ボランティア未来論


中田豊一「ボランティア未来論」を読む

 

田中治彦 

2000.8.20.


 今年の8月立教大学で開かれた開発教育全国研究集会で中田豊一さんに会った。中田さんは、バングラデシュで活動しているシャプラニールで長く現地駐在員をしていて、その後たまたま神戸で震災にあい「阪神大震災地元NGO救援連絡会議」の事務局長を経て、セーブ・ザ・チルドレンにも勤めていた。今は参加型開発研究所という聞いたような、聞かないような組織を立ち上げて(早い話しが個人事務所)ぶらぶらしているという。その彼に新著「ボランティア未来論」を売りつけられたのである。

 

ワークショップ批判

 

 本を開いて見るとそのタイトルとは似ても似つかぬ内容で、とりわけキリスト教ボランティアおよびキリスト教ワークショップを批判しているのには驚いた。彼自身がカトリックの世界で育てられた人間なので、社会派キリスト教を批判し乗り越えねば「自分はなぜボランティアをしているのか」という問いかけに答えられなかったのであろう。

 本書を読んでみて開発教育のワークショップに二つの流派があることに改めて気づいた。ひとつは開発教育協議会の全研でも頻繁に行われたもので、世界や身の回りの問題に気づき、結果として自分の生き方や行動の変容を促すタイプのものである。もうひとつは、個人の内面に最初から切り込み、それまでの「自己」をいったん解体して、最終的に世界と関わる新たな自己へと再構築していくタイプである。

 後者のワークショップはいわゆる自己啓発セミナーや宗教団体が行っているものと紙一重である。本書のなかにはこのタイプのワークショップを行う2人のファシリテータが紹介されている。私自身は参加型の学習を採用しながらも、他人の人格を直接切り込むようなワークショップはとてもおそろしくてできなかったし、そのようなワークショップを行うファシリテータの自信の源がよくわからなかった。しかし、本書により私たちに身近なその2人のファシリテータの理念の源がキリスト教にあり、絶対的な神に対する信頼(信仰)があってこそできるものであると知りようやく疑問が氷解した。

 筆者はバングラデシュでの活動や東洋思想にもとづくファシリテータとの出会いによって、新たなボランタリズムに目覚めていく。日本の国際協力がODAレベルでもNGOレベルでもうまくいかないのは、自分が自分の社会の問題(日本や回りの地域社会)と真剣に関わっていないからであると結論する。そして、日本で失われてしまった「共(共同体)」がいかに大切なものであったか、そしてそれを新しい形で再構築するためにNGO・NPOが決定的に必要であることを力説する。

 最終章は「私が気づけばあなたが変わる」という「ほんわか」したメッセージである。実はこれは「関係性」を問うているのであり、最後までがまんして読みとおした読者のみがこのメッセージの重みを味わうことができるだろう。(本当にがまんしなければ読み通せない内容である)

                        (2000.8.15.)


NGOは現地から何を学んだか?

 

 以上の書評を開発教育メーリングリストとホームページ・南北ネットワーク掲示板に掲載したのであるが、彼の著書があまりに刺激的で、かつ現在の私の問題意識に合致しているので、もう少し議論したくなった。「ボランティア未来論」のテーマを最もよく説明しているエピソードが「バングラデシュ母子の未来」という節にある(206頁)。

 中田があるフォトジャーナリストをバングラデシュのある村を連れていったところ、そのジャーナリストは女性に「将来の夢は何ですか」とたずねる。するとその女性は「子どもによい教育を与えることです。子どもには町の大学まで行かせたい。」と答える。ところがフォトジャーナリストはさらに「もしこの子が町の大学に行けば、そのまま就職して村には帰って来ないかもしれません。それで本当によいのですか。」と問いかける。女性の表情は寂しさに被われたがしばしの沈黙の後「あれでこの子が幸せならば私は満足です。この子が今のようにやさしい子であり続ければ時々は村を訪ねてくれるでしょう。」と答えた。

 中田は以上のことを通訳して、取材はそれで終わった。しかし中田は今振り返って、この時の会話をここで終わらせてはいけなかったと反省する。彼はこういうべきだったのだ。「私も日本の小さな村に生まれ、父も母も教育もなく財産もなかった。ただ、毎日魚を町に売りに行って私たち兄弟を都会の大学に出してくれた。私も兄弟も町に残り、両親は寂しい生活をしている。今あなたの話しを聞いて、私は母の心の底の寂しさを理解しました。日本に帰ったら真っ先に田舎に帰り、両親にやさしいことばをかけてやります。そしてあなたのことを話そうと思います。」

 その時の中田は「援助者」だったのであり、村のこの女性と対等な立場に立って「対話」してはいなかった。中田らがこの村で行っていた識字学級は「対話」を重視するフレイレの方法論によってはいたが、その思想や世界観までに理解が及んでいなかった。教育が本当に人を幸せにするのかどうか、真剣には考えていなかった。日本での自分の教育の経験があるにもかかわらず・・

 援助者としている限り、対等な会話はなく、学ぶことも少ない。現に日本のNGOはインドシナ難民問題以来20年以上も活動しているのに、その支持者に対して自分たちは途上国から何を学んだかを示していないではないか。途上国の村に行って、日本が失った人間の暖かみや共同体を発見した、豊かな自然があった、という程度の感想ならばすでに20年前に言われていることである。

 すなわち日本のNGOは(もちろんODAも)、自身や自分の社会への問いかけもなしに援助者として振る舞い、その結果プロジェクトはほとんど成果を上げず、しかも途上国からほとんど学んではいないのだ、という実に深刻かつ本質的な問いかけを中田はしているのである。

                         (2000.8.18.)


スタディ・ツアー考

 

 開発教育の場合、援助型のNGOと違って「援助する側−される側」という立場の違いはないので、もっと謙虚に対等にいろいろ学んだり教えたりする(影響しあう)ことができるはずである。しかし、スタディ・ツアーなどで「自然が豊か、人間味がある、子どもの目が輝いていた」以上の感想が出て来ているのだろうか、という疑問がある。

 学ぶことの深みというのは、その人がそれまで日本でどれだけ問題意識をもったりさまざまなことに関わって生きていたのか、に規定されるであろう。漠然と生きてきた人はどこに行っても漠然とした感想しか持ちえないだろう。

 スタディ・ツアーの評価は難しくて、すぐには影響は測れないだろうし、参加者がその後どのような活動をしているかを見なければならないし、しかもその活動が果たしてツアーの直接の影響なのか、など分かりにくい要素がたくさんある。

 私自身もここ数年4回のスタディ・ツアーを企画してきた。毎回大体同じコースで、まず首都バンコクのNGOの訪問、そこにはスラムへのプロジェクトが含まている。そしてチェンマイへ行って、農村でのホームステイ、教育学科の学生が多いので必ず学校訪問がある。こういうコースで1週間から12日間でツアーを行う。

 このようなプログラムの背景には、途上国の実情を見せて、何かを感じてもらい、帰ってからいつかそれを行動に移して欲しい、という願いがある。国際協力NGOが行っているスタディ・ツアーもだいたい同じねらいではないだろうか。

 ところが最近自分でやっていながらこのタイプのスタディ・ツアーにやや疑問をもちはじめた。タイ自体がもともと食料生産も豊富で、また経済危機はあったものの産業開発も進んでいて、1週間程度の滞在では問題状況があまり見えない、ということもある。

 それ以上に、「これが問題だ」と提示して「何かを感じろ」という手法に疑問を感じたのである。そこでこの8月に行うツアーはすべて農村でのホームステイにしてみた。例え数日でも村の人と一緒に生活して「まったり」して帰ってくればよいのではないか、と。

 私がよく行く村はチェンマイから車で2時間ほどのバンホーンという村であり、なぜ私がここにはまったかというと、8年前に保育園の塀づくりのワークキャンプをしたからである。塀づくりは村の人でもできるので、別に国際協力でも何でもなくて、いわばより深い交流のための一手段であった。

 以来、「交流」の方が「協力」や「援助」よりも深い営みなのだ、と漠然と感じていた。語弊があるかも知れないが、国際協力は「援助」という形態をとった国際交流で構わないのではないか、とも思うことがある。青年の船などの政府のプログラムでは、エリートの学生などその国の中産階層以上の人としか交流できない。だから、協力という手段を借りて国際交流するのだ、と。

 村に行って交流して来るだけならば、開発教育はいらないのか、と言われそうである。人と人が関わるというのは「援助」や「教育」よりも深い営みならば、開発教育がなくてもいいのてはないか。

 しかし、やはり開発教育の役割はあると私は考える。私は毎年バンホーン村に行っているが、バンホーンの人が日本に来たのは1回だけである。それも私たちが招待して可能となった。

 ここには経済格差という私たちの交流を妨げる壁がある。なぜ、私はバンホーンに自由に行けて、彼らは日本に自由に来られないのか。その原因はまさに開発教育のメイン・テーマでもある。私たちの交流をさまたげているものを取り除くためには、やはり開発教育や国際協力は欠かせない、というのが私の当面の結論である。

 最後は中田さんの本からは随分離れてしまった。彼の本を読んだおかげでいろいろ考えることができた。感謝する次第である。

                       (2000.8.20.)


中田豊一著「ボランティア未来論−私が気づけば社会が変わる」コモンズ、2000年8月、2100円。


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