フェンシング部

「もう見失わない」 女子エペ2部昇格までの道のり



  佐藤(コ4)が勝利を予感したのは、逆瀬川(法3)が先制してベンチに帰ってきた時だった。そして自ら大きくリードを広げた時、予感は確信に変わった。「これは勝ちかもしれない」。
  それでも油断してはいけないことはわかっている。佐藤の脳裏によぎるのは、苦い記憶。1年生の時、目の前で先輩がリードを奪われた。去年は勝利目前で逆転負けを喫した。高まる気持ちを静め、適度な緊張を保って相手に剣を向ける。佐藤は最後のポイントを突きに行く。


   ブザーと共に得点掲示板にランプが点灯した。相手に制されたか。だが佐藤の目に飛び込んできたのは、赤々と灯る自身の光だった。
  「やっとだ……!」
  大学に入った時から目指し続けてきた、女子エペ団体での「2部昇格」。念願を果たした佐藤は逆瀬川と抱き合い、喜びを分かち合う。緊張から解放されたその顔は安堵と達成感で満ち、瞳は感動の涙であふれていた。






   「こんなゆるゆるだとは…」。大学のフェンシング部に入った佐藤はこう感じた。高校時代はピシッとした空気の中で練習を重ね、しっかり結果も残してきた。環境の違いに戸惑った佐藤だったが、この雰囲気は個人のやる気が重視されている裏返しであることに気づく。
  自分から、自分から。1年の時に出場した2部との入れ替え戦で敗退して以来、「2部昇格」を目標に掲げる。先輩が引退し、残った女子は自分だけ。それでも積極的にフェンシングと向き合い、多くの技を習得していく。すると秋の全日本学生選手権(インカレ)ではベスト4入りを達成。鮮烈なデビューを果たした。



  2年生になると、アスリート選抜で逆瀬川が入部した。初めての後輩は東京都ジュニアの大会で戦ったことがある相手で、佐藤は珍しく苦戦を強いられている。
  「どんな子なんだろう」と、会うのが少し怖いような、そんな思いを抱いたが、改めて会った時の印象は「こんなにホワホワした子なんだ」。どちらかといえばガツガツ行く自身とは対照的に、逆瀬川はヒョイヒョイと軽く攻めることが持ち味で、性格もどこかひょうきんだ。ちょっと拍子抜けしたが、念願だった女子部員の入部。仲間が増えたことに心強さを感じながらも、「自分も負けてはいられない」と闘志を燃やす。目標へ向かって佐藤と逆瀬川は二人三脚で駆け抜けることとなった。



  迎えた2012年のリーグ戦。本来は3人制による団体戦で試合が行われるが、立大の女子は2人。1人いない分のポイントは無条件で相手にわたり、それを取り返し、かつ逆転を果たさなくては昇格への道は開けない。ピストに立った時点で不利な状況。ならば「攻める」しかない。2人は息を合わせて、相手に立ち向かった。すると最終セットで逆転し、ついに入れ替え戦への切符を手に入れる。あと1勝で夢がかなう――。
  だが、入れ替え戦へ向けて練習に取り組む佐藤の心は曇りがかっていた。風邪で体調がすぐれない。思うような練習ができない。部活も欠席者が多くて活気がない。何よりリーグ戦では団結できた逆瀬川との波長が合わない。大一番を目前にして、次々と悩みの種が生まれる。だから、練習もどこか熱が入らない…。
  違和感を抱いたまま迎えた入れ替え戦。最後までもつれる接戦となったが、最後に佐藤が逆転を許し、敗退した。負けて悔しい。だが彼女を襲ったのは後悔より大きな自失感だった。

  「高校の時の方が全然できてたな」。
  ふとそんなことを思った。心の暗雲を引きずったことも落ち込む要因。それに加え、試合の戦略をOBに考えてもらって、自身の技術は向上していない。そんな自覚が彼女を悩ませた。   「大学に入って成長していない…」。
  大学に入り、高い意識を持って努力を重ねてきた。それなのに、どうして向上している自覚が無いのだろう? 「自分のやりたいことができていない――」。
  揺らいだ自信を取り戻すためには練習するしかなかった。立ち止まってはいけない。どれだけ落ち込んでも、どれだけ辛くても、剣を振り続けなくてはいけないことはわかっていた。



  佐藤の苦悩の日々は続いた。入れ替え戦後、逆瀬川が腰の故障を訴えて戦線を離脱。一番の練習仲間がいなくなり、同期の主将・浅間(法4)と共に打開策を模索した。互いに熱心に励むあまり、喧嘩まがいの言い合いをすることもあった。佐藤も必死だった。
  「考える力を取り戻したい」。はっきりとした練習目的を見出すことができたのもこの頃だった。自身が専門としている「エペ」という種目は「フルーレ」や「サーブル」とは違い、攻撃権が存在しない。そのため試合は常に相手との駆け引きが続き、先を読む力が必要となってくる。
  相手がこう来たら、こう返す。高校時代にはしっかりできていた試合展開の先読み。今足りないものはこれではないか? 課題を見つけ出した佐藤は、試合を意識した練習を重点的に行い、「考える力」を取り戻していく。その成果は出た。11月に行われたインカレではベスト16入りを達成。決して納得のいく成績ではない。それでも一度消えかけた自信が佐藤のもとに帰ってきた。



  迎えた2013年。昇格を懸けた最後の戦いが始まろうとしていた。逆瀬川も完治はしていなかったが練習に復帰。戦闘体制が整い始める。
  リーグ戦の相手は東大。ここに勝てれば入れ替え戦への出場が決まる。今日も1人いない分のポイントは相手に与えられる不利な展開からのスタートだ。
  佐藤は落ち着いていた。なぜだかわからないが「勝てるだろう」と前向きになれる自分がいた。十分にリラックスした状態で相手と対峙する。自分の戦い方はもうわかっている。去年のように「攻める」こと。そして相手を「読むこと」。
  怒涛の展開だった。佐藤がすぐさま点差を縮めると、逆瀬川は緊張しながらも一気に逆転を決める。その後はもう2人の流れだった。最後は佐藤が8連続のポイントを挙げるなどで、終わってみれば45―25で圧勝。2人の息も見事に合い、最高の形で入れ替え戦へ挑むこととなった。


  試合中、自分の腕が「やたら動いている」。決戦を前に自分の試合を録画したビデオを見て気付いた。相手の動きを読むという本来の自分の戦法を思い出し、リーグ戦もそれを意識して戦った。だが「意識しすぎた」。相手をどうにか動かそうと、剣を持つ腕を大きく振り、その結果あまり相手を見ることができていなかった。
  入れ替え戦まで時間はあまりなかったが、浅間や逆瀬川を相手にその点を考えた練習を行った。高校時代の戦い方を、大学では一時忘れかけた。だが感覚は取り戻した。そして今、それを完璧なものに仕上げようとしている。最後の挑戦へ向け、佐藤に妥協は無かった。



  「最後だから――絶対に勝つ」。
  やっとここまで来た。入れ替え戦のピストに立った佐藤は改めて自分の気持ちを確認する。ベンチには「戦友」の逆瀬川がいる。いつも後押ししてくれた浅間がいる。応援してくれる仲間がいる。自身でもこの日のために悩み、考え、努力してきた。今こそ、その積み重ねを完全なものとして体現する時だ。
  もう、見失うことはない。
  相手の明大も自分たちと同じく2人。マイナスの要素はもうどこにも無かった。あとは自分の戦い方を貫けば良いだけだった。

(8月29日 小野錬)





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