札幌地下鉄南北線事件



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【事件概要】  年末の金曜日、午後11時41分頃、私は忘年会を終えて、札幌市営地下鉄南北線に すすきの駅から乗車し、同地下鉄札幌駅で下車しました。JRへの乗り継ぎのため、ホ ームから階段を上がり、地下鉄の改札口を出て、更に階段、地下連絡通路(50メートル 以上はあります)を歩き、再び階段を上りました。その札幌駅構内へと続く階段を上り 終えた時、突然背後から2人組の女性に両腕を捕まれ、「さっき、お尻触ったでしょ」 とか「お尻触ってましたよね」と言われたのです。  突然、身に覚えのないことを言われ、「はぁ?」と答えました。そして、相手が2人 いることから、咄嗟に「はめられた」と思いました。私は、日頃から仕事の中で10代 の若者と激しく対立する機会が多く、この事件の数日前にも「お前なんか、女を使って はめてやる」と言われていたため、その思いが強く頭をよぎりました。このことを警察 官・検察官は、嘘の作り話だと思っていたようですが、裏付け捜査によって明らかにな りました。もちろん、その後の公判では、その裏付け捜査の記録等を一切出てきていま せんが・・・)。  その場で女性と少し話をしたのですが、全くらちがあきません。1人の女性は、「や っていないのだったら、警察で証明すればいいじゃないですか」などとも言っています 。周囲の人が、(私たちの方を見ていたのかどうかなどは分かりませんが)私に視線を 向けているような感じがします。徐々に頭の中では、「ここに居たくない、いつまでも 相手にしていられない。はめられてたまるか。」という思いが強くなり、結局、私は女 性の腕を振り払い走って逃げました。  すると背後から、「痴漢です、捕まえてください」と女性が叫び、私はその場に居合 わせた男達に行く手を阻まれてバランスを崩し転倒、取り押さえられてしまいました (もともと、あのような人の多い場所で逃げられるわけがないのに、逃げようとするこ と自体、いま思えば異常な心理状態だったと思います)。再び、女性たちが私の所へ来 て、少し話をしていたところ、たまたま駅構内を巡視中だった警察官に捕まり、そのま ま鉄道警察の事務所へ行き、すぐに警察署へ連行されてしまいました。  女性(AとBの2人)が言う被害の内容は、地下鉄の先頭車両(最も混雑していたと 考えられます)で、犯人がAに対して左臀部を右手で触っていたとのことです。Aは少 し横に体を傾けたときに犯人の右手がAの腰・臀部の方に伸びているのを見たと言い、 地下鉄の窓ガラスに反射する姿では隣にいたのが私であるとハッキリ見たと言っていま す(犯人の前に男性がいたとも言っており、本来なら視界を遮っているはずですが・・ ・)。また、Bは犯人がAの左臀部を右手で触っているのを直接目視し、犯人の顔につ いては横顔を斜め後方から見たとのことです。そして2人の供述は、Aが嫌そうに何度 も体を大きく捻らせたりしていたのに、犯人の右手はAの左臀部に張り付いたままとい う点で一致しています。  次に、もう一件の被害として、札幌駅到着後、Bが降りようとして出口付近に立ち止 まったとき、何者かがBの左後方から股間の中に右手を差し込んできて、Bがその手を 掴み、あわてて振り返ると、そこに犯人がいたということです。そして、その犯人は、 さきほどAに痴漢行為をしていた男と同一人物であったというのです。  そして、AもBも、その後は犯人がどっちの方向に行ったのかも分からずにJR札幌 駅に向かっています。その際、Bは「痴漢は許せない」と考えて歩いていたところ、前 方に犯人と同じ茶色のダウンジャケットを着ていて、背丈も同じくらいの男性(これが 私です)が歩いているのを発見し、近寄って斜め後ろから確認したところ、犯人だと断 定しました。そして、一人では逃げられるからどうしようかと考えていたとき、さらに 右斜め前方をAが歩いていたのを発見したため、Aのもとへ行き、「2人で捕まえよう 」ということで、私の腕を両側から掴んだというのです。このとき、Aは犯人がどこに いるのか自分では確認できずに、ただBの後をくっついて行き、Bが先に捕まえた「犯 人と同じ背格好の男性」を自分も捕まえたようです。ただ、2人とも私の顔を見て、犯 人だと確信を持っています。  ちなみに、当日の地下鉄の状況ですが、忘年会のピークということもあり非常に混ん でいました。また、私が乗車した車両は先頭車両ではなく、3両目です(乗車した位置 を覚えていたので、分かりました)。この「乗車した車両の違い」については、事件当 初に「地下鉄ホーム内の防犯カメラで確認して欲しい」と弁護士さんにお願いし、すぐ に調べていただきました。しかし、結果は「録画していない」とのことでした。  結局、私の嫌疑は晴れず、勾留は続きました。勾留中は、それまでの生活の全て(仕 事とか、名誉とかいうものではなく、単に、自分で起きて顔を洗うとか、誰も気にせず にトイレに行くとか)が奪われてしまうのですから、そこで生活をすること自体が何よ りも苦痛でした。狭い空間の中にいると、周りの壁や天井がどんどん近付いてきました 。裁判ということを考えてみても、かなりの制限が強いられます。紙(便箋やノート) やボールペンは、1日の中でも限られた時間しか使用できないので、自分の考えや思い を書き留めることも満足にできません。夜中に布団の中で思いついたことなど、次の日 の決まった時間まで覚えていなければなりませんし、数が多ければ忘れてしまうものだ ってあります。さらに、取り調べの時間によっては、ものを書くことのできる時間をす べて奪われてしまいます。また、日頃パソコンを使って行う作業に比べて、明らかに効 率の悪い処理になってしまいます。つまり、極めて限られた時間の中で、効率の悪い作 業でしか、裁判に向けての準備もできないわけです。  私の保釈が認められたのは、2回の勾留を経て、起訴後のことでした(それも準抗告 の末にやっとの思いで認められました)。
STOP!痴漢えん罪!

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