2013年度租税法(EX410)


講義ノートPDF(01-92頁・完[の予定])
講義ノートHTML(随時更新)

 配布資料は、「学生がノートを書く負担を減らして、話を聞くことに集中できるようにするが、レジュメを見ただけでは理解しにくく、講義を耳で聞いて理解が深まる」というレベルを目指して作成しています。私自身の学生時代の経験から、耳で講義を聞いていた方が懸命に教科書を読んだだけというよりも理解が深まっている、と感じています。
 訂正箇所は緑色の文字で示しています。
 将来青色のマーカー部分がつくとしたら、そこは講義でとばした箇所であり、期末試験の対象外となります。

租税法期末試験2014年1月27日月曜日1限実施
 問題文を読み、 (1)〜(10)の問に答えよ。解答の順序は問わないが、解答に際してはどの問いについてのものであるか明示せよ。解答の決まりごとを守らない答案(例えばペンまたはボールペン以外で書き込む答案、氏名等を書いていない答案)は零点とする。配点は各10点とし、時間配分の目安としてほしいが、租税法学上意味のある記述については配点を超える加点も考慮する。
 本問に関し、日米租税条約はOECDモデル租税条約と同内容であり、アメリカの国内租税法は日本のそれと同内容(所得税、法人税のみならず、付加価値税、相続税についても)であり、アメリカの判例も日本のそれと同内容であるとする。
 日本法人である倉天社はプロ野球の倉天球団を経営している。2013年、倉天球団は、棚釜投手らの活躍もあり、初優勝した。優勝記念パレードを実施する資金を賄うため倉天球団がファンに寄附を呼びかけたところ、3億円集まったが、パレード実施費用は2億円にとどまった。棚釜投手は、2013年中はフリーエージェントの権利(棚釜投手が倉天球団以外の球団と契約してはならない、という入団時の契約の効力が切れること)を獲得していないため、2014年においても、棚釜投手は、倉天球団の許可がなければ、倉天球団以外の球団と契約してはいけないことになっている。しかし、倉天球団の許可があれば、棚釜投手は他の球団と契約をすることができる。倉天球団の許可に関し、日米間の謎の協議の結果、棚釜投手がアメリカの球団に移籍する際に、倉天球団は許可の代償(「移籍金」と呼ぶとする)としてアメリカの球団から得られる金額が上限2000万ドル(本問につき為替レートは$1=\100とし、2000万ドル=20億円とする)に設定された。倉天球団は、移籍金2000万ドルを支払う球団に棚釜投手と契約する権利を譲るとした。
 棚釜投手との契約を希望した複数のアメリカの球団のうち、マナリス球団が棚釜投手と契約することとなった。マナリス球団は2013年12月に倉天球団に移籍金2000万ドルを支払った。マナリス球団は、棚釜投手に、契約金として3000万ドル、2014年にマナリス球団で野球をすることの報酬として1000万ドルを支払う、という契約が2013年12月に締結された。契約金は2013年12月にマナリスから棚釜投手に支払われた。棚釜投手は、2013年12月に右谷県に2億円を寄付した。倉天球団の本拠地である右谷球場は右谷県が所有する。この寄附について、アメリカの野球組織(メジャーリーグベースボール機構)から物言いがついた。移籍金の上限が2000万ドルに設定された趣旨を徹底するため、棚釜投手が倉天球団に寄附をすることが禁じられるとなっており、かつ、そこでいう禁じられる寄附は間接的な寄附も含むためである(右谷県への寄附が倉天球団への間接的な寄附に含まれるかは私法上興味深い問題であるが、間接的な寄附の範囲の認否はメジャーリーグベースボール機構がすることとなっており、本問では問題としない)。2014年になり、前年の棚釜投手から右谷県への寄附は取り消された。棚釜投手は2014年にアメリカに居住地を移した。なお本問と関係ないが2014年は浜星球団が16年ぶりに優勝する。
 (1)大相撲の力士の所得は給与所得とされる一方、一般にプロ野球選手は個人事業主に当たると言われているが、実務上の扱いはさておき、プロ野球選手の球団からの給付が給与所得に当たるという方向で、論じよ。(「給与所得に当たるという方向で」というのは(1)だけであることに留意せよ)
 (2)倉天球団が優勝記念パレードのために受け取った寄附と、パレード実施費用の、法人税法の扱いについて、論じよ。
 (3)かつて日本人投手が日本の球団からアメリカの球団に移籍した際、移籍金として5000万ドルが支払われた例があったことから、棚釜投手についての移籍金も5000万ドルを下らないと推測されていたが、前述の「日米間の謎の協議」の結果として、移籍金の上限は2000万ドルとなった。そこで倉天社は「日米間の謎の協議」の関係者に、差額3000万ドルの損害賠償請求をしようと考えた。2013年に3000万ドルの損害賠償金を益金として計上するべきか、論じよ。
 (4)マナリス球団が棚釜投手に支払った3000万ドルの契約金は、「棚釜投手がマナリス球団以外の球団と契約をしてはいけない」という義務を棚釜投手が負うことの対価である、と私法上性質付けられる。棚釜投手は、マナリス球団以外のアメリカの球団と契約してはならないのみならず、日本韓国台湾等を含めた世界中の球団と契約してはならない。アメリカの課税当局は、当該契約金の源泉はアメリカにあると考えている。当該契約金の所得源泉はアメリカにあると考えられるか、また、アメリカの課税は認められると考えられるか、論じよ。
 (5)仮に棚釜投手が2013年中にフリーエージェントの権利を獲得していたならば、棚釜投手がマナリス球団から得る3000万ドルの契約金は権利の譲渡の対価として譲渡所得に当たるといえるか、当たらないとすれば何所得に当たるか、論じよ。
 (6)棚釜投手が2014年にマナリス球団で野球をすることの報酬として1000万ドルを受け取るという内容の契約が2013年に締結されたことを以って、当該報酬について2013年の所得として課税されるべきか、論じよ。
 (7)棚釜投手の右谷県への寄附が有効である場合、租税法上棚釜投手は何を主張できるか、また、棚釜投手の右谷県への寄附が2014年に取り消された場合、2013年分の所得税の申告に関して、2014年に棚釜投手は何をしなければならないか、論じよ。
 (8)倉天球団における棚釜投手キャラクターグッズ販売は2014年も好調であったが、棚釜投手のキャラクターに関する権利は2014年以降マナリス球団に属することとなっていたため、倉天球団はマナリス球団にキャラクター使用料を支払った。日本の課税当局は、日本でキャラクターグッズが販売されたことによる利益であるから、当該使用料の源泉は日本にあると考えている。当該使用料の所得源泉は日本にあると考えられるか、また、日本の課税は認められると考えられるか、論じよ。
 (9)棚釜投手がマナリス球団から受けた3000万ドルの契約金について、付加価値税は日本とアメリカでどのように課されるか、論じよ。なお、日本企業からアメリカ企業への自動車の輸出取引にまつわる付加価値税課税の態様と適切な比較ができていたら、配点を超える加点をする。
 (10)不幸にも2014年に棚釜投手がマナリス球団のライバル球団のファンによって射殺された。棚釜投手の妻一人だけが相続する場合と、妻及び子の二人が相続する場合とで(何れの場合でも、棚釜投手の直系尊属・兄弟姉妹はいないものとする)、合計の相続税額に差が生じるか、法定相続分課税方式について説明しつつ、論じよ。

【解説】
 (1)教科書120頁。弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁が示した給与所得の定義(「給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうか」を重視する)に照らして、プロ野球選手の所得が給与所得に該当すると(無理やり)論じてほしい。球団の「指揮命令に服して」いるとか「空間的、時間的な拘束を受け」ているとか。
 (2)教科書146頁、157頁。法人税法22条2項により「無償による資産の譲り受け」として寄附が益金に算入されること、パレード実施費用が同条3項(1号・3号は無理であろうから2号であろう)の損金に当たることを論じる。尤も、パレード実施費用が倉天球団の所得稼得と関係がなく費用性がないという筋で、損金該当性を否定する答案を書いても、面白い。
 (3)教科書152頁の権利確定主義や教科書101頁の仙台家賃増額請求事件最判昭和53年2月24日の一般論(管理支配基準を当てはめた結論ではなく、一般論として裁判が確定した時に増額家賃部分が所得になると判示した部分)や、法人税法22条2項「取引」の意義に関するオウブンシャホールディング事件最判平成18年1月24日判時1923号20頁に照らして、所得の実現があるといえるかを論じる。2013年中に裁判が確定するとは言いがたいであろうことから、所得の実現があるとは言いがたい。なお、民事実体法上の損害賠償請求権の成否は問われてない。
 (4)教科書275頁。所得源泉についてははっきし言って超絶難問。所得税法161条2号の人的役務提供の対価に関する所得源泉ルール参照。Linseman v. Commissioner, 82 TC 514 (1984)は、カナダ出身選手とアメリカ所在アイスホッケーチームとの契約金について、チームのアメリカ・カナダでの試合開催の割合に応じて、所得源泉が配分されるとした。しかし、講義では扱っていないためこの判決を前提とする必要はないし、この判決に対しては、【役務提供の対価についての発想であり、契約金の私法上の法律構成に照らしておかしい】といった疑問も呈されている。従って、この結論だけが正解というわけではなく、本問では日本源泉でもアメリカ源泉でも(或いは台湾・韓国などの源泉であっても)説得的に議論を構築できているかが鍵となる。アメリカ源泉であるといえるならば、OECDモデル租税条約17条(芸能人条項)により、アメリカの課税権は認められる。(OECDモデル租税条約7条の【PEなければ課税なし】のルールにより、アメリカは日本居住者である棚釜投手に課税できない、という筋の答案もあるかもしれない)
 (5)教科書111頁。所得税法33条の譲渡所得の起因となる「資産」が固有概念であることに触れつつ、フリーエージェントの権利は「資産」に該当しないと論ずる筋や、同条にいうところの「譲渡」が有償無償を問わず一切の移転をいうとする広い判示をしているにもかかわらず、それでも契約金が「譲渡」の対価であるとはいえない等と論ずる筋が考えられる。結局譲渡所得に該当するという結論を導くのは難しそうである。譲渡所得に当たらなければ、((1)と異なりプロ野球選手は個人事業主であると考えられているので)事業所得に当たるであろう。なお、契約金に対価性がないとすれば一時所得に当たるとも考えうるが、対価性がないといえるかは難しいと思われる。
 (6)教科書100頁。権利確定主義の意義を論じつつ、役務提供の対価については、役務提供があって所得の実現があることを論じる。現金主義の筋で論じてはいけない。
 (7)所得税法93条。寄附金控除(本問では地方公共団体への寄附金なので所得税法78条2項1号)によって、一旦は課税所得から寄附金が控除されることを論じる。次に、寄附の取消に伴い、課税所得を増やすための修正申告(教科書32頁、国税通則法19条)をすることを論じる。修正申告がなければ税務署長が更正処分(教科書32頁)をうってくるであろう。
 (8)教科書276頁。所得税法161条7号により使用料の所得源泉は日本にあるとされるであろう。ただし、OECDモデル租税条約12条は源泉地国の課税権を認めていないので、結局日本は課税できない。
 (9)教科書214頁。自動車の輸出については、仕向地主義により輸出免税輸入課税となる。日本の事業者が自動車を輸出する際に当該事業者の仕入れに係る税額について還付を受けることができる(輸出免税)一方、アメリカの事業者が輸入する際に税関に付加価値税額を納めなければならない(輸入課税)。消費税法上の「資産の譲渡等」のうちの一つである「役務の提供」についての輸出免税の範囲について講義では詳しく扱っていないので、正確に議論できることまでは要求しないが、自動車の輸出と対比して、輸出免税・輸入課税の仕組みが上手く当てはまりそうにない(仕向地主義課税ではなく原産地主義課税となる)ということを論じてほしい。なお、実務において契約金が消費税法上どう扱われているか私は聞いたことがないが、役務の提供の場所がアメリカにあるか日本にあるか判然としない場合は、役務提供者の事務所の所在地(消費税法7条1項5号、消費税法施行令6条1項7号)、すなわち棚釜投手の所在地たる日本の付加価値税が課され、アメリカの付加価値税は課されないということになるのではなかろうか。しかし、契約金に関する役務の提供の場所もアメリカにある(【他の球団と契約しない】という役務の提供の場所を観念できるのかという厄介な問題があるものの)と考えられているかもしれない。
 (10)教科書241頁。相続人が複数いる場合、遺産分割協議などで遺産分割の割合が変わることがあるが、法定相続分課税方式(相続税法16条・17条)の下では法定相続分に則って遺産が分割されたとの前提で全体の相続税額を計算し、実際の遺産分割による受取額に比例して全体の相続税額を配分するので、全体の相続税の負担は基本的には変わらないように相続課税制度が設計されていることを論じる。但し、相続税法19条の2により、配偶者については法定相続分までまたは1億6000万円までのうち大きい方までは相続税が非課税とされるため、本問では、妻・子の二人が相続し、かつ子の実際の受取額が法定相続分より大きい場合(配偶者の受取額が法定相続分より小さい場合)は、支払うべき相続税額が増えるであろう。これと対比して、妻一人が相続する場合は、基本的に相続税額が増えたり減ったりすることは考えられない。

【講評】
 結局、楽天の田中将大投手を獲得したのはニューヨーク・ヤンキースでした。試験問題作成時の予想が外れてしまいました。
 (1)一部の受験生には問題の意図が伝わらなかったようです。結論を問題文で明示して理由だけ書かせるタイプの問題は法学部では珍しくない筈ですが。
 (2)寄附金の損金算入限度額、などの迷走がありました。受取寄附については損金算入限度額は関係ありません。
 (3)裁判の確定を意識している答案が少しありました。損害賠償金は非課税所得であるという方向へと迷走してしまった答案は残念です。
 (4)超絶難問と書きましたが、本気で検討しようとしたら難問というだけで、前述の通り学部生にそこまでの水準は要求しません。日本源泉派とアメリカ源泉派が拮抗していました。芸能人条項(OECDモデル租税条約17条)について言及できている答案もあり、ほっとしました。
 (5)資産概念、譲渡概念が問われているという問題の意図が伝わらなかったようです。何所得に当たるかについて結論だけで理由を論じようとする答案が少ないのが残念です。理由付けなしに結論だけ書いても法学部の試験答案としては加点材料になりません。
 (6)現金主義と思しき答案(現金を受け取ったかに着目する答案)については加点しませんでした。逆に権利確定主義を理解していると思しき答案には加点しました。
 (7)寄附金控除も修正申告も比較的よく理解されていました。
 (8)これも日本源泉派とアメリカ源泉派が拮抗していましたが、条約で日本の課税が禁じられると指摘する答案がありませんでした。残念。簡単な問題のつもりでしたが二番目に平均点が低くなりました。
 (9)最も平均点が低く、殆ど手が付けられていませんでした。仕向地主義についてガリガリ計算する問題の方が良かったかもしれません。
 (10)法定相続分課税方式については幾つかの答案が書けていました。相続税法19条の2の内容についても幾つかの答案が言及できていました。妻一人子二人合計三人という前提の答案が複数ありましたが、それだけでは減点要素としていません。
 S9.1%A9.1%B27.3%C40.9%D13.6%平均26.5点、最低5点、最高50点、標準偏差13.29


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