アクション・リサーチのすすめ

−地域学習から世界へ

2002年8月

             田中治彦 


1.アクション・リサーチとは?

 

 自然保護教育と公害問題学習に始まった日本の環境教育は、1990年代に地球環境問題をその領域に加えることによって地域から地球に至る壮大なテーマを扱うことになった。しかしながら、地域問題を地球大につなげたり、地球的なテーマを地域や自身の問題として捉えることがいかに困難なことであるかは、開発教育の25年の歴史が物語っている。本稿で紹介する「アクション・リサーチ」は、地域の問題の発見からその解決策へと至る学習方法である。地域と地球を結びつける万能薬ではないが、ひとつのヒントを与えてくれる学習の手法としてここに紹介したい。

 アクション・リサーチは、環境心理学の専門家であるロジャー・ハートが『子どもの参画』で提唱している調査手法である。1) 2) ハートは小学生レベルの子どもの学習を想定している。この年齢層は、自分の世界のほとんどが日々生活している地域である。年齢によっても違うが、自宅を中心にして半径1キロくらいであろう。子どもの環境教育は、自分の生活圏で課題を探し、それを深めて、少しでも改善することが大切である、と述べている。図1はアクション・リサーチのプロセスを示したものである(ハート,91頁)。リサーチの第一歩は、自分の地域を歩き回ることである。そのなかで「問題だと思うこと」「普段困っていること」「好きな場所」などを探す。次に、子どもたちが上げてきたさまざまな問題の中から、自分たちで調べたい問題を特定する。その後に、その問題について文献で調べたり、地域の人にインタビューして問題の分析をする。そしてどうしたらその問題を解決できるか、についてプラン作りを行う。そのプランに沿って実際に行動を起こしてみる。行動してみて問題が解決すれば学習は終了である。解決しなければ、プランを練り直すか、新たな問題を設定してリサーチを続ける。

 このように書くと何か難しいことを子どもたちに求めているように思えるかもしれない。ハートの著書には図2のような事例が出てくる。子どもたちが学校の周囲をぐるっと一回りして、次のような課題を発見した。「この道はローラースケートするのに良い道だ」「遊び場にガラスの破片が散乱している」「この道は車が多くて渡るのが危険」「この公園では麻薬の密売されている」「バスケットのコートがお兄ちゃんたちでいつも占領されている」 「この広場ゴミを片付ければ遊び場として使える」。

 これらの問題に中にはすぐにでも解決できそうなもの(遊び場のガラス)、少し努力すれば解決できるもの(バスケット・コートの使用法)、解決が困難なもの(麻薬の密売−さすがアメリカ!)がある。ハートはこれらの内から、子どもの成長発達に合わせて、子どもの力で解決可能な課題を特定して、その解決方法を考え実行することを提唱している。どんなに小さい問題であっても、地域の問題=身の回りの問題を自分たちで解決できれば、それは子どもの「効力感」を高める。効力感とは、自分が言ったことややったことが、大人に聞き入れてもらえて、問題を解決できるのだという実感である。この反対語は「無力感」である。こうやって環境に働きかける子どもの力量と意識を高めて、社会に参加できる子どもを育てることが、アクション・リサーチのねらいである。子どもの参画によって地域の環境をよくすること、子どもが効力感をもち「まちづくり」に参画することこそが、地球環境問題をローカル・レベルで解決していく鍵である、とハートは主張するのである。


2.池袋西口アクション・リサーチ

 

 2001年度の立教大学の田中ゼミでは、学生たちが実際にアクション・リサーチを実施した。立教大学は東京の繁華街である池袋の西口にあり、駅から約10分の距離にある。私は学生たちに「世界のあらゆる問題は、皆さんが毎日通学している池袋駅と立教大学の間で発見できるはずだ。さあ、見つけてきなさい」と言って、学生たちには最初の時間にいつも通学しているあたりを1時間ほど歩いてもらった。3)

 学生たちが見つけてきた課題は以下のとおりである(図4)。子どもがいない公園、3軒のタイ料理店、悪臭、騒音、あぶない道、公園のハト、ホームレス、多くの居酒屋、多くの風俗店、バリアフリーに対応していない道、放置自転車、等々。これらのテーマをウェビングで広げる。ウェビングとは「くもの巣」のことで、あるテーマについて関連すること連想することをできるだけ多く上げて広げていく。そして関連するもの同士をさらにクモの巣状につなぎあわせていく手法である。こうすることでテーマの広がりとつながりが見えてくる。ウェビングをするなかで、ゼミとしては、タイ料理、バリアフリー、風俗店、ホームレス、の4つのテーマに絞りこんだ。

 次にこの4テーマについて希望する者どうしでグループを組んだ。グループごとに本、雑誌、新聞やインターネットで調べていった。これらの手段ではどうしても総論的なところしかわからない。そこで、各グループは区役所、池袋警察署、タイ料理店などを実際に訪問してインタビューを行った。最初、文献やインターネットで調べている内は、なかなかテーマが絞りきれずに行き詰まることも多かったが、インタビューを行う頃からそれぞれ何が問題なのかが次第に見えてきた。例えば、タイ料理のグループでは、池袋のタイ料理店は実は中国系のラオス人の経営であることを発見した。さらに豊島区に在住する外国人に焦点を当てて調査を続けた。バリアフリーのグループは、区役所であまり説明もなしに膨大な資料を渡されて途方に暮れていたが、車椅子通学しているある1年生と出会うことで突破口を見出した。彼と一緒に通学路をあるいてその様子をビデオに収めてどこが問題かを調べた。

 ホームレスのグループは、立教大学のホームレス支援サークルと接触して、実際に炊き出しに行かけていった。ゼミの最後には、池袋のホームレスの方々をゼミに招いていろいろ話しを聴くことになった。風俗店グループは調査にかなり難航したが、風俗店に張り込んだり、勤務している女性にインタビューしたりして、多くの成果を得てきた。

(本ホームページに池袋西口アクション・リサーチ報告書の全文が掲載されています。)


3.新しい環境教育・地域学習

 

 田中ゼミで扱ったテーマ(バリアフリー、タイ料理店、風俗、ホームレス)が環境教育であるとは、なかなか理解されないかもしれない。しかし、それらは紛れもなく「地域の課題」であり、池袋西口の環境を良くして住みやすくしようと思えば避けて通れない課題ばかりである。これらは、今年公立学校に導入された「総合的な学習の時間」に例示されたテーマの内、「環境」「国際理解」「福祉・健康」に関わるテーマであり、インターネットやインタビューでの「情報」の扱いかたも含めれば、例示された4テーマすべてに関わっている。逆にいえば、アクション・リサーチを行ったからといって、すべてのテーマが国際に結びつくわけではない。地域に発し地域で解決できる課題もあるであろう。また、教師や子どもの発想によっては、地域課題と思われたものを世界につなげることも可能になるであろう。このように見ていくと、環境教育自体の枠組みを広げていかねばならないことがわかる。参考までにハートが考える伝統的な環境教育と望ましい環境教育の関係を図3に紹介しておこう(ハート、60頁)。

 アクション・リサーチと銘打たなくても、同様の活動は全国の学校ですでに行なわれている。例えば、地域学習で注目されている「タンケン・ハッケン・ホットケン」の活動がある。この言葉は滋賀県白野町蒲生東小学校の子どもたちと地域住民と専門家が協働して小学校区の排水路の様子を調べていくなかで、子どものつぶやきをヒントにして小学校の先生が名づけたものである。まさに、アクション・リサーチのプロセスをそのまま表現している標語である。4)

 坂本龍馬の生誕地が校区にある高知市立第四小学校では、総合学習で龍馬研究を行っている。5) きっかけは5年生の子どもたちが「よさこい祭り」で竜馬についてのアンケートをとったことに始まる。子どもたちは、地元の上町の人々は龍馬についてあまり知らないということを発見し、一方で全国から祭りに参加している龍馬ファンの人々は知識はハンパではない、これでは龍馬の生れた町として恥ずかしいという意識を子どもたちは持つ。そこで子どもたちは地域の人々に龍馬の話しを聞いて回ると、さすがに地元だけにさまざまな話しが出てきた。子どもたちはこれらの話しをまとめて「龍馬特ダネマップ」を完成することになる。

 第四小学校のこうした活動は市長や県知事の耳にも入り、高知市の観光課の支援で京都の小学校と交流する「龍馬子ども交流事業」が行なわれたり、特ダネマップを高知の観光名所に置いてもらうことに成功する。今後は地元龍馬会の人たちの力添えで、長州・薩摩の子どもを招いて「平成の薩長同盟」を実現する計画もあるという。こうして子どもたちの学習に発した総合学習は、地元の人々や行政や他県の子どもたちも巻き込んで大きく展開している。子どもたちは実際に市長や知事と会うなかで「結構話しを聞いてくれる人たち」という感想をもったという。担任の野村先生は「そうした大人たちの対応が子どもたちにとって生きるモデルになる」と語っている。

 武蔵野市立第一中学校の3年生の総合学習で行なわれた「武蔵野市改造計画」もアクション・リサーチの一例である。6) 1年生・2年生のときに行ってきた国際理解学習や職場体験学習などの総まとめとして行なわれたのが武蔵野市改造計画である。まず3年生全員にアンケートを行い、「武蔵野市のよいところ」「改善してほしいところ」を出し合った。よいところとしては「井之頭公園など緑が多い」「吉祥寺駅周辺の商店街が便利」「図書館など公共施設が多い」などが上げられた。逆に改善して欲しいところとしては「ゴミ集積場にカラスが多い」「中学校も給食にしてほしい」「自転車の放置」など多数上げられた。これらのアンケートをもとに興味関心別にチームを作って調査を始める。

 次に「50年後の武蔵野市のテーマ」と題して、自然環境、商店街、公共施設、学校、福祉、国際交流、祭り行事、自分など12項目について、それぞれグランド・デザイン(将来の設計図)を描いた。そして、秋には各グループごとに改造計画を発表する「ポスター・セッション」を実施している。ポスター・セッションでは各自が35億円の予算をもち、それぞれに計画にいくら投資するかを各ポスターに貼っていくという方法で、投票を行った。このセッションには何と、市長、市議会議員、商工会議所をはじめ、地元の人々を巻き込んで発表したのである。

 その結果、市長に提言賞として「目指せ!緑視率30パーセント」「武蔵野市民カードの作成」「未来に向けての国際交流を今始めよう」が選ばれ、また商店街連合会賞として「それゆけ!商店街」と「自然流福祉を目指そう!」が選定された。市営バスや公共施設、そして商店街の買物が1枚のカードで利用できるとする武蔵野市民カードなど3つのプロジェクトについては、行政側も関心を示し、実現の可能性に向けて検討に入っているという。

 龍馬特ダネマップづくりや武蔵野市改造計画ほどに大がかりでなくとも、アクション・リサーチに類する実践事例は全国で数多く行なわれていることだろう。今後、こうした実践を積み重ねて、その事例を多く集め、さまざまな学習活動を展開するためのヒントにしていくことが求められよう。


[注]

1) ロジャー・ハート著、木下勇・田中治彦・南博文監修、IPA日本支部訳 『子どもの参画−コミュニティづくりと環境ケアへの参画のための理論と実際』萌文社、2000年。

2) アクション・リサーチは、もともとはグループ・ダイナミクス(集団力学)の創始者であるクルト・レヴィンが1940年代に提唱した実践研究の一方法である。従来の心理学研究は、まず研究者が実験などを経て純粋理論を組み立て、それを現場に適用し応用する、といった筋道をたどっていた。これに対してレヴィンは、実験のプロセスそのものに被験者の参加を求めて、研究者と被験者がともに研究と実践の成果を積み上げていく手法を開発して、純粋科学と応用科学の統合をめざした。具体的にはそれは、計画段階、実践段階、評価段階、修正段階、適用段階というプロセスをたどる。レヴィンによれば「行動、研究、および訓練は一つの三角形の頂点のようなもので、どの一つも他の二つをぬきにしては考えられないもの」(三隅二不二「アクション・リサーチ」続有恒編『心理学研究法13 実践研究』東京大学出版会、1975年、67頁)である。

3) 本ホームページに池袋西口アクション・リサーチの報告書全文が掲載されている。

4) 延藤安弘『「まち育て」を育む』東京大学出版会、2001年、21頁。

5) 増田ユリヤ「出会いの達人”龍馬”に学べ!」『人間会議』Vol.2夏号(『ブレーン7月号別冊』)、2001年、106-111頁。

6) 辻本昭彦「武蔵野改造計画−ズバリ市長に提言!」開発教育協議会第3回総合学習セミナー(2002年)発表資料より。


本稿は『開発教育』第46号(特集:地球サミットから10年、2002年8月)に掲載された同名の論文に加筆したものである。


 

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