2004年度租税法


 配布資料は、「学生がノートを書く負担を減らして、話を聞くことに集中できるようにしているが、レジュメを見ただけでは理解しにくく、講義を耳で聞いて理解が深まる」というレベルを目指して作成しています。私自身の学生時代の経験から、耳で講義を聞いていた方が懸命に教科書を読んだだけというよりも理解が深まっている、と感じています。



試験解説 2004年7月28日公表 (講評は緑字で。8月10日公表
第一問 次の(1)〜(4)の問いのうち、2つを選択し、答えよ。なお、3つ以上答えても、解答順で前から2つしか得点計算に含めない。(20点×2)
(1) なぜ政府は租税を徴収する必要があるのか。「公共財」「非競合性」「非排除性」という3つの言葉を使いながら説明せよ。なお、憲法上の根拠を述べても加点対象とならないことに、留意せよ。

 配布資料2頁2.1.(1)参照。

 「非競合性」「非排除性」の語に関して、公共財についての説明としてではなく、租税についての説明である、と勘違いした答案が散見されました。
 公共財について、3つの用語を用いるという明示的条件の他に、【市場の失敗があるため】政府が公共財を提供する必要がある、ということも説明してほしかったのですが、論じている答案はあまり多くありませんでした。
 公共財について、政府が提供するから公共財という、と考えているように読める答案が散見されました。公共財という概念は、誰が供給するかということと関係ありません。
 昔は戦費調達のためであったが、今は福祉国家観の下で公共財を提供する際の資金調達のために租税を徴収する、といった議論が見受けられましたが、戦費調達も国防という公共財のための資金調達なのですから(王様の気まぐれで戦争をするなら別論ですが)、昔も今も公共財が核心にあります。福祉国家観と公共財との間に明確な関係はありません。

(2) 貯蓄に関し、包括的所得概念に則った課税と消費型所得概念に則った課税とで、どのような違いが生ずるか、また、どのような非中立性が生ずるか、数値例を自作して説明せよ。

 配布資料12頁4.2.8.参照。


 論ずるべき非中立性は、【包括的所得概念の下における】【貯蓄するか否かの選択(貯蓄するか消費するかの選択)】についての非中立性であります。しかし、貯蓄に関し、【包括的所得概念に則って課税するか消費型所得概念に則って課税するか】、という違いが非中立性の内容である、と勘違いした答案が散見されました。税制は政府が作るものであり、納税者の選択に関する非中立性・歪みの議論にのってきません。
 所得概念の違いを説明すべきであるのに、時価主義と実現主義の議論をする答案が散見されました。
 また、包括的所得概念に則った課税の結果と消費型所得概念に則った課税の結果とが異なることを示すことができていても、何について【非中立性】の問題が生じているか論じてない答案が散見されました。
 包括的所得概念に則った課税の説明において、600を貯蓄し翌年660の元利金を受け取ったときに60ではなく660に対して課税される、という間違いが散見されました。
 消費型所得概念の下では消費が阻害される、と論ずる答案が散見されましたが、消費型所得概念に則った課税は貯蓄と消費との選択に関して中立的であり、消費阻害効果があるとは考えられていません。金のかからない消費と対比して金のかかる消費を阻害する、という効果ならありますが、それは消費型所得概念に特有の効果ではなく、包括的所得概念の下でも同様の効果があります。
 贈与に対する課税や土地の譲渡益に対する課税や課税繰延について論じた答案が散見されましたが、問題は【貯蓄に関し】です。

(3) 含み益のある資産を個人が法人に贈与したとき、どのような課税がなされるのか、数値例を自作して説明せよ。また、対価を受け取っていないにもかかわらずなぜそのような課税をするのか、所得税法59条の制度趣旨を説明せよ。

 配布資料17頁4.3.6.参照。


 含み益が分かるような数値例を示した答案が、多くありませんでした。
 ロック・イン効果を論じた答案がありましたが、ここの主題は無限の課税繰延を防ぐことです。

(4) 法人税法23条1項の受取配当益金不算入の制度趣旨を説明せよ。次に、法人税法23条4項の趣旨を説明せよ。なお、何れについても、連結に関し説明する必要はない。

 配布資料42頁5.2.4.参照。


 特にありません。


第二問 付加価値税(消費税法が定める消費税)に関し、低所得者に配慮するため、生活必需品について税率を下げるべきであるとする主張(複数税率の主張)がなされることがある。複数税率のデメリットを説明せよ。次に、複数税率を導入せずに低所得者に配慮する制度を1つ考え、説明せよ。(20点)

 配布資料51〜52頁7.4.3.参照。


 前半の鍵は【分類】と【税額の転嫁の不明瞭さ】ですが、税額の転嫁について論じた答案はあまり多くありませんでした。
 前半について、特定の財・サービスにつき税率を下げることは、税の中立性に適っていない、とか、公平でない、とかいった答案が見られましたが、複数税率論者の主張するところは正に非中立的な扱いをしようということであるので、非中立的な扱いをしようという主張に対して「あなたの扱いは非中立的である」と非難しても非難したことになりません。
 低所得者をどう定義するか、の問題に言及した答案が散見されましたが、付加価値税の文脈では消費者の所得水準は問題となりません。
 後半の問題について、ぜいたく品に重く課税する、という答案がありますが、それはまぎれもない複数税率です。
 後半の問題について、低所得者についてのみ特別の税率を適用する、といった答案が散見されましたが、それも一種の複数税率であり、厳しく言えば【複数税率を導入せずに】という問題文の条件に合致していません。
 後半の問題について、一定の金額を消費者に還付するということを述べることにまでは成功しているものの、その金額が【生活必需品消費額にかかる付加価値税額相当分】であることまで明示できていない答案が散見されました。
 また、後半の問題について、そもそも付加価値税を廃止して所得税のみで課税する、という(身も蓋もない)提案も散見されましたが、論理の飛躍が甚だしすぎます。


第三問 K氏は政治家を志す青年であるが、現在は落選中で無職であった。太っ腹な社長であるF氏はK氏を不憫に思い、F氏自身が個人事業主として経営しているF商店でK氏を雇用したことにし、「K君、君の仕事は次の選挙に当選することだ」と言って、給与という名目の支払をK氏になした。ただし、K氏は次の選挙に当選することを目指した政治活動に専心しており、事実としてはF商店における勤務実態はなかった。租税法上どのような問題があるか、論じよ。論ずるにあたり、数値例を自作しても構わないが、数値例を自作することが必須ではない。なお、厚生年金や政治資金規制等の問題について論じても加点対象とならないことに、留意せよ。(40点)

 第一に、F氏とK氏の全体を見渡した議論、第二に、F氏個人の課税関係についての議論、第三にK氏個人の課税関係についての議論があります。
 第一に、F氏からK氏に対する給与名目の支払は、F氏とK氏との間で所得を分割する試みである、ともいうことができます。すなわち、所得が分割されることにより、超過累進税率の下、F氏は低税率のブラケットに属することとなり、F氏・K氏全体で見たときの税負担の合計が減少する可能性がある、ということです。しかし、勤務実態のない本件においてはこのような試みは課税当局には通用しません。超過累進税率について配布資料27頁4.5.1.、所得分割について配布資料28〜29頁4.5.3.参照。また、F氏は事業所得を得ているので給与所得控除(所得税法28条3項)を利用できませんが、K氏に給与名目の支払をなすことで、本来利用資格がないはずの給与所得控除やその他のK氏に関する人的所得控除を利用しようとする試みである、ともいえます。勿論、本件においてこの試みも通用しません。給与所得控除について配布資料35頁4.8.2.、所得控除について配布資料27頁、4.5.1.参照。
 第二に、F氏の課税関係について、勤務実態のない人間に給与という名目の支払をしても、必要経費として認められるはずがありません。給与という名目の支払が必要経費であるとして納税申告していれば、それは脱税であり、刑事罰の適用もありえます。脱税について、配布資料31頁4.6.2.参照。
 第三に、K氏について見ると、彼が受け取ったものの実態は給与ではなく贈与であります。従って、所得税法が適用されるべきではなく(所得税法9条1項15号)、相続税法が適用されるべきであるということになります。贈与税について配布資料46頁6.4.1.参照。また、前述の通り、給与を受け取ったとして給与所得控除の計算をしていても、それは認められるはずがありません。

 F氏とK氏との所得分割の試みに言及した答案は、少数でした。
 K氏の給与所得控除やその他の人的控除に言及した答案も、少数でした。
 F氏からK氏への給与支払が【租税回避】である、と論じた答案が多いですが、勤務実態がないのですから、租税回避ではなく脱税の事案です。否認規定の有無に言及した答案が散見されましたが、脱税の事案ですので否認規定は関係ありません。
 【事業の主宰者】の議論を書いた答案もありましたが、本件でK氏が課税されることは間違いなく、問題は、F氏の所得から控除されるか、K氏はどのような課税を受けるのか、です。
 フリンジ・ベネフィットに言及した答案が散見されましたが、本件でフリンジ・ベネフィットは関係ありません。
 F商店が法人であるか否かに着目した答案が幾つか見られましたが、的外れです。第一に、本件はF氏の個人事業の問題です。第二に、法人なりした場合に所得分割がしやすくなるという議論は、勤務実態がある場合のものであり、本件のように勤務実態がない事案においては、法人なりしていようがいまいが、所得分割(給与支払の損金算入・必要経費算入)は認められません。
 K氏への【贈与】と書くべきところを【譲渡】と書いた答案が散見されました。
 贈与によって得たものが譲渡所得である、とする答案が散見されましたが、譲渡所得とは、資産の譲渡益(capital gain)のことです。
 なお、当たり前のことですが、設問のK氏・F氏というのはフィクションです。

 答案末尾にコメントを書いてくださった方、ありがとうございました。また、授業評価アンケートも拝見しました。そこで受けたご指摘を生かして、後期の講義や来年の講義の改善につなげていきます。
 素点平均は43点。素点で60点以上は17.7%。そのままでは難がありますので、成績評価には若干色を付けています。



試験について。2004年7月28日(水)1限。
 六法持込不可。必要な条文は問題文に掲記。
 電卓持込不可。電卓が必要なほど複雑な計算を強いる問題は出ません。数値例を自作して説明させる問題が幾つかあります。
 金子宏『租税法』を教科書として指定していますが、試験で単位をとるためには、配布資料と講義内容を理解するだけで充分です。
 試験問題の構成は、小問2問選択式(20点×2)、小問1問(20)、大問1問(40)。その他の説明は配布資料55頁にて。



紙で配布した資料の訂正(下の電子ファイルでは訂正済み)
4頁 最終行 「公平(equality)」 → 「公平(equity)」
11頁 上から3行目 「包括的所得概念を:」 → 「」削除
12頁 最終行 「入り口非課税出口課税と入り口課税出口課税」 → 「入り口非課税出口課税と入り口課税出口課税」
15頁 中ほど((2) 納税資金についての2行下) 「エラー! 参照元が見つかりません款」→「4.3.2款」
15頁 下から7行目 「実態としての課税ベースは包括的所得概念」 → 「実体としての課税ベースは包括的所得概念」
17頁 下から2行目 「現金配当だと課税を受けない」 → 「現金配当だと課税を受ける
21頁 上から3行目 「レジュメ15頁」 → 「レジュメ16頁」
24頁 上から14行目 「Bの手元に残るのは」 → 「Dの手元に残るのは」
30頁 上から5行目 「工作には時折関与」 → 「耕作には時折関与」
31頁 上から10行目 「侵害放棄」 → 「侵害法規
33頁 表の中央の列の最下段 「(日本の場合*1)」 → 「*1」を削除
34頁 下から3行目 「勤労製所得」 → 「勤労所得」
35頁 上から4行目 「上と所得」 → 「譲渡所得」
41頁 下から8行目 「有価又は無償」 → 「有又は無償」
43頁 5.2.6. みなし配当 を講義・試験範囲から割愛
49頁 上から7行目 「5億円以上」 → 「5億円以下
7月14日講義部分 7.4.5.のfringe benefit及びクロヨン問題について試験範囲から割愛(マッチングについては割愛してない)、7.4.9.及び7.5も試験範囲から割愛

配布資料最初〜7章5節(pdf)
配布資料最初〜7章5節(word)

訂正
5月12日の講義で、やや不正確で誤解を招く表現がありました。
レジュメ16頁
 2000年に1000で購入した耐用年数2年、残存価額0の機械が、1年後、1200で売却された。減価償却を定額法で行っているとして、2001年の譲渡益は幾らか。
 譲渡総収入金額−取得費等=譲渡益
 1200−1000=200      ではない。
[誤] 1200−(1000−500)−500=200 である。
[正] 1200−(1000−500)=700 である。
 減価償却で譲渡益を計算する際の取得費を調整(取得費=原価−減価償却費)(所得税法38条参照)。

 譲渡収入=700と言ってしまいましたが、譲渡総収入金額は1200です。
 圧縮記帳の例の説明でも、譲渡収入=2500or3000と言ってしまいましたが、譲渡総収入金額は4000です。

 講義で1200−(1000−500)−500=200と言ってしまったのは、譲渡益ではなく、一気に課税所得の計算まで行なってしまったからでした。
 正確には、まず、上の計算によって譲渡益(所得税法33条3項:譲渡益=「総収入金額から…資産の取得費[等]…を控除し」た額)が700と出てきます。
 その他に事業所得(所得税法27条2項「事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額」)について計算するときに事業総収入金額が(特に記述されていないので)0、必要経費が500(←減価償却費)、差し引き-500です。
 最終的に700−500=200、が課税対象となります。
 法人税の場合、所得分類はありませんが、益金(法人税法22条2項)を計算するときに譲渡益700が立てられ、損金(同条3項)を計算するときに減価償却費500が立てられ、その他に営業収入がないので、やはり最終的に700−500=200、が課税対象となります。
 減価償却費を二重計上しているのではないか、と質問しにきてくださった方、ありがとうございました。譲渡益(譲渡所得)を計算する段階と、課税所得を計算する段階がある、ということです。

 5月19日に説明しなおしますが、12日に出席して19日に出席しない人が友人等でいましたら、訂正情報がホームページにあると教えてあげてください。
 上の説明で、課税対象が200というのは少なすぎる、と思われるかもしれません。それは、機械を使って得るはずであろうところの事業収入500が立てられていないからです。その点も、5月19日の講義で説明しなおします。


シラバスから転載

科目コード  EX410
科目名    租税法
担当者(フリガナ) 浅妻 章如 / アサツマ アキユキ
学期/単位数 前期/2単位
備考     法学科 国際・比較法学科 政治学科

ねらい・授業内容:租税を空気抵抗に準える見方がある(佐藤英明・法学教室239〜242号)。高校の物理においては空気抵抗を無視してボールの飛ぶ距離などを計算するが、現実の設計においては空気抵抗を無視することはできない。同様に、民法・商法などにおいては租税負担をとりあえず措いて講義がなされるが、現実の社会では租税負担を無視して取引を仕組むことは許されない。
 以上のように租税法は実学の極みともいえる。と同時に、租税負担の配分はどのようにするのが公平に適うかという哲学的な問いをも含む。何が公平かについて生の価値判断を述べることは法律家のよくするところではないが、価値判断を戦わせる議場のありようについて基礎的な知識をお伝えしたい。
 租税法に限らず、法律家には経済学の素養も求められるようになっている。本講義と関係なく、経済学の入門書も各自読んでおくことが望ましい。


授業計画:2単位と時数が限定されているので、めりはりをつけ、所得税を中心に講義する。法人税・相続税は導入的な部分にとどまる。その代わり、法科大学院でも取り上げられることが少ないと予想される消費税について、やや厚く取り上げる。地方税・個別消費税・流通税・関税については、時間に余裕があれば言及する。
 概ね、以下のスケジュールを予定している。
1.序論及び憲法の要請(1回)
2.所得税(5回)
3.法人税(2回)
4.相続税・贈与税(1回)
5.消費税(3回)
6.その他の租税(1回)


成績評価方法:筆記試験
教科書:金子宏『租税法』(弘文堂)[シラバス非記載:5565円。教科書がなくても講義についていけるよう、配布資料等で配慮する。]
 その他に、開講時に指定するホームページに、講義の補足資料をアップロードする。各自ダウンロードすること。
参考書:講義中に随時紹介する。[シラバス非記載:金子宏ほか『税法入門』(有斐閣新書)1050円。]
その他:民法の法人論及び会社法を受講済みもしくは並行して受講していることが望ましい。
キーワード(15字 4つまで):

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