2010年度租税法(EX410)


講義ノート72頁(word/zip)(完)

 配布資料は、「学生がノートを書く負担を減らして、話を聞くことに集中できるようにしているが、レジュメを見ただけでは理解しにくく、講義を耳で聞いて理解が深まる」というレベルを目指して作成しています。私自身の学生時代の経験から、耳で講義を聞いていた方が懸命に教科書を読んだだけというよりも理解が深まっている、と感じています。
 黄色のマーカー部分は訂正箇所です。
 青色マーカー部分は講義でとばした箇所であり、期末試験の対象外となります。

2010年度 立教大学法学部 後期末・学年末試験問題 2011年1月24日(月)1時限
解答の順序は問わないが、解答に際してはどの問いについてのものであるか明示せよ。解答の決まりごとを守らない答案(例えばペンまたはボールペン以外で解答する答案、氏名等を書いていない答案)は零点とする。

第一問(20点) A国法人甲社はA国所在の本店及びB国所在の乙支店のみを有している。A国法人丙社はA国所在の本店及びC国所在の丁支店のみを有している。A国は日本と同じ外国税額控除制度を採用している。甲社本店及び乙支店、並びに丙社本店及び丁支店は、何れも欠損を生じさせていない。各国の法人税率・各社の本店支店それぞれの所得額について自分で数値を設定した上で、(1)〜(3)の問に答えよ。その際、(1)と(2)が整合的になるように数値の設定において工夫せよ。自作の数値を含まない答案は第一問について零点とする。なお、源泉徴収制度はないものとする。
(1) 甲社はA国・B国に幾らの法人税を納めるか。丙社はA国・C国に幾らの法人税を納めるか。
(2) 甲社と丙社が合併して単一法人戊社となった場合、外国税額控除制度の利用により、甲社・丙社がA国に納める法人税額の合計よりも、戊社がA国に納める法人税額が少ない。(1)の数値を前提とし、戊社はA国に幾らの税を納めるか。
(3) (2)におけるA国法人税額が少なくなっているのを見て、A国課税当局は、税務上合併していないという前提で甲社・乙社それぞれについて課税しようとしている。こうした課税の是非について、論ぜよ。

【解説】(2)の「外国税額控除制度の利用により、甲社・丙社がA国に納める法人税額の合計よりも、戊社がA国に納める法人税額が少ない」の説明から、外税控除余裕枠(講義ノート6.7.2.参照)の利用に気付いてほしい。しかしそのことに気付かなくとも、(1)の外税控除の仕組み、(3)の租税回避の否認の可否について、きちんと論じることができていれば、その部分については点数をつける。
(1) A国の税率を30%、B国の税率を25%、C国の税率を35%とする。甲社本店、乙支店、丙社本店、丁支店のそれぞれの所得を0、200、0、100とする。甲社はB国に50、A国に10の法人税を納める。丙社はC国に35、A国に0の法人税を納める。
(2) 戊社はB国に50、C国に35の法人税を納める。A国に対し300の所得について90の法人税納税義務が発生し、85の外国税額控除を主張するので、結果として戊社はA国に5の法人税を納める。
(3) 講義ノート2.7.3.及びケースブック§164.02相互売買事件参照。当事者が選択した法形式(ここでは二つの法人のままでいるか一つの法人になるかの選択)について、A国課税当局が法人税額の減少のみを理由として否認することは、原則として許されない。もし課税当局が勝つとすれば、よほどの事情(ケースブック§164.04外税控除余裕枠りそな銀行事件参照)を論証しなければならないが、その論証なしに課税当局を勝たせるという答案は認め難い。


第二問(15点) 年複利計算で割引率(利子率と等しいと仮定)が年10%の世界を想定する。所得税率は一律40%とする。計算の便宜のため、1000÷1.1=909とし、909÷1.1=826とする。第2年度末にD氏がE氏に1000支払うという内容の金銭債権(焦げ付くリスクはないものとする)を、第0年度末にE氏がF氏に826で譲渡した。第1年度及び第2年度それぞれのF氏の当該金銭債権に係る所得を、時価主義に沿って計算した場合及び実現主義に沿って計算した場合それぞれについて、求めよ。そして、この設例に関しF氏にとって時価主義と実現主義のどちらが幾ら有利か、説明せよ。

【解説】講義ノート2.4.10.(時価主義と実現主義)、2.4.6.(所得概念と年度帰属との関係)、4.3.の生命保険年金事件を参照。当該金銭債権の時価は第1年度末に909になっている。そのため時価主義の下では第1年度に909−826=83の所得が生ずる。第2年度には1000−909=91の所得が発生する。実現主義の下では、第1年度に所得の実現がないので所得は0である。第2年度には1000−826=174の所得が発生する。時価主義の下で第1年度に83の所得が発生していたが、その部分について実現主義の下で第2年度に所得の計上時期が遅らされており、課税繰延が生じている。課税繰延は納税者に繰延税額の繰延期間中の利子相当の利益をもたらすため、83×0.4×0.1=3.32(第2年度末における価値)だけ実現主義の方が有利である。

第三問(15点) 取引高税と付加価値税との違いについて、製造業者K→販売業者L→消費者Mという取引状況と、K・Lが一体となったNが同じ商品をMに提供する状況との比較を念頭に置きつつ、数値を自作しながら説明せよ。文章ではなく表で説明しても構わない。なお、取引高税も付加価値税も、何れも税率は10%とし、租税負担は全て消費者に転嫁するという前提をとる。自作の数値を含まない答案は、第三問について零点とする。

【解説】講義ノート5.2.(付加価値税の仕組み)参照。 無税の世界でKがLに8000で商品を販売し、Lが10000でMに販売していたとする。NがMに販売する時の価格も10000であったとする。
取引段階 取引高税 付加価値税 取引段階 取引高税 付加価値税
8800 8800
(8800+2000)×1.1=11880 11000 11000 11000
 取引高税の下でKはLに8800で販売し800の税を納める。LはMに11880で販売し、1080の税を納める。一方NがMに販売するという一回だけの取引段階である場合、NはMに11000で販売し、1000の税を納める。取引高税の下では事業者が垂直的に統合し取引段階を減らすことで課税の回数及び租税負担を減らすことができ、消費者に対する価格競争で優位に立てるという非中立性がある。
 付加価値税の下でKはLに8800で販売し800の税を納める。LはMに11000で販売し、1000の納税義務から800の仕入れ税額控除できるので、結局200の税を納める。NはMに11000で販売し、1000の税を納める。付加価値税の下では取引段階の数が違っていても合計租税負担は変わらず、消費者に対する価格競争において有利不利が発生せず、垂直的統合をするかしないかについて中立的である。


第四問(50点) 或る非公開情報を知ったP氏は、テレビ局Q社とテレビ局R社に、その情報を詰め込んだCDを送った。その際、「この情報は日本国民全般に広く知らしめるべきものである。貴社の報道番組で報道していただければ幸いであり、対価不要」という旨の封書も添えた。Q社は、政治家S氏と相談した。S氏は、「この情報が知れ渡るとT国と日本との関係が悪化する懸念がある。是非報道を控えてほしい」とQ社に要請した。そこでQ社はその情報を自社の報道番組で報道しないことにした。Q社は、P氏に対し「情報提供ありがとうございます。CD代金として△△円お支払いします。しかし社内で検討した結果、弊社の報道番組の時間の枠内で当該情報を扱う余裕はないと判断しました。」という旨を通知し、P氏がQ社に情報提供の対価を要求していた訳ではないにもかかわらず、Q社は勝手にP氏の銀行預金口座に△△円を2010年12月中旬に振り込んだ。△△円という額は、情報の内容・重要性に鑑みて、マスコミならば通常この程度支払うであろうという額と、大差ないものとする。ところで、政治家S氏は同じ情報がR社にも伝わっていることを知らなかった。R社はその情報を報道した。R社は、その情報の価値は△△円(Q社がP氏に支払った額と同じ)あると見積もったが、P氏に金品を一切送らなかった。R社の報道を見た他のマスコミ(Q社も含む)も、その後一斉にその情報を扱った。真っ先に報じたR社の株価は上昇した。一方、Q社がS氏の要請に応じて一旦報道を控えていたことが、Q社を退職したという匿名の者から暴露された。Q社は、多数の国民から電話・ファックス・電子メール等を通じて抗議・非難を浴び、損害を被った。(1)〜(4)の問に答えよ。なお、守秘義務や著作権等の問題は無視する。
(1) P氏がQ社から受け取った△△円につき、P氏にとっての所得分類を論ぜよ。また、P氏がQ社にCDを送るのではなく電子メールで情報を提供していた場合、所得分類が変わるかについても、論ぜよ。
(2) P氏がQ社から受け取った△△円につき、Q社の所得計算にどう影響するか論ぜよ。その際、(1)における所得分類が(2)における考察に関わるか否か、関わるとしたらどう関わるかにも言及せよ。
(3) P氏は、Q社から金品を受け取る筋合いではないと怒り、△△円を海上保安庁に寄付しようかと考えた。しかし、Q社が多数の国民から激しい非難を浴びているのを見て哀れになり、2011年1月に△△円をQ社に返した。この返金がP氏の2010年・2011年の課税所得に影響するか否か、影響するとすればどのようにか、論ぜよ。論ずるに当たり、Q社から金品を受け取る筋合いではないとP氏が怒り心頭に発し、Q社から振込みを受けた翌日にP氏が△△円をQ社に返した場合との比較にも言及せよ。
(4) R社がP氏から情報を受けたこと及びP氏に通常の情報提供料である△△円を支払わなかったことにつき、P氏及びR社の所得計算がどのようになるか、論ぜよ。その際、P氏が電子メールでR社に情報を提供していた場合との比較にも言及せよ。

【解説】 (1) 講義ノート2.6.所得分類全般を参照。CDという資産の譲渡の対価と考えると、譲渡所得であると考えられる。電子メールで情報を提供していた場合、資産の譲渡がないが対価性はあるので、雑所得であると考えられる。しかし、R社はP氏に何も支払っていないことを考えると、Q社が支払う必要のないものをP氏に支払っていたという筋も考えられる。これは法人から個人への贈与に当たると考えられ、情報提供方法がCD郵送であれ電子メールであれ、一時所得であると考えられる。
(2) 講義ノート3.2.4.〜3.2.5.(損金の意義)参照。Q社のP氏に対する支払が贈与に当たらないとすれば、Q社は△△円を損金算入することができる。贈与に当たるとすれば、法人税法37条の寄附金に該当し、寄附金損金算入限度額の範囲内でのみ損金算入することができる。
(3) 講義ノート2.4.2.(権利確定主義)、2.4.7.(管理支配基準)を参照。所得税法36条の収入金額に関し、P氏がQ社に返金したことで、遡ってP氏が2010年12月に△△円を受け取ったということが租税法上なかったことにされるのかの問題である。権利確定主義に照らしても管理支配基準に照らしても、2011年1月に返金したことをもって2010年12月に受け取ったことがなかったことになるとは考えにくい。従って2010年の課税所得は△△円増加する。また2011年の返金は私法上は贈与に当たると考えられるので、2011年の課税所得が△△円減るということはない。
 P氏が翌日にQ社に返金した場合の考察は更に難しい。これを金員受領拒否と考えると、権利確定主義に照らしても管理支配基準に照らしても2010年に△△円の収入金額は発生していない、と考える余地があるかもしれない。P氏はQ社とCD代金の売買契約を締結したわけでもなく、また、Q社からの贈与と考えたとしてもその受領を拒絶することはできるからである。
 しかし、翌日なら金員受領拒否であり翌月なら一旦受け取った金員の贈与であるとすると、その境界は奈辺にあるのか、例えば一週間後に返金した場合はどうであるのか、といった問題が別途発生する。また、P氏の内心の主観的事情がどこまで意味を持つのか、P氏がQ社を哀れんで返金する場合と怒って返金する場合との違いがあるのかないのか、あるとすればどう説明するのかという問題もある。怒って返金する場合は、金員受領拒否という私法上の性質が認定される、という説明になるであろうか?
 なお、仮に返金することによって2010年12月の収入金額が遡及的になかったことになると考えることができるとしても、(4)で見る所得税法59条の適用を回避できるのか、という論点もある。
(4) 講義ノート2.6.3.(譲渡所得)参照。P氏はR社に資産を無償で譲渡したと考えられるので、所得税法59条・みなし譲渡の規定の適用により、時価相当額(本件では△△円)の譲渡収入金額があるとされる恐れがある。しかし、電子メールで情報提供した場合に所得税法59条の適用がないこととの均衡を考えると、CDを送った場合に所得税法59条を適用することが妥当であるのか、疑問が湧くところでもある。
 講義ノート3.2.2.(益金の意義)参照。電子メールで情報提供を受けた場合のR社の扱いについては容易に決まる。法人税法22条2項は無償による役務の受け入れについて益金計上を要求していないので、益金を計上しなくてよい。R社が無償の役務提供を受けたことについて、その後のR社の事業利益増大がR社の課税所得増大に反映される。
 他方、CDで情報提供を受けた場合のR社の扱いについては悩ましい。法人税法22条2項が「無償による資産の譲受け」について益金計上を要求しているので、CDの時価つまり△△円を益金に計上しなくてはならない。しかし、その後のR社の事業利益増大がR社の課税所得増大に反映されるというのは、電子メールで情報提供を受けた場合と同じであり、CDを受け取った場合に益金を計上する必要が真にあるのか、疑問が湧くのである。CD受領時に益金計上をする一方で、後にCDを第三者に売る際(その際の時価は0円に近いであろう)にほぼ△△円の損金が発生するであろうとはいえるが、恐らくR社が将来CDを第三者に売るという事態は生じないと思われる。そうするとCD受領時に△△円の益金計上をして、将来に△△円の損金を計上するタイミングが事実上ないのではないか(減価償却資産として扱うことも難しいであろう)、ならばCD受領時に△△円の益金を計上する必要がそもそもあるのかという疑問が湧くのである。しかし現行法下でCDが法人税法22条2項にいう「資産」に当たらないという解釈論的操作を施すのは難しいように思われる。ありうる対処策としては、CDの時価が0円近辺になった時にR社が第三者に(ことによっては従業員でもよかろう)CDを時価で売って無理やり譲渡損失を計上させる、という策になるであろうか?


【講評】
第一問 (2)の条件が外国税額控除の余裕枠の利用である、ということに気付いている答案が複数あり、安心しました。
第二問 第0年度末にF氏が826で買っているというのに、その後も909とか1000とかの所得が発生するという、税務署も真っ青の苛烈な課税を想定する答案が散見されました。鬼ですか。
第三問 消費税は必ず出題しますと毎年予告しているのですが、なかなか芳しい点数になりません。今後消費税は益々重要性を増していくと思うのですけれども。
第四問 所得分類の問題はそれほど簡単ではないので仕方ないのですが、(3)でP氏の所得について尋ねているのにQ社の所得について論じる答案が散見されたのは大変悲しいです。問題文読めていない答案は毎年ありますが、焦ってもいいことないです。

平均点 第一問7.1 第二問3.2 第三問3.6 第四問8.9 合計22.8 標準偏差19.8 最高60 最低0
S2 A3 B3 C6 D4 かなり上下にバラけました。


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