4章 しょうゆ差しの色から冷蔵庫の扉まで 〜台所の人間工学(抜粋)

 第二次世界大戦中、アメリカでは「人がモノに合わせるのではなく、人にモノを合わせる」という基本理念の元に人間工学が大発展しました。大戦を遂行するため大量の兵士をリクルートしたため、以前よりも個人能力に大きなばらつきが生まれたこと、兵士の消耗が激しく、従来のように十分な期間をかけて訓練した後に前線に送ることができにくくなったこと、技術革新によって当時としてはハイテクな新兵器が次々に配備されたことなどに対応するためでした。
 日本でも同じ状況だったのに、対応は一八〇度逆の精神主義に頼るものだったのが悲しいですね。旧日本軍では与えられた軍服や軍靴がサイズに合わない場合、「体を服(靴)に合わせろ」と言われたそうです。
 兵器のハイテク化は大戦後も留まるところを知りません。ベトナム戦争の頃だったか、ある航空機メーカが最新鋭の戦闘ヘリコプターを開発したとアメリカ空軍に売り込みに来ました。超高速で高性能かつ多機能、すばらしいスペックです。説明を聞いた軍の高官がメーカの技術者に尋ねました。
 「で、このヘリコプターの操縦士にはどんな資質が必要なのか」
しばし考え込んだ技術者の答えは、
 「オリンピックで金メダルがとれるくらいの運動能力と、ノーベル賞が取れるくらいの知的能力が必要です」
 このヘリコプターの開発は中止になりました。
「誰もが簡単に(安全に・快適に)使えるようデザインする」というのが人間工学の目標です。ハイテク機器の例を持ち出さなくても、皆さんのご家庭や身近な場所によい例がいろいろありますから調べてみましょう。人間工学的に配慮されていないものは扱いが難しいだけではなく、人間のエラーを誘発し、時には事故の原因となり得ることが分かるでしょう。


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