2016年度租税法1(EX411)




租税法期末試験2016年7月25日月曜日1限実施
 解答の決まりごとを守らない答案(ペン・ボールペン以外で書かれた答案等)は零点とする。租税法学上意味のある記述には配点を超える加点をする。本問の事象は全て日本国内で生じ、登場人物は全て日本居住者であるとする。下記租税法令抜粋は参考になるかもしれないが罠かもしれないし抜粋されてない租税法令が関係するかもしれないので注意されたい。原則として現行法令に依拠するが、地方税法・租税特別措置法は無いものとする。
 A氏は所持・使用・売買等が禁止されている違法薬物・甲の密売をして生計を立てている。A氏の甲の所持・使用・売買の事実が警察により公表された。A氏の夫である芸能人・B氏は、A氏と離婚する決意を記者会見で発表した。しかし警察がB氏を生物学的に調査したところ、B氏も甲を使用していたことが判明したので、A氏保有の甲を無断で使用していたことをB氏は認めざるをえなかった。A氏は、B氏と離婚すると生計を維持できなくなるため、A氏はB氏との離婚に同意しなかった。B氏はB氏の所有する家にA氏とともに暮らしていたところ、B氏がA氏に家から出ていくよう求めてもA氏は家を出なかった。B氏が無理やりA氏を家から追い出す方法が無いため、B氏が家から出てA氏と別居することとした。離婚が成立する前までB氏はA氏の生計を支える義務を負うため、B氏はA氏に生計費(婚姻費用という。民法760条)として、毎月30万円を支払った。B氏はA氏と離婚することを求めて調停を経て裁判を提起した。離婚裁判中に、A氏は何者かによって殺害された。甲を通じてA氏と繋がっている暴力団関係者がA氏の口から事実が明かされることを怖れてA氏を殺害したのではないかと噂されたが真相は判明していない。
 (1)(15点)A氏が甲の密売により獲得する所得は所得税法上の課税対象となるか、また、なるとしてその所得の種類は何か、複数の可能性を考察し論じよ。
 (2)(15点)B氏の甲使用が、A氏及びB氏の所得税法上の所得計算にどのように影響するか、説明せよ。
 (3)(10点)A氏の密売の相手方であるC氏にとって、A氏に支払った甲の売買代金の必要経費算入は可能か、複数の可能性を考察し論じよ。
 (4)(10点)B氏の所得税法上の所得計算における婚姻費用の支払いの扱い、及び、配偶者控除の可否について、論じよ。
 (5)(10点)A氏の所得税法上の所得計算における婚姻費用の受取りの扱いについて、論じよ。
 (6)(10点)もしB氏がA氏と離婚したならば、B氏は財産分与としてA氏に対し支払い義務を負うことになっていた筈であるが、A氏が死亡したことにより財産分与の支払い義務をB氏が免れたことは、B氏にとって所得税法上の課税所得を構成するか、論じよ。
 (7)(10点)A氏死亡時、警察に見つかっていなかった甲が大量に遺されていた。B氏は当該甲を警察に届け出て没収してもらうつもりであるが、当該甲は相続税法上の課税価格に算入されるか、論じよ。
 (8)(20点)A氏殺害犯に対する損害賠償請求権が、所得税法上の課税所得に当たるか、また、相続税法上の課税価格に算入されるか、論じよ。
 (条文抜粋は省略)

【解説】
 (1)利息制限法違反利息事件・最判S46.11.9民集25-8-1120租税法概説115頁に照らし違法所得も課税対象となることを論ずる。密売による所得の種類は事業所得か雑所得かが問われる。違法な事業は事業所得の基因となる事業に該当しえない、と一律にいうことはできないが、違法な活動が社会的に事業と認められるかについては疑問の余地が大きく、そう簡単に事業所得であるという認定には至らないであろう。また、密売が事業と言えるだけの規模を備えているかも問題となる。
 (2)B氏は盗んだ訳であり、盗んで得た物もB氏のとっての課税所得を構成する。B氏の甲使用は、A氏から見て棚卸資産の自家消費であり、所得税法39条によりA氏の課税所得計算上においても課税所得を構成すると考えなくてはならない。そうすると、A氏とB氏とで二重課税が起きるのではないか、という疑問も提起されるかもしれない。
 (3)高松市塩田宅地分譲事件・高松地判S48.6.28行集24-6=7-511租税法概説115頁に照らし、違法な支出も必要経費の性質を備えていれば必要経費に算入できる。しかし本問ではC氏が仕入としてA氏から購入しているのか(つまり転売事業目的)、C氏が自分で使用するためにA氏から購入しているのか、限定されてない。そこで仕入れとしてなのか自己使用のためなのかという複数の可能性を考察せよということに思い至ってほしい。C氏にとって仕入ならば必要経費算入は原則として可能であり、自己使用目的ならば原則として不可である。
 (4)租税法概説114頁。B氏にとって所得税法37条の必要経費の性質が無いから必要経費に算入できない。或いは、所得税法45条の家事費であるのでやはり必要経費に算入できない。租税法概説128頁。B氏が配偶者控除の適用を受けるかどうかは、A氏の課税所得が38万円(A氏の収入が給与収入だけならば103万円という線引きであるが本問でA氏の給与収入は考えなくてよかろう)を超えているかどうかによる。本問でA氏の課税所得が38万円を超えているかどうか限定されていないので、場合分けして配偶者控除の適用の可否を論述してほしい。おまけとして、A氏の課税所得が38万円超76万円以下の場合、B氏は配偶者特別控除(所得税法83条の2)の適用を受ける。
 (5)所得税法9条1項15号によりB氏の扶養義務の履行によるA氏の受け取りはA氏にとって非課税所得である。ただし本問では毎月30万円という額が不相当に高額なのではないかという可能性に思い至ってほしい。もちろん、学生の殆どは婚姻費用の相場(婚姻費用算定表http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf参照)を知らないであろうが、知らないであろうという前提で出題している。もし30万円が不相当に高額であるならば、当該不相当に高額な部分はA氏にとって非課税所得とならず、雑所得に係る収入金額に算入されるか、または、受贈であるとして(所得税法9条1項16号により非課税所得となるけれども)贈与税の課税対象となる可能性があるであろう。本問でB氏がA氏を嫌っているのだから扶養義務を超えた支払をB氏がA氏にする筈がないとして、30万円は扶養義務の範囲内である、と論述する筋も考えられる。B氏が高所得者であるならばA氏に対する毎月30万円の支払は不相当に高額ではないと論述する筋も考えられる(前掲算定表では最高額は26〜28万円となっている。しかし26〜28万円はA氏の住居費も含む額であるところ、本問ではA氏がB氏所有の家に居座っているので住居費相当額を26〜28万円から控除した額が扶養義務の履行としての適正額というべきであろう)。
 (6)原則として債務免除益は収入金額(所得税法36条)に算入される(租税法概説112頁)。また、名古屋医師財産分与事件・最判S50.5.27民集29-5-641租税法概説99頁によれば、財産分与における資産の移転は、移転者にとって、分与義務の消滅という経済的利益を受ける(所得税法基本通達33-1の4)とされている。だから本問においても、A氏死亡により財産分与の支払い義務をB氏が免れたことは、B氏にとって所得税法上の課税所得を構成すると論ずる可能性が、皆無ではないかもしれない。しかし、A氏が死亡したということは、B氏から見て、財産分与義務が発生した後に義務が消滅したのではなく、財産分与義務がそもそも不発生であったということであり義務の消滅という対価も不発生であるというべきであろう。
 (7)相続開始時点でのあらゆる財産的価値のある物が相続税法上の課税価格に算入されるはずであるし、違法な物であるから課税価格に算入されないという立論も法解釈としては難しいであろう。また、没収してもらうつもりであっても、相続開始時点で財産的価値のある物が存在したという事実が遡って消滅する訳ではない。尤も、実務においても死後に発見され直ちに警察に没収される違法薬物が相続税法上の課税価格に算入されるという扱いがなされているのか、定かでない。
 (8)A氏殺害に関する損害賠償請求権が、A氏に生じてからB氏に承継されるのか、A氏は死亡しているのだからA氏には生じずB氏に原始的に生じるのかという問題がある。民法の講義で判例学説の争いを教わると思うが、その知識を本問で前提としている訳ではない。しかし、知識がなくとも、損害賠償請求権が誰に発生するのかという筋道は考えてほしい。単に損害賠償だから所得税法9条1項17号により非課税であるというだけでは足りない、ということは、(8)の配点が高いということから分かってほしいところである。
 A氏に損害賠償請求権が生じてからB氏に承継されるとするならば、A氏にとって損害賠償請求権は所得税法9条1項17号により明らかに非課税所得である。しかし、所得税法9条1項17号に相当する規定が相続税法には無い(相続税法12条は非課税財産として一部の保険金を挙げているが講義では扱っていないため出題の前提として要求する知識ではない)ため、B氏が損害賠償請求権を承継する際に相続税法の課税価格に算入されるのではないかという問題が提起される。真犯人が分からないのだから、損害賠償請求権を行使しようがなく、損害賠償請求権の時価は零である、といった処理をすることになるであろうか。
 B氏に原始的に損害賠償請求権が生じるとするならば、B氏にとって損害賠償請求権は所得税法9条1項17号により非課税所得であることになるし、相続によって取得するものではないため相続税法上の課税価格にも算入されない。


【講評】
 租税法には人生の大切な事の全てが詰まっているというと嘘ですが、全てとは言わないものの結構多くの事が詰まっているということは、本問から理解されるかと思います。なお、人生には大切な時が何度か訪れますが、元ネタによれば「今はその時じゃない」らしいので、租税法の期末試験が大切な時であるかは論争含みです。  以下、採点後の講評。
 鉛筆答案は本当に零点にしています。チャレンジャーなの?
 どの小問かに限った話ではなく、譲渡所得を贈与と絡めて解答している答案が多数あり、「法学部生が『譲渡』を『贈与』と混同するな!講義で繰り返し注意しただろ!法学部やめちまえ!」と怒り心頭に発し減点事由にしようかと思いかけましたが、気を取り直して減点事由にはしませんでした。でも本当に、他学部生ならともかく法学部生が「譲渡」を「贈与」の意味で用いたら一発で「こいつは勉強してない」って見抜かれて呆れられますよ、気を付けましょうよ。
 (1)7.06点。法学部の記述試験で「課税対象となる」という結論だけ書いても加点されません。作問時に想定してなかった解答としてA氏が暴力団に雇われていて給与所得の可能性があるという解答が沢山ありました。想定外とはいえ、説明がしっかりしていれば加点しています。
 (2)1.08点。所得税法39条の自家消費について意識できない答案が殆どで、所得税法39条に気付かないことは作問時の想定内だったのですが、B氏について所得税法36条の収入金額に当たらないとする答案が多かったことには頭を抱えています。(1)で違法な所得も課税所得に含まれるのですから盗んだ物についてもその時価相当額が課税所得に含まれる、と気付いてほしいのですが。また、B氏とA氏との所得が一体となるという筋で解答している答案が多数あるのですが、講義でさんざん日本では個人単位課税が採用されていると強調しましたよね?
 (3)5.06点。正答率は高かったです。しかし、(1)で違法所得といえども課税対象になると解答しつつ(3)について違法支出は必要経費たりえないという筋を採っている答案が幾つかあって、それは講義で扱ってない法人税法に関してはありうる筋ですが、所得税法に関しては採りえない筋であるところ、どうして法人税法の発想が紛れ込んでいるのか謎です。なお(3)に関してはC氏が薬物を使うことが正当な業務に含まれる可能性を説明するためにC氏を医療関係者に仕立てあげる答案が幾つかありました。違法支出といえども必要経費算入可能性があるということが(3)のポイントであるため、C氏の支出の適法性に焦点を当てる答案は余事記載として減点事由とすることが本来あるべき採点基準ですが、あんまり厳しいことをいって減点するのも酷であるかなと思い減点事由とはしませんでした。
 (4)1.65点。配偶者控除の可否についてA氏の所得がポイントとなることを理解できているかに注目して採点しています。しかし、それ以前に問題文の意味が理解できてない答案が多数ありました。離婚経験のある学生なんて稀でしょうしね。独身も離婚経験者も平均寿命が短いそうです。私は離婚経験者です。残念な事です。皆さんには幸福な結婚をしていただきたいです(因果としては、幸福な結婚をした人が健康で暮らせるようになるというよりも、健康な暮らしをする能力のある人が幸福な結婚をする能力もあるということなのではないか?という疑問もありますが)。ところで、婚姻費用について損害賠償が含まれるという筋の答案が幾つかあったのですが、なぜ、薬物密売をしていたA氏と離婚したいと思ったB氏がA氏に対し損害賠償義務を負うと考えたのでしょうか?薬物を使用していた高知東生氏と離婚したいと思った高島礼子氏が高知氏に対し損害賠償義務を負うと考えるのでしょうか(本問と異なり高島礼子氏は薬物を使用していないという違いはありますが)?芸能人の離婚に対して厳しすぎやしませんかね。
 (5)0.32点。住居費用無しで月30万円が生活最低限の額であるとかいう筋で解答している答案、「お金持ちの学生なんですねー」という感想。
 (6)2.47点。幾つかの答案が判例に言及出来ていて喜ばしく思います。
 (7)3.23点。(1)(3)で違法性と所得税との関係について尋ねたので、(7)でも違法性と相続税との関係が問題になるということに気付いてもらえるだろうと思って作問したのですが、あまり気付いてもらえませんでした。また、相続税の問題であるにもかかわらず所得税の話をしている答案が多数ありました。落ち着きましょう。
 (8)3.92点。誰の債権であるか分かるように書けているかに注目して採点しています。A氏の損害賠償請求権であるという前提の答案と、B氏の損害賠償請求権であるという前提の答案と、正確に数えていませんが数は同じくらいだったような気がします。
 全体平均24.6点。標準偏差14.7。2年平均24.6点、3年平均29.4点、4年平均20.2点。最高60点、最低0点。今年から2年次生が加わるので成績が悪くなるのは仕方ないだろうと覚悟していましたが、それよりも4年次生、いかんでしょ。大っぴらには言えませんが成績評価には手心を加えています。S5% A13.75% B33.75% C32.5% D15%。例年と比べSADが少なくBCが多い印象です。



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