痴漢冤罪事件と事実認定の課題


板倉古稀『現代社会型犯罪の諸問題』(勁草書房)04年10月pp.473-490

痴漢冤罪事件と事実認定の課題  
            立教大学教授 荒木伸怡
1 はじめに
2 安易な初動捜査と事実認定
3 犯罪捜査規範と犯罪捜査
4 痴漢冤罪事件を減少させるために

1 はじめに
 このところ私は痴漢冤罪事件にとり囲まれている。痴漢冤罪事件を支援する会の会長と
か世話人とかにされる度に、強盗殺人事件や殺人事件の冤罪・誤判であれば、堂々と胸を
はって論陣を張れるのにと思っていた。ところが先日、再審問題の研究に熱心な本学職員
が波崎事件について記した文章を読ませてもらう機会があり、改めて気付かされたことが
ある。それは、重大事件の冤罪・誤判の原因と痴漢事件の冤罪・誤判の原因はほとんど共
通であり、被害者や目撃者の供述内容を客観的証拠よりも重視していることや、捜査段階
における被疑者の自白があれば、たとえ公判廷で否認に転じていても、その内容を客観的
証拠よりも重視していることである。
 そこで、相対的に軽微な犯罪であるためか、捜査機関が収集し公判廷に顕出する証拠の
数が限られていること、身に覚えがないと否認を続けると、身柄拘束の長期化に伴う失職
や家庭崩壊を招いた上に、有罪の実刑判決を科されているという意味で、冤罪・誤判のい
わば純粋型である痴漢冤罪事件を素材としつつ、犯罪捜査や自由心証主義の病理現象を描
いて、冤罪・誤判原因の一端を示すと共に、犯罪捜査のあり方や事実認定のあり方を考え
てみることとしたい。
 痴漢冤罪事件の発生場所の多くは、混雑した通勤電車内である。しかし、痴漢冤罪事件
の発生場所が、空いた電車内であることや、路上であることも少なくない。痴漢冤罪事件
の発生場所が「どこでもあり」であることは、(自称)痴漢被害者が被疑者から痴漢被害
を受けたと申告しさえすれば、痴漢事件と扱われているからである。
 痴漢冤罪事件の態様には、各都道府県の迷惑防止条例違反とされる場合と、刑法一七六
条の強制わいせつ罪とされる場合とがある。その運用において両者は、申告された痴漢被
害の内容が、下着を含む衣類の上から触られたものか、下着の中にまで手を入れられたも
のかにより、区別されているようである。なお、露出した陰茎を触らされたという痴漢被
害の申告は、強制わいせつ罪と扱われている。
 刑法は強制わいせつ罪を親告罪としているので、告訴の取下げに向けた弁護活動があり
うるか否かという差異がありうる。しかし、迷惑防止条例違反か強制わいせつ罪かという
区別は、(自称)痴漢被害者による痴漢被害申告の内容の如何による区別でしかない。す
なわち、身に覚えのない痴漢冤罪被害者にとっては、痴漢行為の犯人であるとされるか否
かには無関係であり、より重く罰せられるか否かにのみかかわる区別なのである。
 論述をできるだけ単純化するために、本稿では混雑した通勤電車内での痴漢冤罪事件を
例としよう。混雑した車内で、側や前に立っている女性から突然に、痴漢犯人だと名指し
される。または、下車後にホームを歩いている際に女性から、さっき私に痴漢行為をした
でしょうと詰め寄られる。いずれにせよ、全く身に覚えがない場合には、痴漢行為などし
ていないとその場で弁明するものの、女性は納得しない。そこで、落ち着いて話を聞いて
もらおうと、自ら進んで駅事務室に行くと、痴漢冤罪の坂道を転がり始めることになる。
なお、親切な男性乗客が、自分が痴漢行為を確認したのではなく女性が痴漢犯人と名指し
しているからとの理由で、名指しされている者を痴漢犯人に違いないと考えてしまい、女
性に協力して駅事務室に連行する事案も少なくない。しかし、親切心から出たこのような
判断と行動には、その後の駅事務室での扱いや警察・検察官・裁判所での扱いと同様な誤
りがあり、痴漢冤罪事件の発生に積極的に加担する行為なのである。
 痴漢冤罪事件に巻き込まれることを防ぐ手段を、マスコミなどに尋ねられることが少な
くない。荷物が臀部にあたっていたことを勃起した陰茎を押し付けられていたと申告する
女性すらいる現状では、いわゆる「バンザイ通勤」(1) をすることは望ましいものの、万
全の策ではない。後述のように、女性と共に駅事務室に行くことが「私人による逮捕」と
扱われ、「逮捕されているからには犯人に間違いない」と扱われることが、いわゆるボタ
ンのかけ違いの最初なのであるから、決して駅事務室に行かないことが肝要である。逃走
してしまうのも一つの手であるが、途中で転倒して取り押さえられたりすると、痴漢行為
をしたという嫌疑がかえって深まってしまう。身に覚えがない場合には、女性に身分証明
書を見せた上で名刺を渡し、今は忙しいが逃げも隠れもしないから後日連絡するようにと
述べ、女性の氏名と連絡先も聞き取ってメモするのが良いであろう。これは、身に覚えの
ない事案の場合、令状逮捕に必要な要件までを整ええないであろうと推測されるからであ
る。なお、これにより、いわゆる示談金目当ての(自称)痴漢被害者によるゆすりの被害
からは、ほぼ確実に逃れることができると思われる。

2 安易な初動捜査と事実認定
 被疑者・被告人に痴漢犯罪が成立するには、二つの要件を充たすことが必要不可欠であ
る。第一の要件は、女性が痴漢被害に遭ったことであり、第二の要件は、痴漢犯人が被疑
者・被告人であることである。これらの要件を充たすべきことは、あまりにも当然である
と思われるかも知れない。しかし、これらの要件を必要十分に充たしていないために生じ
ているのが、痴漢冤罪事件なのである。また、第二の要件を充たさないために冤罪・誤判
を生じている点は、他の冤罪・誤判事件と共通である。それ故、これらの要件についての
検討を、先ず行うこととする。
 第一の要件が充たされていないことがあるのが、痴漢冤罪事件の特色である。痴漢被害
を受けたことの証拠は、(自称)痴漢被害者の供述のみでしかないことが多く、痴漢行為
自体の目撃者がいる事案は稀である。その結果、第一の要件については、(自称)痴漢被
害者の供述内容を信用できるか否かの判断が中心とならざるをえず、しかも、男性である
ことが多い弁護人としては、痴漢被害を受けたという供述内容を正面からは争いにくい。
そして、泣き寝入りをせずに勇気を出して声を上げたという理由で、被害を受けたという
痴漢行為の態様についての供述内容は、男性であることが多い警察官・検察官や裁判官に
信用されてしまいやすい。また、男性である警察官・検察官・弁護人・裁判官が痴漢被害
の内容を詳しく尋ねてその真偽を確認しようとすることが、性的犯罪の被害者である痴漢
被害者に対して加える二次被害ないし三次被害であると非難されているために、全く身に
覚えのない事案においても第一の要件の有無自体を必ずしも充分に争いえないことが、痴
漢冤罪被害者を生む大きな落とし穴の一つとなっているのである。
 痴漢行為の態様についての痴漢被害者の供述録取書の内容は、時間的にはより早い時間
帯からに、内容的にはよりエスカレートしたものにと、順次変遷していることが少なくな
い。その理由の一部は、痴漢被害者の供述録取書が、より重い量刑を目指す警察官・検察
官と痴漢被害者との合作であるためであろう。痴漢犯罪を軽微な犯罪と考えているためで
あろうか、警察や検察官は必要十分な捜査を尽くしていないことが多いので、痴漢被害者
の供述録取書の内容が、車内の状況や電車の運行状況と矛盾していることもある。しかし
、被告人・弁護人がこれらの変遷や矛盾を法廷で指摘しても、事実認定者である裁判官に
は電車通勤の経験がないので、受け入れてもらえないことがほとんどである。また、例え
ば回避行動をとっていない不思議さなど、痴漢被害者に対するアンケート調査結果として
既に判明している状況(2) との齟齬を指摘しても、警察・検察官・裁判官は、それを受け
入れようとしないことが多い。
 痴漢行為の態様についての痴漢被害者の供述がわが国の刑事司法過程においてほぼフリ
ーパスであることに悪のりして、告訴を取り下げてもらうなどのための示談金をえようと
する新手の小遣い銭稼ぎを目的とする自称痴漢被害者や、ウザイ男性を陥れてストレスを
発散させようとする自称痴漢被害者が、かなり多数いるようである。そして、挙証責任が
逆転してしまっている刑事司法制度の運用が、故意の虚偽供述を崩しにくくしていること
により、これらの自称痴漢被害者を援助してしまっているのである。
 第二の要件は、被告人と犯人との同一性である。(自称)痴漢被害者による犯人特定は
、車内で側面や背後にいた男性を犯人としており、暗い表情の男性であることを犯人性の
補強としていたりまでもする。(自称)痴漢被害者は、車内で被疑者を痴漢犯人と特定し
てクレームを付け始めることばかりでなく、ターミナル駅など大量下車駅のホームにおい
て初めて、車内で側面や背後にいた男性と同じような服装をした男性でしかない被疑者を
犯人であると特定して、クレームを付け始めていることが少なくない。そして、(自称)
痴漢被害者により痴漢犯人であると名指しされた男性が、全く身に覚えがないなどと弁明
・弁解すべく(自称)痴漢被害者と共に駅事務所に赴くと、期待していた弁明・弁解を一
切聞いてもらえないままに、私人により逮捕された被疑者であるとして、そのまま警察に
引き渡されてしまう。その後の警察での取調べにおいても、被疑者の弁明・弁解を供述録
取書に全く記載してもらえないまま、(自称)痴漢被害者の供述内容通りの自白を迫られ
るだけというのが、わが国の痴漢冤罪事件における刑事司法運用の現状なのである。
 痴漢被害を受けたことに動揺していることの多い本当の痴漢被害者と異なり自称痴漢被
害者は、第一の要件と第二の要件とを予め練った上で、被疑者にクレームを付け始めてい
る。それらは架空の内容であるために、冷静に分析すればいわゆるボロが含まれている。
しかし、予め練られているが故に、捜査の当初から公判に至るまで一貫していて内容の変
動がない。それ故、第一の要件については、前述した状況により、被疑者・被告人がその
ボロを主張し立証しても、捜査機関や裁判所に受け入れてもらえない。また、自称痴漢被
害者と被疑者とのいわゆる水掛け論になりがちな第二の要件については、服装その他に関
する自称痴漢被害者の供述録取書の内容が極めて正確であるために、全く身に覚えがない
し手を掴まれたこともないなど、自称痴漢被害者の供述録取書の内容の虚偽を指摘する被
告人供述や弁護人の立証内容よりも自称痴漢被害者の供述内容の方が、裁判所に信用され
てしまっている。すなわち、第一の要件と第二の要件との事実認定を自称痴漢被害者の供
述録取書や公判廷での供述のみに依存している現状が、架空の犯罪事実に基づく冤罪・誤
判までも生み出してしまっているのである。換言すれば、現在の捜査と裁判の実務を前提
とする限り、自称痴漢被害者に陥れられた被疑者は、予め練られた要件が不十分であった
ために不起訴とされた例外的事案を除いて、否認をしていて反省の色がないとして、前科
・前歴がないにもかかわらず、有罪と認定され懲役の実刑を科されているのである。
 痴漢犯人は、痴漢被害者との間に人を挟むなど、自分が犯人であると特定されにくい方
法で痴漢行為を行うものである(3) 。それ故、車内で側面や背後にいた男性が痴漢犯人で
あると痴漢被害者が思い込むことは、真犯人の思うつぼにはまることである。犯人と被疑
者との同一性を痴漢被害者が誤認しないための確実な方法は、犯行中の手を捕まえたまま
その手の持ち主を確認することである。しかし、残念ながら捕まえた手を引き抜かれてし
まうことが少なくないようであり、その後は、犯行中の手を捕まえなかった場合と同様な
思い込みに基づく行動を、痴漢被害者が車内やホーム上でとることになる。
 痴漢被害者とは異なり警察官や検察官は、痴漢被害者が私人逮捕をした男性が痴漢犯人
ではない可能性について、無知ではないと思われる。それにもかかわらず被疑者を痴漢犯
人と決めつけてしまい、弁明・弁解に耳を貸そうとしない理由は、次のようなものであろ
う。
 たとえ痴漢犯人が被疑者とは別人であったとしても、既に逃走後であり、しかも、何の
手掛かりもないので、その痴漢犯人を検挙できる可能性は皆無である。他方、目の前にい
る被疑者は、何らかの根拠があって痴漢被害者に私人逮捕されているのであるから、被疑
者が痴漢犯人である可能性は高い。痴漢被害者からの事情聴取などにより必要十分な供述
内容を証拠化できれば被疑者を痴漢犯人として有罪とできるのであるから、有罪とできる
痴漢犯人を逃すべきではない。
 そこで、痴漢被害者が、例えば、尻の右側を触っている痴漢犯人の手を捕まえたが引き
抜かれてしまったと述べている場合、左斜め後方に痴漢犯人がいた可能性を否定して背後
にいた被疑者を痴漢犯人とすべく、「引き抜かれた手が尻や背中に擦れる感触はなかった
ですよね」と尋ねたのであろう、そのような供述録取書を検察官が作成していることがあ
る。しかし、慣れた痴漢犯人はそのようなドジは踏まないものである。また、もしも被疑
者が背後から痴漢行為をしたのであれば、触れる角度や引き抜く角度などに、不整合さが
生じてしまう。しかし、たかが痴漢事件でしかないからと警察官・検察官はこのような細
かな点に注意をはらわないし、裁判所もそのような細部を無視してくれる。さらに、「捕
まえたのは警察で述べた『手』ではなく、『手首』だったのでしょう」「引き抜かれる前
にこの袖口が見えましたよね」と尋ねたのであろう、袖の色や服地を被疑者のものと一致
させた痴漢被害者の供述録取書を、検察官が作成していることがある。
 痴漢被害者が被疑者を犯人と特定した理由のこのような変遷について、時間の経過に伴
って詳しく思い出しえたためであるよりも、後からえられた情報により記憶内容が変わっ
てしまったと理解すべきであろう。それにもかかわらず、被疑者・被告人と犯人との同一
性という第二の要件についても、痴漢被害者の供述は直接証拠であるから、その証明力が
大きいと事実認定者が判断すれば、それのみで被告人と犯人との同一性ありと判断して良
いとしているのが刑事裁判の実務である。
 したがって、身に覚えのない被疑者が否認を貫いている事案において、身柄拘束の長期
化等々を匂わせての脅しが功を奏しないときには、警察も検察官も、被疑者を犯人と判断
した内容に工夫を凝らした痴漢被害者の供述録取書を、順次作成しているようである。
 否認を貫いている被疑者の供述録取書について、例えば、ドアに挟まれたコートを引き
抜こうとしていたとか、被害者との間に身体を押し付けて来た不審な乗客がいたとかの弁
明・弁解を一切録取しないという方法により、被疑者と犯人との同一性に疑問の余地がな
いかのごとく見せかけた供述録取書を作成していることがある(4)。しかも、それらに関
連する事実に言及する被害者の供述録取書を、当初は弁護人に開示しないし証拠請求もし
ないで闇に葬り去ろうとすることにより、実体的真実の解明ではなく有罪判決獲得のみを
目指しているのが、わが国の検察官の実務のようである。
 それ故、被疑者取調べの録音・録画が行われていない現状における被疑者弁護活動の要
点の一つは、被疑者と毎日接見してその日の取調べ状況や取調べ内容につき、詳しいメモ
を作成しておくことである。なお、当該メモの内容は、その作成過程などにつき後に弁護
人が証人となることにより、極めて有効な弁護資料となることがある。
 被疑者が犯人であることについて、痴漢被害者の供述録取書の内容を工夫し変遷させる
ことのみによってでは捜査機関にとり得心が行かぬ事案では、客観的証拠の収集をも行っ
ている(5) 。被疑者の手から採取した繊維片と痴漢被害者の下着の繊維片との異同を調べ
た事案は、その典型例の一つである。この事案では、「両者の繊維が類似している」とい
う属託鑑定結果が検察官の手元に届いたのが、本件起訴の前日であった。すなわち、検察
官は、この属託鑑定結果により有罪の確信を抱くことができ、起訴に踏み切ったものと推
測される。
 ところがこの属託鑑定結果について、類似しているとされた繊維片の太さに、実はビー
ル瓶と牛乳瓶との差異と同じ程度の差異のあることが、第一審の公判における証人尋問に
より明らかになった。すると裁判所は、属託鑑定結果を証拠採用しないことにより、被告
人を有罪と認定した。検察官が起訴に踏み切った「客観的証拠」が虚偽であると判明した
のであるから、無罪判決が必至だったはずである。それにもかかわらず第一審裁判所は、
痴漢被害者の供述の信用性が、被告人を有罪と認定するのに必要十分であると判断したの
である。
 直接証拠・間接証拠という区分に従えば、痴漢被害者の供述・目撃者の証言・被告人の
自白は、いずれも直接証拠である。しかも、憲法三八条三項および刑事訴訟法三一九条二
項により補強証拠を要する被告人の自白を除いては、補強法則の要請による自由心証への
制約はない。したがって、痴漢被害者の供述のみで被告人を有罪と認定している第一審裁
判所の扱いは、法律上の明文に反している訳ではない。しかし、刑事訴訟法三一八条が定
める自由心証主義は、国民主権主義の下に定められた原則であるのだから、国民の自由・
生命を危殆におとしめるような、恣意的な心証形成を許すものであってはならない。換言
すれば、直接証拠が事実認定にとり重要であるとしても、自由心証主義は、事実認定に関
するルールに反する恣意的な事実認定までも許すものではないのである。
 痴漢被害者の供述内容通りに犯行を認めなければ身柄拘束をいつまでも続けると警察・
検察官に告げられて、全く身に覚えがないので色々と悩んだ末に、失職を防ぐべく否認か
ら自白に転じている被疑者が少なくない。このような事案は、痴漢被害者の供述内容と一
致する被疑者の自白があるのだからと、痴漢被害者の供述のみの場合よりも簡便に有罪と
認定されている。また、たとえ公判廷で再度否認に転じたとしても、被疑者段階における
自白が重視されて、有罪と認定されている。
 このような扱いの根拠は、直接証拠により直接証拠が補強されているのであるから、第
一の要件・第二の要件共に疑問の余地がないと考えられていることであろう。しかし、痴
漢被害者の供述という供述証拠で補強された被疑者供述という供述証拠(自白調書)のみ
により事実認定を行うのでは、とりわけ第二の要件について、冤罪・誤判を生じる恐れが
大きい。換言すれば、非供述証拠を収集しないか、たとえ収集しても供述証拠と矛盾する
非供述証拠は無視して証拠整理を行い、供述証拠のみで有罪を立証しようとするのでは、
収集されなかったかまたは収集されても隠された証拠に裁判官が接しえないために、事実
認定者である裁判官の判断を誤らせ、誤判を生じさせる恐れが極めて大きいのである。
 痴漢事件における冤罪・誤判は、捜査機関の手抜きと、裁判所による安易な事実認定と
から生じている。被疑者の自白調書という供述録取書を信用して有罪と認定して良いか否
かについて、例えば凶器の投棄場所を捜査機関が知らなかったのに、被疑者が供述した場
所から凶器が発見されたなど、秘密の暴露の有無によるべきだとされている。また、過去
の冤罪事例に照らして、本当に秘密の暴露であったのか否か、すなわち、捜査機関にとり
未知の事実であったのか否かも問題とされている。この点について、事件を報じたTV番
組を録画していたことが秘密の暴露にあたるという草加事件における捜査機関の主張や、
それを容認した下級審裁判所の事実認定などは、事件に関心のある者は誰でも録画は可能
なのであるから、秘密の暴露という、自白の信用性に関するルールないし事実認定のルー
ルについての、捜査機関や裁判所の無知や不勉強を示すものである。

3 犯罪捜査規範と犯罪捜査
 捜査のあり方については、国家公安委員会規則である犯罪捜査規範に規定されており、
この規定に従った捜査を行うのが、捜査機関の義務である。そして、その義務内容につい
て、犯罪捜査規範は次のように述べている。
「捜査を行うにあたつては、証拠によつて事案を明らかにしなければならない。
 捜査を行うにあたつては、先入主にとらわれ、勘による推測のみにたよる等のことなく
、基礎的捜査を徹底し、あらゆる証拠の発見収集に努めると共に、鑑識施設および資料を
充分に活用して、捜査を合理的に進めるようにしなければならない。」(四条)
「捜査を行うにあたつては、すべての情報資料を総合して判断するとともに、広く知識技
能を活用し、かつ、常に組織の力により、捜査を総合的に進めるようにしなければならな
い。」(五条)
「捜査は、いたずらに功をあせることなく、犯罪の規模、方法その他諸般の状況を冷静周
密に判断し、着実に行わなければならない。」(六条)
 犯罪捜査の理念型としては、平野博士による「弾劾的捜査観」と「糺問的捜査観」との
対比(6) が著名である。この理念型は、ドイツ型にアメリカ型を接ぎ木したものである現
行刑事訴訟法を、アメリカ型の部分を強調して示したものであった。そして、この理念型
は、おそらく理念型というものについての誤解から犯罪捜査実務に対して、「弾劾的捜査
観」を採れない以上は「糺問的捜査観」を採るしかないとして、「糺問的捜査観」に基づ
く捜査を遂行させ続ける結果となったのである(7) 。
 そこで、わが国における犯罪捜査の改良・改善に資するべく、被疑者取調べの実務に示
唆を受けて(8) 、国家公安委員会規則である犯罪捜査規範にのっとりつつ考案したのが、
「人をえて証を求める捜査」ないし「人→物型捜査」と、「証をえて人を求める捜査」な
いし「物→人型捜査」という理念型である(9) 。理念型としての「物→人型捜査」は犯罪
捜査規範を遵守する捜査であり、「人→物型捜査」はその逆なのであるから、犯罪捜査規
範を遵守すべき捜査機関としては、「物→人型捜査」を捜査活動の基本とすべきことにな
る。
 「物→人型捜査」においても、被疑者の取調べは必要不可欠である。すなわち、確実な
証拠により被疑者と犯人との同一性が確認されている事案においては、犯人にしか分から
ない犯行の詳細について尋ねるために取調べを行う。また、重要参考人や被疑者ではある
ものの犯人との同一性が確認されていない事案においては、犯人ではないかと疑われてい
る諸理由を示し、弁明・弁解を求めてその裏付けをとるために取調べを行うのである。し
たがって、捜査機関の思い込み通りに自白をさせるべく行う、換言すれば、痴漢被害者の
供述録取書の内容通りに自白をさせるべく行われている、先入主にとらわれた「人→物型
捜査」における被疑者の取調べとは、全く異質である。
 実際の犯罪捜査は、捜査の理念型通りに進行しうるものではなく、捜査方針の見直しが
途中で必要になるなど、むしろ両理念型が混合して進行している。それ故、捜査を指揮す
る主任官は、捜査の現状がいずれの理念型寄りであるかに常に留意し、「人→物型捜査」
寄りである場合には、取調べ過程で現れた被疑者の弁明・弁解を軽視せず、いわゆる白の
捜査を徹底させるのでないと、冤罪事件を生み出してしまうことになるのである。
 痴漢事件の捜査の場合、着実な捜査活動を積み重ねるまでもなく、私人逮捕された被疑
者が既に確保されている。しかし、捜査の開始当初は、第一の要件である痴漢被害の有無
とその内容、第二の要件である犯人と被疑者の同一性ともに、(自称)痴漢被害者の主張
のみしかその根拠がない。それにもかかわらず、(自称)痴漢被害者の主張通りの犯行内
容の自白を被疑者に迫るのみで、ズボンの前立がチャック式でなくボタン式なのでそのよ
うな犯行は不可能などの被疑者の弁明・弁解に耳を傾けず、そのような弁明・弁解を録取
すらしない捜査は、犯罪捜査規範が禁じている先入主にとらわれてしまっている、 「人
→物型捜査」の典型例の一つなのである。
 犯罪捜査規範に準拠した痴漢否認事件の捜査のあり方を、考察しておこう。被疑者の身
柄は既に確保されているのだから、(自称)痴漢被害者の供述内容にじっくりと耳を傾け
て、その内容をできるだけ正確に供述録取書として記録すべきである。事情聴取状況の全
てを録音・録画すべきであることは、被疑者の取調べについてばかりでなく、(自称)痴
漢被害者からの事情聴取についてもあてはまる。何故なら、捜査機関が(自称)痴漢被害
者に働きかけて、第一の要件および第二の要件を十分に充たす内容に供述を変更させて、
(自称)痴漢被害者の供述録取書を作成したのであろうと推測される事案が少なくないの
が痴漢冤罪事件であるから、痛くもない腹を後に探られるよりは、身の潔白を証明できる
手だてを捜査機関が予め採るべきであろう。
 (自称)痴漢被害者の供述内容には、第一の要件と第二の要件とが必然的に混ざり合っ
ている。また、被疑者が犯人であると強調しようとするために、第一の要件にあたる供述
内容までが誇張されることもありうる。それ故、捜査機関としては、可能な限り二つの要
件を分離しつつ、第一の要件についてから(自称)痴漢被害者の供述内容を尋ねて、詳細
に記録すべきこととなる。
 (自称)痴漢被害者の供述する痴漢被害とその内容が真実か否か。狂言強盗や狂言誘拐
を見抜く捜査力を有するわが国の警察は、他の刑事事件と同様に先ずこれを捜査し確認し
なければならない。この点の確認に手抜きをして、(自称)痴漢被害者が供述しているこ
とのみを根拠に痴漢被害とその内容を真実と扱ってしまうのでは警察は、痴漢冤罪を生み
出して無実の被疑者に刑務所での受刑を強いると共に、(自称)痴漢被害者による経済的
利益の獲得やストレス解消に協力してしまうこととなる。まして、重大な痴漢被害を受け
たという供述内容へと、(自称)痴漢被害者を誘導してならないことは当然であろう。
 第一の要件に関わる証拠のうち主要なものは、(自称)痴漢被害者の供述である。そし
て、この点については、他の証拠との関わりで、(自称)痴漢被害者の供述するような痴
漢被害があったか否かなど、供述内容の真偽を確認することが可能である。例えば、いわ
ゆる迷惑防止条例違反の事案の場合に捜査機関は、勃起した陰茎を臀部に押し付けられて
いたと述べる(自称)痴漢被害者について、臀部の感覚の鈍さや衣服を通じた体温の伝わ
り方の遅さなどに照らして、荷物などが臀部に当たっていたことを誤解したのではないか
と判断すべきである。隣の座席の男性が身体を押し付けてきたと述べる(自称)痴漢被害
者について、居眠りをしていたのであれば故意はなく、いわゆる迷惑防止条例違反の犯罪
は不成立と判断すべきである。その他の痴漢被害についても、車内の混雑度や途中停車駅
などに照らして当然にとりえた回避行動を(自称)痴漢被害者がとっていない場合には、
痴漢被害自体がなかったのではないかと推測すべきであろう。
 (自称)痴漢被害者の供述内容が強制わいせつ罪である事案について捜査機関は、第一
の要件は当然に充たされていると考えがちである。しかし、回避行動を(自称)痴漢被害
者がとっていない場合や、述べられた痴漢被害の内容があまりにも異常である場合などに
は、いわゆる迷惑防止条例違反の場合と同様に、痴漢被害自体がなかったのではないかと
推測すべきであろう。
 要するに、第一の要件については、(自称)痴漢被害者の事情聴取をして供述録取書を
作成した後に、痴漢被害そのものがなかったかも知れないという仮説が否定されるかどう
かの捜査を、慎重に行わなければならないのである。当該電車が時刻表通りに運行してい
たか否かとか、当該車両の混雑度とかを鉄道会社に尋ねて、電話聴き取り書きを作成した
り報告書を求めたりすることは、犯罪捜査の基礎中の基礎であって、ここで述べている必
要な捜査ではない。そして、最低限でも、現場検証と犯行の再現をした上で、検証調書を
作成することが必要である(10)。その際には、同型車両ではなく同一車両を用いることが
必要不可欠である。何故なら、同型車両であっても車内装備は異なっており、その異なる
部分が、第二の要件についてはもちろん、第一の要件にも関わってくるからである。この
意味で、同型車両を用いたにすぎない現場検証は、必要な捜査の手抜きであり、実質的に
は現場検証ではない。
 第二の要件について、(自称)痴漢被害者が被疑者を犯人と特定した根拠を尋ね、その
供述内容を正確にそのまま録取すべきである。そして、その供述内容のままでは根拠が薄
弱であると捜査機関が考えた場合に、根拠を補充すべく(自称)痴漢被害者を誘導し、被
疑者の着衣を見せてから、犯人の手を掴んだ際に見た袖口の色や材質から被疑者が犯人に
間違いないという内容の供述録取書を作成しているなどの現状は、「人→物型捜査」が行
われていることの典型例の一つである。
 第一の要件が充たされていて、かつ、第二の要件も充たされている事案であるにもかか
わらず、被疑者が否認を続けているという事案は考え難い。何故なら、逆説的ではあるも
のの、(自称)痴漢被害者に私人逮捕されている以上、有罪とされ実刑を科されることを
避けるために、真犯人であれば否認を続けないであろうからである。換言すれば、身に覚
えがない痴漢の嫌疑を突然にかけられた前科・前歴のない被疑者であるからこそ、そのよ
うな計算ができずに否認をしているのである。
 否認を続ければ身柄拘束を続けるという脅しは、前科・前歴のない被疑者に対して、極
めて有効である。すなわち、失職を避けるために自白に転じて、起訴前勾留のみにとどめ
てもらっての起訴猶予・略式起訴とか、在宅起訴での執行猶予付き判決などをえようとす
ることが、いわゆる大人の知恵なのであろう。それ故、身に覚えがなくともこのような対
応をしている被疑者が、かなり多くいるようである。しかし、潜在化しているもののこれ
らが冤罪・誤判事件であること、および、被疑者とその身近な人々に対して、わが国の刑
事司法制度とその運用への不信感を植え付けていることは間違いない。
 第二の要件について、犯罪捜査規範にしたがえば、被疑者の弁明・弁解を尋ねて、その
供述内容をそのまま録取することが必要である。被疑者がホームに降りて歩いている際に
初めて(自称)痴漢被害者に声を掛けられた事案では、車内においては(自称)痴漢被害
者を全く意識しておらず、両者の位置関係等を記憶していないことが多い。しかし、被疑
者自身が車内でどのような位置におりどのような姿勢でいたかなどは、思い出しうるであ
ろう。可能な限りその裏付けをとることは必要であるものの、両者の位置関係や姿勢から
(自称)痴漢被害者に対する痴漢行為が不可能であれば、(自称)痴漢被害者が被疑者を
犯人と誤認して私人逮捕した事案にすぎないから、直ちに被疑者を釈放すると共に、被疑
者補償規程に基づく補償をすべきである。
 被疑者が車内で(自称)痴漢被害者から犯人と名指しされたなど、(自称)痴漢被害者
に対する痴漢行為が不可能ではない位置関係にあった場合であっても、満員電車の中なの
であるから、痴漢行為が可能な位置にいる者が、被疑者の他にも多数存在する。痴漢行為
中の手を掴んだままその手の主を確認したところ被疑者であり、手を掴まれて顔を確認さ
れたことを被疑者も自認している事案であれば、捜査段階をも含めてそもそも否認事件に
はなりえず、被疑者と犯人との同一性に疑問はないと扱ってよいであろう。しかし、被疑
者と犯人との同一性が問題である事案においては、痴漢行為を実行可能な位置にいた乗客
のそれぞれについて痴漢行為の可能性を否定しえて初めて、捜査機関は犯人は被疑者であ
ると特定すべきである。何故なら、痴漢の犯人は、自分が犯人であると特定されにくい方
法で、痴漢行為を行うものだからである(11)。

4 痴漢冤罪事件を減少させるために
 理念型である「物→人型捜査」は、身に覚えがないという被疑者の言い分を、そのまま
受け入れるべきことを意味しない。被疑者の言い分を現状のように無視するのではなく、
せめて痴漢被害者の供述と対等に扱い、客観的事実により裏付けうるか否かを確認すべき
であると、私は述べているにすぎない。痴漢被害者の供述と被疑者の言い分とのいずれを
採用すべきかの対比は、その後に行われるべきである。
 痴漢被害者の供述を信用する理由として裁判所は、1)具体的、2)詳細、3)自然、4)合理
的であるとしている。さらに、「供述が迫力に富んでいる」「迫真性がある」「反対尋問
に耐え」などの5)主観的感想を加え、しかも、「注意深く観察していたのだから被告人を
犯人と間違えるはずはない」「見ず知らずの被告人を犯人に陥れるために嘘をつくはずは
ない」という6)主観的確信を加えている(12)。これは、裁判所が事実認定に際して、(自
称)痴漢被害者の供述内容が客観的証拠により明らかな事実と矛盾していても無視すると
宣言していることであり、「人→物型捜査」を裁判所が捜査機関に推奨してしまっている
ことでもある。しかし、犯罪捜査規範の遵守が犯罪捜査の基本であることを、裁判所も忘
れてはならないのである(13)。
 自白の信用性の判断方法について、「直観的主観的手法」と「分析的客観的手法」とが
あり、後者がわが国の判例であるという指摘がある(14)。事実認定のルールに関するこの
ような「常識」を備えるべく裁判官は、国民の税金により高給で雇われていることを自覚
し、自己研鑽に励んで欲しい。その一環として、証拠の証明力は非供述証拠の方が供述証
拠よりも高いこと程度は、せめて理解していて欲しい。検察官が主張すらしていない体勢
をとれば犯行は不可能ではなかったとして有罪認定をする裁判官までいる現状は、早急に
改善されなければならない。もしも裁判所に自浄能力が残っているならば、純粋型である痴
漢冤罪事件ばかりでなく一般の冤罪・誤判事件も、減少することであろう。

(1) 池上正樹『痴漢「冤罪裁判」ー男にバンザイ通勤させる気か!』(二〇〇〇年)小学
館文庫参照。
(2) 例えば、小口千恵子・浜田薫「痴漢被害体験者アンケートが語る冤罪の構造」季刊刑
事弁護三一号八五頁、小口千恵子・鳥海準「弁護人は痴漢裁判の実際とどう戦うか」自由
と正義二〇〇二年一二月号五〇頁参照。
(3) 山本さむ『痴漢の百科』(一九九八年)株式会社データハウス参照。
(4) それ故に、被疑者の取調べ過程の全てを録音・録画させるのでないと、冤罪被害の発
生を防ぎえないのが、わが国における被疑者取調べの実情である。
(5) 客観的証拠の収集は当然に行っているとの、捜査機関からの反論が予測される。しか
し、車両番号を特定しないままの現場検証とか、立会人とその指示説明のない再現実験と
か、客観的証拠ではない証拠を客観的証拠であるかのごとくに扱っている事案が少なくな
いので、あえてこのような表現を用いることとする。
(6) 平野龍一著『刑事訴訟法』(一九五八年)有斐閣八三〜八六頁参照。
(7) 警察庁刑事局編『捜査実務ハンドブック(2) 』(加除式一九九五年現在)第一法規
一五〇一〜一五六〇頁参照。
(8) 田宮裕編著『刑事訴訟法I』(一九七五年)有斐閣三〇五〜三一四頁、親崎定雄執筆
「取調べの実際とその問題点」参照。
(9) その内容の簡便な要約は、荒木伸怡著『刑事訴訟法読本ー冤罪・誤判の防止のために
』(一九九六年)弘文堂二七〜三一頁を参照されたい。
(10)一審・二審とも有罪とされ上告を棄却されたいわゆる上大岡衝突転倒事件は、路上で起きたと
される痴漢事件であるものの、かなり特殊である現場の道路状況を示す正確な図面すら作
成されておらず、法廷に顕出していない。捜査機関の手抜きと、それを容認する裁判所の
審理が、冤罪・誤判を生み出している典型例の一つである。
(11)前出・注(3) 参照。
(12)秋山賢三・佐藤善博「痴漢裁判における『冤罪の構図』」自由と正義二〇〇二年一二
月号四〇頁参照。
(13)荒木伸怡「痴漢冤罪防止と捜査上の諸問題」捜査研究六一九号五四頁参照。
(14)守屋克彦「草加事件の事実認定についてー裁判所による手法の異なり」法学セミナー
五四七号四二頁参照。
STOP!痴漢えん罪!

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