2019年度租税法1(EX411)




期末試験解説 2019年7月24日水曜日1時限実施

 配点は時間配分の目安にすぎず、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。計算結果が違っても計算過程の加点の可能性がある。下記条文抜粋は参考になるかもしれないが抜粋されてない条文も関係するかもしれない(抜粋に無い条文番号を掲記できないことは減点事由としないが規定の内容を説明するよう努めよ)。原則として現行法令に依拠するが、消費税法・震災復興増税・地方税法・租税特別措置法は無いものとする。国際課税は出題しない。計算の便宜のため、利子率・割引率は10%(年複利)とし、年単位の計算とする(月日は考えない)。所得税率は所得200万円以下の部分が20%、200万円超の部分が40%の2段階だけであるとする。相続税率も所得税率と同様であるとする。
 ピアニストの藤原千花氏は四宮かぐや氏と婚約していた。第1年に、音楽評論家の白銀御行氏が千花氏の演奏について酷評を流布した。第2年に、かぐや氏は千花氏に婚約破棄の旨を告げた。第3年に、御行氏とかぐや氏が結婚した。千花氏はかぐや氏の結婚によるショック及び御行氏の酷評のためピアノで稼げなくなった。千花氏は、婚約を破棄したかぐや氏に対する損害賠償請求権(以下「損賠A」と呼ぶ)と、かぐや氏を騙し千花氏がピアノで稼げなくなった原因を作った御行氏に対する損害賠償請求権(以下「損賠B」という)を有する。千花氏は損賠Aを行使せず、第5年に損賠Aは時効消滅した。損賠Bにつき、第6年に千花氏勝訴の一審判決が出たが、その裁判が確定(内容は同じ)したのは第7年であった。第8年に、貧乏な御行氏に代わり、かぐや氏が損賠Bの賠償金を千花氏に支払った。千花氏は、かぐや氏の心を取り戻せないことを悟り、悲哀を込めてピアノ曲(題は「裏切り」)を第9年末に作った後、第9年末に自害した。自害の寸前、音楽に詳しい石上優氏が、「裏切り」の著作権を千花氏から購入する旨の契約を提案した。優氏が千花氏に対し、「裏切り」の売れ行きに関係なく、第10年末に605万円、第11年末に605万円の金員支払をし(消費税法は無いとの仮定に留意せよ)、この2回の支払により優氏の債務は完済される旨の契約であった(額は適正であるとする)。千花氏は優氏に当該著作権を売却せず、当該著作権は相続財産に含められた。千花氏の法定相続人は、姉妹たる豊実氏と萌葉氏の2人のみであった。遺産分割協議の結果、豊実氏が1/4を、萌葉氏が3/4を相続した。
 (1)(10点)損賠Aを行使した場合の、かぐや氏と千花氏の所得税法上の扱いを説明せよ。
 (2)(10点)損賠A時効消滅について、かぐや氏・千花氏のどちらかまたは両方に所得税法36条の収入金額が立つか、考察し説明せよ。
 (3)(15点)損賠Bについて、損害の区分に関する仮定を追加し、御行氏・かぐや氏・千花氏の所得税法上の扱いを区分に応じて説明せよ。
 (4)(10点)損賠Bについて、(3)にかかわらず千花氏が収入金額を計上すべきとしたら、第何年か、判例の原則的扱いと例外的扱いを説明せよ。
 (5)(15点)豊実氏・萌葉氏は、限定承認をするか単純承認をするか迷っている。所得税法上、限定承認をした方が有利な状況の数値例を自作し、説明せよ。(ヒント:租税特別措置法39条は無いと仮定していることに留意せよ。)
 (6)(20点)千花氏の遺産の額(相続税法15条適用前)が6000万円であった場合の、豊実氏・萌葉氏それぞれの相続税額を算出せよ。
 (7)(20点)「裏切り」の著作権は萌葉氏が相続し第9年末に優氏に売却した(千花氏への提案と同条件)。第10年末に605万円、第11年末に605万円の金員を萌葉氏は受領した。判例の射程を意識しつつ萌葉氏の所得税法上の扱いを考察し説明せよ。(ヒント:難問なので良答への加点は大きい。)
[条文抜粋は割愛]

【解説】
 (1)教科書119頁。所得税法9条1項17号、所得税法施行令30条、94条を抜粋したのでよく読んで落ち着いて解党してほしい。婚約解消は正しく「心身に加えられた損害」であると考えられるので、千花氏にとって非課税所得となる。かぐや氏が損賠Aを支払った場合、所得税法45条1項7号により必要経費に算入できない。所得税法45条は抜粋してないので問題文の「抜粋に無い条文番号を掲記できないことは減点事由としないが規定の内容を説明するよう努めよ」を正に期待しているところである。

 (2)教科書118頁。千花氏に収入金額は立たない。かぐや氏のみ考察を要する。債務免除益も所得税法36条1項の収入金額を構成すると教科書で解説しているので、かぐや氏の収入金額に算入すべき、という答案を期待している。しかし、講義では説明していない浅妻独自の見解にとどまるが、損賠A不行使による債務消滅益は、借金の債務免除益と異なり、所得税法36条1項の収入金額を構成しないと考えるべきではないかと考えている。しかしその論証は大変難しい。借金の債務免除の場合、まず借金という経済的価値の流入があり、その時点で収入金額に算入されていないので、債務免除時に収入金額に算入しなければ辻褄が合わない、よって借金の債務免除益を収入金額に算入することは理解しやすい。しかし、損賠A不行使の債務消滅益は、借金という経済的価値の流入に相当する経済的価値の流入がないので、損賠Aの債務消滅益を収入金額に算入すべきではないと考えるべき、と浅妻は考えている。この浅妻の私見には弱点がある。損害賠償金を支払った場合と比べて損害賠償金を支払わなかった場合にかぐや氏はそれだけ豊かになっているのではないか、という弱点である。比較対象を、損害賠償金を支払った場合に置くならば、債務免除益を収入金額に算入すべきであり、比較対象を、加害行為をしなかった場合(損害賠償義務を元々負わない場合)に置くならば、債務免除益を収入金額に算入すべきでない。

 (3)(1)と同様に教科書119頁。収益補償部分は千花氏の収入金額に算入しなければならない。千花氏がピアニストとして事業所得を稼得していたところ、損賠Bで補填を受けたという場合が、所得税法施行令94条の典型例といえる。ところが、千花氏がピアニストとして雇われて給与所得を稼得していたところ、損賠Bで補填を受けたという場合、収益補償といいうるように思われるが、損賠Bの損害賠償金を千花氏の収入金額に算入しなくてよいとされている(所得税法施行令30条1号「勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償」)。よって「損害の区分に関する仮定を追加し」という部分は、収益補償とそうでない部分との区分についての仮定を答案で書くことを期待したものである。
 かぐや氏については相変わらず所得税法45条1項7号により必要経費不算入となる。但し、かぐや氏が御行氏に対する求償債権を取得したと考えるのではなく、贈与したと考えると、御行氏について贈与税の問題が生じる。
 御行氏については、肩代わりしてもらった時点では、かぐや氏に対する返済債務を負うだけで、所得税法上の問題は生じない。しかし、問題文の記述からすると、かぐや氏は御行氏に対する債権について、債務免除を施すと思われる。そうすると、御行氏は債務免除益を受けた時点(これは、かぐや氏が債務免除した時点ともいえるし、かぐや氏の御行氏に対する求償債権が時効消滅した時点ともいえる)で収入金額に算入しなければならないのではないか、という(2)と同じ問題が出現する。そして、浅妻独自の見解にすぎないが、(2)で述べたのと同様に、御行氏の収入金額に算入する必要はないと考えているが、充分な論証なしに浅妻の私見と同じ結論を書くだけでは、加点の対象としがたい。なお、御行氏については貧乏という条件が問題文に書かれているので、求償債務を履行できないことについて債務免除益の収入金額不算入の特例(所得税法44条の2)の対象となる可能性もあるのかもしれないが、夫婦間でそんなことがありうるのか、やや疑問がある。

 (4)教科書124-126頁。権利確定主義と管理支配基準に関する仙台賃料増額請求事件・昭和53年2月24日民集32巻1号43頁の原則と例外との説明を期待している。判例は、原則として、裁判確定時に収入金額に計上すべしと判示したので(権利確定主義)、原則として、裁判確定時である第7年に収入金額に算入すべきである(第8年のような現金主義的発想は許されない)。しかし、仮に第6年に千花氏勝訴の一審判決が出た時点で仮処分により千花氏が損賠Bの損害賠償金を「収受し、所得の実現があったとみることができる状態が生じた」と言えるならば、例外的に、仮処分時に収入金額に算入せよ、と判例は判示したので、例外的に、第6年に収入金額に算入すべきということも考えられる(管理支配基準)。しかし、問題文では第8年に損賠Bの賠償金の支払いがなされたので、第6年に仮処分があったと読解することは難しいであろう。

 (5)教科書107-108頁のように、限定承認に係る相続と単純承認に係る相続との比較をしてほしい。

 (6)教科書252-254頁の法定相続分課税方式に従って計算する。基礎控除(相続税法15条)は3000+600×2=4200(万円)。よって6000−4200=1800(万円)を法定相続分に従い半々ずつ取得したと想定するので、900(万円)について超過累進税率を当てはめる。200×0.2+(900−200)×0.4=320(万円)である。二人分なので640(万円)。これを豊実氏1/4、萌葉氏3/4で按分するので、160(万円)と480(万円)。そして相続税法18条による2割加算が適用されるので、豊実氏については160×1.2=192(万円)、萌葉氏については480×1.2=576(万円)。

 (7)教科書117-118頁。長崎年金払い生命保険金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の理解と射程を問う問題である。第10年の605万円の第9年における割引現在価値は605/1.1=550(万円)。第11年の605万円の第9年における割引現在価値は605/1.12=500万円。よって「裏切り」の著作権の第9年における割引現在価値は550+500=1050(万円)である。この1050万円は、相続税の課税対象に含まれている。萌葉氏が第10年に605万円、第11年に605万円受け取る際に、所得税を課すとするならば、最判平成22年7月6日と同様に相続税と所得税の二重課税が問題となりうる。よって射程内か射程外か考えなければならない。
 射程内であると考える場合、第10年の605万円の全額が所得税法9条1項16号により非課税所得となるのではない。最判平成22年7月6日は、元本相当部分が非課税所得となり運用益部分は課税対象となるとしている。では第10年の605万円のうちの幾らが運用益部分か。年金払い生命保険金についての実務上の扱いを本件に類推すると、第9年に550万円と評価されて相続税の課税対象となったので、605−550=55(万円)が第10年の運用益であるという扱いになる。第11年については605−500=105(万円)の運用益であるという扱いになる。浅妻独自の見解にとどまるが、この実務上の扱いは、包括的所得概念に照らしおかしい。第9年に1050万円と評価されていた資産について10%で運用したと考え、第10年に105万円の運用益が生じたと考えるべきである。この場合、第10年から第11年にかけて1050×1.1−605=550(万円)を10%で運用したと考えるので、第11年の運用益は550×0.1=55(万円)となる。また、判例の射程内であるとすると、そもそも第9年の譲渡時に1050万円の収入金額が立つべきではないかという論点について、譲渡時の1050万円は全額非課税であるという結論が導かれる。
 射程外であるとも考えられる。最判平成22年7月6日は相続人が生命保険年金請求権を原始取得する事例であったのに対し、本問は被相続人から相続人への承継取得の事例である。そして、最判平成22年7月6日の後、承継取得の事例で最判平成22年7月6日の射程内であると判断された事例は未だ無い。よって、裁判所は、原始取得か承継取得かで射程内か射程外かの区別をしている、という理解が成り立ちうる。射程外であると考える場合、第9年に1050万円の譲渡収入金額が計上される。第10年、第11年の運用益部分の計算の考え方の可能性は、射程内の場合と同様。


【講評】
 (1)5.17点。千花氏の非課税は概ね指摘できていました。損賠Aについては所得税法施行令30条に該当するのが通例であると思いますが、千花が稼得できなくなった分を補填するためという理由を書いたうえで課税所得という結論を書いた場合も加点しました。かぐや氏について全く論じてない答案が多かったのは残念です。かぐや氏について、何も起きない、等、必要経費不算入の趣旨か収入金額不算入の趣旨か不分明の答案は、加点していません。
 (2)4.07点。かぐや氏について、概ね債務消滅益の収入金額算入を論じることができていました。収入金額不算入を浅妻は支持していますが、何も起きなかったから、等、説明不十分のまま収入金額不算入という結論を出しているだけの場合は、加点していません。損害賠償債務の時効消滅は損害賠償権の時効取得である、という興味深い筋の答案がありました。民法の先生には受け容れられないかもしれませんが、損害賠償権の時効取得だという説明によれば、かぐや氏に債務消滅益たる収入金額が立たないという筋が成立するかもしれません(尤もその答案はかぐや氏の収入金額が立つという普通の正当答案でしたが)。千花氏について、単なる余事記載にとどまらない有害的余事記載が少なからず見受けられましたが、有害的余事記載は無視しました。
 (3)2.25点。会長」と唐突に書かれても問題文からは白銀御行氏のことであるとは分からないのですが。
 (4)2.61点。概ね権利確定主義・裁判確定時たる第7年と論じることができていました。原則が現金主義(第8年)、例外が裁判確定時(第7年)という答案はたとい結論が第7年で正しくとも加点対象外としました。原則は裁判確定時(第7年)、例外として現金主義(第8年)という論じ方については、予定してない解答方法でしたが、所得税法67条、所得税法施行令196条、197条に規定があるので、適切に論じていれば加点しました
 (5)1.53点。
 (6)6.98点。単純累進税率で計算する馬鹿を過去何人も見てきましたが、それでも心穏やかでいられません。
 (7)1.68点。売主相続事件は想定外(所得税法上の扱いを問うているので。作問時から売主相続事件の理解を尋ねられていると勘違いする答案の出現は予測できた)ですが適切に説明していれば加点しています。
 かぐや様は小倉世帯、変換ミスでした、かぐや様は告らせたい、テレビアニメは途中で終わってしまいましたので、何とか文化祭のところまで放送されるよう、続編が無事に作られることを期待しています。平均24.29点。標準偏差20.59点。最高105点。最低0点。久しぶりに100点超えの人がでました(全問正解という訳ではないのですが加点が大きかった)。おめでとうございます。教師冥利に尽きます。今回は例年より平均点が高く、特に二年次生の平均点が33.57点と高いところに特徴がありました。(三年次生、四年次生が悪い、という言い方もできます。二年次生の平均点は三・四年次生の平均点の1.757倍です。)大っぴらには言えませんが成績評価には手心を加えています。S11.9%, A11.9%, B28.8%, C32.2%, D15.3%。

 

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