していた木村の4速はあと一人というところで関東行きを逃してしまいました。佐藤の個人ロードもあと一人というところで関東行きを逃しました。▲因みにこの大会での千トラは月岡14秒台、木村と佐藤は18秒台でした。また、今年度の関東大会からはチームTTロードは廃止されて、個人ロードと個人TTロードとなりました。弱いなりにも団体が組めていたウチとしては関東への出場チャンスが一つ減ったというところでしょうか...。






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