学習におけるグローバリズムとローカリズム

−「持続可能な開発のための教育」が提起しているもの

 

2003年4月    

                       田中治彦(立教大学)


[原題] 「生涯学習におけるグローバリズムとローカリズムをめぐる問題」(鈴木眞理編『生涯学習の原理的諸問題』学文社、2003年) 所収


 

はじめに−リオ・サミットから10年

 

 グローバリズムとローカリズムをめぐる学習の問題状況は、日本では開発教育と環境教育とに代表される。すなわち、開発教育は1980年代にいわゆる開発途上国の貧困問題や国際協力に端を発した教育学習運動であり、グローバリズムを代表している。そして、環境教育は1960年代の公害学習と自然保護教育に起源をもつ学習活動で、そのテーマからいってもローカリズムを代表するものである。1992年のリオデジャネイロの地球サミット(国連環境開発会議)で、環境問題と開発問題を統一的に捉える「持続可能な開発」という概念が主要なテーマとなり、その実現に向けて「アジェンダ21」と題する行動計画が採択されることになった。

 それ以降、環境教育はグローバルな環境問題をその主要なテーマに組み込むことになった。もともと地域から発した学習活動が、地球大にまでその学習領域を広げることになったのである。一方開発教育は、その当初から「遠い南の国」の問題を日本に住む人々に理解してもらうためには、ローカルな問題とつなげる必要性を感じていた。自分たちが日常的に使ったり食べているモノと第三世界との関係を学んだり、地域に住む外国人との交流や理解を促進するための学習活動などを展開した。地球環境問題の解決のためには環境教育と開発教育とが連携して実践される必要があるということは理論レベルでは認識されてはいたが、実践レベルでの両者の協力関係はなかなか進展しなかった。しかしながら、2002年8月に開かれたヨハネスブルグ・サミット(持続可能な開発に関する世界サミット)において日本政府が「持続可能な開発のための教育の10年計画」を提案することになり、NGOレベルでも環境教育と開発教育との接近が模索されることになった。

 本論ではまず1節で、1990年代の国際会議で明らかになった地球的諸課題と成人教育との関係について振り返る。そして2節で、グローバルとローカルをつなげる学習活動についてその方法論を中心に論を展開したい。


1.地球的課題と生涯学習

 

(1) ハンブルグ成人教育宣言

 地球的諸課題と成人教育との関係については1997年のハンブルグ宣言に明記されている。ハンブルグ宣言とは、同年7月にドイツのハンブルグで行われた第5回国際成人教育会議において採択された成人教育宣言である。この会議はリオ・サミットと・サミットのちょうど中間の年に開かれている。宣言は冒頭で次のように述べている。1)

 「参加者は、人権の最大限の尊重を基礎にした、人間中心の開発ならびに参加型の社会のみが、持続可能かつ公正な開発をもたらしうることを再確認する。もし人類が生き延び、未来の課題に応えようとするのであれば、生活のあらゆる領域において、人びとが情報を得て、効果的に参加できることが必要である。」

 ハンブルグ宣言は地球的諸課題(グローバル・イシューズ)として、貧困・南北格差の解消、地球環境問題の解決、平和で民主的な社会の達成、被差別者・弱者(女性、障害者、先住民、高齢者、等)の権利としての学習の保障を上げている。これらの解決のためには冒頭にあるように人間中心の開発と参加型社会が必要であり、そしてそのためには成人教育こそ必要不可欠であるという基本認識がある。このことは続く第2項により明確に述べられている。

 「成人教育は権利以上のものであり、21世紀への鍵である。それは積極的な市民性の帰結であると同時に社会生活への完全な参加の条件である。それは生態学的に持続可能な開発を育み、民主主義と公正、男女平等、科学的社会的経済的な開発を促進し、暴力紛争が対話と正義に基づいた平和の文化に転換された世界を創るための強力な概念である。成人学習はアイデンティティを形成し、人生に意味を与えることができる。生涯にわたる学習は、年齢、ジェンダー平等、障害、言語、文化的経済的格差といった要因を反映した学習内容への変革を迫っている。」

 そこで、成人教育宣言が問題としている地球的課題の中から、特に、南北問題、環境問題、経済のグローバリゼーション、エンパワーメントについてそれぞれみていこう。

 

(2) 南北問題と開発教育

 南北問題の本質は基本的には「貧困」と「貧富の格差」に求められる。1995年にコペンハーゲンで開催された「国連世界社会開発サミット」では、世界の10億人を超える人々が「絶対的貧困」の状態にあるとして、この問題を解決するために1996年から10年間を「貧困撲滅の10年」として世界各国の政府、NGO(民間団体)がその解決のために行動することを求めた。

 国家間の格差のルーツは、現在先進工業国と言われる国々がかつて行っていた植民地支配によるいびつな経済構造にある。そして、その後の開発途上国による近代化、工業化政策により途上国の一部の人々は潤ったが、その恩恵に浴しなかった人々との間で新たな格差を生じた。今、途上国の民衆のために活動しているNGOの間から、経済優先の工業化政策とは違う新たな開発の道(オールタナティブな開発)が模索されている。

 オールタナティブな開発とは、衣食住といった人間の基本的なニーズが満たされ、環境を破壊せず、住民自体が開発のプロセスに参加し、従来の経済社会関係の変革につながるような開発である。この考え方の一部は社会開発サミットなどでも採用され、経済優先ではない「社会開発」と人間が開発の主体である受益者であるという「人間中心の開発」の理念としてサミットの文書にも登場する。

 南北問題と開発問題を扱う開発教育は、1960年代後半に欧米諸国の国際協力に関わるNGOの間から提唱され、日本では1980年前後に概念としてまとまりを見せ、1982年に設立された開発教育協会(DEAR、当時は開発教育協議会)のメンバーを中心にして、社会教育団体、学校あるいは国際協力NGOによって実践が進められてきた。開発教育は、経済的社会的に公正で異なった民族、文化、宗教が共生できる地球社会の実現をめざして、地球規模の開発問題を理解し、その解決に向けて参加する態度と能力を養うための教育学習活動である。2)

 

(3) 地球環境と環境教育

 環境問題が世界的な話題となったのは1960年代の先進工業国の公害問題の深刻化以来である。これを受けて1972年にストックホルムで国連人間環境会議が開催された。この時は開発途上国の側は工業化への要求が高く環境問題に対してあまり関心がなかった。しかしながら、その後酸性雨、廃棄物の国際移動、熱帯林の破壊、地球温暖化など国境を超えた環境問題が深刻となり、途上国側も無関心ではいられなくなった。

 日本の環境教育は1960年代に深刻化した公害問題に発している。1991〜2年には、地球環境問題への関心の高まりとともに文部省は「環境教育指導資料」を刊行して小学校〜高校における環境教育の推進を図った。3) しかしながら、その内容は従来の環境問題の記述の寄せ集めであり、環境問題の理解という知識面と環境問題の解決という態度面とが十分につながっておらず、かつ地域環境と地球環境との統合性に欠けていた。1990年代の学校における環境教育の問題点は、地球環境問題の本質が十分に理解されずに、その解決を地域での自然保護やリサイクル運動に求めがちな点である。

 地球環境問題の原因は、先進工業国の過剰開発や自然破壊にあることはもちろんであるが、それにも増して重大なことは前項で述べたように10億人を超える人々が貧困の状態にあること、そして60億人を超える人口が途上国を中心に毎年8000万人も増加しつづけていることである。人口増加は農地の開発や森林破壊をもたらし野生生物の生息圏をおびやかす。これらの国々では急速な工業化を推進することにより先進国型の公害問題や都市集中に伴うスラムなどの都市の居住環境の悪化をもたらしている。

 一方で貧困を解消するための開発を行い、他方で地球規模で環境を守るためにブルントラント委員会は「持続可能な開発(サステイナブル・ディベロップメント)」という考え方を提唱した。4) これは従来のように開発と環境を対立的に捉えるのではなく、地球の生態系が持続するようにその範囲内で開発を進める考え方である。現在の世代が将来の世代のための資源を枯渇させぬことと、南北間の資源利用の格差すなわち貧困と貧富の格差を解消することをめざしている。持続可能な開発の考え方は1992年の地球環境サミットでの中心的なテーマとなり、ヨハネスブルグ・サミットにおいてはこの概念の現実化をめぐって北側の先進工業国と南の国々とで厳しい討論が行なわれてた。持続可能な開発のための教育を実現するためには、環境教育と開発教育とが統一的に実践される必要がある。

 

(4) 経済のグローバリゼーション

 1990年代後半には経済のグローバリゼーションが急速に進み、私たちの生活にも陰に陽に影響を与えている。1995年にはウルグアイ・ラウンドの合意によりWTO(世界貿易機関)が発足した。WTOは物品、サービスなどの貿易の自由化を目的とした諸協定の実施と管理を行う国際機関である。これにより世界の貿易は一層促されることになった。また、金融や投資についてはその促進や規制についての国際的な協定が未整備ななかで、事実上国境を超えた投資が広範に行なわれた。1997年にはタイの通貨バーツの暴落をきっかけとして、東南アジア諸国そして東アジア諸国は大変な経済危機に見舞われた。これは、それまで流入していた資金が短期間に引き上げられたために金融不安を起こしたからである。

 経済のグローバリゼーションは世界規模の市場経済を発展させる一方で、貧富の格差を増大させる結果を招いている。例えば、世界銀行は1990年の『世界開発報告』で当時の貧困人口を11億6000万人という数字を出し、10年後の2000年には貧困人口は8億人に減少すると予測した。5) しかし、2000年の世界開発報告では、世界の貧困人口は12億人であり、むしろ増加したのである。また国境を超えた自由な企業行動により、世界各地の環境とりわけ規制がゆるい途上国の環境を悪化させ、また児童労働などの人権問題のひきがねになっているという指摘がある。

 これは日本の国内でも起きている現象である。すなわち、自由な貿易によって海外からの安い農産物や製品が流入し、国内の農業や地場産業そして商店街などが立ち行かなくなる現象である。ユニクロや100円ショップがなぜあのような価格で製品を提供できるかは、グローバリゼーション抜きには理解できない。消費者としては安い商品を享受できるメリットがあるわけだが、一方で地場産業や商店街の衰退による失業や地域文化の衰退を招いている。

 

(5) エンパワーメントと成人教育

 経済のグローバリゼーションの進展は、特に南の弱い立場の人々により深刻な影響を及ぼしている。また、日本のような先進工業国にあっても、すべての人すべての地域に同じように作用するのではなく、いわゆる「勝ち組」と「負け組」を生じさせている。すなわち、国際的にも国内的にも貧富の格差の拡大を伴うものである。

 ハンブルグ成人教育宣言の第2項は「生涯にわたる学習は、年齢、ジェンダー平等、障害、言語、文化的経済的格差といった要因を反映した学習内容への変革を迫っている」として生涯学習の内容論の再考を求めている。また、女性、高齢者、少数民族、先住民・遊牧民、障害者などの被抑圧者が学習する権利を保障するための教育施策をとるように各国政府と成人教育関係者に迫っている」と述べている。 

 成人教育という営みは、弱い立場に立たされた人々が自らを解放するための学習活動としても重要である。例えば、被抑圧者自身が自己のプライドと自信を回復し、自らの状況を改善するための諸能力を獲得することである。これは「エンパワーメント(力の回復、獲得)」と呼ばれ、ジェンダー論やオールタナティブな開発論においてもキーワードである。エンパワーメントのための学習は、識字教育、職業訓練にとどまらず、それらを通して抑圧的な社会構造を理解したり、また被抑圧者どおしが連帯し声を上げていくための人間関係訓練や組織経営法なども含まれる。

 


3.グローバルとローカルをつなげる学習

 

(1) 参加型学習

 複雑で広範な地球的課題や経済のグローバリゼーションを理解し、自分たちの問題としてつなげていくことは決してやさしいことではない。学習方法の観点からみたとき、地球的課題の学習にはいくつかの特徴がある。それは、@問題解決的であり、A未来志向であり、B知識の獲得だけでなく態度の変容が求められていることである。そのためグローバル課題の学習を行う際には、学習者自らが主体的に参加して自己変革を行うような学習活動が求められる。このような学習方法のひとつが参加型学習と呼ばれていて、その具体的な学習形態としてワークショップ形式がある。

参加型学習は地球的課題のように答えそのものが多様であり、答えを見いだすプロセスを重視する学習活動において有効である。参加型学習は、日本では1990年前後から用いられるようになった用語であるが、その系譜は1970年代のグローバル教育やワールドスタディーズ、パウロ・フレイレによる識字教育や課題提起教育、さらにはジョン・デューイによる問題解決学習や新教育運動における実践など、いくつかの源流がある。これらの学習活動は「学習者(子ども)の興味関心」「体験・経験」「対話」「参加」などのキーワードが共通している。6)

 また学習形態としてのワークショップは、もっぱら参加型の学習手法が用いられて、参加者が協働しながら問題に気づき、分析し、計画し、提案するような道筋をたどることが多い。2001年におきた「9・11事件」(米国中枢に対する自爆テロ事件とそれに続くアフガニスタンでの戦争)を参加型学習の手法でとりあげた教材集『トーク・フォー・ピース』と、地域の課題を発見してそれを地球的課題へと結びつける手法としてのアクション・リサーチを紹介しながら、それらの実際を見ていこう。

 

(2) トーク・フォー・ピース

 

 開発教育協会では、9・11事件をテーマに参加型学習を中心にしたカリキュラム例を作成して実施している。『Talk for Peace! もっと話そう!−平和を築くために私たちができること』という題名のハンドブックである。7) これは、9・11事件のような世界的で広範な課題に対して、一学習者がどのような切り口でアプローチすることができるかを示したものである。『トーク・フォー・ピース』は「フォト・ランゲージ」「新聞くらべ」「ランキング」「ディベート」などの9つの学習活動から構成されている。その中で、問題(学習テーマ)の広がりとつながりを見出す手法として有効なウェビングを紹介しておこう。

 ウェビングとは、まず中央に「テーマ」を書き込み、そこから連想する項目を次々書き込んでテーマを広げていく手法である。図1は、2001年の「9・11事件」について、これをどのように理解し、教えたらよいのかを探るときに実際に作成されたウェビングの一部である。この図から「アフガニスタン問題」「イスラム教」「アメリカ」「メディア」「グローバリゼーション」「日本の問題」などのサブ・テーマが見えてくる。こうしてテーマへのアプローチの糸口が見いだすのがウェビングである。時には、さらにサブ・テーマについてウェビングを行うこともある。

 南北問題や地球環境などのグローバル・イシューは確かに最初は取り付きにくい問題であるが、このようにテーマの広がりを見ることで、どこかに自分とのつながりを見出し、また新たな関心を喚起されることがある。

 『トーク・フォー・ピース』において学習活動の主要部分を成すのが、「ランキング」と「ディベート」である。これらは解決へのプラン作りや自分の考えをまとめることを目的とする学習活動である。ランキングとは、9つの選択肢を重要な順にダイヤモンド型に順位を付けていく手法である(図2)。例えば「テロをなくすためにできること」「アフガニスタンの人々にためにできること」などについて具体的な解決策を9つ選び、それらに順序づけをしていく。何が重要なのかを考え、課題を整理すること、そして自分に何ができるのか、何から始めるべきのかを考えることがねらいである。結論よりもそこに至る話し合いのなかで、自分の考えをまとめたり、他人の意見を聞いて、さまざまなものの考え方があることを学ぶことが大切である。

 「ディベート」はすでに広く採用されている手法であるが、特定のテーマについて肯定側と否定側に分れて論争を行う。テーマとしては「日本はアフガニスタンでのアメリカの軍事行動に協力すべきか否か」「国際問題を解決する手段として、武力の行使が許されるか否か」などが考えられる。

 

(3) アクション・リサーチ

 アクション・リサーチとは、もともとはグループ・ダイナミクス(集団力学)の創始者であるクルト・レヴィンが1940年代に提唱した実践研究の一方法である。従来の心理学研究は、まず研究者が実験などを経て純粋理論を組み立て、それを現場に適用し応用する、といった筋道をたどっていた。これに対してレヴィンは、実験のプロセスそのものに被験者の参加を求めて、研究者と被験者がともに研究と実践の成果を積み上げていく手法を開発して、純粋科学と応用科学の統合をめざした。

 ロジャー・ハートは『子どもの参画』のなかで、アクション・リサーチを子ども自身が参画し、問題を発見し、行動し、解決に至る学習の方法として発展させている。 8) ハートは著書は初等教育レベルの子どもの学習を想定しているのだが、実際には成人教育でも十分通用する学習方法論である。図3はアクション・リサーチのプロセスを示したものである。リサーチの第一歩は、学習者が地域を歩き回ることである。そのなかで「問題だと思うこと」「普段困っていること」「好きな場所」などを探す。次に、上がってきたさまざまな問題の中から、自分たちで調べたい問題を特定する。その後に、その問題について文献で調べたり、地域の人にインタビューして問題の分析をする。そしてどうしたらその問題を解決できるか、についてプラン作りを行う。そのプランに沿って実際に行動を起こしてみる。行動してみて問題が解決すれば学習は終了である。解決しなければ、プランを練り直すか、新たな問題を設定してリサーチを続ける。1950年代の学校教育で盛んに行なわれた問題解決学習や、社会教育で実践された「共同学習」の地球時代バージョンといってもよかろう。

 2001年度の立教大学の田中ゼミでは、学生たちが実際にアクション・リサーチを実施した。立教大学は東京の繁華街である池袋の西口にあり、駅から約10分の距離にある。私は学生たちに「世界のあらゆる問題は、皆さんが毎日通学している池袋駅と立教大学の間で発見できるはずだ。さあ、見つけてきなさい」と言って、学生たちには最初の時間にいつも通学しているあたりを1時間ほど歩いてもらった。9)

 学生たちが見つけてきた課題は以下のとおりである。子どもがいない公園、3軒のタイ料理店、悪臭、騒音、あぶない道、公園のハト、ホームレス、多くの居酒屋、多くの風俗店、バリアフリーに対応していない道、放置自転車、等々。これらのテーマを上記のウェビングで広げる。ウェビングをするなかで、ゼミとしては、タイ料理、バリアフリー、風俗店、ホームレス、の4つのテーマに絞りこんだ。

 次にこの4テーマについて希望する者どうしでグループを組んだ。グループごとに本、雑誌、新聞やインターネットで調べていった。これらの手段ではどうしても総論的なところしかわからない。そこで、各グループは区役所、池袋警察署、タイ料理店などを実際に訪問してインタビューを行った。最初、文献やインターネットで調べている内は、なかなかテーマが絞りきれずに行き詰まることも多かったが、インタビューを行う頃からそれぞれ何が問題なのかが次第に見えてきた。

 例えば、タイ料理のグループでは、池袋のタイ料理店は実は中国系のラオス人の経営であることを発見した。さらに豊島区に在住する外国人に焦点を当てて調査を続けた。バリアフリーのグループは、区役所であまり説明もなしに膨大な資料を渡されて途方に暮れていたが、車椅子通学しているある1年生と出会うことで突破口を見出した。彼と一緒に通学路をあるいてその様子をビデオに収めてどこが問題かを調べた。ホームレスのグループは、立教大学のホームレス支援サークルと接触して、実際に炊き出しに行かけていった。ゼミの最後には、池袋のホームレスの方々をゼミに招いていろいろ話しを聴くことになった。風俗店グループは調査にかなり難航したが、風俗店に張り込んだり、勤務している女性にインタビューしたりして、多くの成果を得てきた。

 アクション・リサーチは地域と地球を結びつける手法では必ずしもない。地域に発して地域で解決できる課題も多いであろうし、それはそれでよいのである。しかし、グローバリゼーションにより私たちの生活が世界と緊密につながっている今日、地域の問題から世界の問題を発見することは難しいことではなく、またそうしなければ解決の糸口が見出せない場合も多い。


おわりに

 グローバリゼーションの負の側面ばかり強調しすぎたかもしれない。インターネットや交通手段の進歩は、これまでならば会ったり話したりすることができなかった人々を結びつけていることも事実である。環境問題に関心をもつ人々が世界中でつながり、北側と南側の人々が同じ課題を共有することが瞬時にできるようになった。それらの問題を共有する日本、欧米、アジアのNGOの関係者はゆるやかでグローバルなネットワークを形成して、経済のグローバリゼーションの負の側面の解決のために立ち向かおうとしている。成人学習の分野においても、さまざまな手段を上手に利用しながら、グローバルとローカルな課題を結び付けて学習活動を行うことにより、より公正で持続可能な地域社会・地球社会の実現に一歩でも近づくことができるであろう。10)


1) The Hamburg Declaration on Adult Learning, UNESCO Fifth International Conference on Adult Education, Hamburg, 14-18 July 1997.

2) オールタナティブな開発を含む開発の基本概念と開発教育については『開発教育キーワード51』開発教育協議会 2002, を参照のこと。開発教育協会(Tel.03-3207-8085, http://decj.on.arena.ne.jp/ )

3)『環境教育指導資料』文部省,小学校編・中高校編,1991・1992。

4) World Commission on Environment and Develoment, Our Common Future, Oxford University Press, 1987.(邦訳『地球の未来を守るために−環境と開発に関する世界委員会』福武書店)

5) 世界銀行『世界開発報告』(1990年版、2000年版)イースタン・ブック・サーヴィス。

6) 参加型学習の系譜については以下を参照のこと。『開発教育』第42号(特集:参加型開発)2000(特に山西論文、廣瀬論文)、中野民夫『ワークショップ−新しい学びと創造の場』岩波書店,2001。

7) 『Talk for Peace! もっと話そう!−平和を築くために私たちができること』開発教育協議会,2001。

8) ロジャー・ハート著、木下勇・田中治彦・南博文監修、IPA日本支部訳『子どもの参画−コミュニティづくりと環境ケアへの参画のための理論と実際』萌文社、2000年。

9) 田中ゼミによる池袋西口アクション・リサーチは本ホームページに全文が掲載されている。

10) 本稿の元となった論文は「地球的課題と生涯学習−1990年代の国際会議の行動計画にみる」(『立教大学教育学科研究年報』42号、1999年、147〜156頁)である。


 

戻る

 

 

冒頭へ

 

 

もくじ

 

ヨハネスブルク・サミット2002公式HPへ

 

ヨハネスブルグ・サミット提言フォーラムへ

 

 

開発教育協会へ