チェンマイ便り
田中治彦(DEAR代表・立教大学)
昨年(2003年)9月より1年間、タイのチェンマイ大学で研究をしています。目的は2つあり、ひとつは北タイのNGO活動の現状と課題について調査すること、ひとつは北タイでの持続可能な開発のための教育(ESD)について知り、日本との交流や協力の可能性を探ることです。
さて、タイでは昨年から「ローカルカリキュラム」が導入されています。これは、それまでバンコクの教育省で立案されてきたカリキュラムのうち約3割を地域に帰して、教育内容を活性化させようというものです。しかし、先生方にはカリキュラムを開発した経験も参加型学習の経験もありません。どうやって実施していいのかとまどっている、というところは日本の総合学習とよく似ています。
2003年12月にカリキュラム開発のためのワークショップがチェンマイ大学で行われました。「私たちのピン川」と題するこの環境教育カリキュラムは4部から成ります。単元1が導入部でピン川にまつわる昔話やピン川のイメージを膨らませることから始まります。2段階が、ピン川に関する知識の理解。3番目に流域の町や村に実際に出ていって子どもたちが聞き取り調査をします。最後に、ピン川をこれからどうしていったらよいか、計画つくりをする、という構成です。
ワークショップの途中で、コーディネータのワサン教授が「日本の環境教育や開発教育の事例を皆さんが知りたがっています。少し紹介してもらえませんか」と言われました。そこで環境と開発の問題を一緒にあつかった「パーム油」の教材を解説しました。タイの先生方は参加型の手法にかなり関心をもたれて、ワークショップの後に「日本とタイでは同じ問題を抱えているので、教員同士の交流は出来ませんか」という話が持ち上がりました。そこで、この8月に日本とタイのESDとカリキュラムについてのセミナーをチェンマイで行うことになりました。
[実際に行なわれたセミナーやピン川カリキュラムについてはこちらをご覧ください]
(DEAR News No.109、2004年6月)
今回は山岳民族の村をご紹介しましょう。この2月に立教大学のスタディ・ツアーでモワキ村というカレン族の村を訪れました。案内してくれたのはIMPECT(タイ山岳民族教育文化協会)のスタッフのソンコンさんです。彼自身もカレンの出身です。
チェンマイから西へ約3時間、ソンテウという乗合いバスを貸し切って山道をトコトコ走ります。これ以上ないという山奥にモワキ村はありました。この村には簡易水道はありますが、まだ電気が来ていません。子どもたちはかわいらしい白い民族衣装をまとっています。鶏と犬と豚とが村の中を自由に歩いています。ひとつ小学校があるのですが、生徒約20人をたった一人の先生、それもボランティアの若い女性が教えています。
翌日ソンコンさんが私たちを森に連れていってくれました。生えている草や木の中から食べられるもの、薬になるものを説明してくれます。森の利用には一定のルールがあり、居住地、耕作地そして保存すべき森を村どうしで話し合って決めています。山岳民族をめぐる大きな問題に森林の利用権があります。彼らが長年住んでいる土地はほとんどが国有林なのです。
今から7年ほど前に、政府は国立公園内に居住する山岳民族を追い出そうとしたことがありました。このことが人権問題としてNGOらによって取り上げられました。その後、住民に一定の利用権を保証する「共有林法」が作られました。しかし、まだ上院で審議中で成立のめどがたっていません。一般のタイ人は、彼らを「焼畑」をして森を破壊する者と誤解しています。しかし、先祖代々森で生活してきた人々こそが、森をもっともよく知り、森を守ってきたのです。
(DEAR News No.110、2004年8月)
チェンマイの観光名所であるナイト・バザールの通りで夜食事していると、必ず子どもが花の首飾りをもって売りにきます。ほとんどの子どもは無表情で花飾りを差し出します。20バーツ(約60円)でその首飾りを受けとると、その一瞬だけ微笑んで「どうもありがとう」と言いながら合掌します。町中で物売りをしている子どもたちのほとんどが山岳民族のアカ族の子どもたちです。
彼らストリート・チルドレンの生活や教育を支援するために、YMCAやVGCDなどチェンマイには10ほどのNGOが活動しています。YMCAでは放課後お寺の境内などに、子どもたちを集めてレクリエーション活動をしたり、学校の勉強の補習などをやっています。また、VGCD(子どもの成長のためのボランティア・グループ)はナイト・バザールの近くにドロップイン・センターを設けて、子どもたちがいつでも遊びに来られるようにしています。双方とも定期的に子どもの健康診断をしたり、髪を切ったりしています。また生活技術トレーニングといって、子どもたちが夜の大人社会のなかで身を守り、適切な状況判断ができるような力を養っています。麻薬やエイズに関する知識もこのなかで身につけさせます。
VGCDは15歳以上の青少年に対しても活動しています。この年齢層はタイ人の子どもがほとんどで、タイの国籍もあり小学校教育も受けています。しかし、家庭内暴力、虐待、家庭崩壊、貧困などの理由で家から飛び出し、同じような境遇の子どもたちが集まる繁華街で仲間と一緒にアパートや空家などで生活しています。こうした青少年が抱える問題は、日本の現在の状況とも非常によく似ています。
VGCDやYMCAのワーカーやボランティアたちは、今日も夕方になるとナイト・バザールや繁華街に出かけていって、道端で花を売る子どもたち一人ひとりに声をかけているはずです。
(DEAR News No.111、2004年10月)
チェンマイに赴任した直後から、私のNGO調査を支えてくれたのが押山さんと濱口さんでした。お二人ともDEARの会員で、押山さんは恵泉女学園大学の、濱口さんは京都精華大学のコーディネーターです。そのお仕事はそれぞれの大学から来る長期フィールドワークの学生たちのお世話です。私がチェンマイで仕事を始めた昨年9月にちょうど両校のプログラムが始まっており、今年1月までの半年間、私も学生たちと一緒に学ぶ機会が度々ありました。
この長期フィールドワークのプログラムは今から10年前に京都精華大学で始まりました。学生たちは北タイの村にホームステイしたり、NGOを訪問するなかで自らのテーマを定めます。そして、現地に滞在する間に調査を行い、最終的にレポートにまとめて発表するというプログラムです。事前事後の日本での学習も含めて大学の正規の単位として認められます。
恵泉女学園大学のプログラムは5年前から始まり、今回が4期めでした。私自身が講師として招かれたこともあり、参加していた6名の学生たちと親しくなりました。その後も彼らが滞在している村やNGOを訪れたり、中間報告会に参加したりしました。恵泉の場合、滞在期間の内2か月あまりを調査対象となるNGOや村に住み込んで調べるというところに特徴があります。学生たちは山岳民族のNGOであるIMPECT(連載第2回参照)、有機農法を行う村、エイズ患者をコミュニティでケアしている村などに長期滞在しました。
これらのプログラムには他大学も関心をもっていて、私がいる間にも視察や照会が何件かありました。また、このプログラムが参加学生らに与える影響はとても大きく、10年の歴史をもつ京都精華の場合、チェンマイで同窓会が開けるほどで、約20名が今でも北タイで活動しています。スタディツアーよりも長期に渡り単位にもなり、参加学生に大きなインパクトを残すこれらのプログラムについては「大学における開発教育」という観点からも注目していきたいです。
(DEAR News No.112、2004年12月)
DEARのカウンターパートとして今後長くおつきあいできるNGOはないだろうか。チェンマイにいる間ずっとこのことを考えてきました。開発専門のNGOよりも教育や学習に重点をおいている団体がよいです。昨年5月、さまざまなNGOを回るなかでにようやく目指すNGOに出会いました。北タイ開発財団の一部門である持続可能教育促進研究所(ISDEP)です。ISDEPはNGOのスタッフや村のリーダーを対象に指導者養成を行っています。彼らのNGOスタッフ対象の研修会を見学させてもらって、そこで行なわれているワークショップがDEARが普段やっていることとほとんど同じであることを発見しました。
所長のプラヤット・ジャトポンピタクンさんにDEARのパンフレットを渡して私たちの活動を説明しました。プラヤットさんはDAERの教材の中でも特に「新貿易ゲーム」に関心を示しました。「タイの村々にもグローバリゼーションの波は押し寄せています。スタッフたちはこの状況を村人にどう説明してよいのかわからず困っています。NGOは難しい事柄をより難しく説明しがちなのです。このゲームはシンプルで使えそうだ」とのことでした。
そこで日を替えて私がISDEPで「新貿易ゲーム」をやって見せることになりました。8月、帰国の直前にそれは実現しました。当日は十数人のNGOスタッフが集まっていました。参加者たちはゲームに没頭しました。そしてその後の議論は一時間余り続きました。このゲームを北タイのNGOでどのように活用できるかということと、グローバリゼーションとは何なのか、について議論が集中しました。参加者の中にはチェンマイ市内で青少年育成を行っているNGOのスタッフもいて「消費者の立場から開発問題を考えられるような教材はありませんか」と質問されました。バナナ、パーム油、コーヒー・・・我が意を得たり、DEARの得意技です。この次は、ISDEPが村で行っている参加型学習の現場を見たいものです。
[この様子はこちらにも関連記事があるのでご覧ください]
(DEAR News No.113、2005年2月)
チェンマイでの一年の収穫で私にとって大きかったのは「援助と協力」に関する教材のヒントを得られたことでした。援助や国際協力は開発教育のメイン・テーマであるにもかかわらず、実際の教材となると私自身が『南北問題と開発教育』(学陽書房、1994年)で発表したものやイギリスの『ダッカからダンディへ』をもとに作成した『援助と開発』(開発教育協議会、1995年)くらいしかありませんでした。いずれも1980年代の国際開発の現場をもとに作成された教材であり、その後の大きな変化のなかで現在の状況には合わなくなり改訂が急がれていました。
それでは開発をめぐる大きな変化とは何でしょう。一言で言えば「プロジェクト型開発」から「住民参加型開発」へという流れです。NGOスタッフが村に入って、村の課題を発見し、その解決方法を考え、外部から資金と技術を持ち込んで「プロジェクト」を作る−タイではこれが1980年代の村落開発の主流でした。その手法は早晩行き詰まり90年代以降は、村人が問題に気付き、その解決方法を話し合い、自分たちで組織を作り資金の手当ても考える。NGOはこうしたプロセスを側面から支援し、そのために「参加型学習」の手法を活用する、というものです。
開発の現場はこのように変化しているのに、それについていけない日本からの「ボランティア(志願者)」というギャップとジレンマを教材化したのが「される側から見た援助」という教材です。先日、札幌と東京でこのワークショップの一部を行ったところ大きな反響がありました。完成版をこの春あるいは夏の全研で披露するように準備中です。
また8月には連載の第1回でご紹介した「ピン川カリキュラム」の日タイ交流セミナーも計画されています。参加型学習を通した、日本とタイとの協力関係がこれから発展することを願って筆を置きたいと思います。
(DEAR News No.114、2005年4月)