弓道部
〜「言霊」〜



「ほっとしました」。
引退試合後、本学弓道部女子チームキャプテンの藤原の口からこぼれた言葉である。

関東が揺れた。10月16日16時4分、震源地は茨城県南部、最大震度4。
そのとき本学は早大東伏見体育館の地下一階弓道場で亜細亜大と対戦していた。

しん…と静まり返った道場。壁に飾られた力強い「正鵠(せいこく)」の文字。的を見つめるのは後攻・亜大の坂下。しなる弓が「きゅ」と音をたてたその瞬間だった。
ゴォーっという音とともに地面が動き始める。一瞬、何が起こっているのか分からない。しかし、揺れやまぬ道場に響いた「パン」という乾いた音。放たれた矢はしっかりと的をとらえていた。


「昇格」を目標に挑んだ平成十八年度リーグ戦で、本学女子チームは苦戦を強いられた。下級生の活躍により初戦こそ辛勝したもののその後は負けが続き、最終戦で亜大に負ければと4部との入れ替え戦にまわるという苦境に立たされた。

迎えた10月16日。弓道場は出場選手の静かな闘志と見守る控え選手の熱い声援に燃えていた。先攻の本学が五中すると後攻の亜大は地震にも心を乱さず六中。次に本学が六中すると亜大が四中、試合は白熱し、最後に本学が六中し相手は七中。互いに十七中で肩を並べた。
そして試合は一手競射にまでもつれ込む。両校が四射ずつ二巡するこの延長戦、本学の心はひとつ、応援の声は道場の空気を震わせ、全員のまなざしは熱く一点に集中する。皆が息を呑むなか、本学の選手から放たれる矢は次々に的へと吸い込まれ、亜大の二中(八射中)に対し本学は五中(八射中)。しかも本学を率いた落・藤原は皆中(かいちゅう=全ての矢を的中させること)し、激戦を制した本学が二部残留を決めた。

試合後、藤原は頬を赤くしながら涙を流した。彼女の身長は高くない。ほっそりとした体に小さな顔。「ずっとリーグを通して反省点の方が多かった。褒められるところと言えば初戦の後輩たちの頑張りと今日の一手競射だけ」と語るその瞳からはぽろぽろと涙がこぼれる。「去年は強い代だったが、今年は本当に土台づくりだと思って…今年を踏み台にしてくれてもいいから、後輩たちには頑張っていってほしい」と語った。
そして最後に「引退を迎えた今の気持ちは」と質問する私に彼女は微笑んだ。その瞳に涙をいっぱい溜めて。

「ほっとしました」。

この言葉の裏には藤原の凝縮された四年間がある。試合で見せるのは背筋を伸ばし、精神を集中させた彼女だけだ。しかし、汗の滴る夏の日も、手先の震える冬の日も、弓道場に通い、苦しみ、喜び、悩み続けてきたのだろう。引退するキャプテンの口からもれた言葉には、その場所から離れる「寂しいような嬉しいような」思いが詰まっていた。


今季、本学体育会には41年ぶりの完全優勝をつかんだ部がある。13年ぶりに昇格を決めた部がある。朗報が次々と舞い込む中で、弓道部の成績は3部残留。それもぎりぎりの残留だ。決して本人たちにとっても満足とはいえない成績、『立教スポーツ』の紙面にも掲載されない。さらに弓道という競技柄、一般の観客が観戦しに来るわけでもない。しかし、外に大きく出ることがなくとも彼女たちの一生懸命な姿は輝き、見るものの胸を打つ。

この秋体育会で生まれた幾多のドラマ。私はその一端を見たに過ぎない。
しかし、人目に触れぬそのひとかけら、目撃したからには紹介せずにいられなかった。

                                     
 

 

(2005年11月19日・麻田)







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