痴漢冤罪防止と捜査上の諸問題

捜査研究 619号(2003年4月)pp.54-59

痴漢冤罪防止と捜査上の諸問題
            立教大学教授 荒木伸怡(あらきのぶよし)
1.はじめに
 2001年12月に「全国痴漢冤罪弁護団」が結成され、2002年7月には「痴漢え
ん罪被害者ネットワーク」が結成された。同ネットワークが同年11月26日に東
京の千代田公会堂で開いた集会には 500名以上の市民が参加し、痴漢冤罪問題
への市民の関心は高い。これは、男性であれば誰でもが、痴漢冤罪被害者にな
りうるからであろう。
 混んだ通勤電車に乗っていればもちろん、空いた電車に乗っていても、痴漢
冤罪被害者になりうる。路上で痴漢冤罪被害者にされた者もいるし、バイクを
使っていたからと痴漢冤罪被害者にされた者までいる。先日の電車内で私の脇
に立っていた、飲んで帰宅途中らしいサラリーマン4人組が、2002年12月5日
に逆転無罪となった西武新宿線事件をめぐって、痴漢冤罪に巻き込まれないた
めの防衛方法を、その内容はやや稚拙すぎるものの、ずっと話題にしていた。
このような体験が日常的にありうる程に、痴漢冤罪について、市民の関心はと
ても高いのである。
 痴漢をされたと自称する女性により私人逮捕され、身に覚えがないと否認を
続けると、長期間勾留される上に実刑判決まで受けることが少なくない男性だ
けが、痴漢冤罪被害者なのではない。長期間の勾留を理由に退職を迫る会社が
少なくないのであるから、逮捕・勾留により路頭に迷うばかりでなく家庭崩壊
に至ることもある妻子も、痴漢冤罪の被害者である。私は、フェミニズムにも
セクハラ防止にも、決して反対ではない。しかし、たとえこれらの立場に立つ
としても、痴漢冤罪事件は女性が女性を苦しめている事件でもあるのだから、
痴漢被害を訴える女性の側にのみ立って、痴漢冤罪被害を受ける側の女性を切
り捨てている刑事司法過程の現状は、いただけない。刑事司法過程を担ってい
る警察・検察官・裁判官はそれぞれの職務を、この点について中立公正な立場
から遂行すべきであると、私は考えている。

2.痴漢事件捜査は特殊なのか?
 日本の警察は優秀であり、例えば狂言強盗や狂言誘拐の事案において、それ
が狂言であることを見抜く捜査力を有している。すなわち、被害者の主張や言
い分を最初から全面的に信頼してそれらに依存してしまうのではなく、独自に
捜査を行い、その裏付けをきちんととったり、矛盾点を更に詳しく尋ねたりし
ているので、犯罪被害自体が存在しない狂言事件のほとんどは、捜査段階で見
破られているのである。
 捜査線上に浮かんだ重要参考人を被疑者と断定し、更に逮捕状を請求してそ
れを執行する過程について、日本の警察は極めて慎重であり、その前提として
被疑者と犯人との同一性についてかなり確実な裏付け証拠を求めている。令状
審査のない現行犯逮捕の事案は、警察官が犯行を現認しての逮捕など、犯人に
とり言い逃れの不可能な確実な証拠に基づいて行われることがほとんどであろ
う。とりわけ、準現行犯逮捕の事案や私人により逮捕された被疑者の引き渡し
を受ける事案においては、逮捕者と犯人との同一性について不安が残るため、
この点について確実な証拠を求めていることが多いと思われる。それにもかか
わらず、現実の司法過程においては、死刑再審四事件をはじめ数々の冤罪・誤
判を生じてしまっているし、冤罪・誤判であると争われている事件も少なくな
いのである。
 さて、本稿に課された課題は、痴漢事件においてここ数年冤罪と「推定され
る事案がしばしば見られるようなってきて」いるので、捜査上・手続法上の問
題を論じて欲しいというものである。ところが、私の見るところでは、痴漢冤
罪事件は決して特殊な冤罪事件ではなく、供述録取書を事実認定の中心に据え
てしまっている現在の刑事司法過程から必然的に生まれている、むしろ象徴的
な冤罪事件である。すなわち、国家公安委員会規則である犯罪捜査規範が示し
ている基本に忠実な犯罪捜査を捜査機関が行い、客観的証拠よりも供述録取書
の内容を重視した事実認定を行うことを裁判所がやめさえすれば、痴漢冤罪事
件を含めて、冤罪・誤判の発生数は大幅に減少すると予測されるのである。換
言すれば、犯罪捜査規範を遵守しない捜査を行っており、しかも、重大な犯罪
ではないし裁判所も有罪と認定してくれるからと、捜査機関が安易な手抜き捜
査を行っているために大量に生じているのが、市民生活の安全を脅かしている
痴漢冤罪事件なのである。以下に、順次説明を加えることとする。

3.物→人型捜査と人→物型捜査
 捜査のあり方について平野龍一博士は、糺問的捜査観と弾劾的捜査観とを対
比して提示し、弾劾的捜査観を採るべき旨を主張した。これらは理念型である
から、いずれの理念型によるかにより、個々の規定の解釈や運用に大きな差異
を生じることになる (1)。平野博士の意図は、職権主義から当事者主義に移行
した現行刑事訴訟法の下における捜査のあり方を示して、その方向へ徐々に変
革させることにあったと思われる。しかし、理念型というものについての理解
不足と捜査実務上の必要性からか、平野博士の意図とは逆に、「弾劾的捜査観
を採れない以上は、糺問的捜査観を採るのだ」という方向へ、捜査実務をかえ
って追いやってしまったように見える (2)。そこで、捜査実務からも受容され
やすく、冤罪・誤判の発生も防止できるような理念型をと考えて私が提唱して
きているのが、「証拠を得て人を求める捜査」ないし「物→人型捜査」と、「
人を得て証拠を求める捜査」ないし「人→物型捜査」とを対比させるという理
念型である。
 理念型としての「物→人型捜査」は、以下のように遂行される。犯罪被害が
通報されると、現場において犯人特定の手掛かりとなりそうな証拠を徹底的に
求め、聞き込み、捜査会議などを繰り返して、さまざまな可能性を一つずつ消
し去り、収集した諸証拠から嫌疑が極めて濃厚な者のみを残す。すでに犯人が
特定されている場合には、犯行の細部などについて尋ねてみるために、犯人を
特定しきれていない場合には、自分が犯人であるか否かについて最良の知識を
有する本人に尋ねてみるために、取調べを行う。
 理念型としての「人→物型捜査」は、以下のように遂行される。犯罪被害が
通報されると、かねて用意しておいた前科者リスト・素行不良者リストなどを
利用したり、過去の経験や勘に基づいて犯人の目星をつけ、ささいな別件によ
り身柄を拘束して取調べを行う。さまざまな落としのテクニック等を活用して
自白を得られた場合には、自白の裏付けをとり、誤りがなければ、その者が犯
人であることになる。「人→物型捜査」の重点は自白追及過程にあり、効率良
く取調べを進めるために、身柄は警察の留置場に置かなければならない。
 「人→物型捜査」のメリットは、足でかせぐ地道な捜査に費やす多大な労力
を節約できることである。デメリットは、取調べの対象とされることによる被
疑者等の負担を増大させること、取調べが強制にわたる恐れが大きいこと、得
られた自白に信頼して真犯人が別にいる可能性についての検討がおろそかにな
りがちであること、その結果、冤罪事件を産む恐れが大きいことなどである。
「物→人型捜査」の取調べにおいては、すでに収集した証拠に対する被疑者の
弁明・弁解に対し耳を傾けることが中心となるから、「人→物型捜査」とメリ
ット・デメリットが逆転する。
 犯罪捜査規範4条(合理捜査)は、「捜査を行うに当つては、証拠によつて
事案を明らかにしなければならない。捜査を行うに当つては、先入主にとらわ
れ、勘による推測のみにたよる等のことなく、基礎的捜査を徹底し、あらゆる
証拠の発見収集に努めるとともに、鑑識施設および資料を充分に活用して、捜
査を合理的に進めるようにしなければならない」と規定している。同じく5条
(総合捜査)は、「捜査を行うに当つては、すべての情報資料を総合して判断
するとともに、広く知識技能を活用し、かつ、常に組織の力により、捜査を総
合的に進めるようにしなければならない」と規定している。また、6条(着実
な捜査)は、「捜査はいたずらに功をあせることなく、犯罪の規模、方法その
他諸般の状況を冷静周密に判断し、着実に行わなければならない」と規定して
いる。したがって、これらの規定内容から犯罪捜査規範が、理念型としては「
人→物型捜査」ではなく「物→人型捜査」により捜査を遂行すべきであると、
規定していることは明白である。
 しかし、「物→人型捜査」と「人→物型捜査」とは理念型にすぎず、実際の
捜査過程は両者の混合形態とならざるをえないしなっているのであって、当該
事件の捜査過程の現状ないし全体が、いずれかの理念型寄りであるにすぎない
。それ故、捜査運営にあたる捜査幹部にとり、当該事件の捜査過程の現状ない
し全体がいずれの理念型寄りであるかを常時確認していることが、冤罪・誤判
事件を多発させない捜査指揮のために必要不可欠である。すなわち、指揮して
いる捜査が「人→物型捜査」寄りであれば、被疑者の反論を単なる弁解にすぎ
ないと軽視せず、たとえ自白を得られても安心せず、いずれについても裏付け
捜査を着実に行わせることが、冤罪・誤判を生じないために必要不可欠である
。また、「物→人型捜査」であっても、真犯人が別にいる可能性に通じかねな
い捜査上の疑問点を充分解明し得てはじめてその点の捜査を打ち切ること、お
よび、一見もっともな弁明・弁解であっても、着実な裏付け捜査によってその
真実性を確認させることが、真犯人を逃さないために必要なのである (3)。
 例えば殺人事件と比較すれば、痴漢事件は重大事件ではない。しかし、生じ
た結果が重大か否かとその捜査が容易か否かとは無関係であり、比較的軽微な
犯罪であるからと安易な手抜き捜査を行うと、冤罪・誤判を生じる恐れが大き
いのである。もちろん、痴漢事件で冤罪を生じても、死刑を科されることはな
い。だが、身柄拘束期間の長期化や懲役刑の執行などによる失職や家庭崩壊を
生じることは少なくないのであるから、犯罪捜査規範を遵守した捜査を行うべ
き重い責任が捜査機関にあることは、重大事件と変わりないのである。なお、
検察官による捜査はいわゆる上塗り捜査でしかなく、警察による捜査結果に依
存している事案が多いこと、および、大部分の事案において、裁判官による事
実認定が検察官による主張・立証に依存していることは、本誌の読者にとり自
明であろう。

4.痴漢事件捜査の特色は何か?
 捜査機関の前に現れる痴漢事件のほとんどは、(自称)被害者がその男性を
駅事務室などに同行して痴漢犯人だと告げたことが、私人による現行犯逮捕と
扱われている事案である。それ故、犯人は既に(自称)被害者により特定され
ていることが、痴漢冤罪事件を生む第一の落とし穴なのであろう。すなわち、
まず被害内容について、(自称)被害者から事情聴取をして供述録取書を作成
すると共に、参考人や重要参考人としてではなく被疑者として、自白を迫る取
調べを最初から行ってしまっていることが問題なのである。
 この時点では、痴漢被害の有無とその内容について、その裏付けは(自称)
被害者の申告しかない。それ故、警察・検察官・裁判所による、被疑者の長期
身柄拘束と安易な事実認定に付け入った女性からの、示談金ねらいの被害申告
までが存在すると言われている現状に照らして、(自称)被害者の申告のみに
よりその申告通りの痴漢被害があったと捜査機関が考えてしまうのでは、冤罪
を生み出すおそれが大きい。
 また、実際に痴漢被害があったとしても、その犯人と被疑者との同一性につ
いての被害者の供述内容は、電車の中で周囲に立っていた人、表情や雰囲気が
暗くて痴漢をしそうな人などというものでしかないことが少なくない。しかも
、せめて車内でその身柄を確保したのではなく、下車してホームを歩いている
男性に声をかけて、身の潔白を晴らそうとするその男性と共に、駅事務所に同
行したにすぎない事案が少なくない。
 もしも冷静な判断力を捜査機関が備えているならば、このような事案をも私
人による現行犯逮捕と扱うには、犯人とその男性との同一性について、被害者
がその男性を犯人と考えているというにすぎず、確実な裏付けが何もないこと
が自明であろう。また、この時点では、痴漢被害についても裏付けはないので
あり、一般の犯罪捜査と同様に、犯罪捜査規範を遵守した捜査をここからスタ
ートすべき時点にすぎないのである。なお、痴漢の常習者は、犯行が発覚しな
いようにさまざまな工夫をこらしているそうであるから、簡単に被疑者とされ
て逮捕されることはないであろう。
 取調べに際して最初から被疑者が容疑を自認している場合には、被疑者に確
認しつつ、被害者の供述録取書に沿った内容の供述録取書を作成していると思
われる。その後は、列車番号や車両の特定などを行い、警察における捜査とし
ては一件落着となる。送検後に検察官が行うのは、刑事訴訟法 321条1項2号
などを視野に入れて供述変更に備えた、いわゆる「上塗り捜査」にすぎないで
あろう。
 最初から被疑者が自認して自白している事案では、痴漢事件の身代り犯人は
考えにくいことから、正に人→物型であるこのような捜査過程によっても、犯
人と被疑者との同一性は一応確認されたと考えられて、現在はそれで済まされ
ているのであろう。しかし、近い将来にはより確実な証拠が求められるように
なると推測されるので、被疑者の手から採取した繊維が被害者の下着の繊維と
一致した、同じく採取した体液が被害者の体液と一致した等々確実な証拠を収
集しておくなど、犯人と被疑者の同一性について、物→人型捜査で必要とされ
るような、念には念を入れた捜査を行っておくことが望ましい。
 犯行内容の詳細の正確性については、被害者がそのように主張した内容の供
述録取書があり、被疑者がそれを認めた内容の供述録取書があるということで
しかない。それ故、厳密には犯行内容の細部に疑問を容れる余地が残る。しか
も、そのような細部の事実認定には情況証拠を決め手にできないことが多い。
それ故、いわゆる精密司法と呼ばれる事実認定方式の課題は、詳しい内容の供
述録取書の作成であり、かつ、被疑者と被害者の供述内容が一致した供述録取
書を、如何に作成するかでしかない。しかし、それにより事実認定内容が、詳
しくはなりうるものの、正確になりうるものではないのである。
 犯行内容および被疑者と犯人との同一性について争いのない事案を簡易迅速
に処理してしまえることは、多忙な警察にとり望ましいであろう。また、この
ような事件であれば、罰金刑であれば略式手続で済ませることも可能だし、公
判請求をしても法廷での争いがなく、もしも初犯であれば執行猶予付き判決と
なるであろう。それ故、いわゆる訴訟経済などに寄与するが故に、自白事件に
対して裁判所が軽い刑罰しか科していない現状は、それなりに有意義であると
思われる。
 しかし、自白事件の中には、失職等を恐れて、身柄拘束期間の長期化と自由
刑の実刑判決を避けるための自白事件も、多数含まれている。それ故、被告人
が自白に転じたことのみから、痴漢被害の有無、および、被告人と犯人との同
一性について、確実な証拠のない事案をも裁判所が有罪と認定してしまうこと
により、表立たない痴漢冤罪が多数生み出されているのである (4)。

5.痴漢被害の有無、および、被疑者と犯人の同一性
 痴漢冤罪事件が発生するのは主として、身に覚えがないと被疑者が主張して
いる事案の扱いにおいてである。痴漢被害の有無および被疑者と犯人との同一
性について、捜査機関は、(自称)被害者の供述内容が正しいと当初から思い
込んでしまい、被疑者の弁明・弁解に耳を傾けず、その裏付けを取ろうとしな
い。しかも、否認を続けている被疑者に対して、(自称)被害者の供述内容通
りに認めれば身柄を解放すると告げつつ、強引に自白を迫っているのが、痴漢
冤罪事件の捜査の現状である。せめて否認事件については、物→人型捜査が本
来の捜査方法であることを念頭に置いた、犯罪捜査規範にのっとった合理捜査
・総合捜査・着実な捜査を行うべきであろう。
 犯罪捜査規範が捜査機関に命じている物→人型捜査を行う際には、痴漢被害
の有無と被疑者と犯人との同一性とが別個に証明されるべき事項であることが
、当然の前提である。ところが、多くの裁判所による事実認定の現状は、被害
者供述の信用性について、a)具体的、b)詳細、c)自然、d)合理的であるから信
用できるとし、更に、e)迫真性があり、反対尋問に耐えたなどもその根拠に加
えている (5)。そして、「真面目な女性が見ず知らずの男性を犯人であると虚
偽申告をする筈がないので、(自称)被害者が指摘している通りに、犯人は被
告人である」と、痴漢被害の有無と被疑者と犯人との同一性とを混同してしま
っている。このような混同を生じる背後には、供述証拠の証拠評価について裁
判所の多くが、誤判を生じやすい「直観的主観的手法」を未だに採っており、
誤判を防止すべく客観的証拠を重視して供述証拠の内容を吟味する「分析的客
観的手法」を、未だに採っていない現状がある (6)。
 しかし、裁判所のこのような現状に依存して、被疑者が否認を貫いている事
案においても、(自称)被害者の供述録取書を作成するだけで捜査を済ませて
しまうのでは、市民生活の安全を守るべき警察が、市民生活の安全を脅かすこ
ととなってしまう。それ故、裁判所の現状に依存することなく合理捜査を行う
ことが、捜査機関の責務なのである。
 痴漢事件の証拠は、(自称)被害者の供述と被疑者の供述しかなく、裁判所
における事実認定はいずれを信用するかでしかないと言われることがある。手
抜き捜査が行われた事案についてはその通りであろう。しかし、車内の混雑度
や途中停車駅における車内の人の流れの確認、(自称)被害者と被疑者の身体
計測、ホーム騒音の測定、被疑者の手指からの付着繊維や体液の採取と分析等
々は、極めて容易に行いうる捜査活動であるから、市民生活の安全を警察が守
ろうとしているのであれば、これらすら行わない手抜き捜査で済ませることは
許されない。そして、いずれの供述が信用出来るかを、これらの捜査によりえ
られた客観的証拠に照らして判断するのが、犯罪捜査規範が命じている合理捜
査なのである。
 検察官が有罪立証のために、痴漢被害の時間を前へ長びかせ、その時点から
(自称)被害者が被疑者を犯人であると認識していたという供述録取書を作成
しており、裁判所がその通りに事実認定している事案が少なくない。しかし、
痴漢被害者へのアンケート調査結果から明らかな通り、本当に長時間の痴漢被
害があったのだとすれば、回避行動をとり得た被害者が回避行動をとらなかっ
たはずはない (7)。したがって、着実な捜査を警察が行っていれば、途中停車
駅における乗降状況や車内状況に反する内容の被害者の検察官面前調書が作成
され、その内容通りに事実認定がなされることを、防げたであろう。この意味
で、警察による捜査の手抜きについて、検察官や裁判所がそれをカバーしてく
れて有罪をえられたことに安堵するのではなく、それにより痴漢冤罪を生み出
している責任をこそ、警察は自覚すべきであろう。
 合理捜査・着実な捜査を行うべく、痴漢事件についても警察が努力していな
い事案ばかりではない。例えば、枕木方向のつり革につかまっていたとの被疑
者の弁解に対して、枕木方向のつり革の有無を鉄道会社に尋ねてみることは、
着実な捜査の一環として是認できる。しかし、車両毎に異なる項目について、
同形式の車両一般について尋ねて回答をえても無意味だったのである。実況見
分と称しつつ、被疑者と背丈の異なる警察官を代理として実験をしても、そこ
から判明した結果は無意味だったのである。繊維の同一性を属託鑑定する能力
を有しない者に依頼して提出された、繊維が類似しているという鑑定結果は無
意味であったのである。なお、ここに無意味であったと記しているのは、正確
な事実認定にとり無意味であったという意味であり、法律家でしかない検察官
や裁判官がそのように作成された証拠に騙されるか否かは別問題である。すな
わち、警察が合理捜査・着実な捜査をきちんと行わないで済ませていることが
、裁判官による事実認定というヴェールを被った上で、痴漢冤罪事件を生み、
市民生活の安全を脅かしているのである。

6.おわりに
 警察の活動は、捜査活動をも含め、検察官や裁判官とは異なり、市民生活と
密着しているところにその特徴の一つがある。すなわち、警察は市民社会のニ
ーズを敏感に捉え対応していくことが必要であると、私は考えている。前科前
歴のない市民の生活を突然に根底から破壊する痴漢冤罪を生み出している現在
の捜査活動について、私が本稿で述べているのは、国家公安委員会規則である
犯罪捜査規範をせめて遵守して欲しいということだけである (8)。わが国の治
安は警察力のみでは維持しえず、市民の協力が必要不可欠である。それにもか
かわらず、市民を敵に回すこと、または、市民の中に非協力者を増やすことと
なる痴漢冤罪を発生させ続けることは、決して警察の利益とはならないであろ
う。

 (1)平野龍一『刑事訴訟法』有斐閣(1958年)参照。
 (2)例えば、警察庁刑事局編『捜査実務ハンドブック(2)』第一法規(加除式)
1501〜1560頁参照。
 (3)捜査の理念型、および、科学的捜査と合理的捜査について、荒木伸怡『刑
事訴訟法読本ー冤罪・誤判の防止のために』弘文堂(1996年)27〜41頁参照。
 (4)痴漢冤罪被害者ネットワークには、連日多数の相談が寄せられている。し
かし、無罪判決をえるに至る労力・費用等々に照らして、その大部分はこのよ
うに決着しているようである。
 (5)秋山賢三・佐藤善博「痴漢裁判における『冤罪の構図』」自由と正義2002
年12月号40頁、42頁参照。なお、同誌には、小口千恵子・鳥海準「弁護人は痴
漢裁判の実際とどう戦うか」50頁、および、荒木伸怡「痴漢裁判と犯人識別供
述の信用性」58頁も掲載されているので、同時に参照されたい。
 (6)これらの手法の詳細につき、守屋克彦「草加事件の事実認定についてー裁
判所による手法の異なり」法学セミナー2000年7月号42頁以下参照。なお、事
実認定の本来のあり方については、司法研修所編『犯人識別供述の信用性』法
曹会(1999年)など参照。
 (7)小口千恵子・浜田薫「痴漢被害体験者アンケートが語る冤罪の構造」季刊
刑事弁護31号85頁参照。
 (8)犯罪捜査規範を遵守しさえすれば、石原悟・松井清隆『酩酊冤罪 裁かれ
るべきは誰か』現代人文社(2003年)が描く窃盗冤罪事件の発生も、当然に防げ
たであろう。
STOP!痴漢えん罪!

戻る