上大岡衝突転倒事件




上大岡衝突転倒事件  判決公判傍聴記録    written by MS          
      東京高等裁判所第2刑事部  安廣 文夫 裁判長
    日時:03年7月22日(木)14:00 718号法廷
 
  前回の傍聴記の冒頭、私は、その日の裁判を要約し「証拠採用なし、
被告人質問なし。次回、判決。字面だけだと、最低の裁判、のように思
えるのだが」と書いた。もちろん、字面からは最低でも、実際は違う感触
があったとその後を展開したのだが、裁判所というのは、まさしく字面で
しかないところなのだと、痛感させられる結果となった。
 「控訴棄却」
 裁判官が平然と言い放ったその言葉に、一瞬何が起きたのか理解でき
なかった。しかし、すぐさま、一抹の不安が現実のものとなってしまった
という絶望感が襲ってきた。
 これが刑事裁判の現実なのだと改めて思い知らされながら、あとは判
決理由のメモを必死にとるしかなかったのだが、どこまで冷静さを保っ
て聞くことができたかは自信がない。とりあえず今は、そのメモと記憶を
もとに傍聴記を書くが、正式な判決文が明らかになったときは、改めて
専門家の分析を待ちたい。
 この傍聴記は、裁判長の判断に一縷の望みを託し、期待し、そのあげ
く裏切られたという虚しさにさいなまれながら、せめて「安廣文夫」という
名だけは一生忘れるものかという怒りを胸に、とりあえずその日のことを
限りなく客観的に綴ろうとしたものであるとご理解して読んでいただきたい。

○ 判決理由
まず、裁判長は、弁護団の控訴趣意を次の二点とした。
1.事実誤認
2.審理不尽
(つまり、これが前回の公判でしつこく弁護団に迫って、例えば「原審の
弁護士が無能だったから裁判をやり直せということですか」という質問に
みられるような、控訴趣意を明確にしようとすることの意味だったのだ。
ようするに判決を書く、この場合、棄却するという判決文を書くための要
点整理をしていたにすぎない。あるいはまた、事後審である控訴審のあ
り方を弁護団に講義していたとも受け取れるが)
そして、まず「事実誤認」があったかどうかについて、言及した。

1. 事実誤認について
 原審の事実認定は、被害者の供述を根拠になされているが、その被害
者供述は、実体験によらなければ決して語ることのできない、詳細で具体
的、かつ迫真性に富むものである(もう聞き飽きたいつものアレですね)。
加えて、見ず知らずの被告を罪に陥れようとする理由もない。目撃者の
供述にも不自然なところがなく、虚偽の供述をして、被告を罪に陥れる理
由もない。(突っ込みます。本当はあるんだよ。何しろ現行犯逮捕してるん
だから、被告人に罪がないとなれば、自分たちが間違えたということになる。
従って、必死に「こいつは犯人です」と訴えざるをえないだろう)
 弁護人は、被害者は、深夜、後ろからいきなり追突されたことに驚き、せっ
ぷんを強要されたと勘違いしたのだと言う。その理由として、1)捜査段階
の誘導、 2)目を瞑ってのキスの強要は不自然、 3)3分程度という行為の
不自然、 4)現場は街燈直下ですぐそばに第三者がいた、というが、捜査に
勘違いや思い込み、誘導の客観的証拠はない。
1)、2)について。
  控訴趣意書では、原審の弁護士が不同意とした部分の引   
  用をしながら事実誤認を訴えているが、そもそも不同意 
  なのだから証拠とすることはできない。とはいえ、その
  不同意の部分をあえて取り上げ、考慮しても弁護人の
  言うことは当たらない。つまり、「被告人の顔、体の位
  置は、詳細に語られていない」と被害者供述を批判する
  が、「目を閉じて唇をとがらせていた」というような印
  象的な表現は一貫して供述されている。被害者は、公判
  廷で取り調べとは異なる供述をしていたのではなく、取
  り調べでは聞かれていなかったり、詳しく話さなかった
  ことを公判廷で述べたに過ぎない。取り調べでも「片腕
  はしっかり掴まれていた」「顔は接近していた」「被告
  人は目をつぶっていた」と一貫して供述している。
 3)について
腕を掴まれてから、被告人が離れるまでの時間を原審弁護人に訊かれ、「す
ごく長く感じた」と答えたところ、再度、具体的な長さを訊かれ、答えられない
でいると、「二・三分なのか、三・四十分なのか一時間以上なのか」と迫られ、
結局、弁護人が言った中で一番短い時間である「三分くらい」と答えたのであ
るが、これはそれほど長く感じたということであって、目撃証人が言う22秒間
という犯行時間との差異は、証拠の正確さをそこなうものとはいえない。
 4)について
 そもそも、被告人は、前に人が歩いていることに気づいていないのだから、被
害者を襲うことは不自然ではない。(突っ込みます。そもそも被告人は、道路の
反対側にいた被害者にも、自分を追い抜いていった目撃者にも気づいていな
かったのだ。横を歩いていた女を襲おうと思っていたと断定する裁判所が、被
告人が、後ろから自分を追い抜いていった男には全く気づかなかったというこ
とを不自然とは感じないのか。都合のいい供述だけを張り合わせて有罪を作
る判決文の典型的な例である)
 弁護人は、目撃者が振り向いた時の被告人との距離の証言の不正確さを、
原審弁護人が不同意とした供述調書を引用して主張するが、そもそも主要部
分を不同意とした調書を証拠とすることはできない(またまた繰り返しやがった)。
それでも、あえて検討すれば、目撃者の証言に不合理な点はない。
 原審で被告人は、散歩の途中、うつむき加減に歩いていてぶつかりそうになり、
その後、倒れたのは事実だが、抱きついてもいないし、せっぷんもしていないと
言う。しかし、仕事帰りに同僚と飲酒をしたのち、明日も仕事があるというのに、
深夜わざわざ自宅とは反対側の道を散歩しているのは不自然である。それをさ
ておくとしても、同じ時間、同じ方向を歩いていて、被害者は携帯電話で話をし
ていたから気付かないとしても、被告人が相手にぶつかりそうになるまで気がつ
かなかったのは不自然である。(また突っ込みます。勝手に「さておく」なよ。さて
おいてくれなんて頼んでないだろ。真っ向から説明しようとしてんだろ。そんな
こと不自然だとお前に言われたかない。それも、それがさも一般常識だと勝手に
決めつけてくれるな。俺だって常識人の端くれだと思っているのだ。あんたに俺
の代弁など頼みたかないよ。人間がたまにそういうことをするのが不自然だと誰
が決めたのだ。「さておいて」くれなくていいんだよ。そんな不自然なことに目を
瞑ってやってもお前は有罪だなんてダメを押してくれるな。そんな考慮をしてく
れなんて頼んじゃいないんだよ。目を見開いて、ただ事実を素直に見てくれよ)
 さらに、被告人は、ぶつかりそうになり、触れたにもかかわらず、被害者に謝罪も
していない。軽く触れただけなのに、引き起こそうとした。その場で具体的に弁解
することを一切していない。事故でぶつかった人としては、不自然で不合理な態
度である。(オイオイ。そもそも被告人は、なぜぶつかったのか訳も分からず、自
分でも驚いていたのであり、そこへいきなり見知らぬ男が、「この痴漢野郎!」と叫
んで自分に迫ってきていたのであるから、裁判官が勝手に常識だとして決めつけ
ている状況とは違うのだ)
 被告人は、取り調べの中で、「前方に若い女性が歩いているのが分かった」「飲
んでいて足下がふらついた」「抱きついてみたいと思った」などと幾度も供述を変
更しており、その変遷にも合理的な説明がなされておらず、到底信用できるもの
ではない。(だからこそ、弁護団は控訴審でその変遷の合理的な説明をしようと
してんだろが)
 弁護人は、深夜、自宅とは反対側の道を歩いていたという状況が、捜査や取り調
べに先入観と思い込みをもたらしたというが、「深夜、自宅とは反対側の道を歩い
ていた」という事実は、通常人からみて明らかに不自然であり、先入観とはいえな
い。(あのう、通常人から見て、明らかに不自然だと思う、その「明らかに」が明らか
に先入観というものなのではないでしょうか)
 弁護人は目撃証言も目の錯覚によるものだと言うが、根拠はない。
 人のすぐそばを歩いていて、その人に気付かないはずがない。(また言うか。だっ
たら、男にすぐそばを追い抜かれて気付かないはずもないだろう。気付いていたら、
そんな奴がそばにいて襲うはずもないだろう)
 被告人が、被害者が話していた携帯電話の声は聞こえなかったというのは、信用
できない。
 弁護団は、「原審判決は、被告人の供述を曲解して一方的に不自然とした。相手
が倒れると思ってとっさに抱きしめたのは自然であり、目撃者に怒鳴られて反論で
きなかっただけだ」と主張するが、被告人がぶつかりそうになって軽く触れたのに
相手の女性に謝っていないのは不自然である。目撃者にもその場で言いわけでき
たはずなのに、なんら弁解をしていない。痴漢よばわりされているにもかかわらず、
だた、「一体、何やったんですか」と言っただけというのは、やはり不自然である。
 警察、検察での供述調書も、キス否認は一貫しているのだから、被告人の発言を
正しく録取しているのは間違いない。だとするなら、変遷は明らかである。(オイオイ。
たった一つ被告人に有利な言い分が書いてあれば、他の発言もまた正しく記録され
たと、どうして断定できるのだ。つまり、たった一つ嘘っぽいことがあれば、全ては信
用できず、たった一つ本当らしいことがあれば、全ては信用できるという論理なので
しょうか)
 事件の真相についいての弁護人の主張については、結局のところ、被告人の原審
公判供述を無批判に当然のこととして受け入れているが、被告人の供述そのものに
信用性がないのだから、明らかに認められない。(どうして無批判に受け入れている
と断言できるのだ。弁護人もまた被告の一つ一つの発言の不審点を徹底的に追及
した上で、真相究明に努力したことは、弁護団にかかわった全ての人が知るところで
ある。その過程をこそ、控訴審で明らかにする、と主張してるんだよ。明らかに弁護
人を侮辱した発言だ。弁護団の真相究明は、被告の嘘の発言をもとにしているの
で、なんら説得力を持たない。つまり、被告人供述は、その歩行経路から始まってあ
らゆる供述は全て嘘だと決めつけているのだ。もう絶句するしかない。ここ数ヶ月の
弁護人の真相究明の努力は、すべて被告人の嘘をもとになされたのだから全く意味
がない、とんだ無駄骨でしたね、と言われちゃったのである。弁護士をどういう存在だ
と思っているのだろう)
よって(長々と書いてきましたが、ここで1についての結論になるのだった)、事実誤認
の理由はない。

2. 審理不尽について
原審では、請求した証拠を全て調べ、被告人質問にも十分な時間を取っている。他の
具体的証拠、例えば現場の正確な地図や写真などは調べていないが、原審で提出さ
れた証拠だけで、本件を審理するに十分である。
 控訴審弁護団は、原審弁護人を批判しているが、原審弁護人は、適切かつ正当な弁
護をしている(オイオイ。こないだは弁護活動に介入はできないと言っておきながら、立
派に介入して、立派な弁護だと称賛するのかよ。これって弁護人批判の批判なんです
か。仲間を批判するのは仁義にもとる、てなことなんすか。そうか、それで仲間のやった
裁判を批判するのは裁判官の風上にもおけないってことなんすね)。当審弁護人の提出
した控訴趣意書に説得力はない。
 控訴趣意書および補充書、他の証拠を調べても、新たな判断が生まれることはない。
 結局は、原審は、本件に必要な審理を十分に尽くしたと判断できる。

これで、おしまいです。もちろん、メモしそこなったり、うっかり忘れてしまったこともあるか
と思いますが、あれほど「審理不尽」を匂わせておきながら、「審理不尽」を問題にするな
ら、それは原審記録を読み、控訴趣意書を読めば、十分判断できるので、控訴審の法
廷で新たな証拠を調べをする必要はない、ということだったんですね。
 そうか、つまり、安廣裁判長は、この二回で二時間にも満たない控訴審において、貴重
な時間をわざわざさいて、正しい控訴審のあり方を講義してくださったのですね。
 「証拠調べをするのは原審のみ」
 「控訴審は、事後審で、証拠調べの場所ではない」
 とても、勉強になりました。
 でも、最後に一つ質問をさせてください。
 システムや手続きや、決まりごとはなんとなく分かりました。しかし、そもそも、結局は、
つまり、概ね、裁判所って「真実を明らかにする」場所ではなかったのでしょうか?
 真実を明らかにすることが第一義であるのなら、短期間に一万名以上の人の署名を集
め、短期間にここまでの証拠を作って真相を解明しようとした人々に対して、もう少し真摯
に向き合って欲しかったと、正直、思います。
 ちなみに、判決理由で裁判長が述べた疑問点に関しては、すでに弁護団が解明してお
り、さらに裁判長以上にあらゆる疑問点についての解明を終えているのです。ですから、
そのことの成果を控訴審の公判で問いたかったのです。それを、もともと被告人は嘘つ
きだから、その供述をもとに事実解明することはできない、と一蹴されたのでは、弁護活
動などしようがありません。一度も、この事件に対する被告人の生の声に触れることなく
判決を言い渡すことができるその自信は、一体どこから来ているのでしょうか。
 裁判長、あなたのこと、決して忘れません。
 (うーん、やっぱり、ちっとも、冷静に、客観的に、傍聴記を書くことなんて、できやしなか
った。ちなみに、現代人文社刊『裁判官Who’s Who東京地裁・高裁編』によれば、「火中
の栗は拾いたくないというタイプ。ことなかれ主義の官僚裁判官」だそうです。今となって
は目茶苦茶説得力のあるコメントです。ちなみに本人は、その本に出ていた似顔絵より、
いくらか年老い、太っており、小渕元総理と俳優の小林桂樹を足して二で割った感じです。
とぼけた雰囲気でよく喋るので、実は高圧的でありながら、それほど高圧的には感じられ
ないという、そんなところに騙されたのかもしれません。ちなみに小渕さんとも小林桂樹さ
んともお話したことがありますが、お二方とも気の良いおじさまでした。ちなみに、安廣さ
んとは個人的にお話する機会は永遠に訪れないでしょうから、気の良いおじさまかどうかは
永遠の謎となるでしょう)
STOP!痴漢えん罪!

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