居場所の構想
田中治彦
2001.4.
本書の執筆者は全員が社会教育の分野において子ども・若者に関わりながら実践や研究を続けてきたものである。いつの時代でも子どもや若者はその時代の雰囲気を敏感に察知して行動している。そのため教育や福祉の現場で彼らに接していても、子どもや若者が変化するのは当然のことであるためにその大きな変化についてはなかなかつかみにくい。しかしながらこの20年近くの変化は、それ以前のものとはどこか異質で大きな変動であると感じられるようになった。それは年代でいうと、ファミコンが登場した1983年頃から少年事件に揺れる現在までであり、この変動はいまだ継続中である。それはちょうど神戸須磨事件の加害少年や2000年に世間を震撼させた多くの少年事件の主人公である「17歳世代」の人生とほぼ一致する。この大きな変動を何とか捉えようと1999〜2000年にかけて多くの本が出版されている。例えば、『いま、子ども社会に何がおこっているか』(日本子ども社会学会)、『変貌する子ども世界』(本田和子)、『居場所なき時代を生きる子どもたち』(三沢直子、宮台真司、保坂展人)、『子どもの危機をどう見るか』(尾木直樹)などである。1)
このように子どもに関わる出版物が集中したのは、ひとつには少年によって重大な事件が重なったことで「子ども」そのものが社会から注目されたこともあるが、同時に子ども世界の変動が約20年間に及んだことにより、ようやくその動向を理解し記述することができるようになったからであろう。本書では第1部と第2部の8章において、この間の子どもおよびその環境をめぐる変化とその本質について議論する(第1部がいわば総論であり、第2部が各論である)。主として社会教育の現場における変化を手がかりにこの間の子ども、若者をめぐる動向を解説したのが「第1章 子ども・若者の変容と社会教育の課題(田中治彦)」である。この章において田中は、特に社会教育に関係して子どもが大きく変化したのは子どもの「集団離れ」であるとした。子ども会、ボーイスカウトなどの青少年団体は1980年代前半をピークにその後会員数を減らしている。また、児童館、少年自然の家などの青少年健全育成施設での利用者も同じ傾向にある。身近なところでは公園で親子連れではなく子どもたちだけで自由に遊ぶ姿を見かけなくなったのもこの頃からである。
子どもの「集団離れ」現象の解明は、本書全体に一貫したテーマでもある。集団離れは学校教育の中でも進行していて、不登校、学級崩壊といった現象を引き起こす。なぜ1980年以降、子どもの集団離れが起きたのかということについては各論者によってさまざまな議論と解釈が行われる。萩原は、親が子どもを思うままに「加工しようとする意思」が1950年代の「心理学ママ」、1960年代の「教育ママ」を経て、1980年頃には極限に達し「パーフェクト・ペアラント」を生み出すに至ったと述べる。そしてその後子どもたちが「親の加工意志」や「教育的まなざし」からすり抜けようとしているのだと分析する(第4章)。
子どもたちは親や教師の「まなざし」からすり抜けることに成功しつつあるが、その大きな要因は2つある。ひとつは1970年代に日本社会が到達した物質的に「豊かな社会」であり、もうひとつはさまざまなメディアの発達である。「豊かな社会」については中島純が「第8章 若者の自己表現空間としての消費社会」において詳しく展開する。日本の多くの人々は1970年代には3C(カー、クーラー、カラーテレビ)と呼ばれた「大衆消費財」を手中にしていて、1980年頃にはすでに「大衆」という言葉では括れない消費行動をとるに至る。若者において大人以上にそれが当てはまるのであるが、彼らが身を置く学校、家庭、地域は依然として画一的規範が支配ないし残存する社会であった。平準化が強いられる生活世界において、ファッション、身体表現、風俗などで自らの差異化を図っていったのが若者であった。
豊かな社会はそれまでの日本の教育の主要目標であった「忍耐・団結・奉仕」といった価値観を無力化していた。これらの価値は日本が近代化し産業社会を実現する上で欠かせないものであり、日本の教育目標の基本でもあった。しかしながら、物質的に豊かになった社会において忍耐や団結を強いられる必然性がないばかりか、産業構造が大きく変わる現在においてはかえって障害ともなっている。もっとも保守的な学校教育界においてすら「個性重視」「想像力」「創造性」が重視されてきている。佐々木英和はこれを「未来信望型社会から現在直面型社会への移行」と表現している(第5章)。右肩上がりの産業社会とは違って、今の日本社会は若者にバラ色の未来を約束してくれるわけではない。それまで磐石と思われた大企業が倒産し、将来を嘱望されている高級官僚すら役所を次々離れていく時代である。それでいて当面「食うに困る」わけではないので、1990年代に生きる若者は典型的な「現在志向」であり、「将来に備えて耐えるよりは、今という時間を大切にしたい」という価値観の持ち主が圧倒的に主流派である。
1970年代以来、急速に発達してきたメディア機器の普及がこうした若者の集団離れ現象に拍車をかけている。第5章と第6章において筒井は、子どもの遊びにおけるメディア機器の浸透状況とその影響について考察している。ファミコン・パソコンなどのゲームについては従来それらが「仮想現実」であり、実際の世界とは体験の質が異なるものと考えられてきた。ところが一部の子どもにとっては仮想現実であるはずのゲーム経験自体が現実体験と同じかそれ以上に強いインパクトとなって心に残る、と筒井は指摘する。一方で、現実の世界における子どもの遊び環境の単純化が進んでいるため、本人はそこそこの体験をしているつもりでも、実際には体験の質に著しい偏りをもたらし、本来身につけるべき運動機能や社会性や知的好奇心や感性をそこなっているおそれがあると指摘する(第5章)。
一方でメディアの発達は若者に「負の側面」だけをもたらしたわけではない。携帯電話やインターネットは、見知らぬ人同士が知り合う大きな機会を提供し、また即時に世界につながることにより距離に関係なく人間同士が交流することを可能にした。実際こうした電子機器により、時間、空間、従来の仲間関係を超えて人々がつながることができる。現代社会が失った家族や親戚とのつきあいや地域社会での人間関係、あるいは障害などのために持ちえない人間関係などを補っていると見ることもできる。
ケータイ(携帯電話)などの電子機器を利用して人間関係のネットワークを縦横無尽に広げているのが高校生などの若い女性たちである。同年代の男性たちと比べたときに若い女性たちの「元気さ」と自己表現の「過激さ」が目につく。それは、一昔前の男の目を意識したかわいさの演出ではなく、男を無視し挑戦するかのような表現である。ルーズ・ソックス、ガングロ、茶髪、さらには制服までも巧みに着こなし演出している。若者をめぐる深刻な問題に「いじめ」による自殺や、引きこもり、さらに凶悪な殺傷事件などがあるが、これらは圧倒的に若い男性側の問題である。それは産業社会が内包していた「男性的価値」の崩壊でもある。例えば、最近の少年事件の立役者たちが「成績も行動も良い子」であったというのは象徴的である。かつての価値において「良い子」たちはもはや仲間から尊重されることもなく、ひたすらストレスを内に抱えてしまう。しかも、人間関係に長けていない少年はそれを発散することもできずについに破局を向かえてしまうのである。
明治以来の産業化社会において女性にはバイ・プレイヤー(脇役)の役割しか与えなかった。女性に与えられたのは外で働く男性を家庭で支え、子育てする母親の役割であり、せいぜい労働力不足を補うパートタイマーでしかなかった。その分、親の期待や学校教育においても男性に比べて受験圧力などのストレスは少なく、「教育的なまなざし」からすり抜けることも可能であった。また、もともと男性以上に人間関係能力に長けている女性たちは、おしゃべりや携帯でのメールによってストレスを減ずるすべを知っている。矢口悦子は「第9章 ジェンダーの視点から見た若者の居場所」の中で、社会の支配的な価値からすり抜けてうまく立ち回るようにみえつつ、自らの存在すらも消費材として提供することで、いわば「裏文化」にすっかり取り込まれている「女のコ」たちの文化について批判的に論じている。しかしながら、彼女らもおよそ30歳を境に「女のコ」幻想から覚めざるを得ないときがくる。現在の日本社会においても、女性には妻として母として嫁としての役割期待は依然として強いものがある。一方で、雇用機会均等法によって「総合職」として会社で男性と同等の活躍をしている女性にしても、国際協力や環境問題などのNPO(市民団体)でスタッフとして働く女性にしても、その歴史は10数年と浅く実数も少ないために、若い女性たちの将来のモデルになりにくいのが実情である。
産業社会から排除されたり脇役しか与えられなかったにしても、女性たちが築いてきた生活中心の価値観やライフスタイルは、むしろポスト産業社会においてはメインの価値になりうるものを含んでいる。社会教育のみならず青少年研究全般において少女研究はまったく手薄であった。ジェンダー研究の深まりとともにこの分野での研究の深化がまたれるところである。
本書のねらいの第一は、以上のような過去20年間の子どもや若者の変化、そしてそれをめぐる社会の変化を分析することであった。そして、社会教育の研究や実践に携わるものとして、これらの変化を認識した上で、今後私たちは子どもや若者に対してどのような関わりをしていったらよいのかが次のテーマとなる。これは、子ども・若者に関わる方法論、施設論、制度論などを含む課題である。
ここで本書のタイトルである「居場所」について説明しなくてはならない。居場所という極めて日常的な用語がある種の響きをもって使われ出したのが1980年代の後半であり、90年代に入ると文部省の政策文書や学会などでも使用されるようになる(「居場所文献リスト」参照)。考えてみれば、子どもたちの多くが「子ども部屋」という占有空間をもっているにもかかわらず「居場所がない」と感じているのは皮肉なことである。このことだけでも居場所は単に物理的な空間を指すものではないことがわかる。萩原は「第3章 子どもの居場所の条件」において次のように説明している。
@ 居場所は「自分」という存在感とともにある。
A 居場所は自分と他者との相互承認という関わりにおいて生まれる。
B 居場所は生きられた身体としての自分が、他者・事柄・物へと相互浸透的に伸び広がっていくことで生まれる。
C 同時にそれは世界(他者・事柄・物)の中でのポジションの獲得であるとともに、人生の方向性を生む。
佐々木は同様に「居場所は必ずしも物理的空間を意味するものではなく、むしろ心情的に安心できる空間という意味合いのほうが強い。」と説明し、「情報空間」という現実の場所ではない空間ですら、それが仮想的に自己拡張しやすいために自分自身を肯定的に確認することができる居場所となりうる、と述べている。
高塚雄介は第3章(心理学から見た「居」場所)で、若者たちが時間と空間を超えたところに居心地良さを求める傾向について、これを「どこでもドアー」を使う「のび太症候群」として紹介している。
高塚によれば、居場所とは「空間的な「居」場所と時間的な「居」場所がクロスする所」に存在するものであり、しかもそれは社会的な関係性によって意味づけられるものである。
すなわち、居場所は他者との関わりのなかで自分の位置と将来の方向性を確認できる場を意味する。1990年代のはやり言葉でいえば居場所は「自分探し」の場である、ということもできる。「自分探し」には「社会の中で自分がどういった役割を演じるべきなのか」といった、社会と自分との関係性の問題が含まれている。従来は社会の中での役割にはある程度のパターンがあり、そのモデルに自分を近づけていく過程のなかでアイデンティティを確立していったのであるが、次第にモデルは多様化しまたそれぞれのモデルも複雑になったため、モデルに近づくのに時間がかかるようになった。このことが青年期におけるモラトリアム期間(大人としての責任を猶予される期間)を延ばしてきた。
ところが今や、社会も変化しつづけるしモデルというものももはや存在しにくい。その中で自分が社会とがどのような関係を持てばいいのかを早く決めろと言われても、決められるものではない。しかしながら決められないからといって、それで済むというわけではない。この当りの焦燥感が若者を「自分探し」へと駆り立てるのであろう。変化する社会の中での自己確立は、常に社会と自分との位置関係を確かめながら手探りで行なわなくてはならない。従来ならば自分がある程度の方向性を決めた後は、社会の状況や社会と自分との関係などあまり考えなくてもよかったかのだが、今は関係性の確認作業が常に必要なのである。またそうしないと不安に陥るのである。逆に関係性が確認できれば安心できるわけで、そのための居場所が従来に増して必要になっている。居場所とは、常に社会と自分との関係を確認せずにはおれない現代という変動社会における、自分専用のアンテナショップ(新しい商品の売れ行きを確かめるために実験的に新商品を陳列し販売する店舗)のようなものである。
居場所は、空間・時間・関わりに通ずる概念であるために、今後私たちが教育や福祉の現場において子ども・若者たちとどのように関わったらよいのかを考える際に有効な手だてとなる。すなわち、彼らとの関わりのあり方という点で方法論の議論ができるし、場の提供という観点からは活動論や施設論につながり、さらには場どおしの連携論や政策論が可能となる。すでに1〜8章においても、居場所となる場をいかに構想していけるかについて各人が言及しているが、第3部「居場所の構想−その方法と課題」において、居場所つくりのための方法論、指導者論、施設論・計画論をまとめて論じる。
田中は「第10章 居場所づくりの方法論」において社会教育の方法論のひとつで20世紀を通じて青少年教育の分野でもっとも影響力をもってきたグループワークについて考察している。1980年代以降、子ども・若者の集団離れが顕著であるが、果たしてそれはグループワークが無効になったことを意味するのかどうかを検討する。そして日本におけるグループワークの受容が「集団づくりの技術」に片寄っており、グループワークの原点であった「関わりの技法」に戻ることを主張する。実際、現在開発教育、環境教育、ジェンダー教育などで参加型学習の技法として用いられている各種のワークショップはグループワークの発展形態であり、個人が社会や世界とつながる技法として展開されているのであり、この方面での新たな可能性について論ずる。
水野篤夫は第11章において居場所づくりにおける指導者の役割について、京都の青少年施設やイギリスのユースサービスの事例をもとに検討している。イギリスのユースセンター事例では、軽スポーツやパソコンに向かう子どもたち、ロビーでくつろぐ若者たちにとってそこが居場所と感じられる確かな空間であることを指摘する。何より彼らに関わるユースワーカーの役割が大切であり、専門職としてのユースワーカーが若者との関わりを通して居場所空間を確保している事例を紹介する。また、ユースセンターに来ない若者に対しては、ユースワーカーの方から彼らの居る街角にでかけていって関わるデタチトワークという手法についても紹介する。水野は今後の若者に関わる指導者の能力形成について、ユースワーカーのなかに「技術」が「感受性」「勇気」とともに再構成されて、「反省的実践家」としての「ワーカーらしい考え方」に統合されて発揮されることであると結論的に述べている。
教育と福祉の統合を視野に入れながら、学校、地域、家庭の新しい関係について論ずるのが第12章の上平泰博論文である。上平は、1950年代までの日本社会あるいは現在の開発途上国の子どもたちの状況と比較しながら、現在の日本においてなぜ学校・地域・家庭の絆が崩壊してしまったのかを問うている。その主要な原因は家庭や学校よりも地域社会の機能低下にあり、従って今後の子育ての基盤として「第四ステージ」としての選択共同体の可能性について論じている。選択共同体とは、現在の職・学・住の時空間を越えたところの、特定の共感、共通意識を共有しようとする者同士の持続的な共同体である。ある一定の意識に基づいた仲間関係のネットと言ってもよい。この第四ステージを形成したり支援するための今後の福祉や教育施策のあり方としては、行政組織ではなく地域・市民共同運営型によるNPO法人などに移行すべきであると主張する。これは教育、福祉の公的責任を放棄するものではなく、「公」である行政が「共」としての教育福祉NPOを支援する新しい「公・共」性の確立である。2)
本書は全体を通して、子どもと若者の居場所空間をいかに構想できるかを追求した。この過程で見えてきたものは、日本の近代産業社会において採用され有効とされてきた青少年育成の基盤が崩壊しつつあることである。すなわちそれは大人が「教育目標」を設定して子どもをそこまで「到達」させるという手法である。子どもたちは目の前にぶらさげられた「人参」である教育目標自体を疑問視しているし、到達しても「人参」はないだろうと疑っている。ここにおいて「教育」「育成」「指導」という用語と手法が子ども、若者の世界で無力化しつつあるのである。それでは私たちはどのように子どもたちと対峙したらよいのであろうか。結論的に言えば、それは「教育」「育成」「指導」から、「関わり」と「参画」への発想の転換である。
そこで関わりと参画の場としての「居場所」はどのように構想できるのか。ここでは3点について述べたい。第一は、居場所が関わりの場として機能するためには、関わりを創り出し、つなげ、発展させる「指導者」が必要なことである。これまでの趣旨から言えば指導者というよりは「ユースワーカー」と呼ぶ方が適切であろうか(ワーカーには「関わる者」という意味がある)。ワーカーは必ずしも常勤スタッフである必要はなく、非常勤でもボランティアでもよいが、水野が言うように関わりを創り出す技術と感受性と勇気を備えることが求められる。第二に、居場所空間は実際面では施設や設備をどうするかという問題でもある。どのようにしたら子どもや若者自身が居場所と感じられる空間をデザインできるのであろうか。この点に関しては徹底的に若者による「参画」を期待したい。居心地の良さを感じられるのはかなり個人によって左右される。同じ世代ないし近い世代の者がその時代感覚で居心地の良い空間を創りあげることが最も有効な方法である。そうすれば閑古鳥が鳴いている公園やマジメ青年しか集まらないプログラムなどは解消されるであろう(第1章)。
第三に指摘したいのは、施設の管理者が権威的であったり官僚的であっては子どもや若者の参画を促すことは困難なことである。その意味では行政機構は青少年施設の運営者として必ずしも適任ではない。しかしながら施設にはある程度の費用がかかるので全く民間で設営し運営することは難しい。そこで官民がそれぞれの長所を生かして青少年関連の施設を設置運営する方策を今後探っていかねばならない。官と民が協力して作り上げた羽根木プレイパークはその先駆的な一例であろうし、他にも公設民営の児童館や行政が補助してNPO法人が運営する青年施設など、さまざまな形態を模索して、子ども・若者が生き生きと活動し運営に参加する施設づくりをしていく必要があろう。
子ども・若者の参画の課題を突き詰めていくと、日本社会が設定している20歳という成人年齢が適切であるかどうかという問題にも帰着する。2001年の成人式ではあいさつに立った知事にクラッカーを投げ付けるなど各地でさまざまなハプニングが起きた。成人式への参加者が減り、式典で来賓のあいさつを聞かないという現象は長く指摘されたことである。そもそも通過儀礼である成人式を、20歳という短大生をのぞけば何ら節目とならない年に設定をしたことに無理がある。
筆者は、選挙権と少年法の規定を共に18歳に引下げて、権利と義務のバランスをとりながら成人権全般を18歳とすることが望ましいと考えている。そのためには幼稚園から高校までを通して学校教育においても児童・生徒の参画が可能になるような教育活動と学校運営が必要となる。18歳の成人権を実現して、9割の若者が高校を卒業して進学ないし就職する18歳の年に成人式を行えば、成人式の風景もおよそ違ったものになるであろう。何より重要なことは、18歳に成人権を引き下げることにより、21世紀の日本社会における大人と子どもとの関係が大きく変化し、より大きな自由と責任をもつ若者が増えることである。これにより若者文化が活性化し、社会全体の活性化につながり、さらには青少年をめぐるさまざまな課題解決の糸口となることであろう。3)
1) 日本子ども社会学会編『いま、子ども社会に何がおこっているか』北大路書房、1999年。本田和子『変貌する子ども世界−子どもパワーの光と影』中央公論社、1999年、三沢直子、宮台真司、保坂展人『居場所なき時代を生きる子どもたち』学陽書房、1999年。尾木直樹『子どもの危機をどう見るか』岩波書店、2000年。他にも、門脇厚司『子どもの社会力』岩波書店、1999年、広田照幸『日本人のしつけは衰退したか』講談社、1999年、等。社会教育関係者によるものとして、小木美代子(他編)『子育ち学へのアプローチ−社会教育・福祉・文化実践が織りなすプリズム』エイデル研究所、2000年、及び久田邦明編『子どもと若者の居場所』萌文社、2000年、がある。
2) 「公」と「共」とを区別する考え方については中田豊一も以下の書で論じている。中田豊一『ボランティア未来論』コモンズ、2000年、231-245頁。
3) 本書では「少年」「青年」ではなく「子ども」「若者」という用語を主として使用した。少年、青年の用語は明治時代の近代化とともに登場し、1920年頃に現在使用されているような用語法(少年は義務教育年限、青年はそれ以上の年齢層を指す)となった。それらは、近代産業社会を実現する発達観の支えられて成立した用語であり、1980年代頃から次第に使用頻度が減っていった。特に「青年」は1985年の「国際青年年」での使用が一般に使われた最後の時期ではないだろうか。「子ども」「若者」は、江戸時代の子供組、若者組に見られるように前近代社会の用法に通ずるものがあり、一見中世回帰とも見られるが、このような現象は教育界に限ったことではない。
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