「統計は犯罪の実像を示しているのだろうか」


 前田雅英著「少年犯罪ー統計からみたその実像」東京大学出版会B5版212頁の書評です
 法学セミナー2001年1月号116頁

 極めて多数のグラフと豊富な戦後風俗の写真を交えつつ本書が伝えようとして
いる内容は、「少年犯罪は重大化し増大しており、危機的状況にある。ところが
、家庭裁判所の対応において、審判不開始・不処分の比率が増加している反面、
検察官送致の比率が低下し、保護観察処分の比率が増大している。保護主義・自
由主義に基づくこのような運用が、少年を取り巻く社会規範の喪失と相まって、
少年が規範を承継できていないこと(規範の喪失ないし形成不全)に寄与してい
る。運用を改めると共に、少年法を改正して検察官送致の可能な年齢を引き下げ
るべきである」と、要約できよう。
 多岐にわたる記述の中で、少年法の歴史や現行制度の説明には、同感し納得で
きる部分が多い。しかし、多数のグラフの中には、首をかしげざるをえないもの
が少なくない。それらの中から、少年犯罪の増大が危機的であると視覚に訴えて
いる口絵の図一「日本の少年刑法犯検挙人員率(検挙率補正値)」のグラフを選
んで、問題点を指摘したい。
 犯罪の実態把握には、捜査機関の認知件数による方法と、犯罪の暗数調査、す
なわち、捜査機関に通報しなかった犯罪を含む犯罪被害数を市民に尋ねる方法と
がある。犯罪白書は、人口一〇万人当たりの認知件数を、外国との比較などに用
いてきた。しかし、認知件数は市民の通報行動などに依存するので、平成一二年
版からは、暗数調査の結果も用いられることとなった。そのいずれでもない検挙
人員を本書があえて用いる意図は、性別・年齢などによる区分をしたいからであ
ろう。だが、検挙人員やその内訳は、検挙活動へのエネルギーの注ぎ方に依存す
る。重要な事件を中心に解決する場合(三〇頁)、残るエネルギーは、検挙が容
易で検挙率を上げることのできる犯罪に注がれることとなろう。
 本書が頻繁に用いている「検挙人員率」の意味は、もしも丁寧な作業をしてい
れば、検挙人員中に少年(口絵の図七では年少・中間・年長・触法)と成人が占
める人数を求め、それぞれ人口一〇万人当たりに換算した数値であろうと推測さ
れる。そうであれば、万引きや占有離脱物横領(自転車盗)などで検挙されるこ
との多い少年の検挙人員の変動が、自ずと強調されて示されることとなる。それ
に加えて著者は、検挙率の低下を補正し、少年の検挙人員率が極めて高く、かつ
、上昇しているとする。その補正方法は、「一九八八年頃までの検挙率がそのま
ま維持された場合を想定して認知件数に応じた検挙人員を推定し、それを成人と
少年の検挙人員の割合に従って割り振った数値」(八頁)とのみ説明されており
、その検証は不可能である。しかも、この補正方法によるのでは、検挙しやすい
犯罪の変動がますます強調されることとなる。この点について著者は、「このよ
うな補正を行わなくとも、現在の少年犯罪が、数値上は危機的情況にあることは
変わらない」(八頁)と述べている。もしもそうなのであれば、補正をしない数
値を示して論述し、「科学の基礎」である検証可能性を残すべきであった。なお
、本書は、「補正値」を用いる場合にはその旨を注記すると記しているにも関わ
らず、読み進むと検挙人員率に注記が無くなっている。もしも注記を忘れたので
あれば、内容の正確性に疑問が残るし、もしも注記が不要なのであれば、極めて
問題の多い「補正値」を何故本書の冒頭部分で用いたのかに疑問が残る。
 少年による強盗のみが近年増加したことは犯罪白書から明らかであり、それを
否定する刑事法研究者はいない。また、その増加理由については、粗暴犯である
恐喝の一部を凶悪犯である強盗と扱うようになったと理解されている。これに対
して著者は、「『恐喝かさ上げ説』は、専門的に見ればまさに奇妙な主張」(一
〇四頁)と述べている。粗暴犯である恐喝と凶悪犯である強盗との分水嶺は、抗
拒不能であったか否かであるから、被害者の供述録取書にその旨を警察が記載し
さえすれば、恐喝ではなく強盗として、検察庁・裁判所にそのまま通用して行く。
この意味でこれは、刑事手続の実態についての著者の無理解を露呈した記述であ
る。
 概して本書は、統計処理面では、できればダレル・ハフ著高木秀玄訳『統計で
ウソをつく法』(講談社ブルーバックス)、谷岡一郎著『「社会調査」のウソ』
(文春新書)等を参照しつつ、慎重に読むべき本であり、統計学の名著をも多数
刊行している東京大学出版会が、その刊行書籍の品質を問われかねない本である
と考える。
    11/10/00  立教大学教授 荒木伸怡(あらきのぶよし)
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