東京都社会福祉総合学院授業「調査法」
第1日 社会福祉調査の性格

1時限目 社会福祉調査の意義

(1) 社会福祉調査とは何か

 社会福祉調査は,マクロ・ミクロ両面における社会福祉援助を合理的かつ効果的に進めていくために必要となる情報を,その背後に潜む社会経済的要因との関連を視野におきつつ,主に現地調査による科学的な方法を用いて客観的に収集・分析する技術である。マクロ・ミクロの社会福祉援助とは,いわゆる間接援助と直接援助に対応するものであるが,マクロの中には社会福祉の政策形成とその運営を含む点で間接援助よりも範囲が広い。

 社会経済的要因との関連を視野におくということは,個人や家族が直面する福祉問題が,個人の意志や努力を超える社会経済的脈絡をもっているのではないか,という問題意識のもとで仮説を考え,調査によって検証しようとする視点を大切にするという意味である。

 社会福祉援助技術の体系の中では社会福祉調査は間接援助技術に分類されているが,情報の科学的・客観的把握や分析は,社会福祉計画や地域援助等を行うために必要であるばかりでなく,個別援助や集団援助を行う上でも必須のものである。この意味で,社会福祉調査はすべての援助技術に必要とされる共通の基礎的な技術といえる。日本語と英語を区別して,日本語の社会福祉調査を社会福祉の制度・政策ならびに間接援助分野の調査とし,英語のソーシャルワーク・リサーチを直接援助分野の調査とする考え方が一部にある。しかし,社会福祉援助の中に政策分析を含めて考えるマクロ・ソーシャルワークの考え方が明らかにされるにつれ,こうした区別を設ける積極的な意味は薄れつつあり,両者を合わせて社会福祉調査と呼んでもさしつかえない。 

(2) アカンタビリティ

 社会福祉において調査研究法を重視する理由は,2つある。ひとつは,社会福祉学や福祉実践を科学として受け止められるようにする基盤を形成すること。もうひとつは,専門職のアカウンタビリティを確保することである。科学の方法としての社会調査については後に述べることにして,ここではアカンタビリティについて解説する。
 社会福祉援助についてもたれやすい誤解に,「よいことをやっているのだから,よい成果があがっているはずだ」という思い込みがある。しかし,福祉援助は実施すればよいというものではなく,結果に対して責任をもつことが重要である。結果を説明できる責任をアカウンタビリティ(説明責任)と呼ぶ。社会福祉援助は適切な情報に基づいて行われてこそ,アカウンタブルであることができる。
 そのためには,援助者自身が調査研究を実施するのが望ましい。しかし,調査の専門家や調査機関に依頼したり,他者が実施した調査の結果を活用することも多い。したがって,調査計画の適否を判断し,結果を鵜呑みにすることなく,その限界を知り批判的に検討できる力をもつことが専門職の条件となる。自分で調査を実施できるようになるためばかりでなく,他者が行ったものを活用するためにも,調査の過程や方法についての深い理解をもつ必要がある。 

(3) 社会福祉調査の応用分野

 社会福祉調査は社会調査の一応用分野であるから,社会調査法の名の下に開発され体系化された技法やそこから派生した技法を用いて進められる。市場や世論の動向を調べる社会調査を市場調査とか世論調査というように,社会福祉に関することを調べる社会調査を社会福祉調査というのである。しかし,この言い方はは単に同語反復を述べたに過ぎないので,社会福祉において社会調査法を適用して追究すべき主な課題をあえて分類すれば,次の6つにまとめることができる。

 人間行動と社会環境の理解  社会福祉の業務は,個別援助から社会福祉制度の改善や政策の立案のレベルまで幅広いものがある。どのレベルの活動にとっても,対象となる人々を理解しかつその人々の置かれた社会的な環境との関連を理解することがまず必要である。これは,社会福祉調査の課題であるだけでなく,社会学や心理学や教育学等社会福祉に密接に関連する領域の課題でもあり,その範囲は広く,すぐさま福祉実践に活用できるものばかりでなく,人間理解を深める基礎的な研究課題を含むことが多い。

 福祉ニーズの把握  地域社会の中にどのような福祉問題が存在し,それがどの程度深刻であるか。さらに,そうした問題に苦しむ人々がどのくらいの数にのぼるかを把握する。福祉ニーズの正確な把握の上に立って,解決方法が考案され,どういった種類の福祉サービスをどの程度必要とするかなど福祉サービスの開発に必要な情報が得られるのである。

 社会資源の把握  社会福祉援助に活用されるヒト,モノ,カネ,組織,制度などを総称して社会資源と呼ぶ。これらの資源が地域社会においてどこにどれだけ存在するか,その活用可能性や運営にはどのような問題があるかを把握しなければ,問題解決方策を立案するにも現実的な実現可能性が危ぶまれるのである。

 福祉サービス事業の効果評価  福祉サービス事業の計画を進めるには,当該の事業を拡大すべきか,改善点はどこにあるか,あるいは,廃止すべきかどうかの判断が求められる。その判断をもたらす情報は福祉サービス事業の効果評価である。これらの課題に答えるための技術をプログラム・エバリエーションと呼び,社会調査一つの大きな応用分野となっている。

 援助対象者の能力の把握  福祉援助を行う場合,困難に直面した人や家族が,そうした困難に対処する力をどの程度もっているのか把握する必要がある。これは,アセスメントともいわれるもので,直接援助の方針や計画をたてるための必須の過程である。

 直接援助の効果の評価  ケースワークやグループワーク等の直接援助の効果評価は,福祉サービス事業の評価とは一応別のものである。福祉事業の利用者を集団としてとらえ,集団の平均値では効果があったと判断されても,個別にみると改善の度合いが違ったり,変化のないもの,悪化したものなど様々なケースがある。集団として捉えたときには見落とされていた個別ケースの特殊性を考慮しながら,直接援助の効果を測定することも社会福祉調査の大きな課題である。 

2 社会調査と社会福祉調査

(1) 基礎調査と応用調査

 社会調査は,基礎調査 basic research と応用調査 applied research に分類できる。基礎調査とは,人間行動の理解や社会科学の理論を発展させることを主眼として行われるもので,実践的な諸問題の解決にすぐにつながるとは限らない。これに対して応用調査は,解決や改善を必要とする問題が現に存在しており,そうした問題への対応を進めるための情報を把握しようとするものである。この分類に従えば,社会福祉そのものが社会問題への対応策であるから,そのための社会福祉調査は応用調査の一種と捉えられる。しかし,社会福祉を対象とした調査でも,社会福祉学の理論の発展を目的として行うものもあるし,社会福祉援助の基礎となる人間行動の理解を深める目的で行うものもある。したがって,社会福祉調査を応用調査と割り切ってしまうのは正確といえず,社会福祉調査の中にも基礎と応用の別があると考えた方がよい。

 基礎調査と応用調査の区別は実践目的との関連で相対的に決まるもので,絶対的な境界線があるわけではない。高齢者介護ニーズ調査の例を考えてみよう。高齢者の介護ニーズがいかなる原因によってどのような過程で発生するかを究明することは,社会福祉学におけるニード理論の検証やその進展に貢献する基礎的研究である。しかし,福祉サービスの整備計画の立案という実践目的にとっては,ニーズ量が判明すれば当面の目的は達成できるから、ニーズの原因までわからなくてもよい。ところが,「ねたきり老人ゼロ作戦」のようなニーズの発生を予防する事業では,ニーズの原因がわからなければ予防対策が立てられないから、実践目的に直結した応用調査に位置付けられる。

 同じ調査が場合によって基礎調査になったり応用調査になったりするのであるから,あまり重要な区別ではないようにみえる。しかし,基礎調査は,特定の場所で特定の対象について実施しても見つめているのはその奥にある普遍的な法則であるのに対して、応用調査では特定の対象のもつ問題の特殊性を明らかにすることに第1義的な目的があり、普遍化的知識の形成は2義的である。解決すべき福祉問題に直面しながらも,いたずらに知識のための知識を求めるような調査に汲々とすることを戒めるためには,社会福祉調査を問題解決指向をもった応用調査と位置づけておくことは意味あることである。 

(2) リサーチとサーベイ

 基礎調査と応用調査の区別に類似するものとして,リサーチとサーベイの区別がある。社会調査を英語でいうと social research social survey の2つの言葉がある。ソーシャル・サーベイは社会踏査(とうさ)と訳されることもある。福武直の古典的教科書『社会調査』(1958 年初版,1984 年補訂版)では,1930 年代に出版された諸文献を参考にして,ソーシャル・サーベイは「一定の地域社会について,とくにその社会病理的な状態などを調査し,それを改革する方策を見出そうとするような実践的目的をもった包括的な調査」(17 )であり,ソーシャル・リサーチは「実践的目的とは直接関係しないで社会事象を調査し,社会科学的理論をつくり出そうとする科学的調査」(18 )であるという区別を見いだしている。この区別からみると,社会福祉調査はソーシャル・サーベイの一種ととらえられることになる。
 しかし,福武は,上記の区別を紹介したすぐ後に,「survey という語も,再び限定的された意味から開放されて,research としての科学的な狭義の調査と交流して用いられ,その差異を論ずることがあまり試みられなくなった。それは,実践的実際的な調査も,世論調査や市場調査にみられるごとく,ますます科学的な方法を用いるようになったからである」(18 )と述べて,リサーチとサーベイの区分が無意味になっている状況を解説をしている。実践目的の調査も研究目的の調査も,その方法や手続きはどちらも科学的に進められるべきであり,その限りでは両者の差異は本質的なものではない,というのがその趣旨である。なお,今日では,社会調査法全体をソーシャル・リサーチと呼び,その中に含まれる各種の調査方法の一種である量的調査をサーベイ・リサーチと呼ぶようになっている。

3 科学方法としての調査

(1) 科学と非科学

 社会福祉調査の性格をいろいろな観点から検討してきたが,どのような観点からも共通に指摘されるのは,社会調査が科学の方法であるという性質である。このことの意味を考えてみよう。高齢者や障害者介護のニーズとか障害者の家族のストレスなどの福祉問題を考えるとき,私たちはそのような状況に置かれた人間の姿を考えてみて,問題を具体的に捉えようとする。まずは自分の経験に照らしてみたり,経験がなければ想像する。しかし,その後の進み方は二手に分かれる。
 ひとつの方向は,自分の経験や想像をつきつめて,人間の姿をその思想や行動を含めて全体的に浮き彫りにするもので,小説がそれに当たる。痴呆性老人の家族の苦労を描き出した有吉佐和子の小説『恍惚の人』(1972 )は,あまりにも有名な例である。これらは,時としてわれわれに深い感銘を与え社会を突き動かす力をもつことがある。しかし,私たちはそれを科学とはいわない。登場人物の性格や行動や彼等が遭遇するさまざまな事件は,作者の考えに合うように都合よく創り出されたものだからである。もう一つは,自分の経験だけをたよりにするのではなく,そうした問題をもつ人々に直接会って疑問点を質問したり現場を観察して事実をつかみ,その中に潜む法則を見いだそうとする方向である。社会福祉調査の目指すものは,小説のような拵え物ではなく,事実をありのままに捉えて生み出される科学的知識の獲得である。

 しかし,事実を集めるだけでは科学にはならない。かつて,イギリスで 1934 年に救貧法を改正したとき,改正作業に当たった救貧法委員会のエドウィン・チャドウィックらは,それまで救貧行政を担当してきた全国の教区の調査を行っている。これは,調査事実に基づく政策形成の初期の事例と考えられてきた。ところが,後の歴史研究によれば,委員会の報告書は調査結果が分析される前にすでに執筆されており,自己の結論に都合のよい調査結果だけを取り上げていたことが判明した[Bulmar, M. ]。科学は論理に導かれて事実を調査する演繹的方法,あるいは,調査事実に導かれて論理を形成する帰納的方法のプロセスから成り立つが,そうした検証や反証はすべての事実に開かれていなければならないのである。

(2) 存在と当為

 科学的知識の特徴は what should be という疑問ではなく, what is という疑問に答える点にある。ドイツ語ではザインとゾルレン,日本語では存在と当為(なすべき事)というが,存在の問題をとりあつかうのが科学である。科学としての社会福祉調査は,社会福祉はどのように行われているか,という疑問にチャレンジするのであり,社会福祉はどのように行われるべきか,という疑問は科学ではなく思想の問題である。社会福祉は社会的価値をその基底にもつ営みであるので,存在に関する科学的研究ばかりでなく,福祉制度や援助実践がどのようなものであるべきか,という当為論も重要な構成要素である。しかし,当為に関する議論は,事実に基づかなくても可能であるが,存在に関する論理は事実によって裏付けることによって科学的知識としての資格が得られるのである。

 ただし,あたかも当為論のように見えながらも,実は科学的研究の対象となる問題があることに注意しなければならない。それは,同一の目的を達成するための異なる手段の優劣を競いあっている場合である。目的そのものはひとつの価値であるから科学的に当否を決め難い問題であるが,複数の手段のどれを採用すべきかは目的達成に対する有効性を比較して客観的に決定する科学的なテーマに置き換えることができる。社会福祉のように社会的価値に密接につながる問題でも,事実によって検証可能な論理を立てていくことによって,科学の要件を満たす道を開くことができるのである。 

(3) 論理と実証

 朝永振一郎の『物理学とはなんだろうか』(1979 )によれば,物理学の前身にあたる自然学はアレクサンドリアの学者プトレマイオスの宇宙論に始まるといわれている。これは紀元2世紀ごろのことである。しかし,近代的な物理学が誕生したのは,16 世紀と 17 世紀の境目のころ,日本でいえば豊臣から徳川に変わる時期に,ケプラーが惑星の運動法則を発見したことによるものと解説されている。千数百年もの間,物理学は科学ではなかったと聞くと大変驚いてしまう。学問としての社会福祉の歴史は長く見てもせいぜい 100 年であるから,まだ赤ん坊といってよいかもしれない。朝永は物理学を「われわれをとりかこむ自然界に生起するもろもろの現象の奥に存在する法則を,観察事実によりどころを求めつつ追究すること」(岩波新書上巻 5 )と定義しているが,ケプラーは師匠のティコ・ブラーエが蓄積した膨大な天体観測データから惑星の運動法則をみいだした。まさにこれが朝永の定義する科学の始まりであった。
 朝永の科学観と同じことが,われわれに身近な社会福祉の文献である Research Methods for Social Work, Second Edition(Rubin, A. & Earl Babbie, 1993)にも述べられている。彼らは,科学の基本的構成要素は @ 論理ないし合理性と A 観察の2つである,とまとめている(p. 18)。科学の論理的側面を扱うのが理論であり,観察の側面を扱うのが調査研究方法ということになる。理論と実証と言い換えてもよい。観察は最も狭い意味では目で見,耳で聞いて記録するということだが,質問紙その他の測定用具を用いて経験的事実を客観的に収集する方法全般を指す幅広い意味も持っている。理論の真偽が観察可能な事実によって検証された時に,その知識は科学的知識となるのである。 

(4) 演繹法と帰納法 

 

(5) 科学的データの要件

 科学的データは,追試によって確認したり反証できる性質を備えていなければならないが,そのためには,測定指標が信頼性 reliability 妥当性 validity を持たなければならないし,その観察事実は調査の対象全体を代表するもの representative でなければ,結果を一般化することができない。妥当性とは,測定しようと意図したものを正しく測定していることを意味する。信頼性とは,同じ方法を用いれば他のだれが行っても,また,同一人が別の機会に行ってもほぼ同じ結果が得られることを意味する。われわれの記憶というものは案外不確かなもので,グループで社会福祉施設を見学した後で各自の記憶を話し合うと同じものを観察しているはずなのに違った報告をしたり,報告すべき事項を記憶していないことがある。これでは,測るたびに違う目盛りを指し示すこわれた体重計のようなもので,信頼性がない。これを避けるためには,観察に入る前に,観察すべき事項と記録の方法を予め決めておく計画的な取り組みをしなければならない。