京成線事件



控訴審判決公判傍聴記録

 平成6年6月7日午前7時50分頃、自宅近くの駅前で4〜5人の刑事に取り囲ま
れ、突然逮捕されました。容疑は「5月25日に電車の中で女の子いたずらをした」
というものでした。私はこの日、普段の通勤時とは違う服装だったので、人違いと思
い、そのことを言うと、「そんなことはわかっている。普段はGパンに半袖の青いポ
ロシャツだろう」と言われたので、それも違うと言ったのですが、まったく聞き入れ
てもらえませんでした。そして任意同行か確認したところ、「緊急逮捕」である旨を
告げられ、警察署に連行されました。その日は会社で人事に関わる大切な用事があっ
たため、再三に渡り会社へ連絡したいと私は要求したのですが、「本当の事を話して
罪を認めたら連絡させてやる」という無茶な交換条件により、事実上却下されまし
た。結局、電話の1本もさせてもらうことが出来ずそのまま勾留されました。
 警察署に着くと、2時間以上待たされてから、「緊急逮捕だから見せる必要はない
が」という能書き付きで逮捕状を示され、ようやく取調べが始まり、事件の詳細を聞
かされました。それによると、5月25日に電車の中で左手に持った錐状の凶器を被
害者と称する当時16歳の女子高校生の右わき腹につきつけ、無言のまま脅し、右手
を下着の中に差し入れ、直接陰部に触れたというものでした。容疑は「強制わいせ
つ」。すし詰めの状態で、上げた手が下ろせないほど混み合った車内で、不可能と思
われる内容でしたが、「たまたまできた」ということで片付けられてしまいました。
 6月8日、東京地方検察庁に押送され、検事による取調べを受けました。事件とは
まったく関係ない質問を含めて、約10項目の質問を矢継ぎ早に受け、「これで10
0%君が犯人だとわかったよ」と言われたため、更に否定をすると、「立証できたら
5倍の刑を要求しても受けるか?」と訊かれたので、迷わず「受ける」と答えまし
た。
 6月9日勾留質問。
   10日取調(唾液採取)、質問はほとんど無し。
   13日弁護士接見。逮捕当日の待ち時間に捜査員に雑談的に髪の毛はいつ切った
のか訊かれたので、弁護士に犯人の髪型の確認と、美容室に私がいつ髪を切ったかの
裏付けを取って欲しいと伝えました。事件が起こったとされる日のわずか4日前の5
月21日に切っていたことを思い出し、もしかしたら、被害者の言っている犯人像とは
髪型が違うのではないかと思ったためでした。
   14日夜9時頃、警察署にて検事の取調。髪をいつどこで切ったのかを訊かれ、
自宅から押収したと思われる、うす緑色の長袖のシャツを見せられ「これは青いよな
?」と訊かれたため「緑でしょう」と答えると「そうだな、みどりだな...」と検
察庁での取調の時とは一変して弱い調子でうなずいていました。更にマジックミラー
による面通しを10分程度行ないました。
   15日所轄署担当捜査員による取調。態度が明らかに柔らかくなり、お茶まで出
されてしまいました。質問内容は通常の通勤時の服装についてと、髪型についてなど
でした。
   16日所轄署担当捜査員による取調。容疑の否認についての確認だけして、気が
変わったら呼ぶようにと言われて終わりました。弁護士接見。犯人像とは明らかに違
う点があるので、明日には釈放されるだろうと言われました。
   17日午後6時頃、逮捕から10日目に検事の釈放指示書を見せられ釈放されまし
た。
   20日会社の直属の上司から弁護士に復帰することに問題は無い旨連絡がありま
したが、21日会社側が家宅捜索と社員に対する聞き込みを受けたことについて所轄署
に抗議に赴いたところ、「告訴取り下げによる釈放であって、警察は今でも犯人であ
ると思っている」と言われたため、翌日には復帰の予定が一転して「自宅待機」を命
ぜられてしまいました。
 その後、弁護士による抗議も認められず、29日、子会社への出向を命ぜられまし
た。これは左遷であり、会社としては無実と認めず処分をしたわけであるから、それ
を受け入れることは自分の責任において会社に迷惑をかけたと認めることになるた
め、上司にその旨を伝え、7月31日付で退職願を出すことになりました。
 8月22日、10年前から肺ガンを患い、心労から容態が悪化した父が無くなったた
め、訴えの提起を見合わせておりましたが、平成9年5月、国と東京都を相手取り、
損害賠償請求の訴訟を起こしました。これは、まったく身元が分からず、訴えること
すらできない「被害者」を突き止めるためでもありましたが、起訴もされていない、
冤罪以前の冤罪事件は前例がなく、警察に証拠の開示を要求しても「立件されない事
件はプライバシー保護のために書類を出さない」という理由で、被害者とされる女性
がどこの誰かを示す情報さえも得ることが出来ませんでした。
 公判を重ねるたびに、準備書面や陳述書などから、いろいろと新事実が見えてきま
した。いずれも、被害者が述べていた犯人の特徴が当初、私とは大分違っておったの
が、捜査を重ねるにしたがって、だんだんと似せた表現に変遷していったということ
でした。こちらは服装の違いや髪型の違いを中心に、犯行の態様に無理があることな
どを挙げて、緊急逮捕や勾留の違法性を訴え、証拠として、被害届けや調書を出すよ
う、文書提出命令を訴えたのですが、「被害者」の供述の信用性を疑わせるようなも
のはないとの理由で却下され、「被害者」の身元を特定できぬまま、平成12年12月11
日敗訴しました。このため、即時に控訴しましたが、平成13年6月12日却下されまし
た。
 この訴訟の間、私は独自に調査を進め、「被害者」の身元を特定するに至ったた
め、平成13年8月22日「被害者」とその両親を相手取り、損害賠償請求の訴訟を起こ
しました。
 前裁判の資料をすべて提出し、「被害者」供述の矛盾点や犯行の不可能性を主張
し、「被害者」本人を法廷に呼び出すことには成功したのですが、「覚えていない」
の一点張りで、何の成果も挙がりませんでした。さらに当時の「被害者」の供述を確
認すべきとの理由から、文書提出命令の申し立てをしましたが、またもや却下されて
しまい、平成15年2月17日敗訴しました。
 この敗訴については産経新聞に匿名で掲載されました。判決文では、被害者とされ
る女性が当時行った証言の信憑性を認めつつも、私を犯人と特定することもできない
ともいっており、「国家賠償請求訴訟においても敗訴し、本件においても請求が認め
られないとすると、痴漢と誤認され、逮捕勾留されたとする原告の苦痛は癒されない
こととなる。しかし、その心情は理解できないではないが、法律的には上記(請求却
下の)判断はやむを得ないところである」と結んでいるのです。これは、無実の可能
性を認めたものではないでしょうか。しかし結果は全面敗訴でした。
 現在控訴手続き中で、5月12日に出頭する予定です。
 私自身、逮捕され有罪になったわけではありませんが、状況は起訴された方と同じ
なのです。さらに不起訴ということで当初は相手の女性もわからず本当に悔しい思い
をしました。強制わいせつという凶悪事件という理由で家や会社にも家宅捜索が入
り、家族にも大きな精神的負担を与えてしまいました。そして私も未だ混んでいる電
車はおろか、エレベーターに乗っても動悸が激しくなるため、乗ることが難しい状態
です。 
 なお警察には釈放時も「彼女が取り下げただけで、シロではない」という内容のこ
とを言われました。その後、友人に聞いたのですが、現在でも迷宮入りの殺人事件が
あるのですが、その聞き込みの写真の中に私の写真があったそうです。さらに刑事に
髪の毛も採取されました。名誉、心の傷は未だ回復していません。
(残念ながら、6月25日に控訴棄却判決がありました。)

STOP!痴漢えん罪!

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