2025年度租税法1(EX411)
期末試験解説 2025年7月21日(月)1時限実施
配点は時間配分の目安であり、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。抜粋されてない条文も関係しうる。抜粋されている条文が関係するとは限らない。抜粋されている条文が解答に関係する場合、条項号を記せ。計算結果が間違っていても過程に加点することがある。原則として日本の現行法令が適用される範囲の問題であるとするが、消費税・震災復興増税・地方税・租税特別措置法は無いものとし、計算の便宜のため、年単位の計算とし(月日の考慮は不要とする)、年複利の利子率・割引率が25%であるとし、相続税率は1000万円以下が20%、1000万円超が40%の超過累進税率構造であるとする。単純累進税率で計算した答案は、授業を聴いてないことが明らかであるので、配点に関係なく不可(D評価)とする。
撃墜王・椎子菅井(以下「S氏」)は「戦争に負けても私は負けてない」と言い残して第1年度末に死亡した。S氏に配偶者はいない。S氏の相続人は2人の実子である甘手楪(以下「A氏」)と新谷杏(以下「N氏」)だけであった。S氏の遺産で目ぼしい物はロボット(以下「資産R」。ロボットではなくMSだとかいう原理主義者は黙って下さい)だけであった。S氏は資産Rを第0年度に無償(時価であるとする)で取得していた。本問で資産Rの減価償却費は計算しなくてよい。資産Rは第0年度も第1年度も全く収益をもたらさなかった。しかし、第1年度末に技術革新が起き、資産Rは第2年度末に5000万円、第3年度末に5000万円、第4年度末に5000万円の事業利益(事業所得に係る収入金額から必要経費を控除した額とする)をもたらす(その後スクラップとなり価値が0となる)ことがS氏死亡時に見込まれていた。第1年度のS氏の所得も債務も0であった。A氏とN氏との間の遺産分割協議の結果、A氏が資産Rの全持分を取得し、A氏がN氏に資産Rの相続開始時の時価の半額の金銭を支払うこととした。法定納期限までにA氏とN氏はS氏からの相続に係る相続税を適法に納付した。博打好きのA氏はFX取引(外国為替証拠金取引)で第3年度に2500万円の損失を生んでしまった。第3年度末にA氏が資産Rを用いて事業利益5000万円を稼得した直後、A氏は第3年度末に資産Rを法人である小森社(以下「K社」)に時価で譲渡した。[条文抜粋は省略]
(1)(10点)相続開始時(=第1年度末)の資産Rの時価(=将来の利益の割引現在価値)を算出せよ。(割引率は問題文第1段落)
(2)(5点)S氏からの相続に係る相続税の計算における基礎控除額を算出せよ。
(3)(15点)S氏からの相続に係る相続税額の合計額を算出せよ。
(4)(15点)遺産分割協議を、第1年度末にN氏が資産Rの半分の持分をA氏に時価で譲渡する、という法律構成であるとする。この法律構成の前提で、第1年度末のN氏の譲渡益の額を算出せよ。譲渡所得額や所得税額は算出しなくてよい。
(5)(20点)「(4)における譲渡益に係る所得税は、生命保険年金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の射程内であり、所得税法9条1項17号に違反する」とする説に関し、裁判例に照らし論評せよ。論評に際し、最初に、最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の意義も説明せよ。
(6)(15点)(4)と異なり、遺産分割協議を、相続開始時からA氏が資産Rの全持分をS氏から単独で承継する、という法律構成であるとする。この法律構成の前提で、第3年度末の資産RのK社への譲渡に係るA氏の譲渡益の額を算出せよ。譲渡所得額や所得税額は算出しなくてよい。
(7)(20点)(6)に関し、A氏はS氏から単純承認に係る相続をしていたが、限定承認に係る相続をしておけばよかったと後悔した。もし限定承認していたら、資産Rに係る所得税と相続税の負担はどのように軽くなるのか、説明せよ。但し所得税率が不明なので税額まで算出する必要はない。
【解説】
(1)教科書102頁。5000/(1+25%)+5000/(1+25%)^2+5000/(1+25%)^3=4000+3200+2560=9760(万円)
(2)相続税法15条に従い3000+600*2=4200(万円)
(3)教科書268-270頁。相続税法15条に従い9760-4200=5560。次に相続税法16条に従い法定相続分通りに相続した前提で計算するので5560/2=2780。これに超過累進税率を適用すると1000*20%+1780*40%=912。二人分なので912*2=1824(万円)。(相続税額の合計額を尋ねているにとどまり、A氏とN氏とでどう配分されるか{相続税法17条}は尋ねていない。というより、(4)や(6)との関係で、(3)の段階でA氏とN氏との間の配分を問うことは不適切であると考え、相続税法17条については問わないこととした)
(4)教科書117-118頁。所得税法60条1項1号に従い、N氏はS氏の取得費等の租税属性を引き継ぐ。S氏の取得費は0である。N氏は資産Rの半分をA氏に時価で譲渡したので、9760/2=4880(万円)の譲渡総収入金額(所得税法33条3項)がある。譲渡益は所得税法33条3項柱書に従い4880-0=4880(万円)である。S氏が取得してからN氏が譲渡するまでの間に5年経過していないので短期譲渡所得(所得税法33条3項1号)であるが求められているのは譲渡益なので短期か長期かの区別は考えなくてよい。所得税法33条4項の50万円の控除もかんがえなくてよい。
(5)教科書127-128頁。最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の意義は、相続時点で相続税の課税対象に含まれた経済的価値は、所得税法9条1項17号により所得税の課税対象とならない、ということを明らかにしたことである。原審は、相続時点で相続税の課税対象に含まれた財産(年金受給権)と所得税の課税対象となる財産(年金)が法的に別であることから、年金に所得税を課すことは所得税法9条1項17号違反でないとしたが、最高裁は、所得税法9条1項が財産ではなく所得を被課税としていることに着目し、二重課税を禁じた。しかし、その射程については、後の裁判例により狭く解されている。例えば不動産の相続に係る相続税の課税と相続後の相続人による不動産譲渡に係る譲渡所得に対する所得税の課税は、所得税法9条1項17号の禁じる二重課税ではないと判断されている。所得税法60条1項1号による租税属性の引継ぎが、被相続人の譲渡損益への課税を確保するための規定であって、相続人の相続財産への課税とは別筋のものであると下級審裁判例は解しているのであろう。そうすると、資産Rに関するN氏の譲渡所得についての所得税の課税も、相続税の課税との関係で禁じられる二重課税であるとは判断されない、と考えられる。
(6)第3年度末の譲渡時(第3年度分の事業利益5000万円を稼得した後なので第4年度分の事業利益見込みしか財産的価値が残っていないことに留意)において、資産Rの割引現在価値は5000/(1+25%)=4000(万円)となっているので譲渡総収入金額は4000万円である。資産RのS氏の手許における取得費0の属性をA氏は引き継ぐ(所得税法60条1項1号)だけなのか、遺産分割協議でA氏がN氏に資産Rの当時の時価の半額たる代償金(4880万円)を支払ったことについて取得費に加算できるのかという問題がある。(4)の法律構成ならば相続開始時にN氏が資産Rの半分について譲渡所得課税を受けているので、A氏が遺産分割協議で支払った代償金(但し4880万円から第2年度、第3年度の減価償却費相当分を控除しなければならない)をA氏の取得費に加算するという考えかたには合理性がある。しかし(6)では相続開始時からA氏が資産Rの全持分をS氏から単独で承継する、という法律構成が前提となっているので、相続開始時にN氏が資産を譲渡したとは考えられず、N氏が資産Rの半分について譲渡所得課税を受けていないから、A氏の取得費に代償金を加算することは許されない。従ってA氏の取得費は0円である。よって譲渡益は所得税法33条3項、60条1項1号に従い、4000-0=4000(万円)である。
余談ながら、学説(金子宏等)では(4)の法律構成を支持する見解が有力であったが、判例(最判平成6年9月13日集民173号79頁)は(6)の法律構成に拠っている。
更に余談ながら、A氏のFX取引に係る2500万円の損失は、A氏がプロとしてFX取引をしている等の特殊事情なき限り事業所得に係る損失ではなく雑所得に係る損失であると考えられるので、所得税法69条1項の損益通算はできない(教科書126頁)、ということも問題文に加えようかと思ったが、問題が多くなりすぎるので諦めた。
(7)教科書116-117頁。限定承認していた場合、所得税法59条1項1号により時価9760万円の資産RをS氏が相続人(A氏+N氏)に譲渡したという前提で譲渡所得を計算し、S氏が譲渡所得についての所得税の納税義務を負うが、当該所得税債務はS氏の遺産を計算するに際して相続税法13条の債務控除の対象となるので、相続税の課税対象から所得税債務が控除される。所得税率をTp、相続税率をTiと表記すると、9760(1−Tp)(1−Ti)型の課税を受ける。しかし、単純承認していた場合、譲渡所得に係る所得税債務を相続税の課税対象から控除することはできない(本問では租税特別措置法39条の救済がないことに留意)。従って、単純承認していた場合、9760万円の遺産全額が相続税の課税対象となり、所得税の課税対象ともなる。従って9760(1−Tp−Ti)型の課税を受ける。従って、単純承認していた方が、限定承認していた場合より、資産Rの時価9760万円に関する所得税債務を相続税の課税対象から控除できるかできないかという差が生じる9760{(1−Tp)(1−Ti)−(1−Tp−Ti)}=9760TpTi、単純承認していた方が資産Rに係る所得税と相続税の負担が重くなる。
なお、本問ではA氏が相続開始後直ちに譲渡したのではなく第3年度末に譲渡したので、(6)の譲渡所得に係る所得税の負担は、限定承認していた場合の相続開始時の譲渡所得に係る所得税の負担より軽いのではないか、という疑問が湧くかもしれない。しかし、(6)の前提として、第2年度の5000万円の事業利益に係る所得税の負担と第3年度の5000万円の事業利益に係る所得税の負担があり、第1年度、第2年度、第3年度、第4年度に、順に0、5000万円、5000万円、5000万円の利益が生じることの第1年度末時点の割引現在価値が0+5000/1.25+5000/1.25^2+5000/1.25^3=9760(万円)であるというのが(1)の想定なので、資産Rを事業で運用して利益を得て所得課税を受けるか、資産Rを早く譲渡して譲渡所得を得て所得課税を受けるかという違いにすぎず、特殊事情を想定しない限り単純承認の方が不利であるという前段落の議論の構造は維持される。(6)では第4年度に見込まれていた5000万円の事業利益が第3年度末の譲渡益4000万円に変わっているが、第1年度、第2年度、第3年度、第4年度に、順に0、5000万円、9000万円、0の利益が生じることの第1年度末時点の割引現在価値が0+5000/1.25+9000/1.25^2+0/1.25^3=9760(万円)であることに変わりはない。
【講評】
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(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
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