YMCA論集
講演と対談
(横浜YMCA新春対談、2002年)
(熊本YMCA創立50周年記念講演、1998年)
The YMCA・コラム
子どもの参画 new
若者文化とYMCA new
学校がさまざまな意味で危機に見舞われている。子どもがそもそも学校に来ない「不登校」はその最たるものであろう。かつて学校は地域の中の情報センターであり、精神的価値的にもリーダーであった。今や社会から最も取り残された「空間」である。保護者も子どももそのことを微妙に感じていて先生や学校を尊敬しない。そんな危機感の中で2002年の新指導要領の基礎となる答申が教育課程審議会からこの7月に発表された。その中に「総合的な学習の時間(総合学習)」の提言がある。
これは小学校で平均週3時間、中高校で週2〜3時間設けられるものであり、その内容は教科の枠に入らない「総合的・横断的な課題」「児童生徒の興味関心に基づく課題」「地域や学校の特色に応じた課題」を教えることになっている。実際に例示されているのは「国際理解」「環境」「情報」「福祉・健康」であり、しかも学習方法として自然体験・社会体験といった体験学習、そして問題解決的な学習が求められている。
この例示されている学習内容と学習方法をよく見てみよう。何のことはない、YMCAがこれまでやってきたことではないか。単なる国名や産物の暗記ではなく、人と人が触れ合う国際交流、第三世界を理解する開発教育、人権感覚に基づく国際協力こそが「国際理解」の中心となるべきである。YMCAのキャンプそのものが環境教育であったし、ネーチャーゲームなどの優れた環境教育プログラムの導入も行ってきた。ボランティア活動やウェルネスはまさに「福祉・健康」教育である。
日本の学校教育はYMCA的になろうとしているのである。またそうならねば今の学校には二一世紀の展望が開けないのである。審議会は「学校とNPO(第四の領域)との連携」を強く期待している。今こそYMCAの出番ではないか。
『The YMCA』576号、1998年10月
「居場所」という日常用語が専門誌や学会でも登場するようになった。物質的には不自由なく育ってきた日本の若者たちが、自分の「居場所」を見出せなくなっている。「居場所」感覚というのは単に自由に出入りできる空間を指すのではなく、そこで他者に認められかつ自分の存在が確認でき、それでいて精神的に安定感がなければならない。どこにでも見出せそうなそんな空間が20世紀末の日本社会には案外欠けているのである。
今の若者の生育環境を見てみると、小さい頃から衣食住に関してはさほど困ることはなく、学校や塾で「勉強」を与えられファミコン等で「遊び」まで与えられてきた。不況とはいえ選びさえしなければ食うに困ることはないし、成熟社会では若者が力を出して社会づくりをしていくという場も少ない。また、社会自体が若者に期待する場面も見出しにくくなっている。それでいてコンビニやゲームセンターなどの商業的なスペースを除いては彼らの「たまり場」もあまりない。
ところがこうした社会でも彼らなりに「居場所」を発見することがある。阪神大震災のときのボランティアたちがそうであったし、YMCAでも国際協力や青少年事業に関っているリーダーたちはそこそこ自分の役割を見つけている。とりわけスタディ・ツアーでアジアの農村社会を訪れた若者たちは、そこで「何か」を感じてきて、日本に帰ってからも自分なりに活動現場を見つけるケースがよくある。
問題はYMCAの場合「ヤング・メン」といいながらボランティア・リーダーや専門学校生の一部を除いてはYMCAを「居場所」と感じている若者が少ないことである。居場所という点ではとりわけ欠乏感をもっている中学生・高校生に対して、果たしてYMCAはどこまで彼らに関っているのだろうか。何はなくとも「人」が集まってこそのYMCAである。
『The YMCA』579号、1999年1月
最近NPOということばをよく聞くようになった。そのまま訳せば「非営利団体」ということで、民間で公益的な活動をしている団体の総称である。その中には教育、文化、宗教、医療、福祉、国際協力などに関わる多くの市民団体が含まれる。NGO(非政府団体)ということばも同じ意味であるが、日本ではNGOが国際協力に引きつけて導入されたために、市民団体を幅広く指すときにNPOという用語を使っているようである。
さて、社会教育の分野で日本で最初に成立したNPOはどこであろうか。これはまぎれもなく1880(明治13)年に創立した東京キリスト教徒青年会(東京YMCA)である。当時は公共的なことは政府が独占的に行うことになっていたし、営利活動をしない団体を経営するのは容易ではなかったから、「非営利非政府」のYMCAが活動を続けるには大変な困難が伴った。ひとえにキリスト教の信仰と先人の並々ならぬ努力があったからこそYMCAは一世紀以上にわたって生き延びてきたのである。
日本でも阪神大震災でのボランティア活動が認められたり、政府や企業活動が行き詰まるなかでようやくNPOの重要性が認知されて、昨年12月から「特定非営利活動促進法(NPO法)」が施行された。この法律は教育、文化、福祉、国際協力などの公益的な活動を行う市民団体に対して法人格を与えるものである。しかし、免税措置が不十分でもあり、実際に法人格が付与されてもその運営には相当苦労するものと思われる。より社会的に有意義な活動を展開するために多くの専門スタッフと会館を維持しつつ今も血のにじむ努力を続けているYMCA。「元祖NPO」として後輩の市民団体、ボランティア団体に成功、失敗を含めて多くの教訓を伝えることができるし、それは先発団体としての社会的使命でもあると思うのだか、いかがであろうか。
『The YMCA』582号、1999年4月
今、学校教育関係者の間から熱いまなざしを送られている学習方法に「参加型学習」がある。従来の知識中心の「詰め込み」型の学習が行き詰まったことがその背景にある。それでは実際に行われている参加型学習にはどのようなものがあるだろうか。例えば、よく使われているものに「部屋の四隅」がある。ある設問に対して「非常にそう思う」人は右前のコーナーへ、「そう思う」人は左前のコーナーへ、「あまりそう思わない」人は左後の隅へ、「全くそう思わない」人は右後の角へ、それぞれ移動する。そしてなぜそこに移動したかをインタビューする。こうすることで手を上げて発言することが苦手な子どもでも、自分なりに選択をして発言できるようになることが期待されている。参加型学習の代表的なパターンを上げるならば他にも、ブレイン・ストーミング、ロール・プレイ、ディベート、シミュレーション、フォト・ランゲージなどがある。
今から7年程前に参加型学習の講習会に参加したときに、それらの手法のほとんどは自分がかつて体験したものであることに気づいた。私が東京山手YMCAで青少年のリーダー活動をしていたのは1970年代であるが、そこで行われていたリーダーシップ・トレーニングや子ども対象のゲーム自体に今注目されている「参加型学習」のネタがほとんどは含まれていた。もちろん目新しい手法もあったが、それらも過去の体験から容易に理解し修得できるものであった。以前この欄で2002年からの「総合学習」で想定されている、環境、国際理解、情報、福祉・健康といった分野はすでにYMCAが先駆的に取り上げてきた分野である、と述べた。実は学習内容だけでなく、それらを行う方法論の点でも私たちははるか昔に実施していた。このことは日本の学校教育が今何を課題としていて、どのように変わろうとしているのかを示唆するものである。
『The YMCA』585号、1999年7月
埼玉大学の岩川直樹氏が2002年から学校に導入される総合学習は「第三の学び」の様式である、という興味深い議論を展開している。学校という閉鎖的な空間で、教師と教科書と子どもとの三角形の中で行われてきた近代学校教育の学びの様式は、人類の長い歴史のなかでわずか百年余りの発明品である。それ以前の学びの様式は、子どもが社会の具体的な状況のなかに参画しながら、実際の体験や生身の他者との交わりの中で行われていた。地域の直接的な状況の中で、子どもは遊び学びながら活動の質を高めて、共同体の一員としてのアイデンティティを形成してきた。
これが第一の学びとするならば、近代学校が提供してきた第二の学びの様式は、子どもを地域や具体的状況から切り離して、学校という空間に隔離し、近代国家の成員として必要な知識や価値を注入した。そこにおいて子どもを特定の状況や他者から切り離して、教科ごとに配列された系統的な地域を伝達し、集団生活に必要な規律や訓練を施した。
これに対して総合学習で目指されている学びは「第三の学び」であって、社会のなかの特定の状況に限定されるものでも、学校という空間の内部に隔離されるものでもなく、学校をセンターとしながら社会のなかのさまざまな人や場や「知」のネットワークに開かれるものである、と岩川氏は解説する(開発教育協議会『開発教育』第40号)。
私はこの欄で、YMCAは総合学習を内容論でも方法論でも学校教育を先取りしてきたと再三述べた。それは学校が排除してきた「具体的な状況」や「他者との交わり」をYMCAは大切にし、学校が産業優先主義のなかで隅に追いやってきた「環境」「国際理解」「福祉・健康」などの学習活動をたんねんに拾いあげたからに他ならない。YMCAが学校や地域を含めた「知」のネットワークのなかで何ができるのかを今ここで問い返す必要があろう。
『The YMCA』588号、1999年11月
ここ十数年来の教育の動向を見てみるとそれらがひとつのことを向かっていることがわかる。例えば環境教育がなぜ必要になったかといえば、人間がその生活や産業活動のなかで地球的規模で自然を破壊したからである。環境教育の目的は単に自然を知識として理解することではなく、自然と人間との「関係」を回復するために何をなすべきかを考えることにある。開発教育は、やはり世界規模の産業活動が引き起こした「北」と「南」との経済格差から端を発してしている。その最終目的は、貧困という人類共通の課題解決に向かって両者がどのような「関係」を切り結べるかを問い、「共に生きる」ことができる社会とは何かを考える学習活動である。
ジェンダーの教育は、女性の地位の向上からスタートしているが、その目的としているところは「女」と「男」という両性の間の「関係性」を問うことである。制度や経済活動での平等を当面の目的とするものの、それでは完全な平等になったときに「男らしさ」「女らしさ」はどうなるのかというゴールは必ずしも見えているわけではない。
若い人たちが最近関心をもっている「自分さがし」「居場所」「カウンセリング」などの心の活動は、あるべき自分と今ある自分とに折り合いをつけることであるが、これらは自分と他者との関係性を築くなかでしか先に進むことはできない。
産業社会と官僚社会のなかで失われてきたさまざまな「関係性」−それを取り戻すこと、あるいは新たに築き上げることが21世紀の教育学習課題である、と私の最終稿を声高に閉めようと考えていた。そのとき、本コラムの題名がまさに「関係(ラポール)」であることに気付いた。キリスト教的表現ではないが、YMCAというお釈迦様の手の平の上で躍らされていたような気もする。
『The YMCA』591号、2000年2月
グローバリゼーションにはさまざまな意味がある。1990年代の前半に環境、人権、貧困、ジェンダーなどに関する国際会議が開かれたとき、私たちはそれを良い意味で受けとめた。すなわち、子ども・女性・先住民族・貧困者などの社会的弱者の権利を世界的な規模で守り、さらに権利を拡大するためのルールを作ることであったからである。
ところが、1990年代後半になるとグローバリゼーションは経済の世界標準として語られることになった。ここにおいて貧富の格差が世界的なレベルで拡大して、もっとも弱い人々にしわ寄せが行っていることが判明した。また世界各地で地域社会を弱体化させて伝統文化を壊している。身近な例でいうならば、日本でもそのうちどこにいってもスーパーとコンビニばかりになり、地元商店街が衰退し地域文化が消えていくだろう。
1997年にハンブルクで第5回国際成人教育会議が開かれた。その宣言において「もし人類が生き延び、未来の課題に応えようとするのであれば、生活のあらゆる領域において,人々が情報を得て、効果的に参加できることが必要である」として「参加型社会」のみが地球的課題の解決に寄与しうることを述べている。グローバリゼーションは大変大きな課題であるが、これを私たちの身近に引き付けるならば、参加型社会を作るための学習こそが悪しきグローバリゼーションに対抗し、望ましいグローバリゼーションを推進するための道であると言うことができる。最近、盛んに「参加型学習」あるいは「ワークショップ」ということが言われている。しかし、その背景に地球レベルの課題があることを認識していなければ、単なるブームとして終わってしまうであろう。
私たちの回りには、男女共同参画、バリアフリー社会、子どもの参画、在住外国人の参政権、NGO・NPO活動、など参加のための課題や活動はいくらでもある。
『The YMCA』第605号、2001年5月
多くの青少年が「子ども部屋」という占有空間をもっている時代にあって、なぜ「居場所がない」と感じる子どもや若者が多いのであろうか。「居場所」には単に物理的に居心地のよい空間だけでは不十分であって、近未来の自分が進むべき方向性や目標が明確であるという「時間」展望が必要なのである。また、居場所には「関わり」の場という第三の要素も欠かせない。すなわち、居場所とは他者との関わりのなかで自分の位置と将来の方向性を確認できる場なのである。
わずか四半世紀前の日本にあっては「西欧に追い付き追い越せ」という社会目標が明瞭であった。また、青少年がモデルとすべき大人もあちらこちらに存在していた。しかし1980年代に入って「物的な豊かさ」を実現した後の日本社会は目標も多様化し不明瞭になる。また、モデルとする大人像も多様化し複雑になった。今や、社会自体が急速に変化していて、モデルも存在しにくくなった。その中で自分と社会との関係を早く決めろ、と言われても若者にしてもそう簡単に答えが出るものではない。さりとて、決められないからといってそれで済むわけではないので、この辺りの焦燥感が若者に「居場所のなさ」を感じさせ、また「自分探し」へと駆り立てるのであろう。
社会目標、教育目標がはっきりしていた時代には、大人が目標を設定して青少年をそれに引き上げるという「教育」「育成」「指導」が有効であった。目標が多様で青少年自身がそれを見出していかねばならぬ社会にあっては、大人にはどのような役割が求められるのであろうか。結論的に言えば、それは「関わり」と「参画」ができる場の提供である。若者どおし、子どもと年長者、さらに大人どうしが関わりをもちことができる多様な場所や機会の提供、そしてそれらの場所や機会づくりに青少年自身が企画、運営、評価できる、そうした場づくり必要である。かつてYMCAはグループワークの技法によって青少年を導いてきた。グループワークはいつの間にか「集団づくり」の技術となり、青少年自身がそこから離れていった。
今、ワークショップや参加型学習の名のもとにかつてのグループワークが装いを新たに登場している。集団づくりを目標とせずに「個人」が他者と関わり社会に参加し世界とつながる道筋が見えることが若者に歓迎されている理由である。居場所づくりには技法とともに指導者論、施設論、制度論も伴わねばならないが、後は拙著『子ども・若者の居場所の構想』(学陽書房)を参照いただきたい。
『The YMCA』第610号、2001年11月
前回のコラムで、これからの子ども・若者に対しては「指導」「育成」ではなく、「関わり」と「参画」が大切であると書いた。この参画を考えるうえでロジャー・ハートの「参画のはしご」というモデルが大変参考になる。(ここをクリックして図を参照してください)
はしごは8段あって、下3段は「非参画」すなわち、子どもが参画していない状態である。第一段は「操り参画(欺き参画)」である。例えばテレビの取材などで画面に子どもの絵が欲しいために、子どもをお菓子でつって画面に登場させ、視聴者には「子どもも参加していますよ」というメッセージを送るような場合である。第2段は「お飾り参画」。子どもをだましてはいないが、子ども自身は意味を分かっていない場合。デモ行進などで子どもに「原発反対」と書いたTシャツを着せているようなケースである。第3段は「形式的参画」。「子ども議会」などでよくあるケースである。子どもに市長に質問させるが、その質問項目のシナリオがあらかじめ与えられていて、事後もそのことを取り上げないような場合である。以上3段は子どもが十分意味を分かって参画していないので、参画とはいえない。
4段目からは「参画」している状態である。第4段は「与えられた役割の内容を認識した上での参画」である。そのプログラムについて意見を言ったり決定に参加することはできないが、ともかく何のためにやっているかは子どもは分かっている。学校が行う街頭募金活動などによく見られる。また、お祭りなどの伝統行事にもよくあるケースである。5段めは「大人主導で子どもの意見提供ある参画」。子どもは少なくとも意見をいうことはできる。しかし、決定権は大人が握っている。6段は、「大人主導で意思決定に子どもも参画」であり、子どもは意見を言い最終的な決定を大人と子どもと共同で行うケース。
7段、8段は子どもが主導権を握っている。第7段は「子ども主導の活動」。子どもが企画し、運営し、評価をする。学園祭などの出し物ではこのケースがよく見られる。子どもの普段の遊びはほとんどがこれに相当する。最後の8段は、「子ども主導の活動に大人も巻き込む」。学園祭で子どもたちが寸劇を作り、ある場面に先生にも出てもらうようなケース。ハートの参画論は、子ども主導の活動よりも、大人を巻き込む活動を上位に置いていることに特徴がある。ハートはすべての活動は8段階目をめざして欲しいが、ケースによって4段以上であればよい、とも言っている。3段以下の「非参加」は絶対に避けるべきと語っている。
YMCAの主事研修で、それぞれの青少年活動はどの段階にあるかを聞いた。多くの場合、5段、6段であり、それが4段になったり7段になったりすることがある、という回答だった。私は、YMCAは「参画のはしご」で見る限り、学校や行政の健全育成活動よりもかなり「いい線」をいっていると感じている。それはYMCAが常に、子どもと大人との「関わり」を大切にしているからである。(参考:ロジャー・ハート『子どもの参画』萌文社、2000年)
(書き下ろし。2001年10月22日)
太陽族、学生運動、新人類など、かつてはその時代のメジャーな若者文化を一言で言い表すことが可能であった。現在の若者文化を表現するとしたらどうなるであろうか。図(若者のサブ・カルチャーマップ)をご覧いただきたい。筒井愛知氏が岡山の若者文化をもとに作成したこの図には、ポケベル・パソコン・ケータイなどのメディアの力を借りて若者が多様な文化を形成し、結果的に「曼荼羅」模様になっている状態を示している。だから現代の若者文化を一言で包みこむような表現を探すことはほとんど不可能である。
この図によれば、YMCAも学校も右隅の「サークル文化」の一部に追いやられている。少なくとも1970年代までは、グループワーク、スポーツ、キャンプなど集団参加型の諸活動は若者文化の中でも主流であり、それ以外の文化は文字どおりサブ(副次的)カルチャーとして、一部の「おたく」や「変わり者」が担うものとして大人社会からは白眼視されたり単に無視されていた。その頃はYMCAが得意とするグループワークの技法が7〜8割の若者たちに有効であったのが、今や2割とか3割というような少数の若者にしか通用しなくなっている。
筒井氏の若者のサブ・カルチャーマップは曼荼羅図になっており、若者文化がさまざまな島宇宙に分化している様を現している。ビジネスの世界では1980年代より「大衆」消費の時代が終わり、これからは「分衆」を相手に商品開発しなければならないということがさんざん言われてきた。若者文化の世界も同じであり、YMCAはそのことに十分対応してこなかったと言えよう。
それでは、曼荼羅化した若者たちにYMCAはどのように関わればよいのであろうか。ガングロの女子高生や格闘ゲームに興ずる男の子たちにどう関われというのであろうか。否、YMCAはやはり得意としている分野があるのであり、そこから出発すべきである。グループワークも少し変化させれば、自分探しの若者にアプローチすることができる。リーダーや若手スタッフの中には、曼荼羅図のさまざまな文化とつながっている人も多いであろう。国際協力募金にビジュアル系の格好で募金したり、パラパラを踊ってはまずいだろうか。キャンプ場でバンドの練習をしたり、アニメを書きつづけたり、スケボーの練習をしたり、というのはYMCAとしては認められないことだろうか。
もちろんこれらは頭の中だけで考えたことである。要は、この曼荼羅図のうえにYMCAを置くことにより、さまざまな可能性が開かれるということを言いたかっただけである。さらに、この曼荼羅図の周囲にはここにも入れない厳しい状況に置かれたある若者たちがいる。例えば、不登校や引きこもっている若者であり、家庭崩壊のなかで暮らす若者であり、あるいは心身にハンディキャップをもった若者である。曼荼羅図の中にいる若者たちは、自分たちで勝手に活動しているという意味でむしろ「健全」であるとすら言えるだろう。
YMCAは、1980〜90年代にかけて従来の手法で若者をうまく捉えられなくなったにもかかわらず、それに代わる新しいアプローチやプログラムを十分に開発してこなかった。しかし、現在の20歳をひきつけられないということは、10年後には30歳、20年後には40歳の人々をひきつけられないということであり、YMCAは社会のマジョリティの支持を失いかねない。スタッフ、リーダーたちが若者たちと関わり続け、その中から新しいプログラムや手法を生み出すなかではじめて、21世紀のYMCA活動の展望が開けてくるであろう。
(書き下ろし、2001年11月2日)
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|