第1日2時間目 社会福祉調査の計画

1 調査の過程

 調査の計画にあたっては,調査の全過程で想定される問題点をひとつ一つ明らかにして,実行可能な方針を決めなければならない。調査は,@問題の定式化,A調査の設計,Bデータ収集(実査),Cデータ処理,Dデータ分析,E結果の解釈そしてF報告書の作成という段階を経て進行していく。この過程は,いったん進み始めると後戻りできない連続性をもっている。例えば,データ収集段階に入ってしまってから途中で方針変更をすると,それまでに実施したものと整合性がとれなくなるから,始めからやり直さなければならない。また,費用面から見ても実行可能でないと,予算が不十分なため途中で挫折しないとも限らない。データの分析は調査の最後に行うものではあるが,どのような分析方法を用いるかを最初に考えておかないと,(年齢を1歳刻みで調べるのか5歳刻みで調べるのかなど)収集するデータの性質を決定することができない。したがって,調査を計画する前に,統計的方法などの分析方法も熟知していなければならない。

2 問題の定式化

 調査計画の最初に行う問題の定式化 problem formulation は,最も難しく注意を要するもので,調査の成否を決定するほどの重要性をもっている。まず,調査の目的を定め,先行研究や既存資料を検討して調査問題の意義を明らかにし,観察可能な形に置き換えるとともに,時間・費用・倫理の面から実行可能な形に定式化する。

(1) 調査目的の検討

 調査研究の目的は,探索,記述及び説明に大別される。調査の目的がこの3つのどれに当てはまるかによって,調査の設計が違ってくる。実際には,ひとつの調査が複数の目的をもつものが多いが,ここでは目的別に個々に考察しておきたい。
 探索 exploration   研究課題となる調査問題が先行研究の不十分な新しいもので実状がよく知られていない場合や,本格的な調査に入る前に実行可能性を模索するとか,より洗練された方法を開発する場合などに行うものである。
 高齢者介護ニーズ調査を例に考えてみると,寝たきりのような身体的障害をもつ高齢者の介護ニーズでは,食事や排泄や移動の介助とか機能回復訓練のニーズなど,問題の捉え方がある程度明らかになっている。これに比べると,痴呆性高齢者のように精神的障害をもつ人々の場合は,身体機能には問題はないが徘徊があるとか不潔行為があるなど寝たきりとは様子が違うので,介護ニーズをどのように捉えたらよいのか,新しい問題であるだけに先行研究も少なく不明な点が多い。このような場合は,どのような質問項目を設けたらよいかも定かでないので,直ちに量的調査 quantitative research を行うことは適切ではない。ニーズ推計のための大規模調査を行う前に,痴呆性高齢者を介護している家族に面会して自由面接などの質的調査 qualitative research を行って具体的な事例から問題を洞察する必要がある。
 探索的調査は事例を奥深く理解し,調査のポイントや仮説構成の洞察が得られる利点がある反面,少数の事例を検討するものだから,その結果を一般化できるだけの代表性はない。
 記述 description  これは what question と言われ,状況や事象を正確に記述することが課題である。高齢者介護ニーズ調査の例では,老年人口のなかで日常生活動作を自分で行えない者の割合や,その人々がどのような家族構成の世帯に居住しているか,男女別や年齢階級別にみるとどのような分布になっているかなどを精密かつ正確に把握することが記述目的の調査の課題である。
 記述を目的とする調査では,調査項目があらかじめ明瞭に定義され,質問文も信頼性と妥当性をもった質の高いものでなければならない。こうした用具を使って観察した後では,結果を記述する統計的方法が必要であり,さらには,得られた結果を一般化できる代表性のあるものでなければならない。これは探索的調査にはない重要な要素であり,測定指標の開発や標本の選び方や統計的推定や検定などにおいて細心の注意と技術が求められる。
 説明 explanation  説明問題は why question ともいわれ,因果関係に関する仮説の検証,ひいては法則ないし規則性の探求を目的にしたものである。高齢者介護ニーズ調査を例にとると,なぜある高齢者は介護ニーズをもち他の高齢者はそうでないのか疑問に思う場合,高齢者のもつ特性や彼らの生活環境との関わりを調べることになる。あるいは,児童虐待の出現率が地域によって違うのはなぜかとか,福祉サービスの整備状況が市町村別に違っているのはなぜかということが疑問である場合には,地域の特性との関わりを追究するわけである。このように,ある現象の発生理由を明らかにしようとするのが説明問題である。したがって,説明目的の調査では,因果関係や事象間の関連に関する仮説を設定することが不可欠であり,原因と考えられる事象と結果と考えられる事象の両方を測定する調査項目を配置しなければならない。なお,原因ないし影響を及ぼす事象を測定する調査項目を独立変数 independent variable または説明変数といい,結果を測定する調査項目を従属変数 dependent variable または被説明変数という。
 予測と評価  説明問題から派生する調査目的に,予測と福祉サービスの効果評価がある。福祉ニーズの将来予測を行う場合,ニーズ出現率の過去の傾向を把握してそれを将来に引き延ばす単純な方法でも目的は達成できるが,ニーズの原因がわかれば原因となる要因が変化した場合の出現率の変化を考慮した,情報量のより多い予測が可能になる。また,地域ケアにおけるケア・マネジメントの効果を測定する場合,そうしたサービスを行った場合と行わなかった場合を比較して効果を評価することができる。ケア・マネージメントを実施した方が適切な地域ケアを受けている者が多いという結果になれば,ケア・マネジメントが原因(独立変数)となってそうした効果(従属変数)がもたらされたと説明できることになる。

(2) 概念の明確化と操作化

 調査問題は,はじめのうちはそのままでは観察や測定ができない抽象的なレベルで考えられていることが多い。例えば,家庭における児童虐待の有無を調べることにして,親に「あなたは,お子さんを虐待していますか」と質問しても,「虐待とは何ですか」と逆に問い返されるのが関の山である。虐待という言葉が難しくて理解しくいという言葉遣いの問題もあるが,それよりも重要なことは,しつけのために子供のお尻をたたくのも虐待になるのかどうか,すなわち,虐待の概念が調査相手に理解されていない問題がある。理解されないままに回答を得ても,結局は何を調べたのはわからない。調べようと思ったものをきちんと調べていることを,データの妥当性というが,思いつきで質問項目を設けてもそれが何を測定しているのかわからないのであれば,その調査データには妥当性がないことになる。
 このような抽象的な概念は,そのままでは測定することができない。虐待と考えられる具体的な行為を挙げて,そうした行為をしたことがあるかどうかを質問することに方針を変更した方がよい。すると,どのような行為が虐待に当たるかを調査者の側で改めて考えてみなければならない。つまり,概念の明確化 conceptualization が必要である。こうして明確にされた概念のもとで,それを表す具体的な質問項目に置き換える作業を操作化 operationalization という。
 妥当性の観点からはもうひとつの問題がある。かりに概念の明確化と操作化に成功したとしても,回答者が正直に答えてくれるかどうかという問題は解決されていない。虐待に相当する暴力や放置などの具体的な行為をしたかどうかを質問しても,人に知られたくない自分の汚点を果たして正直に答えてくれるだろうか。得られた回答は,虐待の事実というよりも正直さの程度を測っただけに過ぎないのではないかとも考えられ,回答の妥当性が疑われる。このような場合は,調査問題そのものが実施可能な問題ではなかったのであり,問題を最初から考え直さなければならない。虐待の発生頻度ということではなく,虐待への心理的態度の測定といったテーマに置き換えれば,回答者にとっては自分の罪の告白ではなく虐待に対する意見を表明するということであるから,妥当性の確保は容易になる。

(3) 既存資料及び先行研究の検討

 行政機関が定期的に実施している調査のほとんどは記述を目的としたものである。『国勢調査』(総務庁統計局)が代表例であるが,社会福祉関係では厚生省が実施しているものに『国民生活基礎調査』,『社会福祉行政業務報告』,『社会福祉施設調査』,『生活保護動態調査』などがあり,毎年報告書が刊行されている。国勢調査データの一部は市町村別の報告書があるが,厚生省のデータは都道府県・指定都市別までしか報告されていないので,市町村について知りたい場合は,資料を探さなければならない。総務庁統計局が刊行している『統計調査総覧』には,国や地方自治体などが実施した統計調査の一覧が掲載されているし,東京都社会福祉協議会は『社会福祉関係調査一覧』を刊行しているので,これらを用いて資料を検索してみるとよい。記述目的の調査では,まずこうした官庁統計を利用して,それらでは不十分であるかどうかを検討することが大切である。
 官庁統計等の既存資料から説明問題を検討するのは限界がある。仮説に含まれる独立変数や従属変数が,既存の調査で調べられていないこともあるし,仮説を検証するために再集計や再分析が必要になっても,それが不可能な場合が多いからである。このため,説明問題では独自調査が求められる。しかし,学術研究は説明問題をテーマにしたものが多いので,先行研究が存在する可能性がある。文献目録や文献データベースを用いてテーマに関係する文献を検索・収集し,何がどこまで明らかにされているを検討することが重要である。すでに先行研究によって調査問題が解決済みのように思える場合でも,調査方法が適切でないために結果の妥当性が疑われることもあるので,方法を改良してみたらどうなるか検討する価値がある。

(4) 実行可能性の検討

  調査の実際的制約は,どの程度の規模の調査とするかについて時間と費用の制約があるほか,倫理上の制約がある。調査の規模が大きくなれば,時間も費用もかかるし調査員などの実施協力体制も大きくなる。調査項目の数が多いと調査に要する時間が長くなりすぎて回答者の協力が得られなくなるので,むやみに調査項目を多くしても仕方がない。また,調査の開始から終結までの時間のスケジュール作成では,調査過程でさまざまなハプニングが起こる可能性を考慮して余裕のある計画を立てることが大切である。倫理的問題とは,調査をすることによって相手を傷つける可能性があることは実施できないということである。いかに理想的な調査計画であるといっても,時間,費用,倫理の面からみて実施できないものであれば無意味なので,こうした要素を軽視すべきではない。