2001年度田中ゼミ 2p
田中治彦
1.ロジャー・ハートのアクション・リサーチ
アクション・リサーチは、ロジャー・ハートが『子どもの参画』で提唱している調査の手法である。本のタイトルにもあるように、ハートは小学生レベルの子どもを対象としている。この年齢層は、自分の世界のほとんどは、日々生活している地域である。年齢によっても違うが、自宅を中心にして半径1キロくらいであろうか。自分が子どもの頃、どの範囲で遊んでいたかを思い浮かべればわかりだろう。
ハートによれば、子どもの生活圏とはすなわち「環境」である。子どもの環境教育は、自分の生活圏で課題を探し、それを深めて、少しでも改善することが大切である、と述べている。そのための学習方法としてアクション・リサーチを提唱している(図1)。

ハート,91頁
アクション・リサーチの第一歩は、自分の地域を歩き回ることである。そのなかで「問題だと思うこと」「普段困っていること」「好きな場所」などを探す。次に、子どもたちが上げてきたさまざまな問題の中から、自分たちで調べたい問題を特定する。後は、その問題について文献で調べたり、地域の人にインタビューして問題の分析をする。
そしてどうしたらその問題を解決できるか、についてプラン作りを行う。そのプランに沿って実際に行動を起こしてみる。行動してみて問題が解決すれば学習は終了である。解決しなければ、プランを練り直すか、新たな問題を設定してリサーチを続ける。
このように書くと何か難しいことを子どもたちに求めているように思えるかもしれない。図2はハートの本に出てくる事例である。何歳の子どもが行ったのかわからないが、そこで子どもたちが上げている問題は以下のようなものである。
[子どもたちが歩いた順に]
「ローラースケートするのに良い道」 → 「遊び場にガラスの破片がある」 →
「ここの庭は静かで平和」 → 「道を渡るのが危険」 → 「麻薬密売人がいる・
遊ぶのは危険」 → 「バスケットのコートがお兄ちゃんたちで占領されている」
→ 「ゴミを片付ければ遊び場として使える」

ハート,182頁
これらの問題に中にはすぐにでも解決できそうなもの(遊び場のガラス)、少し努力すれば解決できるもの(バスケット・コートの使用法)、解決が困難なもの(麻薬密売人−さすがアメリカ!)がある。ハートはこれらの内から、子どもの成長発達に合わせて、子どもの力で解決可能な課題を特定して、その解決方法を考え実行することを提唱しているのである。
どんなに小さい問題であっても、地域の問題=身の回りの問題を自分たちで解決できれば、それは子どもの「効力感」を高める。効力感とは、自分が言ったことややったことが、相手に聞き入れてもらえて、問題を解決できるのだ、という実感である。この反対語は「無力感」である。こうやって環境に働きかける子ども、社会に参加できる子どもを育てることが、アクション・リサーチのねらいなのである。
ハートの著書で強調されていることが2つある。それは「子どもの参画」(本の題名である)と「環境教育」である。どうしたら子どもが社会に参加することができるようになるのか、というテーマを終始扱っている。そのためのひとつの指標として作成された「参画のはしご」は有名である(参画のはしごについては別のところで解説したので、参照していただきたい)。
日本の環境教育は、自然保護教育と公害問題学習にルーツがある。1990年代にはさらに地球環境問題が加わった。ゼミで池袋西口を歩いて課題を見つけてきたが(下を参照)、その中で従来型の環境教育の枠組みで理解できる課題は「悪臭」「騒音」それにせいぜい「公園」程度ではなかろうか。実際に学生たちが取り上げたテーマは「バリアフリー」「タイ料理店」「風俗」「ホームレス」であった。これらのテーマが環境教育であるとは、現在の日本ではなかなか受入れられないかもしれない。しかし、それらは紛れもなく「地域の課題」なのである。池袋西口の環境を良くして住みやすくしようと思えば避けて通れない課題ばかりである。
ハートは従来の環境教育の枠組みを変更して、望ましい環境教育として図3を提唱している。ここには自然環境にとどまらず、社会問題、政治的な知識、環境に対する美的評価、地方の歴史と文化、の項目が入っている。子どもの参画によって地域の環境をよくすること、子どもが効力感をもち「まちづくり」に参画することこそが、地球環境問題をローカル・レベルで解決していく鍵である、とハートは主張するのである。

ハート,60頁
[参考]
ロジャー・ハート著、木下勇・田中治彦・南博文監修、IPA日本支部訳 『子どもの参画−コミュニティづくりと環境ケアへの参画のための理論と実際』 萌文社, 2000年
田中治彦・筒井愛知 「住民参加による子どもの遊び環境調査−岡山市3学区における実践より」 『子ども社会研究』3号,1997年 子どもの遊び場づくりをテーマとしたアクション・リサーチ
2.池袋西口アクション・リサーチ
2001年度の立教大学の田中ゼミでは、学生たちが実際にアクション・リサーチを実施して、ハートの本を深く理解することをねらいとした。立教大学は東京の繁華街である池袋の西口にあり、駅から約10分の距離にある。私は学生たちに「世界のあらゆる問題は、皆さんが毎日通学している池袋駅と立教大学の間で発見できるはずだ。さあ、見つけてきなさい」と言って、学生たちには最初の時間にいつも通学しているあたりを1時間ほど歩いてもらった。
そして次の時間に学生たちが見つけてきた課題を報告してもらった(図4参照)。
子どもがいない公園、3軒のタイ料理店、悪臭、騒音、あぶない道、公園のハト、ホームレス、多くの居酒屋、多くの風俗店、バリアフリーに対応していない道、放置自転車、等々。

これらのテーマをウェビングで広げる。図5はタイ料理店をテーマとしたウェビングである。ウェビングとは「くもの巣」のことで、あるテーマについて関連すること連想することをできるだけ多く上げて広げていく。そして関連するもの同士をさらにクモの巣状につなぎあわせていく手法である。こうすることでテーマの広がりとつながりが見えてくる。ウェビングをするなかで、ゼミとしては、タイ料理、バリアフリー、風俗店、ホームレス、の4つのテーマに絞りこんだ。
次にこの4テーマについて希望する者どうしでグループを組んだ。グループごとに本、雑誌、新聞やインターネットで調べていった。 これらの手段ではどうしても総論的なところしかわからない。そこで、各グループは区役所、池袋警察署、タイ料理店などを実際に訪問してインタビューを行った。
最初、文献やインターネットで調べている内は、なかなかテーマが絞りきれずに行き詰まることも多かったが、インタビューを行う頃からそれぞれ何が問題なのかが次第に見えてきた。例えば、タイ料理のグループでは、池袋のタイ料理店は実は中国系のラオス人の経営であることを発見した。さらに豊島区に在住する外国人に焦点を当てて調査を続けた。バリアフリーのグループは、区役所であまり説明もなしに膨大な資料を渡されて途方に暮れていたが、車椅子通学しているある1年生と出会うことで突破口を見出した。彼と一緒に通学路をあるいてその様子をビデオに収めてどこが問題かを調べた。
ホームレスのグループは、立教大学のホームレス支援サークルと接触して、実際に炊き出しに行かけていった。ゼミの最後には、池袋のホームレスの方々をゼミに招いていろいろ話しを聴くことになった。風俗店グループは調査にかなり難航したが、風俗店に張り込んだり、風俗嬢にインタビューしたりして、多くの成果を得てきた。
前期の最後に各グループの研究成果を報告した。今回の調査報告はそれが主体となっている。後期のゼミでは、ハートの『子どもの参画』を1章づつ読んで、アクション・リサーチの理論的な背景を学んだ。また、各グループごとに追加の報告やワークショップを行った。以下、田中ゼミの一年間の成果の一部である。
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