「共泳」と「強栄」〜4年目のルーキー達〜




  立教スポーツ紙面でも何度も大きく掲載させてもらっている水泳部。しかも紙面に載るのは毎回別の選手だ。まさに「タレントぞろい」といっても過言ではないだろう。もちろん、「表彰台に上がること」や「決勝に残ること」といった順位も競泳というスポーツの醍醐味の一つだ。しかしながら、「水泳部で注目して欲しいポイントはどこですか?」と質問すると誰もがこう答える。「ベストを出した選手に注目して欲しい」。
  8月上旬の関東インカレが終了後、毎年恒例のミーティングを行う。その時も「ベストタイムを出した選手」が発表され、彼らには大きな拍手が送られる。競泳選手は誰でも「昨日の自分に勝ちたい」という気持ちを持っている。だからこそ、「自分のベストとの闘い」に勝利した人間の努力を讃えるのだ。

  ベストタイムの更新は、時に順位以上の価値を持つことがある。ベストタイムを更新し、ゴールした瞬間、チームは盛り上がり、活気に満ちあふれる。それを見た他の選手達が「自分も頑張ろう」と自らに活を入れ、スタート台に立つ。そして、またベストタイムを更新するというスパイラルが生まれる。そのスパイラルがチームをより上に、運んでくれる。
  今年の4年生は、そのことを一番良く知っていた代なのかもしれない。「共泳」と「強栄」というスローガンを掲げたことからもよく分かる。「共に泳ぎ、強く栄える」というメッセージはそういったスパイラルを生み出すことが何よりもの力になることを考えてのことだろう。
  そういった選手の中で、自らのベストを更新し続け、4年目にして、インカレの標準タイムを切った選手がいる。それは、200m平泳ぎを専門とする飯島(営4)、200mバタフライを専門とする北村(コ4)だ。順位ではなく、タイムで立大を盛り上げてきた選手たちにインタビューを行った。

◆飯島の「4年間計画」
  もともと帰国受験で入学し、1年間ほど泳いでいなかった飯島。そのため、1年目は基礎体力作りに力を費やした。そして、2年目に技術的な部分で努力を積み重ね、3年、4年でチャレンジという長期的な計画を立てて練習を行っていた。
  3年の関東インカレ、インカレ前の最後の大会でインカレ標準タイムを切ることが出来なかった。しかし、3年後期からの新体制と長期的な計画を立てていると言う考えから、気持ちをしっかり切り替えることができた。
  彼の転機はグアム合宿。最上級生になって初めて気づいた「何か」があったという。就職活動などで忙しく、練習も充分できたという訳ではなかった。だが、4年間計画によって刻まれてきた確かな成長と、気づいた「何か」によって最初で最後のインカレ出場の切符を手にした。
  その「何か」とは・・・言葉にできない色々な思いもたくさんあったが、その中のいくつかは、「先輩に頼れなくなったことによって自分が先輩だと言う自覚が確固たるものになったこと」や「最上級生として後輩と会話することで感じられることが多かったこと」だ。「チーム」という存在のなかで最上級生になったことが、3年で切れなかったインカレ標準を4年になって切ることができた。
  彼の場合、共に泳ぎ、強く栄えるといったチームのスローガンのなかでも、「努力」に「共泳」が結びつき、体現された結果だったといえる。

◆北村の「インカレ」に懸ける強い思い
  関東インカレが終わると、「インカレに出場出来る選手」と「インカレに出場出来ない選手」に分かれ、「インカレに出場出来ない選手」はサポートする側に回り、「インカレに出場出来る選手」が最大限力を発揮出来るように協力することになる。
  「インカレに出場出来ない選手」だった彼は、3年もの間、「インカレは華やかな大会で、自分も「インカレに出場出来る選手」になりたい」と憧れ続けていた。さらに、立教のような関東の中で強豪に位置する大学ではインカレに出場できる選手は多い。そのため、インカレに出場出来ないことがコンプレックスとなっていた。
  「早くみんなと肩を並べて、胸を張って立教大学の水泳部だっていえる選手になりたい。」そのために必要なことがインカレ標準を切ることだった。そのために今まで「受け身」になってしまいがちだった練習への姿勢を「自分から」と取り組むことを心がけ、質の高い練習を行うことを第一に考えるようになった。
  自分1人だと妥協してしまう部分はチームメイトを巻き込み、ストイックに練習を重ねた。その中でも良きライバルとなっていたのは同期の大原(コ4)だ。「タイムも大体同じくらい」で負けたくないと思っていた相手。だが、「去年のインカレで自分は0.04秒足りなかった。(大原はインカレの標準を切った。)その時、(大原が)_水泳部の掲示板に、僕と一緒にインカレに行けなくて残念でしたってことを書いてくれて絶対に大原くんのためにもインカレに出たいって強く思いました」。
  北村の場合、特に「強栄」の部分から「共泳」へとスパイラルが起き、結果に繋げた。

  最初で最後のインカレとなる2人。日頃の努力の成果を「共泳」と「強栄」というスパイラルに乗せて有終を飾ることができると、私は信じている。

◆最後に
  私事ではあるが、3年間水泳部に取材を行ってきた。自分が取材を行ってきた中で強く感じたことは、「個人」と「チーム」のつながりが強く、全員が「立教大学水泳部」に対して感謝の気持ちを抱いている。その感情の中でいつしか、チームに「恩返し」をしたいという思いが生まれていることだ。そういう話を聞く中で自分は「記者としての取材」という立場が崩れたと考えている。私は、「立教大学水泳部」というチームに惚れ込んでしまったのだ。
  自分は「記者」になりたくて立教スポーツに入部したが、いつの間にか「記者」という立場は彼らにどれだけ貢献出来るのかを考えるようになった。記者としては失格かもしれないが、自分は自分の気持ちには正直でいたい。
  自分としても、現役部員として最後の水泳インカレ取材。私はベストを出して喜んでいる選手達の顔が見たい。そこで笑顔をはじけさせる権利は、出場選手全員にある。
(川村亮太)


◆第89回日本学生選手権水泳競技大会◆
9月6日〜9月8日
広島ビッグウェーブにて




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