2001年田中ゼミ p4
私達は、前期、「なぜ、池袋にはタイ料理店及びタイ料理の食材店が多いのか」をテーマに、日本に居住するアジア系外国人の実態について調査・研究をし、アクション・リサーチを進めてきた。そして、後期は、自分の身近なところでタイ人に遭遇したり、家族や親類の一人を通してタイ人と密接に関わることになったりした際、そのタイ人(アジア系外国人)を快く受け入れられるかどうか、という議題を提案し、それをディベートを通して皆に考えてもらうことにした。
この議題における状況を、具体的な例で示すと、自分が上司としてタイ人の社員の面倒をきちんとみることができるのか、又、自分の妹がタイ人と結婚したい、と言ったら、それを心から喜んで祝ってあげられるだろうか、ということなどが挙げられる。さらに、自分の家の隣にタイ人の家庭が引っ越してきたとしたら、彼らと違和感なく近所付き合いできるのか、といったことも、この議題に関係してくると思われる。
これから、このクラスで実施したディベートの報告をしていくことにする。
[賛成側の意見]
・ タイ人でも、日本人でも、同じ人間同志なのだから、仲良く暮らしていけるはずだ。
・ お互いに、相手の国の習慣を尊重するべきだ。
・ タイ人に対して初めから決めつけるようにマイナス・イメージを抱いたり、偏見を持ったりせずに接するべきだ。
といったことなどが最初に挙げられた。これに対し、タイ人を受け入れることに反対する側の意見としては、
・ 同じ人間同志と言っても、日本人がタイ人に殺されるニュースが多い中で、心から彼らを信用することはできない。
・ 今、日本人と仲良くしているタイ人達も、最初は不法入国してきたのではないか。
・ ここは日本なのだから、日本の文化や生活習慣に合わせて行動してほしい。(例えば、タイの習慣だからと言って、朝、シャワーを浴びるのは迷惑。)
・ タイの香辛料は辛すぎる。日本人と同じように、和食を食べてほしい。
・ 言葉が通じないのは困る。日本語を(独学ででも)しっかり勉強してから日本に来てほしい。
・ 日本的な考えだが、社会のマナーというものがある。夜に音楽をかけて、ダンスを踊ったり、騒いだり、風俗を持ち込んだりして、国の風紀を乱さないでほしい。
・ 外国人は、ゴミの捨て方がわかっていないので、日本に居住されると迷惑だ。
などが挙げられた。続いて、これらに対する賛成派の反論として、
・ アジア人だけではなく、日本人の中にも他人に迷惑をかけている人はいるのだから、外国人だけを特別視しないでほしい。
・ タイなどのアジア系の人達には、日本語や日本文化のことをじっくり勉強してくる時間がないのだから、日本語がわからずに来るのは仕方がない。
・ タイと日本とでは、人々の生活環境が違う。生活していく為に、どうしてもしなくてはならなかった不法入国なのだから、日本人がタイ人の苦しい境遇を理解してあげなくてはならない。
・ 言葉は通じなくても、タイ人に対して日本人が理解してあげられることもある。
・ タイ人だけが犯罪を犯しているのではないことを忘れないでほしい。
・ お金のために日本に来る人(タイ人をはじめとするアジア系外国人)に勉強を強制することはできないのではないか。
・ アジア人を受け入れないでいると、日本は国際化することができない。
・ 日本人がタイ人を受け入れないことで、果たしてタイ人は日本に来なくなるのだろうか?(生活環境の違いなどの事情から、タイ人が日本にくることは止められないのならば、日本人が彼等を受け入れてあげるべきではないか。)
[反対側の意見]
・観光ビザで働くのは、おかしいのではないか。
・ もし、本当の意味での国際社会の実現を目指すのならば、正しいビザを取得して、正規のルートを通って日本に来てほしい。そして、在日外国人の大抵は、不法入国しているのでは、という悪いイメージを打ち壊してみてほしい。
・ 日本に働きに来るのはいいが、働き逃げしないでほしい。
・ 日本にも伝統がある。アメリカ人を受け入れたことで、沖縄で日本人の少女が暴行される事件が起きたこともあるし、日本の文化や伝統を壊すような外国人を受け入れたくはない。
・ 日本人でマナーを守らない人を受け入れたくないのと同様に、日本のマナーを守らないアジア系外国人を受け入れたくない。
・ 経済大国と言われている日本でも、今、リストラや失業で、大変なのだから、外国人を受け入れている場合ではない。
・ タイでの教育が普及していないのなら、独学するくらいの努力をして日本に来るべきだ。
このように、このディベートでは、アジア系外国人を日本に受け入れることに賛成する側、反対する側の双方から、説得力のある様々な意見が出され、相手の反論に対しても十分に対抗する姿勢で、意見を闘わせることができていたと思う。
日本におけるアジア系外国人の不法入国、不法就労が大きな社会問題になっている現在、私達は、自分の身近な所で在日外国人に関わる機会を得たり、在日外国人に関するニュースを耳にしたりした時に、ここで話し合われたことを念頭に置いた上で行動するべきである。又、自分が「賛成派」「反対派」のどちらに所属していたとしても、自分とは異なる意見を持つ人の立場や、外国人自身の立場を考慮に入れることも忘れずに、今後、この問題に対処していけるよう、努めて行きたい。最後に、私達はこのような結論付けを以って、タイ料理班の発表を終えることができた。
私は、これまで、日本の周辺に位置するアジアの国々の社会状況にあまり目を向けることをしてこなかったので、この授業を通して、日本とアジアの周辺諸国との国際関係や社会状況の違いなどに対する理解が深まり、自分の視野を広めることができたと思う。又、実際に池袋のタイ料理店に出かけて行き、そこの店長であるタイ人の方にお話を伺うことができたり、本場のタイ料理の味を知ることができたことも、とても貴重な体験であった。
タイ料理店の方へのインタビューを通して、文献には載っていないこと、つまりその方が日本に対して抱いている個人的な印象や、私的なエピソード(自分が偶然毎日通っていた池袋の地に、タイ料理店を開くことを思いついたこと、大学時代の知人が高田馬場で同様の料理店を営んでいること、等)を知ることができ、自分の知識に幅ができたことにも、感謝している。
最初に挙げたテーマである、「なぜ池袋にはタイ料理店が多いのか」という問いに対する答えは、料理店経営者の個人的理由以外には、明確なものは見つけられなかったが、「なぜタイ人をはじめとするアジア系外国人が日本に働きに来たいと思うのか」ということへの答えは、明確なものが得られたように思う。物質的に豊かな日常生活が当然のように送ることのできる日本にいながら、それとは比べ物にならない程苦しい社会状況の中で育ってきたアジアの人々の気持ちを、本当の意味で理解することは、大変難しいことであると思う。
しかし、この授業を通して学んだ知識や得られた経験をもとに、真の「国際化社会」の実現のために私達に求められていることは、何であるのか、考え続けていきたいと思う。
(森本)
・国際人口移動の理論的展開
1980年代中期以降、日本の大都市においてみられたアジア系移住者の来住という社会現象は、当初日本のバブル期における好況の影響下での労働力不足に対応する外国人労働者の導入議論との関係で取り上げられた。しかし、現実の変化はむしろより広範な社会変動の中に置かれており、アジア諸地域と日本社会との相互の都市間ネットワークがつながれていくプロセスとして把握することが必要である。もとより、植民地であった朝鮮半島や台湾との関係は他の地域に比べ、はるかに濃密である。中国残留孤児や残留婦人を数多く抱える中国東北地方(旧満州)なども同様に、1979年以降その結びつきを強めている。戦後、経済のグローバル化の過程で形成されたアジア諸地域との経済的なリンクは、さらなる人の流れを作りだしている。だが、外国人労働者としての受け入れ政策をもたない日本社会においては、欧米諸国と異なる形での移住者と地域社会との関係が生じている。
都市は、グローバル・ネットワークの中で、相互補完的に他の都市との関係を作り上げていくが、日本の都市社会についていえば、アジア諸地域との関係は相互補完的かつ相互複層的な人口移動の流れの中にある。それぞれの世界都市を動かす要素として4つの区分の人々(すなわち、国家を超えてビジネスを行う階層、第3世界からの移住民、旅行者そして、表現活動を専門とする職業の人々)が関与しており、ナショナル・レベルでの変動についても確認しておくことが必要である。
オーストラリアの社会学者S・カースルズ(Stephan castles)とM・J・ミラー(Mark J.Miller)によれば、今日の国際人口移動研究においては、資本主義世界経済のグローバルな広がりの中で、人口の流れと送り出し国、受け入れ国の社会的な関係の変化をグローバル化のプロセスの一部として理解する。ここで分析に用いられる移住システム・アプローチは、マクロ構造とミクロ構造の両者により構成される要因群から移住の解明を試みる。
マクロ構造としては、制度的要因、世界市場の政治経済的状況、特に経済のグローバルな動き、国家間の関係、移住を促進したり、妨げたり、定住を制限するための法律などがある。ミクロ構造としては、移住と定住を結び合う移住者自身のインフォーマル・ネットワーク、慣習、信念などが要素を構成する。すなわち、研究すべきことは移住にかかわる「場所」の間にあるすべてのつながりであり、それは人々の動きだけではなく、情報、製品、資本、思想などをも含むものである。
現在進行形の国際人口移動は、1945年以前に比べ、その範囲自体が「地球規模化」し、「加速」し、移住形態が「多様化」しており、移住の主体において「女性化」が顕著であるという。
移住システムにあたっては、国家が移民政策や出入国管理の面で以前として重要な役割を果たすが、マクロな政策等の観点からからなされるコントロールは必ずしも成功するとは限らない。国境を越えるインフォーマル・ネットワークの形成がこれらの移動自体を自己充足的に再生産し続けていくものと考えられている。
「送り出し地域と受け入れ地域とを結びつける絆は、移住者を送り出し地域における非移住者達と結びつけるばかりではなく、共同、競争および対立関係におかれる受け入れ地域の居住者たちと定住者たちをも結びつける。こうしたネットワークはダイナミックな文化的反応と理解されるべきだが、それらは国境を越えた家族やグループ間のつながりを維持し、エスニック・コミュニティを形成する基盤となっている。
ここで注目されることは、国家間の関係は政治的、軍事的、経済的要因などさまざまなものにより構成されるが、いったん絆が形成されると、そのネットワークを通じて人々の移動回路が確立されていくことである。もちろん、国家の政策的な対応はその回路をふさいだり、広げたりするわけだが、いずれの場合においても完全にコントロールすることは難しい。
国際人口移動は人々の流れが資本、商品や技術の流れおよび歴史的経緯と密接に結びついたところで発生しており、そのシステムの中のつながりは単に経済的なものというよりも、政治的、社会的、文化的、人口的、経済的文脈のなかでのみ理解される。外的要因により始まることの多い人口移動だが、同時にその内的要因としての個人あるいは家族における収入の最大化と再生産のチャンスをめぐる移住の意思決定過程が存在する。家族の絆は、移住を可能にする金銭的、文化的資本を提供し、受け入れ社会での適応過程においても重要な役割を担う。
社会的ネットワークについては送り出し地域および受け入れ地域の相互のコミュニケーションを促進するばかりではなく、移住した地域での定住やコミュニティ形成への基盤を提供すると考える。ここでは、移住プロセスが段階に応じて、深まっていく。こうした考え方はカースルズらに限らず、マッセイらの研究においても、同時に指摘されている。すなわち、国際人口移動を社会過程として把握するということである。
マッセイは国際人口移動のプロセスに関して、6つの法則があると考えている。その第1は送り出し、受け入れ社会の構造的変動の中で移住が発生すると考えられること。第2はいったん始まった移住が、大量の移住を可能とするような社会的な基盤を最終的に形成すること。すなわち、社会的ネットワークの生成と成長は移住のコストを次第に減少させる。
第3は、国際移住は家族により採用される生存のための戦略であり、そこではライフサイクルの変動により、移住の時期が決定されていく。第4は、国際移住が自己充足的な社会過程となる強い傾向をもつ。第5は、世代という視点からみれば、たとえ移住の流れが一時的なものにみえたとしても、受け入れ社会での一部の移住者の定着は不可避である。移住者は当初季節的な出稼ぎから始まるかもしれないが、時間を経るに従い、海外の永続的な移住者の中に彼らを引きこんでいく社会的、経済的な絆を獲得する。これらの定着者たちは受け入れ社会において、凝集力のあるコニュニティを形成する。第6にはネットワークは移住者の帰還により同時進行的に維持されている。そこでは移住者の循環が1年のさまざまな時期に行われている。以上のような法則を国際人口移動における社会過程として指摘する。
カースルズらはこれらとほぼ同様の内容だが、移住プロセスの4段階としてさらに集約した形で一般化している。その4段階は次のように展開する。第1段階においては、一般的に若年労働者による、一時的な労働移住が始まり、収入の送金と母国への帰国志向が継続している。第2段階では滞在の長期化と親族や出身地を同じくすることのもとづく、社会的ネットワークが形成される。そこでは受け入れ社会における新しい環境での相互扶助のニーズが生じる。第3段階では家族の呼び寄せ、すなわち再結合、長期間の定住という考え方がめばえ、受け入れ社会志向が増大する。そして、自分たち自身の組織、たとえば教会、飲食店、喫茶店、行政機関、専門家たち(医者や弁護士など)を備えたエスニック・コミュニティが出現する。第4段階では政府の政策や受け入れ国の人々の行動のより、法的な安定した地位の確保と永続的な市民権の確保、あるいは反対に政治的な排除、社会経済的な少数者化および恒久的なエスニック・マイノリティの形成をもたらす永続的な定住が進む。以上のような形で、移住プロセスの4段階が一般化されている。
この移住プロセスの4段階はカースルズらがオーストラリアおよびドイツを事例に作り上げたものであり、マッセイの6つの法則はアメリカとメキシコとの循環型の移住に関する研究から導かれたものである。いずれも共通点として、移住の基盤となる社会的ネットワークの形成と、定着あるいは循環の必然性、量的な増大と自己充足的な展開を指摘している。
参考文献 「世界都市・東京のアジア系移住者」田嶋淳子
(小滝)
実際調査してみて、日本にはたくさんの外国人が在住していて、中でもアジア人が9割を占めること、タイ人が多いのではなく、アジア人が多いこと、また、関東周辺の大都市に集中していることが分かった。実際のインタビューからは、いかに日本の賃金が良いかを痛感した。文献の調査からは、特に池袋にタイ人が多いと言うことではなく、アジア人が多いという結果になった。池袋にタイ人が多い理由の一つとして、日本語学校が池袋に集中しているのではないかと考えた。また、交通の便が良く、働き場も沢山あり雰囲気が上品すぎないことも理由であると考えた。かつ、住むなら知り合いの多い所に住んだ方が心強いので、在住している仲間の紹介も大きいポイントの一つである。結局池袋だけでなく、同じような雰囲気の都市に、外国人が住むと言う傾向があることが分かった。
外国人の来日の目的は、お金稼ぎのためだと私たちは予想していたが、学問のためが多くて驚いた。ただこれは、対象者が登録済みの在日外国人であるからともいえる。もし不法在住者に聞いたら、お金儲けという答えが大部分を占めるのではないだろうか。調査によって、私たちには調べきれなかった疑問が残ったのもまた事実。なぜ茨城にタイ人が集中するのか。(東京の7倍近いのです!!!)どうしてこんなに立教の近くにタイ料理店を出すのか・・・。もっともっと調べる価値はありそうである。
今回、アクションリサーチという調査から、ここまで深いところまでつっこんで調べることが出来たことに驚いた。調べていて、どんどんなぞが解けていくのを実感して、楽しく調査することが出来た。このアクションリサーチは、子どもの好奇心を保ちながら、問題意識を磨くことを学べる良い方法であると実感した。
−参考文献−
「池袋のアジア系外国人」明石書店 田嶋淳子 1991
「新版 池袋のアジア系外国人」めこん 田嶋淳子
「エスノポリス新宿・池袋」
(北島)
〔後記〕
私は最初、4つのサークルに別れてグループを決めるとき、自分からタイ班に希望して移ったのをよく覚えている。なぜだか分からないが、私はタイに惹かれた。結果、タイにまで行ってしまった・・・。このように、この班に入ったことで、少し人生を変えられたような気がしている。
アクションリサーチという手法を用いたことは、眠い目をこすって窓の外を眺めている退屈な授業を抜け出した、総合学習的要素のある形であったと思う。自分たちで問題点を見つけて探求する面白さと難しさを実感した。具体的調査に当たり、みんなでタイ料理を食べに行ったり、インターネットを駆使して欲しいグラフを探し当てたりと、今までやったことのない方法で進めることが出来たことが、これからのよい経験になったと思う。
教育学科内でも、初等と教育学が大分入り交じり、また、他学部二学年に渡ったタイ班での一年は、タイへの理解から、アジアへの理解、他学部等自分たちと違う学校生活の人とのやりとりを通して、グループ作業の利点・人と関わることの難しさ等を学ぶことが出来た。一年前、第一志望と思って入ったこのゼミは、一年過ごした今も、私の第一志望のゼミであった。
(北島)
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