2008年度国際租税法 於上智大学


講義ノート58頁(完)(word/zipで圧縮)

 配布資料は、「学生がノートを書く負担を減らして、話を聞くことに集中できるようにしているが、レジュメを見ただけでは理解しにくく、講義を耳で聞いて理解が深まる」というレベルを目指して作成しています。私自身の学生時代の経験から、耳で講義を聞いていた方が懸命に教科書を読んだだけというよりも理解が深まっている、と感じています。
 黄色のマーカー部分は訂正箇所です。
 青色マーカー部分は講義でとばした箇所であり、期末試験の対象外となります。

上智大学法学部 2008年7月25日金曜1時限 LAW63000 国際租税法 浅妻章如

第1問 A国(付加価値税率5%とする)に居住している音楽愛好家たる消費者がいる。今、B国(付加価値税率10%とする)の事業者であるC社から音楽データの入ったCD-ROM(モーツァルト全集、税抜き価格20万円)を購入するか、C社からCD-ROMより音質の良い音楽データ(モーツァルト全集、税抜き価格20万円)をインターネットでダウンロードして購入するか、迷っている。以下の問いに答えよ。なお、本問において地方消費税の問題及び為替の問題は無視せよ(A国・B国とも通貨は円であると仮定していると考えてよい)。
(1) CD-ROM媒体を購入する場合の付加価値税の課税のあり方について説明せよ。(10点)
(2) ダウンロードして購入する場合の付加価値税の課税のあり方について説明せよ。(10点)
(3) (1)(2)の違いに関し「二つあるうちの一方を選んだ場合にもう一方を選んだ場合より租税負担が重くなるのは可哀相であり不公平である」という言説があるとして、この言説について批判的に論評しつつ、選択肢によって租税負担が異なることの真の問題点を説明せよ。(15点)

【解答例】
(1) B国からの輸出について付加価値税が免税となり、税抜価格20万円で輸出され、A国で輸入について付加価値税が課され、20万円の5%である1万円の租税を消費者が納税する。(講義ノート11.1.参照)
(2) 物品の輸出・輸入ではないので、B国での付加価値税が免税とならず、税抜価格20万円に対しB国で10%である2万円の租税が発生する。A国で付加価値税は課されない。(講義ノート11.2.参照)
(3) CD-ROM購入の場合に税込21万円となり、ダウンロードの場合に税込22万円となるからといって、ダウンロードを選んだ人が可哀相だと直ちにいうことはできない。租税が法定されている以上、そのような課税結果となることは取引する時点で判明することであり、敢えて高い買い物となるダウンロードを選んだ人が可哀相だということにはならない。真の問題点は、ダウンロード購入の方が利益となる場合であっても税込価格が高いのを避けてCD-ROM購入を選ぶ消費者が現れてしまうかもしれない、という選択の歪みである。また、ダウンロード購入に関しA国より高いB国の税率が適用されてしまうと、本来B国のC社から購入する方が利益となる場合であっても高い租税負担を避けてA国の事業者から購入する方を選んでしまうかもしれない、という歪みも問題である。(講義ノート2.1.6.または11.1.参照)


【講評】
(1)(2) 真逆の説明をする答案が散見されました。勿体無いところです。(1)の方が(2)より税が多くなる((1)だと二重課税となる)とする答案が多いのは残念です。また付加価値税の問題であるのに所得課税の問題であるかのような捉え方をする答案も散見されました。
(3) 非中立性の問題は比較的よくできていたようです。
 国際租税法と関係ありませんが、実際のモーツァルト全集(CD170枚)は、割引等を使うと2万円強で買うことができます。なお、私はモーツァルトのファンという訳ではありませんし、まだ買っていません。



第2問 D国とE国はOECDモデル租税条約と同じ内容の租税条約を締結している。D国法人であるF社はE国に支店(G支店とする)と子会社(H社とする)を有している。F社はH社に金銭を貸し付けている。また、F社は自社の発明についてD国及びE国で特許権を取得しており、H社がE国特許権に係る発明を実施して事業を行なっている。以下の問いに答えよ。
(1) F社からH社に対する金銭の貸し付けに係るH社からF社への支払利子について、E国の課税はどうなるであろうか、当該金銭貸し付けがF社本店によるものであるか、G支店によるものであるかによってどのような違いが生ずるかに焦点を当てながら、説明せよ。説明に際し、利子収入の額・当該利子収入に係る費用の額(0ではないとする)・税率等の数値を自作しながら、費用割合次第で、どちらがF社にとって有利となるかが変わることも分かるように説明せよ。(20点)
(2) D国・E国間の租税条約では外国税額控除が規定されている。F社本店からH社に対する金銭の貸し付けに係るH社からF社への支払利子について、外国税額控除がどのように適用されるであろうか、利子収入の額・当該利子収入に係る費用の額(0ではないとする)・税率等の数値を自作しながら説明せよ。(10点)
(3) F社本店からH社に対する金銭の貸し付けの割合が過度に大きい場合、E国でどのような課税の問題が生じるであろうか、貸し付けの割合が何に対して過度に大きいことが問題であるかに焦点を当てながら、説明せよ。(10点)
(4)  H社がE国特許権を実施して事業を行なっていることについて、F社は「子会社のしていることなので我が社の事業の妨げとはならない」と考えて何ら請求していない。この事態について税務上どのような問題が生ずるか、説明せよ。(10点)

【解答例】
(1) E国の通常の法人税率が30%であり、E国の源泉徴収税率が10%であり、利子収入の額が1000であり、費用の額が100の場合と800の場合とを比較する。H社がF社本店に利子1000を支払う場合、費用と関係なく、1000に対して10%の源泉徴収税率が適用されるので、E国で100の租税が発生する。他方、H社がG支店に利子1000を支払う場合、費用が100であればG支店の所得は900であるので270の租税が発生するのに対し、費用が800であればG支店の所得は200であるので60の租税ですむ。このように費用割合が高い場合、F社本店の所得となるよりもG支店の所得となる方が租税が少なくてすむ。(講義ノート7.5.3.参照)
(2) 利子収入の額が1000であり、費用の額が100であり、E国の源泉徴収税率が10%であり、D国の法人税率が40%であるとする。前述の通りE国で100の租税が発生する。F社本店のE国源泉所得は900であり、D国で360の法人税が発生するが、ここからE国で納めた100の税額を控除することができるので、実際にD国に納める税額は260ですむ。(講義ノート3.3.参照)
(3) H社の自己資本に対して、貸し付けの割合が過度に大きい場合、過大な部分の貸し付けに係る利子支払について、H社は損金算入が認められなくなる。(講義ノート7.2.2.参照)
(4) F社とH社が独立の関係であったならば、F社はH社に特許権実施許諾料を請求したであろうから、これと同じ額がH社からF社に支払われたものと擬制するという移転価格税制が発動する。(講義ノート10.1.参照)


【講評】
(1) 言及すべき点が多いため難しいと思いますが、満点答案があったのでほっとしています。
 (1)と無関係の問題ですが、G支店の所得にD国の課税がない、と勘違いした答案が散見されました。G支店の所得はD国居住者の所得ですので、D国の所得課税に服します。
 E国の課税についての質問であるのにD国の税率を設定する答案が多く見られたのは残念です。余事記載を減点要素としていませんが、問題文をしっかりと理解してください。
(2) 利子収入に係る費用が0ではないという条件が付いているので、D国の課税対象は費用控除後の所得となる、という点は難しかったようです。
(3) 資本の3倍という答案が散見されましたが、E国の過小資本税制が日本と同じとは限りません(減点要素とはしていません)。
(4) F社が使用料を請求しないことにより、F・Hどちらの所得が過大・過小となっているか、理解できていないようです。



第3問 一年あたりの利子率・割引率が20%の世界において10000の所得の認識が遅くなることによる課税繰延の利益について、その他の数値を自分で補いながら、説明せよ。(15点)

【解答例】
 税率30%として、10000の所得が第0年度に認識される場合と第1年度に認識される場合とを比較する。第0年度に10000の所得が認識されると、第0年度に3000の租税が発生する。他方、第1年度に10000の所得が認識されると、第1年度に3000の租税が発生する。割引率20%の世界では、第0年度の3000は、第1年度における3600と等しい。従って、10000の所得が1年遅く認識されることにより、第1年度の現在価値に換算して600という課税繰延の利益が発生する。(割引率20%の世界では、第1年度の3000は、第0年度における2500と等しい。従って、10000の所得が1年遅く認識されることにより、第0年度の現在価値に換算して500という課税繰延の利益が発生する。)(講義ノート2.2.3.または2.3.1.または10.2.1.参照)


【講評】 解答例にあるように割引率で割り引くだけの簡単な説明をするのではなく、時価主義・実現主義の問題やタックス・ヘイヴンの問題など、わざわざ複雑にして解答する答案が目立ちました。


最高点65点
最低点0点
平均点30.96点
1(1) 2.50点/10
1(2) 3.46点/10
1(3) 9.42点/15
2(1) 3.08点/20
2(2) 2.31点/10
2(3) 3.27点/10
2(4) 3.27点/10
3   3.65点/15
 
A 2人 7.7%
B 6人 23.1%
C 8人 30.8%
D 5人 19.2%
F 5人 19.2%

【全体の講評】 試験時間に対して問題数が多いと感じられたと思います。ヤマを外す、という不運をなくすため、また、解答を誘導するためのヒントを多く問題文に盛り込ませるため、事実上の選択制にしたつもりです。その結果点数が低くなりますが、上智では相対評価のようですので、平均点が低くなることによる学生の不利益はないと考えました。自分が理解できる問題をしっかりと解けば、結果的にそれなりの成績評価になっていると思います。
 C国・F国・G社など問題文にない単語が出てきて、問題文をしっかりと読んでいないと見受けられる答案が多く見られたのは残念です。特に、支店と子会社との違いについて講義で何度も繰り返したつもりですが、混同している答案が多く残念です。




シラバスから転載

開講元学部/Faculty 法学部/FACULTY OF LAW
登録コード/Registration Code LAW63000
期間/Period 2008年度/Academic Year   春学期/SPRING
曜限/Period 金/Fri 1
科目名/Course title 国際租税法
教員名/Instructor 浅妻 章如
単位数/Credits 2

講義概要/Course description 「国際租税法」という法律がある訳ではありません。国際的な取引に対する租税法(所得税法、法人税法など)の適用関係を講義します。 こちらが作成する講義ノートに沿って講義を進めます。
他学部受講可否/Other departments' students 可/Yes
評価基準・割合/Evaluation 春学期学期末試験(定期試験期間中)/Spring Semester final exam(during exam period) (100.0%)
テキスト/Textbook:教科書の指定はありません。予習したい人は参考書を参考にして下さい。
参考書:赤松晃『国際課税の実務と理論〜グローバル・エコノミーと租税法〜』(税務研究会出版局、2007);藤本哲也『国際租税法』(中央経済社、2005)

授業計画/Class schedule
1.イントロ
2.所得及び税額の計算の基本
3.居住者と非居住者
4.租税条約
5.対非居住者課税−恒久的施設
6.対比居住者課税−所得源泉
7.対比居住者課税−所得源泉
8.外国税額控除
9.移転価格
10.タックス・ヘイヴン
11.過小資本・条約漁り
12.タックス・シェルター
13.消費税(付加価値税)の計算
14.国際取引と付加価値税
15.予備日


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