痴漢裁判と犯人識別供述の信用性



痴漢裁判と犯人識別供述の信用性 
                             立教大学教授 荒木伸怡
一 はじめに
 「痴漢は犯罪です」というポスターが駅構内に貼られ、例えば埼京線では、
「痴漢被害を受けた方は駅員や警察官に通報して下さい」と、痴漢犯人摘発を
呼びかける車内放送まで流しているのが、首都圏における通勤時間帯の現状で
ある。私も痴漢を、条例違反や強制わいせつ罪に該当する許すべからざる犯罪
行為であると考えている。しかし、痴漢行為を行っていない者までを痴漢行為
の犯人と安易に決めつけて逮捕・勾留してしまい、否認を貫いていて反省して
いないからと実刑を科してしまっている刑事司法の現状には、とても賛同出来
ない。
 痴漢被害者の供述のみで逮捕され、被疑者勾留されて、更に被告人勾留が続
くという状態の下で、前科・前歴のない被疑者・被告人が会社を解雇され、離
婚や一家離散の状況に追い込まれている。「一人の無辜を罰するよりは九十九
人の犯人を逃すべきである」という刑事司法の常識は今や崩れつつあり、刑事
司法は善良な市民にとり極めて危険な手続へと、ある痴漢冤罪被害者の言葉を
借りれば「現代の魔女狩り裁判」へと、化してしまっているのである。
 このような現状は痴漢裁判にのみ特有なのではなく、その根底では刑事裁判
一般に共通であり、その典型的な現れが痴漢裁判であると、私は考えている。
しかし、犯人識別供述の信用性についてその一般論から論じ始めるのは迂遠な
ので、本稿では痴漢裁判における犯人識別供述の信用性に限定しつつ論じるに
留めることとする。
二 否認事件と自白事件
 痴漢裁判の事実認定が抱えている問題点を検討するには、刑事事件一般につ
いて問題点を検討する際と同様に、否認事件と自白事件とを分ける必要がある。
 痴漢事件における逮捕手続は、痴漢被害者による現行犯逮捕と法律構成され
ている事案がほとんどである。その意味での逮捕当初から一貫して否認をし続
けている被告人や元被告人の話しによれば、濡れ衣を晴らすために駅事務所へ
痴漢被害者と赴いたところ、弁明・弁解を何ら聞いてもらえず、そのまま警察
に引き渡されたという。警察・検察における硬軟織り混ぜた取り調べに屈しな
いと身柄拘束のままに起訴されて、被告人勾留が続き、否認を続けて反省して
いないからと、実刑を科されてしまっているのが、典型的な否認事件である。
 自白事件には二種類ある。第一は、痴漢被害者による逮捕時点から、痴漢行
為および 自分がその犯人であると認めている事案であり、典型的な自白事件
である。被疑者が逮捕された痴漢事件の圧倒的多数がこのような自白事件であ
ろうと、私は推測している。
 アメリカの刑事裁判手続において、このように犯罪事実に争いのない事件に
ついてトライアルは行われておらず、陪審員による事実認定が行われることは
ない。これに対してわが国では、犯罪事実に争いのない事件についても公判が
開かれており、公判廷において事実認定が行われている。その結果、職業裁判
官が、圧倒的多数の自白事件についての安易な事実認定に慣れ親しんでおり、
検察官による主張・立証の内容への批判的な検討を行わなくなっていることが
、否認事件における事実認定を誤ることがある原因の一つであろうと、私は推
測している。
 第二は、犯人ではなく冤罪であると当初は争っていたのに、警察・検察によ
る取り調べの結果、自白調書を作成されて署名・指印させられた、自白事件で
ある。
 刑事事件一般においては、捜査段階での自白を公判段階で覆した否認事件も
、決して稀ではない。しかし、痴漢事件の刑事手続の現状において、このよう
な否認事件はほとんどないようであり、しかも、本当は犯人であったからとい
うのがその理由ではない。すなわち、第二カテゴリーとは、自称被害者の述べ
る通りに犯行を認めなければ身柄拘束が長期間続き、かつ、実刑判決を受ける
こととなる旨を検察官に告げられ、失職という事態を避けるためにやむをえず
犯行を認めてしまい、痴漢被害者との示談を成立させたような事案なのである
。この点につき、当番弁護士の来訪を求めたところ、自白して示談をするよう
にと薦められたので、断固断ったと述べる痴漢冤罪被害者もいる。したがって
、身に覚えのない痴漢の容疑で身柄拘束をされ続けている「初犯者」の中には
、失職等を避けることを痴漢犯人とされることよりも優先し、検察官や弁護士
による自白の薦めに応じてしまう者が少なくないと推測されるのである。
 いわゆる自白事件の第二カテゴリーで起訴猶予とされなかった者は、略式手
続での罰金刑を科されるか、または、執行猶予付きの懲役刑を科された状態で
社会内に身をひそめており、自ら名乗り出ての再審請求まではしていないので
あろうと推測される。
 本稿においては、否認事件中心の検討を以降行うものの、いわゆる自白事件
の第二カテゴリーをも視野に入れつつ検討を行うこととしたい。
三 痴漢裁判の証拠構造
 いかなる痴漢裁判にも、痴漢被害者の供述録取書・被疑者の供述録取書・法
廷における被告人供述がある。これらはいずれも重要な供述証拠であると共に
、少なくとも被告人と犯人との同一性について、否認事件においてはその供述
内容が不一致である。この点について、痴漢冤罪事件では、痴漢被害者の供述
内容と被疑者・被告人の供述内容のみを対比していずれを信用できるかを、事
実認定者である裁判官が判断していることが多い。逮捕協力者の供述録取書や
自称被害者の法廷証言などの供述証拠がこれらに加わる事案があるものの、供
述証拠についての判断方法に差異を生じてはいないようである。なお、あるべ
き判断方法については後述する。
 痴漢被害者の供述録取書や逮捕協力者の供述録取書については、いわゆる目
撃者の証言であって、犯行の内容や態様、および、被告人と犯人との同一性を
証明する直接証拠であり、かつ、独立証拠であると一般に考えられている。し
たがって、たとえ被告人が否認を続けていても、これらの供述証拠の証明力が
大きく合理的な疑いを超える程度の心証をえられたと事実認定者が判断すれば
、これらのみに基づいて被告人を有罪と認定して良いとされている。しかし、
痴漢否認事件については、これらの証拠は直接証拠に該当しないのではないか
という疑問すら提起されているのが現状である。
 憲法三八条三項および刑事訴訟法三一九条二項は、被疑者・被告人の自白に
補強証拠を要求しており、その理由は冤罪・誤判の発生防止であるとされてい
る。その理由はともかく、被疑者に自白をさせてその供述録取書を作成するこ
とができれば、たとえその内容に弱点があっても、痴漢被害者の供述録取書や
逮捕協力者の供述録取書を補強証拠と扱うことにより、被告人の有罪を立証す
ることができる。したがって、警察および検察官による痴漢事件の捜査の第一
目標は、痴漢被害者の供述録取書の内容に沿った自白調書である被疑者の供述
録取書を、身柄拘束の長期化とそれに伴う失職等々を脅しに使いつつ、作成す
ることとなっている。その結果、被疑者の弁明・弁解を尋ねてその裏付けをと
ることは捜査機関にとり不必要なのであり、言い分を全く聞いてもらえなかっ
たという痴漢冤罪被害者達の経験談が、このような扱いを捜査機関がしている
実情を裏付けている。なお、前述した自白事件の第二カテゴリーは、身に覚え
のない痴漢犯罪であるものの、当番弁護士による助言内容に従った事案をも含
みつつ、この段階で捜査機関の捜査方針に屈伏してしまった方々であると推測
される。
 警察は、いわゆる検挙による事件解決を目指している。これに対して検察官
は、法廷における有罪立証をも視野に入れざるをえない。それ故、検察官は、
起訴後に法廷において再度主張されるであろう被疑者の弁明・弁解を全く無視
してしまう訳には行かず、痴漢被害者の供述録取書の内容があまりにも荒唐無
稽であり虚偽であることの明白な事案までは、起訴しないこととせざるをえな
い。例えば、車内での携帯電話の使用を注意された女性が痴漢被害を受けたと
警察に訴え、被疑者が逮捕・勾留された沖田事件において、検察官は最終的に
不起訴処分としている。しかし、沖田事件においてすら被疑者勾留を最長限ま
で求めたことに照らして検察官は、被疑者の供述内容である弁明・弁解よりも
(自称)痴漢被害者の供述録取書の内容の方が証明力が大きいのではないかと
、最後まで迷っていたのであろうと推測される。なお、二〇〇二年九月現在、
沖田国賠事件は、東京地方裁判所八王子支部に係属している。
 事情聴取に応じて痴漢被害者の述べる犯行態様および被疑者と犯人との同一
性が、検察官にとり納得の行く内容にまで至りえた事案について、その内容を
記した痴漢被害者の供述録取書が直接証拠であるとして、否認を続けている被
疑者をも検察官は起訴しているようである。また、痴漢被害者の供述録取書の
みでは犯行態様や被疑者と犯人との同一性に疑義が残る場合には、警察の作成
した実況見分調書や被疑者の手から採取した繊維の嘱託鑑定結果などにより、
犯行態様および被疑者と犯人との同一性につき確信を抱いて、被疑者を起訴し
ているようである。なお、外面上は客観的証拠であるかの如くに見えるこれら
の証拠およびその扱いの問題点については後述する。
 検察官の主張・立証通りに事実認定しておけば済む自白事件に慣れ親しんで
いる裁判官は、検察官があえて起訴した以上、否認事件についても有罪立証に
必要十分な証拠が整っていると、考えがちなのであろう。また、犯行の態様や
内容について、および、被告人が犯人であることについては、たとえ被告人が
否認していても、直接証拠と扱われている痴漢被害者の供述録取書がある。そ
して、否認している被告人をこの証拠により有罪と認定することに、証拠能力
上の制約はないし、証明力の判断は裁判官の自由心証に委ねられていることを
踏まえて、否認事件における被告人の有罪認定が行われているのである。
 二〇〇二年九月現在最高裁判所に係属している長崎事件において、被告人の
手から採取された繊維と痴漢被害者の下着の繊維とが同一であるという嘱託鑑
定結果が、法廷における反証により完全に覆ったにもかかわらず、すなわち、
もしもこれが事前に判明していれば検察官が起訴に踏み切れなかったと推測さ
れるにもかかわらず、東京簡易裁判所がそれを事実認定に採用しないと言明し
つつ、痴漢被害者の供述は信用できるとして被告人を有罪としたのが、このよ
うに安易な事実認定の典型例である。なお、控訴審である東京高等裁判所はこ
の点の指摘を、第一審の有罪認定に用いられていないからとして、無関係であ
ると扱ったようである。
四 犯人識別供述の信用性
 犯行中の犯人の手をつかんだなど、痴漢被害者による犯人の特定に疑義のな
い事案は、前述した典型的な自白事件となることが多い。それ故、犯人識別供
述の信用性が問題となる事案は、犯人の特定に不明確さが残っている事案であ
る。
 痴漢被害者が述べる犯行は、供述録取書が何通か開示されたり、法廷での証
言が行われた場合に、時間的にはより早期からのものに、犯行態様はよりエス
カレートしたものに変化していることが多い。これは、検察官がそのような供
述を前述のように求めているからであると共に、痴漢被害者自身も、刑事手続
の舞台の上で「被害者」を演じ始めているためであろう。したがって、痴漢被
害者による犯人の特定時期がこの意味での早期でしかない場合には、痴漢被害
者が逮捕した被告人が犯人であることを説得すべく後から付け加えられた犯人
識別供述にすぎないと、証拠評価すべき事案が多い筈である。
 痴漢被害者による犯人識別供述は、前述のようにその外観上は直接証拠であ
り、かつ、その証明力評価について自白の補強法則のような法的制約は規定さ
れていないので、その信用性判断は事実認定者である裁判官に全面的に委ねら
れているとも、考えられない訳ではない。しかし、一九六八年一〇月二五日の
八海事件第三次上告審判決は、従前の判例によれば吉岡自白が独立証拠であり
、かつ、直接証拠であるにもかかわらず、共犯者の供述の有するいわゆる「ひ
っぱり込みの危険」を指摘して、阿藤らが犯人であることにつき、すなわち、
被告人と犯人との同一性について、裏付けとなる補強証拠がないことを指摘し
て、そのような補強証拠の不存在を理由に阿藤らを無罪と認定したのである。
 八海事件第三次上告審判決は、共犯者の供述に関する事案である。しかしな
がら、被告人と犯人との同一性について、独立証拠であり、かつ、直接証拠で
ある供述証拠のみに依存した事実認定の危険性を指摘した点は、広く応用可能
である。痴漢否認事件において、痴漢被害者の供述にはひっぱり込みの意図は
ないものの、被告人と犯人との同一性識別の根拠が不十分であり、同一性識別
が誤りである可能性は小さくない。何故なら、同一性識別に疑問の余地のない
事案であれば犯人は、長期間の身柄拘束を甘受しつつ争い続けないであろうか
らである。したがって、独立証拠でありかつ直接証拠であるという意味では共
犯者の供述と共通である痴漢被害者による犯人識別供述についても、痴漢被害
者による犯人識別供述のみにより被告人と犯人との同一性を認定するのでは冤
罪・誤判を発生させかねないことが、捜査機関や事実認定者の間に広く認識さ
れるべきであろう。
 痴漢被害者の供述と被告人の否認供述のみを事実認定に用いて、両者を冷静
に対比することすらせず、痴漢被害者の供述が信用できるとして、検察官の主
張通りに被告人が犯人であると裁判所が認定している現状は、それ以外の証拠
を収集しようとしない犯罪捜査機関による証拠の収集・整理・点検の手抜きを
、事実認定者である裁判所が是認していることである。これはおそらく、基本
的人権を擁護することや中立・公正な事実認定をすることよりも、検察官の主
張・立証に依存した安易な有罪判決により事件処理数を増大させることが、多
くの裁判官の目標となってしまっているためであろう。
 痴漢否認事件の公判廷において被告人・弁護人側は、痴漢被害者の供述内容
の矛盾点を指摘すると共に、車内の混雑度・被告人の痴漢被害者との位置関係
とその移動・痴漢被害者の述べる痴漢行為の物理的不可能性等々、さまざまな
状況証拠を地道に収集して反証活動を行っている。被告人・弁護人側が収集し
提出しているこれらの状況証拠の多くは、捜査権限を有している捜査機関の側
がもしも当初からきちんと収集しようとしていたのであれば、起訴前に容易に
収集できた証拠でしかない。
 捜査機関が起訴前に収集・整理・点検していたならば被告人を起訴しなかっ
たであろうこれらの状況証拠について裁判所が、被告人が犯人であるとする検
察官の主張・立証と矛盾するためであろうか、罪を逃れるための弁明・弁解に
すぎないと判断してその証明力を安易に否定してしまい、痴漢被害者の供述内
容にのみ基づいて事実認定をしている事案が少なくない。すなわち、少なくと
も痴漢冤罪事件において裁判所は、中立・公正な事実認定者という役割を放棄
して、検察官の主張・立証にお墨付きを与えるだけの機関に堕してしまってい
るようである。 
 しかし、いずれの当事者が提出した証拠であろうと、状況証拠の証明力の方
が供述証拠よりも証明力が大きいことは、事実認定に際しての常識である。目
撃証言などが直接証拠と呼ばれ、状況証拠などが間接証拠と呼ばれている理由
は、法廷において主張・立証される犯罪との関係が直接的であるか間接的であ
るかでしかない。したがって、直接証拠の有する証明力の妥当する範囲は、状
況証拠により認定される事実と矛盾しない範囲内にのみ限定されるべきなので
ある。それにも関わらず直接証拠・間接証拠という名称に惑わされてしまい、
状況証拠よりも直接証拠を優先した事実認定を裁判官が行うのでは、冤罪・誤
判の発生が不可避であり、これが痴漢冤罪事件の現状なのである。なお、直接
証拠を優先した事実認定においては、車内の人の流れや物理的不可能性など状
況証拠と痴漢被害者の供述など直接証拠とが矛盾すると、このような姿勢をと
れば犯行は不可能ではない、被害者の脇をすり抜けて先に下車することは不可
能ではない等々、裁判官の想像のみによる事実認定や、被害者の供述を状況証
拠よりも優先させた事実認定を行っている事案が稀ではない。しかしながら、
司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(一九九四年)や同編『犯
人識別供述の信用性』(一九九九年)等から明らかなように、状況証拠を無視
しているか否かは、冤罪・誤判であるか否かの指標の一つなのである。
 痴漢否認事件において、痴漢犯人が被告人であるとする痴漢被害者の供述内
容は、この男性が背後にいた、周囲にいた中で痴漢をしそうな男性に見えた等
々、極めて曖昧であることが少なくない。痴漢行為はいわゆる幕を使って行う
のであろうから、このような供述内容は、逮捕した相手が被告人であることを
超えた、犯人が被告人であるとの証明力は全くないのであり、被告人と犯人と
の同一性についてはそもそも直接証拠ですらない。
 痴漢被害者の供述のみでは有罪立証に不十分であると考えた事案において検
察官は、間接証拠や状況証拠である筈の実況見分調書や繊維鑑定の結果などを
、証拠として提出していることがある。被害者の供述のみに依存せずその裏付
けをも取ろうとする捜査機関の態度は、一般論としては正当である。しかし、
被告人とは背丈や股下が異なる警察官を使って行った実況見分調書やそれに添
付されている写真などは、かえって誤判を生じかねない危険な証拠である。ま
た、繊維に関して前述した属託鑑定は、鑑定能力を備えていない者に鑑定させ
たものなのであり、冤罪・誤判原因の一つですらある。すなわち、捜査機関の
身内に依頼することが多い属託鑑定の結果を事実認定者が安易に信用してしま
うことは危険なのである。
五 痴漢冤罪防止のために
 痴漢否認事件において有罪とされた事案の判決文を読んでいて私に納得でき
ないことの第一は、痴漢行為の被害を受けたか否かと、被告人と犯人との同一
性とを混同した事実認定が行われていることである。裁判所は、一流大学の女
子学生や真面目な女子高生であること等を理由に、痴漢被害者には虚偽供述を
する動機はない、すなわち、示談金をかせぐための被害のでっちあげではない
等と事実認定している。しかし、そのような女性もいない訳ではない。また、
捜査機関が軽視しているので被告人・弁護人側が収集した状況証拠に照らして
、被害事実の有無にすら疑問が残る事案も少なくないのである。次に、冤罪・
誤判の発生防止という観点からは被告人と犯人との同一性こそが最も重要であ
り、その識別過程の正確性こそが中心的問題である。ところが裁判所は、痴漢
被害者には虚偽供述をする動機はないとして、そのような動機の有無とは無関
係である筈の、被告人を犯人とする同一性識別供述も信用できると認定してし
まっている。そして、このような事実認定を行っている背景には、事実認定者
である裁判官による両者の混同があると推測されるのである。
 このところ、控訴審における公判期日や判決公判期日を傍聴する機会が何回
かあり、控訴審審理の形骸化にガクゼンとしている。事後審であるからと控訴
審の審理を簡略化するには、その前提として、第一審において充実した審理が
なされていなければならない。第一審による事実認定が被告人・弁護人側によ
る状況証拠の主張・立証を無視したものであるにもかかわらず控訴審の審理内
容まで簡略化していては、事実誤認を理由とする上告件数がいたずらに増大す
るであろう。それへの対応能力不足により上告棄却数が増大するとすれば、司
法機関が有すべき基本的人権の擁護機能への、市民からの信頼が失われること
となろう。事実認定について、裁判官の独立と抵触せぬよう、下級審裁判官に
よる自己研鑽が必要不可欠であると思われる。
 痴漢冤罪被害者ネットワークが二〇〇二年七月に発足したことに対して、痴
漢被害者に忍従を強いる運動だとの批判があるが、これは間違いである。示談
金をかせぐためなどの自称被害者ではない真の痴漢被害者であれば、痴漢被害
にその場で耐え続けることなく、犯人の手を犯行中に捕まえるなど、被告人と
犯人との同一性について誤認の恐れがなく、痴漢冤罪の加害者とならないで済
むような摘発方法を、採るべきなのである。
<追記>
 二〇〇二年九月二六付けで最高裁判所第一小法廷は、長崎事件の上告を棄却
し、下級審による安易な事実認定をそのまま是認してしまった。
STOP!痴漢えん罪!

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