チェンマイ訪問記

2002年3月12日〜20日

田中治彦


3月12日(火) バンコクへ

 夜7時成田発。最近飛行機での頭痛に悩まされる。離陸時に頭痛薬を飲んでおく。それでも2時間くらい飛んだところでひどく痛んできた。間隔は4時間以上と書いてあるが、耐えられないので3時間後に飲む。少し痛みが和らぐ。おかげで寝てしまった。

 夜12時バンコク着。時差があるので日本では深夜2時。

 空港タクシーは500バーツ(1500円。後で知ったが、普通のタクシーならば250バーツとのこと)。タマナ・ラワダホテルへ。ホテルには岡山から筒井君がすでに到着していた。

 

3月13日(水) バンコクのNGO訪問

 午前中にTDSC(タイ開発援助委員会)へ。TDSCはバンコク市北東部のわかりにくい所にある。どうも街角に見覚えがあると思ったら、同じ建物に7つのNGOが入っていて以前にも来たことがある。TDSCはタイのNGOの連絡調整団体で、その歴史も20年に及ぶ。しかし、スタッフは今は4人。唯一の英語雑誌も2年前に廃刊になってしまった。どうも経営状態がよくないようだ。もともと反体制色が強く、政府ともほとんど緊張関係にあった。現在はインターネットを使って、タイNGOのネットワーク作りをしている。

 午後はCWA(Child Workers in Asia)へ。東南アジア、南アジアの児童労働を問題にしているネットワーク団体である。タイでは子どもの就学率が上がり、児童労働反対のキャンペーンが功を奏して、タイ人の子どもの児童労働・児童買春問題は改善されている。その代わりに、カンボジア、ベトナム、ラオス、ミャンマーの子どもたちがタイに連れられてきて働かされている。国際的なネットワークを貼らねば問題は解決しないのである。

 

3月14日(木) 文部省・識字教育

 午前、時間があったのでシーロム・コンプレックスへ。いろいろな専門店が入っているデパートのようなところ。大きな本屋があったので『タイ語スラング辞典』を買う。地下の食堂街には何と日本のラーメン屋。これがタイ人でけっこうにぎわっている。

 午後、タイの文部省社会教育部(Non-formal Education)へ。タイの社会教育はほとんどが「識字教育」。識字率は97%で、非識字者は80万人というが、この数字にわかには信じられない。非識字者のほとんどは北部の山岳民族や南部のマレイ系住民それに最近増えた外国人労働者(ミャンマー、ラオス、カンボジアなど)。主要民族の言語であるタイ語に対して「非」識字ということであって、いろいろ微妙な問題を含んでいるようだ。

 ところで文部省で働いているのは見渡す限り女性ばかり。「男の人はいないのですか」とたずねたら「男は兵士になっています」と笑って答えた。

 

3月15日(金) チェンマイへ

 お昼の便でチェンマイに飛び立つ。約1時間で着く。日中ではあったがバンコクよりは涼しい感じがする。チェンマイにいるだけでなぜかゆったりした気持ちになり、気分がいい。

 夜、チェンマイYMCAのりんごちゃんやスタッフと会食。

 

3月16日(土) バンホーン村

 朝YMCAの車でバンホーン村へ。かつては2時間半かかった道のりがわずか1時間半に。かつて日本に来たことがあるサワットさん、トンミーさんが出迎えてくれる。村の人々ははずれの広場で何か新しい建物を建てている。この村の人はいつ来ても何か作っている。お坊さんがいて、葬儀場に近く、それでいて音楽をする場所とか。私のタイ語ではこれ以上わからない。何を作っているのか、次回までのなぞである。

 その横の方で多くの村人が闘鶏を楽しんでいる。タイの人は本当に賭け事が好きだ。鶏の面構えといい、戦いのポーズといい、実にムエタイそっくりである。試合は15分もかかってやっと決着がついた。

 サワットさんの家で食事。村を一回り。村の中心の広場の近くに住むアムノーイさんの家では、今度はくじ屋を始めたらしい。多くの人が当りくじを交換にきていた。夕方チェンマイに戻る。

 

3月17日(日) チェンマイ・サンパコイ市場

 朝、駅近くのサンパコイ市場へ。市場は日曜の朝から活気がある。一回りした後に、甘いお茶を飲む。5バーツ(15円)。お茶屋で油を売っていたお姉さんとしばし世間話。午後は溜まった疲れをタイ・マッサージで癒す。2時間400バーツ(1200円)。

 筒井君はセントラル(デパート)前でヒップ・ホップダンスをしていた高校生たちを見つけて合流。

 私は、夕方、セントラル近くのインターネット・カフェに。何と秋田政経大学の佐渡友氏とばったり。JICAの仕事で来ているという。チェンマイでは毎回意外なひとと出会う。日本でなかなか会えないひとがいたらチェンマイに行こう。

 

3月18日(月) 環境教育プロジェクト−ひょうにあう

 サオヒンYMCAへ。ここは政府と協力して「エネルギー」をテーマとした展示を行っている。タイでも日本とほぼ同時進行でカリキュラム改革が行なわれていて、昨年は1万人以上の生徒が来たそうである。

 午後は環境教育を実施しているノン・ロム小学校へ。車で1時間、ランプーン近くの丘にある。小学校5年の環境教育。まず生徒が5グループに分れて地域に出かけていって問題を発見する。今回は林に自生するパクワンという野菜が激減しているという問題であった。非常においしいので村人はその木を森から切ってきて自宅に植えるのであるが、それらはすべて枯れてしまう。こうしてパクワンは減少してしまったという。どうしたら保護し、これからもおいしいパクワンを食べつづけることができるかについて、生態、環境、経済、政治などさまざまな側面から焦点を当てて解決策を探っていく。

 まさにアクション・リサーチであった。この地域の環境教育のモデル校として過去8年にわたって実践を続けてきたという。        

 校長先生から環境教育の説明を受けている最中に、外の雲行きがあやしくなった。しばらくしてザーっという雨のおとに混ざって、カン、カン、カンという音も。外の人が「氷だ」と叫ぶ。1センチ以上もある雹(ひょう)が雨に混じって落ちてくる。雹は次第に大きくなり3センチ大のものも。かれこれ1時間以上も降り続き、校庭が白くなっていく。子どもたちは大はしゃぎで校庭をかけめぐる。これを制止する先生たち。「私はこんなの初めてです」と同行のYMCAスタッフ。タイまできて雹の嵐にあうなどとは私も思っていなかった。

 

3月19日(火) 花売りの子どもたち

 「児童労働やストリート・チルドレンに関するNGOを紹介してください」とりんごちゃんにリクエストしたら、YMCAでやっていますとの返事。

 午後4時、ロンカチャ寺に行く。大きな寺院だ。境内の一角でYMCAのスタッフが7−8人の子どもにタイ文字を教えている。子どもたちはいずれも山岳民族の子どもたち。1998年の経済危機以来、収入を確保するために周辺の地域からチェンマイに一家で出稼ぎに来ている。

 子どもたちは昼間は小学校に行っている。そして夕方から深夜にかけて町のレストランをまわって花飾りを売っている。食事中にこうした子どもたちを何度も見た。花売りは深夜12時〜1時にも及ぶので、子どもたちは学校の勉強に集中できない。そこでYMCAのスタッフが午後4−6時頃に毎日補習をしているのである。補習だけでなく、一緒に遊ぶこともする。また、家族のケアもしていて、特に衛生に注意を促す。年に2回は歯の検査もするという。

 私がタイ語を少し勉強しているというと、子どもたちは面白がってタイ文字のカードを次々出して質問する。私は半分ほどしか正解しなかったが、その度に子どもたちから歓声。カバンの中から日本のおもちゃを取り出して一緒に遊ぶ。紙風船が人気で、男の子たちは円くなって興じていた。それでも10分もすると風船は破けてしまった。筒井君がヒップホップを教える。男の子はすぐに脱落。女の子はけっこう上手にいつまでも踊っていた。

 バンに子どもらを乗せて家まで送る。長屋のようなところにいくつもの家族が寄り添って暮らしている。子どもたちはこれから花売りに町に出かける。

 バングラデシュなどを見ているのですごく悲惨という感じはしなかった。子どもたちがんばっているなあ、けなげだなあ。放課後のひとときに補習とレクリエーション−いかにもYMCAらしくて、かわいらしいプログラムである。

 

3月20日(水) 帰国

 来たからには帰らなくてはいけない。朝8時、りんごちゃんらに見送られてチェンマイを後に。バンコクで乗り継ぎ。関空に帰る筒井君と別れる。離陸前に頭痛薬を1錠、2時間後に1錠。わずかに痛みがあったがそれも和らぎ、その後何も起こらなかった。何とか解決できそうだ。

 午後7時成田。日本はだいぶ春めいて、桜がほころんでいた。

 


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