立教大学は、
  日本のアメリカンフットボールのルーツ校

 

 立教大学体育会アメリカンフットボール部(St.Paul's Rushers)は、 1934年に当時の立教大学教授Paul Rusch(ポール・ラッシュ)博士によって紹介された日本におけるアメリカンフットボールのルーツ校です。

 ポール・ラッシュ博士は、険悪化する日米関係をスポーツによって少しでも打開しようとし「アメリカの国技を日本に紹介することは、日米青年の相互理解を増進させるうえでこれ以上の妙案はない」という考えのもの日本にアメリカンフットボールを紹介しました。ポール・ラッシュ博士は、日本アメリカンフットボール協会からフットボールの父の称号を贈られています。

 チームのニックネーム、RushersはRusch教授にちなんだ名前と前進するRushの2つのキーワードを掲げています。

 1934年12月8日、立教大学対明治大学との対戦から日本のアメリカンフットボールは歴史を刻み始めました。その後、立教大学体育会アメリカンフットボール部は1951年に甲子園ボウル初制覇をはじめ甲子園ボウル出場6回(優勝4回)という輝かしい成績を残しています。

 1971年には立教高等学校でアメリカンフットボールが創部され、2000年立教小学校フラッグフットボールチーム、2002年には中学生および小学生のRushers Football Clubが創設されました。

  Do your best,and it must be first class.(人々が目標としてまねできる本物を示せ!しかもそれは一流のものでなければならない。)この言葉はフットボールの父から伝えられた最大のメッセージです。St.Paul's Rushersは、この精神を胸に、"First Class"を目指して頑張っております。