1.『千と千尋の神隠し』の内容
宮崎駿のアニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督作品、2001年)では、父親の転勤で田舎に引っ越す途中、主人公の千尋は、両親とともに異界に迷い込む。そこで千尋の両親は神に供する料理を食べて、ブタになってしまう。ブタになった両親を助けるために、千尋は八百万の神々が疲れを癒しにやってくる温屋「油屋」で、湯女として丁稚奉公を始めることになるという筋書きである。
2.「成長の場」としての「異界」
この映画のキーワードは「異界」である。「油屋」での仕事は、千尋に次から次へと困難や試練を与えていくが、千尋は、謎の少年ハクや同僚のリンの助けを借りながらも、問題を解決し、成長していく。そこには、現代の子どもたちが毛嫌いさえしがちな「がんばり」や「がまん」を通じて、たくましく成長していく子どもの姿がある。そうした「成長の場」として「油屋」を見ることができる。
3.生活世界の「影」の部分としての「異界」
千尋が迷い込んだ「異界」は、「影」あるいは「闇」の世界である。そこは「死、悪、暴力、痛み、不安」などの世界であり、また「偶然、無目的、遊び、あきらめ、挫折、病い、老い、無用さ」の世界である。しかし、人間というものは、本来こうした「影」を背負って生きており、昔の子どもたちはそうした「影」とともに成長してきた。
「影」とどう向き合い、それをどう乗りこえていくのか。それを他者との関係や協力の中で乗りこえていくことに子どもたちの成長の意味があるとすれば、「影」は人間の成長になくてはならないものと言える。
4.近代の学校教育が切り捨ててきたもの(参考:テキストpp.75-76)
現代社会の中で学校教育は常に子どもたちに「光」を照射し、子どもたちを「光」で誘導してきた。学校という「光」が強調したのは「健全、成長、発達、進歩、有用、善、目的、自立、完成」といった価値であった。こうした学校教育の中で成長してきた今日の若者たちの中には、「自分の居場所」を見つけられず、「自分探し」を続ける者も少なくない。
『千と千尋の神隠し』は、かつての日本社会に存在した「影」の部分に今の子どもを投げ込むことで、学校教育に象徴される現代社会という「光」の部分に内包される問題を明らかにしている。