陸上競技部

第四回「チーム」として 〜長距離パート3年生の物語〜


  立大陸上競技部長距離パートは一体感にあふれている。笑顔があふれ、パート部員の誰もが「雰囲気が良い」と言う。陸上競技は厳然たる個人種目だ。結果は「タイム」として残酷なまでにはっきりと現れる。ある有名なスポーツライターは陸上競技を「究極の自己満足」と称した。
  だから、個人で結果を出せばいい。なのに、なぜ「一体感」が生まれるのだろうか。

  「榊原(コ3)がチームをよくまとめている」と原田昭夫監督が称えれば「以前は各自で競技に取り組めばいいという感じだった。今は榊原が上手く長距離パートをまとめている。チームとしてやろう!って。だから、各自の責任感が増した」と副将・野沢(コ3)が言う。長距離パート部員誰もが「榊原が」「榊原さんが」うまくまとめていると言う。

「陽のオーラ」でチームを引っ張るパートチーフ・榊原
  彼は就任早々練習メニューを学生主体に切り替えた。「他人のせいにできない。自分らで作っているから。責任が出て姿勢が良くなった」と振り返る。
  自身は大学でもがき、苦しんできた。出身高校は1991年東京世界陸上のマラソンで金メダルを獲得した、谷口浩美現東農大コーチを輩出した宮崎県の小林高。長距離走好きならば誰もが知る名門校だ。「全てが与えられる環境」(榊原)で過ごした彼は入学当初、自主性が求められる立大での競技生活に戸惑い、葛藤の日々が続いた。「ケガは確かにあった。でも、一番の問題はモチベーションだった」。そんな状況でも常に明るく前向きだった彼は、幹部就任以降チームに好影響を与えてきた。
  榊原は「陽のオーラ」にあふれている。自分が結果を出せなかったレースであっても、全体集合では大きな声でハキハキとした前向きな言葉でチームを鼓舞し、インタビューでもチームについて熱く語る。素晴らしい「リーダー」として立大陸上競技部長距離パートを引っ張っている。

「チームに恩返しを」副将・野沢
  彼は2008年と2009年に関東学連選抜メンバーとして箱根駅伝(正式名称は東京箱根間往復大学駅伝競走)に出場を果たした中村嘉孝アシスタントコーチ(2009年卒)にあこがれ、青森から上京してきた。1年次の箱根駅伝予選会ではチーム3位、中村の1年次のタイムをも上回る好走で、当時の4年生から「ピカイチの素材」と称されていた。ところが、大きなスランプが彼を襲う。「ケガではない。精神的な弱さ」。2年次以降は苦しんだ。1年次のタイムを更新できない。昨年の箱根駅伝予選でも本来の走りはできなかった。彼はチームへの申し訳なさと、気合を入れるために頭を丸めた。
  苦しいときを経て調子が戻ってきた野沢。昨年12月の記録会では高2以来となる自己ベストを更新した。それでも「予想していたほどはうれしくない」とさらなる高みを目指している。
  かつては「自分本位だった」という野沢。「チームに迷惑をかけた」と語るが、今は見る影もない。ある日の記録会。12月の屋外、厳しい寒さの中で朝の9時から夜の19時までかかっていた。「大変だね」と声をかけると「楽しいよ!みんなでやっていることだから!!」その日、鈴木(法3)が一流ランナーの目安となり、チームの目標であった5000m14分台に突入した際には真っ先に駆け寄り「ありがとう!!ありがとう!!」と喜んでいた。「3年生が出せたことが大きい。上級生がダメだとチーム自体がダメだから。」また「例えば、5000m17分台の選手が16分台に入ることの大事さがわかった。「簡単に出せるよ」ではなく、各個人がタイムを伸ばすことでチーム全体が盛り上がる」とチーム全体に目を向けている。さらに、私たちが取材に行くと「遠くまでいつも本当にありがとう」と感謝し、チームに「立教スポーツの方々にお礼を言おう!」と持ちかけてくれる。
  彼は4年生になる上での意気込みをこう語る。「まずは副将の意地。立大に恩返ししたい。最悪自分がつぶれたとしてもチームを引っ張れれば良い。」

未完の大器から真のエースへ・鈴木
  チームにとって念願の14分台をマークした鈴木は入学当初から高いポテンシャルが期待されていた。180pを超える長身をいかしたダイナミックな走りが目を引いていた。ただ、ケガが多かった。持っている可能性をレースで生かせない日々。昨年も5月までは走ることすらできず、ウォーキングとプールでの補強運動に専念せざるをえない、苦しい日々を過ごしていた。
  そんな未完の大器がついに真価を発揮し始めた。「故障で苦しんでいたのに、夏からグイグイ来た」と原田正彦コーチが語るように、昨秋から好調をキープしている。「勝ちに徹した」という昨年11月の私学六大戦では1500mに出場し、前半は集団の中で様子をうかがい、持ち前のスピードを生かした爆発的なスパートで独走態勢を築くという圧倒的な強さを見せて優勝。さらに、昨年12月の日体大記録会ではハイペースなトップ集団に食らいつき、見事5000m14分台を達成した。
  チームのエースになりつつある彼はさらに高い目標を見つめている。「1500mと5000mで関東インカレに出たい。ただ自分のこと、だけではなく部全体のことを考えたい。長距離ブロックから立大陸上部競技部を盛り上げたい。」

長距離に目覚めた初心者・菊地(文3)
  さらに、異色の経歴を持つ男がいる。昨年2月に男子ラクロス部から転部してきた菊地だ。これまでに陸上競技の経験は皆無で、特別に長距離走が速かったタイプでもないという。
  彼の転機は大学2年生の夏。男子ラクロス部での30分間走で「長い距離を競い合うことに楽しさをおぼえた」そうだ。さらに「陸上を専門にしている人はもっと速いんだろうなって、興味が出た」という。決定打は正月の箱根駅伝。初めて見た大舞台を目にして「おー!すげー!」と思った。陸上の世界を見てみたくなった」と転部を決断した。
  当初は練習についていけなかったというが、その中でも楽しさを見出すことができた彼は春合宿を乗り越える。「スポンジのようにどんどん吸収し、力をつけてきた」と原田コーチが評価するように、急激に成長した。昨年10月には箱根駅伝予選に出場し、競技歴わずか8か月にして20キロの長丁場を完走。さらに、今年2月の神奈川マラソンでは初挑戦のハーフマラソンをチーム3位で走り抜いた。
  インタビューでは1周のラップを100分の1秒単位まで振り返るまじめな菊地。今後は「いきなりではなく、徐々に記録を伸ばしたい」と着実な成長をもくろんでいる。

  関東の大学陸上競技部長距離パートにとって最大の目標は正月2日、3日に行われる箱根駅伝だ。国民的人気を誇るが故の苛烈な強化合戦が行われている。ある大学のスカウトに投じられる年間強化費は1億円を超えるとも言われている。現状で立大がチームとして箱根駅伝本選に出場するのは難しいと言わざるをえない。それでも―。

  「立教は学業優先だし、競技だけでなく色々体験ができる。その中で強豪校に勝つことに意味がある」と野沢が言えば、榊原は「俺たちが勝つことができれば、勉強でも私生活でもすべて勝ったことになる」と意気込んでいる。そんな彼らに引っ張れられる下級生の中には「個」で戦える人材も育ちつつある。永武(コ2)は鈴木を上回るタイムで5000m14分台突入を果たし、高木剛(済2)と柳原(法1)も「チームの底上げができているから、自分が「エース」としてもっと強くなりたい」と異口同音に決意を語っている。

  「チームとして」の一体感を武器に、彼らの挑戦は続く。
(2月16日・野口一郎)





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