2015年度租税法1(EX411)




租税法期末試験2015年7月27日月曜日2限実施
 解答の決まりごとを守らない答案(ペン・ボールペン以外で書かれた答案等)は零点とする。基本的に1問10点とするが、租税法学上意味のある記述には配点を超える加点をする。下記条文抜粋に掲げられてない所得税法・相続税法上の税率や控除額等に関する数値の誤りは減点要素としない(例えば譲渡所得に関する特別控除額の誤りは減点要素としない)が、どのような根拠で計算しているのかが分かるように、計算過程を示せ。以下の事象は全て日本国内で生じ、登場人物は全て日本居住者であるとする。地方税法・租税特別措置法は無視する。
 2015年、A選手(14歳)が卓球大会で優勝し、賞金310万円を獲得した。Aは故郷のB市に車いすを寄贈した。Aの母であるCは夫Dとともに卓球用品店Eを経営していた(A・C・Dは生計を一にしている)。Cは青色申告の適格者である。A優勝後、E店の利益が急増したので、Cは、広告宣伝費という名目でAに200万円を支払った。
 E店の利益が急増したもののC・Dの仲は険悪化し、2016年、Cの浮気が発覚し、C・Dは離婚することとなった。D名義の財産は殆どなかった一方、E店の不動産やA・C・Dが住む不動産の名義はCであった。広義の財産分与(清算的財産分与、賠償的財産分与、扶養的財産分与を含む)として、住宅の不動産(取得費4000万円、時価9000万円、相続税法上の評価額は6000万円)の登記をCからDに移転する、という合意がC・D間で成立したが、登記が移転する前かつ離婚が成立する前にC・Dが同時に交通事故で死亡し、唯一の相続人であるAが単純承認に係る相続をした(同時死亡なので、C・Dは互いに相続人とならない)。
 (1)Aの賞金310万円の所得分類(利子・配当・不動産・事業・給与・退職・山林・譲渡・一時・雑)は何か、思いつく限りの可能性を論じよ。論拠なしに所得分類の結論だけ書いても加点要素としない。
 (2)Aの賞金310万円について所得税法204条1項及び205条1号による源泉徴収税額を計算し、続けて、源泉徴収の手続きと、本来の納税義務者たるAの確定申告との関係を説明せよ。
 (3)AのB市への車いすの寄附(所得税法78条1項柱書「特定寄附金」に当たる)は所得税法78条1項1号のどちらにあたるであろうか、場合分けしつつ説明せよ。なお、純損失の繰越控除及び雑損失の繰越控除はないものとする。
 (4)CがAに払った200万円について、C・Aの所得税法及び相続税法上の扱いを、規定の趣旨と合わせて、説明せよ。
 (5)CとDがE店の収入金額・必要経費を折半して所得税の申告をすることができる場合と、できない場合を説明せよ。
 (6)(5)に関し、できないとの前提で、E店のDへの金員支払をCの事業所得の計算上控除する方法を説明せよ。
 (7)離婚における財産分与は譲渡所得の起因となる譲渡に当たると判例はいい、譲渡に当たらないことがあると通説はいう。この通説を前提とするとき、本件でどのような条件を追加すると、CからDへの財産分与が譲渡に当たらないこととなるか、説明せよ。
 (8)Cの浮気についてのCのDに対する損害賠償債務は、相続税法上控除されるか、説明せよ。
 (9)農地売主/買主相続事件・最判昭和61年12月5日訟月33巻8号2149頁及び2154頁に照らし、住宅の不動産に関し、AはCから何を相続するか、そしてそれらは幾らか、また、AはDから何を相続するか、そしてそれらは幾らか、説明せよ。
 (10)相続後、Aが住宅の不動産を第三者に9000万円で譲渡した。Aの譲渡所得はどう計算されるか、説明せよ。
 (条文抜粋は省略)

【解説】
 学生にとってはどうでもいい情報ですが、作問時、なでしこジャパンが優勝するか準優勝か不明だったので、伊藤美誠選手がドイツオープンで優勝し、その後、故郷の磐田市に車いすを寄付した、という記事を参照して作問しました。
 (1)卓球選手として事業といえる程度に稼いでいる場合は事業所得(14歳が事業を行える筈がないという意見もあるかもしれませんが、14歳でもプロとして活動できる人はいるだろうという意見もあるかもしれません。美空ひばり等はどうだったのでしょうか。なお14歳だと(6)の所得税法57条に関して青色専従者にはなりえないです)、事業といえる程度ではないが対価性はあると考えれば雑所得、対価性はないと考えれば一時所得でしょう。後日、「吉川英治文学新人賞の受賞に伴って受領した副賞の取扱いについて」というものがあると吉村政穂先生から教えていただきました。
 (2)超過累進税率の計算ができるかを問うています。100×10%+(310−100)×20%=52(万円)。
 手続きについて教科書134頁参照。利子所得のような一律源泉分離課税の対象ではないので、源泉徴収税額は確定申告の際に税額控除の対象として調整してもらえます。本来の所得税額よりも源泉徴収税額の方が大きければ差額の還付を受けることもできます。私も、かつて租税法論文で賞金をいただいた際、確定申告をして還付請求をしました。
 (3)所得の40%超か否かで場合分けをすることができているかを問うています。解答者がAの一年間の所得の数値を想定してください。
 (4)教科書123頁。所得税法56条が家族内の支払による所得分割を防止しており、Cは生計を一にする親族であるAに対して広告宣伝費を支払っても、Cの事業所得の計算上必要経費に算入することはできません。また、Aは受領した200万円をA自身の課税所得に算入することはありません。広告宣伝費という名目が付けられていても実質はCからAへの贈与であるとすると、やはりCは必要経費に算入できず、Aについては基礎控除110万円を控除した90万円について相続税法により贈与税が課せられるでしょう。贈与税が課される趣旨は、相続税の補完(生存贈与により相続税を回避することを防止)であります。
 (5)教科書124頁の歯科医院親子共同経営事件・東京高判平成3年6月6日を念頭に置きつつ、共同事業として認められるかどうかを場合分けして論述してください。Dが青色申告適格者であるか否か問題文には書かれていませんが、青色申告の適格者であれば、CとDの折半は認められやすくなるかもしれません。しかし、青色申告の適格者でなければCとDの折半は認められない、とも言いきれません。また、CとDが組合を結成して当該組合がEを経営しているということであるとすると、CとDの折半が認められる可能性は高くなるでしょう。
 (6)教科書123頁。所得税法57条1項の青色専従者給与控除を使うことになります。
 (7)教科書99頁の名古屋医師財産分与事件・最判昭和50年5月27日をめぐる判例と通説(金子宏説)との対立を念頭に置いてください。住宅の不動産がCの特有財産であるならば金子説を前提としても譲渡に当たると言わざるをえませんので、まず、住宅の不動産がCの特有財産ではないという条件が必要になります。また、清算的財産分与の趣旨でCからDに不動産の登記が移る場合だけ(逆にいうと賠償的財産分与、扶養的財産分与の性質がない場合だけ)が、金子説を前提とした場合に譲渡に当たらないということになります。
 (8)教科書246頁。相続税法13条が債務控除を定めており、相続税法14条により、控除可能な債務は「確実と認められるもの」に限られます。本件で損害賠償債務が確実であるかを論述することになります。
 (9)今回最も難しい問題です。講義を聴いていない人には解けないでしょう。通常の売主相続事例として考えると、AはCから[1]不動産の所有権(6000万円)、[2]不動産引渡債務(−6000万円)、[3]売買代金債権(9000万円)を相続する筈であるところ、判例は「土地の所有権[すなわち[1]]は…相続税の課税財産を構成しない」といっています([1]と[2]が相殺されるからともいえるかもしれません)。判例は「課税財産となるのは、売買代金債権[すなわち[3]]」であるといっています。判例を前提とすると、[1]ではなく[3]が相続税の課税対象となる、ということになる筈です。しかし、本件では[3]に当たるものは売買代金債権ではなく【Dに対する財産分与義務の消滅という経済的利益(教科書99頁参照)】(やはり9000万円)です。
 通常の買主相続事例として考えると、AはDから[4]代金の所有権(9000万円)、[5]売買代金債務(−9000万円)、[6]不動産の所有権移転請求権(??円)を相続する筈であり、[4][5]が相殺されると考えると(しかし、本件では元々[4][5]に相当するものがない、と考えられます)、[6]を幾らとして考えるのかが問題になります。売主相続事例で判例は「土地の所有権は…相続税の課税財産を構成しない」といっているのですから、買主相続事案では[6]が不動産の相続税法上の評価額(6000万円)で評価されなければ整合性がとれない、と思われるところ、買主相続事件で判例は「相続税の課税財産は…所有権移転請求権等の債権的権利」であり、物件ではないから、相続税法上の評価額ではなく代金相当額(9000万円)であるといっています。(買主に関し[6]が9000万円と評価されるならば、売主に関し[2]は-9000万円と評価されることになる筈ですが、最高裁は[1][2]を無視して[3]のみが売り主相続事案における相続税の課税対象であるとしたのですね。腐ってますね、最高裁)
 判例理論をそのまま当てはめると、AはCから[3]として財産分与義務の消滅という経済的利益(9000万円)を相続し、AはDから[6]として不動産の所有権移転請求権(9000万円)を相続する、ということになりそうですが、何か変です。Aが住宅の不動産に関しC・Dから合わせて1.8億円の財産的価値を相続したとは到底考えられません。相続に関し、[3]はないものとして考えるべきでしょう。
 (7)の判例を前提とすると、財産分与がどのような趣旨であろうともCからDへの不動産の移転においてCの譲渡所得が実現しますので、Cに9000−4000=5000(万円)の譲渡所得が生じ(所得税法33条4項の特別控除額を考慮すると4950万円の譲渡所得)、Cの保有期間が5年超であればCの譲渡所得は所得税法22条2項2号により半額となり、Cに譲渡所得に係る所得税の納税義務が発生し、Aが当該納税義務も相続することになり、当該納税義務はCからの相続財産から控除されることになるでしょう。
 (10)教科書101頁。所得税法60条1項により、CまたはDの取得費・保有期間等の属性をAが引き継ぐことになるのか、を問うています。(9)の判例を前提とすると、AはCから「土地の所有権」を相続したことにならず、Dからも「債権的権利」を相続しているにすぎないのですから、所得税法60条1項は適用されないということになるでしょう。しかし、何か変です。(9)の判例はあくまで相続税の課税財産についての判断であるにとどまり、所得税法60条1項に関する判断ではないので、(9)の判例を無視して、所得税法60条1項によりAはCから取得費・保有期間等の属性を引き継ぐということになるのかもしれません。(7)の判例を前提とすると、Aにとって取得費は9000万円になり譲渡所得は0である、と考えられます。しかし離婚成立前・財産分与前にCが死亡したのだから、Cから取得費・保有期間等の属性を引き継ぐという筋も、ありえないではありません。


【講評】
 毎年のことなのですが、「譲渡」の意義を講義でどれだけ説明しても、「譲渡」を贈与の意味に誤解した答案が散見されます。法学部で民法を学んだ筈の人間として恥ずかしいことです。
 (1)卓球大会がオリンピックならば9条により非課税という答案があって、加点対象とするか悩みましたが、2015年の日本における事象という問題文に明らかに反するため、加点事由としませんでした。
 (2)205条を見ろと問題文に書いているのに、195万円以下〜〜という場合分けをしている人、慌てすぎです。また、Aが14歳であるためCが代わりに納税するという構成を採用した答案が少なからず見られたのが不思議です。
 (3)サービス問題のつもりでしたが、いきなり78条の条文を見てもなかなか適切に場合分けできないようです。また、○○×40%が○○÷4で計算されている答案が複数あったのが不思議です。寄附の額を固定し所得の額を変えることで場合分けをするという、斬新な構成の答案でも加点しています。
 (4)56条の問題であることを意識できている答案が思っているより多くて安堵しています。(4)で青色専従者給与の議論を持ち出しても残念ですが加点事由としていません。名目は広告宣伝費であるけれども実質的に贈与であると言った論証なしに、いきなり贈与認定する答案には加点していません。講義で扱っていない相続税法19条に関する論述は予定外でしたが、書いてあるものには加点しました。
 (5)二分二乗訴訟の議論と混同した答案が少なからずありました。CとDで折半する契約を締結しているということしか書いてない場合も、加点していません。(5)の解答の中で(6)の青色専従者給与について論述している答案があり、悩みましたが、加点しました。
 (6)所得税法57条の青色専従者給与だけでなく、法人成りでも(法人税は試験範囲外でしたので予定してはいませんでしたが)加点しました。複数の答案が配偶者控除の話をしており、不思議でした。
 (7)予想していたよりも特有財産、夫婦共通財産の議論ができていませんでした。受講生の中で離婚経験者は少ないでしょうから仕方ないのですかね。離婚を経験すると所得税法が現実味を伴って理解できるようになるかもしれませんが、心が荒みますし離婚経験者の寿命は短いらしいので(私は早く死ぬのでしょう)、あまりお勧めはできません。でも、生涯未婚の人も寿命が短いらしいですので、結婚しないという選択肢もあまりお勧めできません。
 (8)相続税法上の「確実」と認められる債務か否かを論じてほしかったのですが、論じている答案は殆どありませんでした。離婚前だから債務は確実とはいえず控除できない、という筋でも加点しました。所得税法9条の非課税所得、或いは45条の必要経費不算入の議論と混同している答案が殆どでした。混同によりCの損害賠償債務はDの損害賠償債権とともに消滅するので債務控除の対象とならないという筋の答案も加点しました。
 (9)難しいだろうなと思いながら出題しましたが、僅かながら判例法理を踏まえた答案があり、嬉しく思います。
 (10)所得税法60条1項が適用されるのかどうかについて(7)(9)に関する解答と整合的かどうかをチェックしながら採点しました。(9)に関しCから不動産を相続するという誤った解答をして(10)に関し所得税法60条1項を適用するという解答をした場合、(10)について加点しました。(9)に関しCから債権を相続するという正しい解答をした上で(10)に関し何ら論述なく所得税法60条1項を適用するという解答をした場合、(10)について加点しませんでした。(9)に関し債権を相続するとしつつも、相続税法の判例と所得税法60条1項の問題は連関しないなどの留保があれば、加点しました。(9)に関する論述なしで(10)について所得税法60条1項を適用している場合は半分加点としました。
 全体平均28.76点。標準偏差18.41。最高70点。最低0点。(1)5.67(2)6.22(3)4.53(4)3.11(5)3.56(6)1.00(7)0.78(8)0.89(9)1.11(10)1.89 S6.7%、A13.3%、B26.7%、C37.8%、D15.6%。
 全体として、昨年度春学期より少し良くなった気がします(平均点も若干上がりました。昨年度秋学期よりは平均点が低いですが)。今年度は、講義ノートを配布せず板書のみとし、講義内容の縮減を図りましたところ、この縮減がうまくいったと解せるかもしれません。尤も、92名登録で受験者が45名なので、受け控えも多かったのかもしれません。3年次生平均27.46点に対し4年次生平均30.53点と4年次生の方が平均点が高いのも例年にないことです(昨年度秋学期も4年次生の方が高かったですが)。



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