第一回:「9分間」の舞台裏

取材:ボクシング部担当  記事:北尾


  「3分3ラウンド」。
  これは日本アマチュアボクシング連盟が定めたシニア(18歳以上)の選手の競技時間である。リング上に立てるのは"長くても"わずか9分間。また、9分経たずともたったの一打で相手をマットに沈める者もいる。当然その逆も然り。あまりにも短すぎるこのひとときのために彼らが乗り越える日々は一体どんなものなのだろうか。

  そんな疑問を抱きながら立教大学ボクシング部のもとを訪ねたのは、彼らが大会を約2週間後に控えた4月22日のことだった。ボクシングの練習見学は人生で初めての経験ということもあり、いくつかの期待と不安を抱えて中に入っていく。初めて見る練習場、そこにあったのは真っ白なリングと使い古されたサンドバッグ、そして練習の過酷さを感じさせる染みついた汗の匂い――。どことなく、自分たちの日常とは違った空気がそこには漂っていた。


  16時、主将・松丸(コ4)の掛け声で選手たちが一斉にリングに駆け上がり、アップを始める。その様子を何気なく眺めていると、急に近くから軽快な音楽が聞こえてきた。目の前には淡々と縄跳びを飛ぶ選手たち。スピーカーから流れてくるのは楽しげなリズム。ちょっと不釣り合いな光景だったが、後々聞いてみるとそれは人数の少なさを考え、練習を盛り上げるためにかけられているのだという。

  現在、立教大学ボクシング部の部員数は選手8人、マネージャー5人のわずか13人。その上、授業の関係で毎回全員がそろうことは少なく、13人で練習できるのは土曜日だけだそうだ。そんな状況の中で彼らが欠かさないこと、それは「声出し」。元来ボクシングは孤独と戦うスポーツである。リングの上で戦う時も一人なら、練習もシャドーにサンドバッグ打ちと個人でこなすメニューが中心。しかし「一人でやっていても孤独感はない」と松丸は語る。一人ひとりが声出しを徹底することで、人数の少なさという課題を克服する。そういった空気を作り上げられることも、この部の強みの一つなのだろう。

  練習は3分動いては30秒休むというインターバルで進んでいった。縄跳びからシャドー、そしてスパーリングにミット打ちと内容は徐々に激しさを増していく。もちろん間に長時間の休憩は無い。練習とはいえ試合を意識した内容である。最初こそ余裕を見せていた選手たちだったが、回を重ねるごとに表情には疲労の色が見えてくる。サンドバッグには汗がパンチを打った跡として残るようになり、鏡に向かってジャブを打てば一振りごとに腕から水滴が飛び散った。しかし決して手を抜くことはなく、むしろ彼らの集中力は徐々に増していく。ミットを打つ音や選手たちの声で流れていた音楽がいつのまにか耳に入らなくなっていた17時20分、「ありがとうございました」という掛け声でこの日の室内練習は終わりを告げた。

  走り込みの後、熱くなった体を外で冷ましていた彼らに話を聞いてみた。話題は"減量"。ボクシングをする者が避けては通れない大きな壁である。いったいどれほど苦しいことなのだろうか。この問いに対して答えてくれたのは関東(済2)と水谷(済2)。まず感じるのは「時間の流れが遅い」ことだという。また、空腹のあまり「食べ物のにおいをかぐと逆に気持ち悪くなる」こともあるそうだ。そして、1日の終わりに練習で疲れた体を休ませようと思っても「夜眠れない」日が続く…。二人はこれらを冗談交じりに語ってくれたが、生半可な覚悟でできることではないはずだ。こうやって辛い日々を笑って振り返ることができるのは、彼らの"強さ"が故のことなのだろう。


  こうして初めての練習取材は終わった。取材の中で印象的だったのは練習後の和やかな雰囲気。そして、彼らの笑顔だった。この日、彼らがこなした練習は決して楽なものではないはずだ。時間は短いが、とても密度の濃い一時間半。しかし、練習後に彼らが見せた表情は、そのハードなトレーニングとは対照的なものだった。では彼らはなぜ、これほど苦しいことを毎日続けることができるのか。それほどボクシングという競技は人を引き付けるのだろうか。

  今はまだその理由は分からない。しかし、これから彼らを追っていく中で見つけられたらと思い、ひとまず練習場を後にした。


(第一回:5月24日)





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