第八十六代新人責任者クローズアップ
〜1年部員と歩んだ258日〜


   2017年4月。新人責任者である小川渉(文4)は今年の目標を「リーダー部に10人新人を集めること」と設定した。惜しくも目標の10人とは行かなかったが、六大学応援団連盟の中で最多の人数が応援団に入部。神宮を中心に多くの場所で声を出し、応援をし続けた。この8か月間、多くの紆余曲折を経験しながら成長してきた1年部員たち。そんな彼らを新人責任者はどう見ているのだろうか――。

新入生歓迎期間

   「後輩も可愛くて、とにかく楽しくやりたかった」。後輩への強い思いを胸に3年次に新人責任者になることを決意。今までは闇雲に行ってきた新歓だったが、今年はしっかりと計画を練って行った。「1日、1人につき50人に声かける事をノルマにした」。とにかく大勢に声をかけて多くの新入生にリーダー部の事を知ってもらいたい。それがきっかけで多くの新入生がリーダー部に興味を持つが、中にはリーダー部に入ろうか悩み続ける新入生もいた。小川は、新人責任者としてそんな彼らの後押しをした。継続的にメッセージを送り、親身になることで、新入生のリーダー部に対する不安を払拭していった。それが功を奏し、今年は例年になく、多くの新入生が入部した。

観客を盛り上げる新人部員の清水



手探りの春

   吹奏楽部、チアリーディング部とは違い部員のほとんどが初心者であるリーダー部。新人たちは何も分からない状態から神宮応援が始まった。その中、小川は新人責任者として、下級部員と共に新人部員に気を配った。応援で声を枯らした新人へ水分を積極的に与え、慣れない応援へのアドバイスも送った。神宮の外でも新人責任者は気遣いを怠らない。応援の楽しさが分からず悩んでいる新人の相談に乗り、激励の言葉を送ったりもした。「小川新人責任者にはたくさん助けてもらった」。新人部員の池部(法1)はそう語る。辛いときも新人責任者の支えがあったからこそ応援に一生懸命に打ち込めた。その甲斐あってか、野球部は59年ぶりの優勝を果たし、一年生にとって初の神宮は華々しい結果で幕を閉じた。

「六旗の下に」の舞台で堂々と演舞をする小川



初の大舞台

   春の神宮を終えた新人たちに息つく暇もなかった。目前に迫る「六旗の下に」への準備にすぐに取りかかる。1年生は上級生に比べこの舞台で表立って目立つことはほとんど無いが、責任は重い。彼らは主に、後ろで「デモサブ」と呼ばれる拍手を行なう。拍手が寸分でも違えば、ステージ上の美しさは損なわれてしまう。全員が同時に揃うことによってステージ上の美しさ、華々しさが表現される。表立って目立たないとしても、責任は重大である。新人部員の伊藤(法1)が「練習はきつかった」と言うように、責任が伴うからこそ、より一層練習に熱が入った。そして迎えた本番。1年部員たちは初の大舞台で一生懸命に自分自身の責任を全うし、会場を紫に染め上げた。「あの感動は今までに味わったことのない格別なものだった」と君嶋(現1)はその日のことを思い返す。彼らにとって一生の思い出となった六旗の下に。これを境に彼らは、また、新たなステージへと進んで行った。



激動の夏

   初の大舞台を超えた彼らを待ち受けていたのは10泊11日の過酷な合宿だった。ここを乗り越える事が出来て、初めて正部員と認められる。しかし、行われたのは夏真っ盛りである8月の中旬。体力を消耗しながらも一日のほとんどを夏空の下での練習に費やした。「地獄」新人の清水(文1)はそう懐古した。今までの過酷な練習を乗り切った彼らから出るその言葉は我々の想像を絶する。しかし、幾重の試練を乗り越えた彼らは、この「地獄」をも乗り越えた。そして最終日、ついに彼らに正部員の称号とともに、証である「正部員バッジ」が与えられた。入部してから4か月の苦労、夏合宿の過酷な練習。バッジはそれらを乗り越えた証でもあった。1年部員たちは思わず涙があふれる。「これほど学ランを誇らしいと思ったことはなかった」と池部は語る。しかし、彼らよりも涙を流す漢がいた。小川である。「自分が一番泣いていた」。誰よりも近くで1年部員を見ていた彼だからこそ、誰よりも1年部員の熱い思いに心打たれた。新人を愛するからこそ出た涙。この涙は1年部員へのどんな言葉よりも重かったに違いない。彼らは、更に心身共に強くなった。

リーダー台で型を振る1年部員(左から伊藤、

稲山(法1)、林(法1)、小林(文1))と小川



成長の証

   過酷な夏合宿を終えた彼らに2度目の六大学野球のシーズンが訪れた。春とは違い正部員となった1年部員たち。最終戦には、1年部員がリーダー台で型を振るという毎年の恒例行事が行なわれるという楽しみもある。しかし、楽しさの反面、観客席を作り上げる仕事は1年生のものとなり、責任ははるかに大きくなる。また、その責任を全うするのは容易いことではなかった。「8人もの人数が一度にまとまるというのは難しかった」と清水は振り返る。しかし、大きな壁を幾度となく乗り越え、春とは全くの別人となっていた彼ら。「成長するにつれて目つきが変わって行った」。応援に対する意識はもちろん、日頃の練習の態度も変わっていくのが新人責任者の目には、はっきりと映って見えていた。その視点は的確であった。人数が多く、まとまるのが難しかった1年部員は練習を重ねるにつれて徐々にまとまっていった。しかし、その努力もむなしく野球部は最終ゲームの法大戦を目前に優勝の可能性が消えてしまう。その中迎えた最終ゲーム、対法大戦。優勝の可能性が無くなったとしても彼らは決して声を絶やすことは無かった。そして、ついに1年部員がリーダー台で型を振る時を迎える。「観客席の光景が全て目に集まってきた」と清水は語る。感動を胸に抱きつつ、8人の1年部員は2日間に渡り一挙一動に魂込めて型を振った。1年部員と共に型を振った小川は「一緒に振りたいという願いが叶った」と語ると同時に、「リーダー台から見た光景を忘れて欲しくない」と力強く語った。責任、苦労、成長、感動。これらを同時に味わったこの秋リーグはとても密度が濃いものとなった。しかし、心中にあるのは「まだこれから」という思い。今回の出来では1年部員は満足しない。飽くなき探究心を持つ彼らを止めるものは誰もいない。ただ突き進むのみ。彼らは来季も神宮で凱歌を響かせる。

神宮で躍動した小川は、「十字の下に」

でも圧巻の演舞を魅せる。



託す思い

   この1年間新人達の成長を見守ってきた小川。しかしそんな彼も引退の時を間近に控える。小川は夏合宿を振り返る際に、「1年の池部って言う奴がね『応援団入って良かった』とか『小川新人責任者大好きです』とか言ってきたんですよ。本当、泣かせるんじゃないよって」と笑顔で語っていた。その表情は、新人への愛情を語るに十分に値した。彼は最後に新人への思いを打ち明けた。「今の活動は大変かもしれないが、続ければ必ず楽しい事が訪れるから、4年間食らいついてほしい」。新人を愛し、新人に愛された漢はその思いを抱き「十字の下に」で涙を浮かべつつ型を振り、背中で1年部員に語りかけた。1年部員たちはその背を見て、まるでメッセージに応えるかのように気迫の込もった拍手を見せた。飽くなき探究心を持つ彼らたがらこそ汲み取れた思い。彼らはそれに最高の形で応え、小川を送り出した。今まさに背中を追い、超えんとする彼らに儒学家・荀子の言葉を送り、この文章を締めくくりたいと思う。「青は藍より出でて藍より青し。」



(1月5日/取材・編集=玉真拓雄・南はるか・宮武瑞季)





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