ホッケー部男子の2016年度が幕を下ろそうとしている。代々目標としていた1部入れ替え戦進出を果たした彼らたち。今回はそんな激動の一年を渡り歩き、「最強の代」と呼ばれた4年生を特集する。
  フィールドを駆け抜けた男たちが、ホッケーに懸けた思い。それは何なのか―。選手一人一人にインタビューする中で見えてきたものがあった。





  1年生の頃から試合に出場していた青柳。部員数が少なかった当時では、部の戦力になっていくことが青柳たち新入生には求められた。しかし、ルールも把握していない状態だったという彼は「先輩に怒られ続けた」と当時を振り返る。ただただ必死にもがいていた1年生の頃。そんな状況を打破するため、2年生では「自分の意志をもって動けるように」を目標として、ホッケーのビデオを基に研究に研究を重ねた。そうすると、自然と「先輩たちが気持ちよく終われるように」と自分のこと以外にも目を向けられるようになった。3年生の時はもはや先輩のこと以外考えられなかった。「一番長く一緒にいる先輩だったので、もう是が非でも勝たせて、先輩たちが楽しかったって言ってもらえるように」。彼の心の中は、ホッケー部一色だった。
  そして迎えた4年生。彼はこの1年を「主将」として過ごしてきた。彼はこの1年間を「光ったのは一瞬だったのですが、あとはもがき続けた、ですかね...」と表現の仕方に戸惑いながらも言い表した。誰もが主将に思い描く「おら!行くぞ!」というイメージと自身の主将像とで悩み続けた日々。そう簡単に答えは降ってこなかった。練習などで全部員を見ていくうちに、「これは違う」や「あれはいい」といった、一人一人の考えのごくわずかな違いに気づく。「個人個人をまとめるのがどれだけ大変かというのもこの一年思い知らされた」。主将という重責が青柳を飲み込んだ。青柳はそんな苦悩の末、主将としてのスタンスを見つけ出す。「まずはやってみろ」。公言するだけでなく、まず挑戦してほしい。部員には常に挑戦者であってほしかったのだ。
  「"トライアンドエラー"ってみんなよく言うんですけど、そのエラーで得られることがあるのは勿論分かります。でも、エラーよりも成功の方が得られるものが絶対に多いと思うので、挑戦して挑戦して、とにかく成功だけを狙えという感じで後輩たちに接していたつもりです。それが後輩たちに伝わっている、伝わっていないに関係なしに成功目指してまずは"やれ!"と言い続けました」。青柳が徹底した"挑戦を恐れさせない体制"はいつまでも部に残り続けることだろう。
  最後に、後輩たちにメッセージを頼むと、主将らしい名言を残してくださった。「超えられるものなら超えてみろ、ですかね」。これは、ここまでチームを引っ張ってこられた彼だからこそ、放てる言葉。「超えられるものなら超えて見てください、本当に。それくらいの気持ちでやってくれないと。多分負けないので(笑)超えろって感じですかね」。彼の勇姿は後輩たちにとても大きな影響を与えたはずだ。





  藤田が入部した頃から、春、秋とリーグを繰り返すごとに、徐々に順位を上げていったホッケー部。3部から2部へ昇格を果たし、2部内でのポジションは上がっていき、春リーグの時点では2部3位にまで昇りつめた。「弱いところからどう強くするか、みたいな中で注目を感じる代だったので」。藤田をはじめとする4年生はOBOGからの期待に気づいていた。代々の先輩たちにとって、彼らは希望の光だったのだろう。
  藤田は、「春(リーグ)に入れ替え戦に行って勝っていれば、秋(リーグでは)1部でやって終わる、っていうのが理想ではあった」と悲願の未達成を悔やんだ。そんな1部にはこんな言葉がある。それは7強1弱という言葉―。「1部は7強1弱って言われていて。2部だと1位にならなきゃ入れ替わるのは厳しい、って言われている」。昇格を勝ち取るためには、1部の中で最下位である8位の大学と戦わなければ、厳しいと言われる。そのためにも、何としても勝ち取らなくてはいけない2部1位というポジション。しかし、そう簡単ではなかった。
  秋リーグ初戦の相手は、春リーグで6位であった横浜市立大。5−0で完封勝利を収めた。出だしの良く見えた秋リーグ。しかし、2戦目の学習院大戦では0−0という引き分けに終わってしまう。学習院大は春で7位であった格下相手だった。思いもよらない展開に彼らは戸惑いを隠せなかった。屈辱的な試合から1週間後に行われた防衛大学校戦では、2−1で勝利を収める。また彼らの勢いがやってきた。約1か月の練習を経て迎えた武蔵大戦。これに勝てば入れ替え戦への進出決定が決まるという大事な一戦だった。前半戦から相手がゴールを決めれば、立大も負けじと決め返すというように点の取り合いであったこの試合。試合終了の笛が鳴った時には、3−3で同点という結果だった。このように決着がつかなかった場合には、サッカーでいえばPK戦のようなものであるSO戦が執り行われる。立大は、これまでにSO戦の練習に力を入れていたこともあり、3−1で勝利し、入れ替え戦への切符を手に入れた。
  迎えた2部1位・2位決定戦。この試合結果次第で、戦う1部の相手が決まるという一戦。藤田も「先週の方(2部1位・2位決定戦を指す)が緊張はしていて」と入れ替え戦よりも緊張していたことを明かした。対戦相手は、以前0−0で同点となった学習院大。何としても、勝ちたい。前回の悔しさがこみあげてくる。しかし、結果は1−3で相手の勝利。入れ替え戦の相手は、1部7位の早大となった。迎えた入れ替え戦、やはり1部の壁は厚かった。巧妙なプレースタイルに度肝を抜かれ、結果として2−4と敗北を喫す。しかし、強敵相手に2点奪えたという自信も生まれた。
  「1番いい形で終われたと思うので、本当に今の気持ちとしては"終わりよければすべてよし"みたいな。(1部に)上がれてはいないんですけど、1部のチーム相手にこんなにいい試合ができるまでになって。本当に楽しい4年間でした」。試合後の藤田のコメントからは、少し名残惜しさが感じられた。そんな彼が後輩に望むのは、やはり「1部昇格」の四文字だ。「ただちょっとその時羨ましいなっていう気持ちも起こると思うんですけど、まあいつかは近いうちに上がって欲しいと思いますね」。何気なくつぶやいたその言葉は、卒業する先輩なら誰しもが感じることなのだろう。



  DF・中村は、入れ替え戦に出場できたことに「やりきった感」を覚えていた。彼らの代が入部した時は、2部7位という状態。「勝つほうが珍しかった」。今となっては考えられないほど弱いチームだった。それから3年が経ち、やっと届いた2部2位という快挙。明らかにこの4年間でチームは成長を遂げた。「自分たちの先輩を見ていて俺たちはこうしていこうという形でやってきたので、下の代が上の代を見て成長していくというのが組織の中であるなと」。中村は自身の肌で組織の成長を感じ取っていた。  
  成長の醍醐味ともいえるのが、対早大で迎えた入れ替え戦だと中村は言う。惜しくも勝利には至らなかったものの、「1部に通用した瞬間があった」と喜びを噛みしめた。「大差がつくのを覚悟していたんですけど、2−4ということで最後までどうなるかわからない試合をできたのがすごい嬉しかったです」。1部に在籍する大学とはあまり練習試合を行ったことがなかった立大ホッケー部男子。だからこそ、1部で活躍する早大からの2点獲得は大いなる「収穫」であった。「自分たちも格上相手にやっていけることが分かったことが一番大きな収穫」。これは彼らの限界ラインが変わった瞬間でもあった。しかし、中村は今回の収穫以上のものを後輩たちに求めている。「先輩を反面教師として、厳しく頑張って欲しい」。中村が後輩たちに向けて放った言葉はまさしく彼らが実践していたことだったのだろう。彼らが強かった理由が垣間見えた。



  入れ替え戦前日に、地元から両親が訪れ食事を共にしたという武部。ずっと武部自身を応援し続けた両親との久しぶりの食事は、「もっと頑張ろうかなって気持ちになった」という。高校までサッカー少年だった彼は、大学入学時もやはりサッカー部を考えていた。しかし、部の雰囲気が自分とは異なるのでは?と感じた武部は、サッカーで培った技術を生かせると考え、「アットホームな感じ」のするホッケー部を選んだ。武部はアットホーム感を守りつつも、意識の高い同期たちに胸を打たれていた。練習をするにしても、「この日をオフにしようっていう提案をするんじゃなくて、この日を練習にして何かできることはないだろうか」と常に練習に重きを置いていた同期たち。そこまで出来たのも、選手一人一人の目標である「2部優勝・1部昇格」に貪欲だったからこそ。「向上心があって自分たちが強くなることしか考えていないような代でした」。この言葉は、武部だけでなく部内全員が感じていたことなのだろう。
  武部や同期たちをそこまで強くした出来事―。それは、秋に行われたBインカレだ。Bインカレとは、東西の中で春季リーグの上位校のみが参加を許されるホッケー大会であり、これで勝ち上がると男子全日本学生ホッケー選手権大会への出場権が獲得できるという試合だ。
  昨年度までは、インカレ出場権獲得までの道のりは平坦だった。だからこそ、「今年も簡単に行けるだろう」と思ってしまったのが「仇」となった。自分たちと同格、もしくはそれ以下のレベルの大学に負けを喫してしまい、インカレ出場権を失う。「本当に悔しくて。泣いている後輩もけっこういましたし、自分たちのやってきたことが否定されてしまったような気がして」。屈辱的な負け―。それが更に彼らを強くした。入れ替え戦で決められた2点は、彼らの強さが顕わになったから。「今日みたいに1部相手にもこんな大学に入ってから始めたような奴らでも2点決められる、良い試合ができる」。胸を張ってそう言い放つ武部の顔つきは、春季とは一味変わっていた。



  長澤は、異国の地で今回の秋リーグを迎えた。留学のため、春季リーグが部活動最後となった彼。しかし、「プール戦全勝という近年で一番の結果を手にできたことは秋の快挙に繋がったと思う」と当時に思いをはせる。  
  そんな長澤をプレーヤーとして強くした試合、それはデビュー戦だという。出場時間は短かったものの、公式戦を初めて経験できたというホッケー人生で記憶に残る試合だった。「自分がFWとして点を取れるプレーヤーになる」。彼の中でも確固たる思いが芽生えた。その思いは試合にも良い色を出した。  
  彼は同期のことを「多種多様だ」という。「多様な人たちと一緒にプレーするためにも、自分のことだけを考えるのではなく、周りをみることも大事だったと思います」。留学先であらゆる文化ともに生活しているからこそ気付かされた同期からの学び。大学生活の大半を共有し合った時間は、他の留学生にも羨ましがられているという。彼は今、海の果てで同期と過ごした思い出とともに、勉学に励んでいる。





  2年生の頃から、正キーパーとして試合に出場していた高岡。他大学に比べ、早い段階から「キーパーライフ」が始まったことはチームに良い影響を与えた。どんなボールも、PC(ペナルティコーナー)における緻密な戦略にも動じない、高岡のキーパー能力は部員全員から絶大な信頼を得ていた。
  彼がここまでキーパーとして強くなれた試合がある。それは、秋季リーグで大きな命運を分けた対防衛大戦だ。この試合で相手のPS(ペナルティショット)を止め、逆転勝利に貢献したことは大きな成長になったと当時を振り返った。
  そんな高岡は次世代のキーパーを人一倍、気に掛けている。「(自分が)長く経験できた分、下の代が試合に出られていないので、後悔があるとすればもうちょっと指導できたんじゃないかということですね」。そして次世代キーパー候補である後輩の2年浅野と3年野崎に対しては、「なんやかんやずっと見てきてくれたと思うので同じミスはしないようなキーパーになってくれていると信じています」と、期待を見せた。高岡から、浅野・野崎へ―。ゴールマウスを託す時がきた。
  最後に高岡は「自分たちが手にできなかった優勝と昇格という残った宿題を成し遂げてほしいなということですね」と笑顔で答えた。後輩に向けたジョーク交じりのその言葉は、どんなボールからもゴールを死守し続けた男からの挑戦状なのかもしれない。

≪編集後記≫
ホッケーに出会って、早一年が経過した。この一年間、彼らを熱心に取材してきて分かったことがある。それは、「挑戦には努力が伴う」ということだ。 たとえ無謀な戦いだとしても、1点を取るためならあらゆる手を尽くす。勝つためなら、地を這うような努力も惜しまない―。彼らの試合や練習中の姿や、インタビューの一言から感じとったことだ。
  「挑戦」を怖いと思わない、勇敢なチャレンジャーはそういないものだ。彼らだって、そうだった。大きな壁を乗り越えるには、それなりの努力と覚悟が伴った。だからこそ、必死に目標に向かって食らい付くこと、それが「最強」に近づくための一歩となったのだ。
  どんなスポーツでも、必ず「自分との葛藤」に直面する時は来る。しかし、私はホッケーこそが最も自分の可能性や限界に挑戦できるスポーツだと今回のインタビューを通して感じた。(まあ、ホッケーが好きだからかもしれないが…)
  この最強と呼ばれた4年生たちを超えたいと思ったチャレンジャーは、迷わずにホッケー部の門を叩くべきだ。もうすでに、次世代が駆けるフィールドの準備は整っている。




(3月27日・編集=小林桂子、取材=柏本晴也、谷崎颯飛、小西修平)